機動戦士ΞガンダムSEEDDestiny166氏_第10話

Last-modified: 2008-12-07 (日) 18:25:25

ペルシャ湾上、ミネルバ(現在)

 
 

「メイリン、あんた本当に大丈夫なの? ほら、ちょっと見せなさい!」
「ちょっ、お姉ちゃんっ! うー、大丈夫だよぅ…」

 

パイロットアラートに隣接して設けられた、女性用のパイロットロッカールームの中に、ルナマリアとメイリンのホーク姉妹の声が響き渡る。
着慣れていないだろうから……と、妹の世話を焼こうとしている姉と、皆のいる前でもそうやって世話を焼かれると言う事に気恥ずかしさを覚えてしまう妹と。
微笑ましい光景に、そこにいるエメラルダやモーリー、カウッサリアらマフティーの、また旧ニーラゴンゴ空戦隊のアリシアらのザフト、ミネルバ乗組の両軍の女性パイロット達は一様に笑顔でそんなやり取りを見守っている。
それは、目前に迫った出撃を前にしたほんのつかの間の、くだけた雰囲気を漂わせる一時の情景だった。
そうしている間にも時計の針は休まずに回り続け、間もなく発進の時間がやって来る。
第三次のガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦――その第一段階――が、いよいよ開始されようとしていた。

 
 

ガルナハン~マハムール基地、中間地点(二日前)

 

「君、一人で来たのか? 名前は?」

 

そう軽い驚きの声を上げるアスランに、眼前の少女はいささかムスッとした声と表情と応じた。

 

「コニール……。私一人で充分だろ?」

 

協力の約束を取り付けたガルナハンのレジスタンス側からは、「伝令役を送る」との連絡を受けたので、こうして小勢での〝訓練〟に出たその足でそのまま回収にとやって来たのだが、そこで待っていたのが、まだ大人になり始めたぐらいの年齢の少女ただ一人だけであった事には、流石に驚かされていた。
少女一人だけの方が地球軍の警戒も呼ばないと言う判断自体はあるのだろうが、反面でそうせざるを得ないと言う様なレジスタンス側の窮状もしのばれもすると言うものだった。

 

「失礼、ミス・コニール。よく来てくれた、協力を感謝する」

 

詫びのニュアンスも込め、しっかりと少女の名を呼んでアスランはそう言うと、コニールを同航して来た2ギャルセゾンへと誘う。
機体から降りたタラップ下まで出迎えに降りて来たメイリンとミヘッシャに誘われて、コニールはギャルセゾンのキャビン内へと消えて行く。
次いでコニールが乗って来たバギーをΞガンダムがそのマニピュレータでそっと持ち上げると、ギャルセゾンの甲板上へと下ろし、機上でクルーが手早くワイヤーでバギーを固縛した――回収は無事に完了だ。
アスランは、Ξガンダムのコクピットハッチを開放した状態で様子を見守っていたハサウェイと頷き合うと、自身もセイバーガンダムのコクピットへと上がり、ハッチを閉じて機体を飛び立たせる。
そして2機のガンダムは2ギャルセゾンの両脇を固める格好で一路、
その日の訓練を終えてマハムール基地への帰還途上にある、母艦ミネルバへと向かうのだった。

 
 

ミネルバ艦内、ブリーフィングルーム

 

「準備中」のベールの向こうに在った作戦が通達されると言う事で、召集されたパイロット、及び作戦担当将校達でミネルバのブリーフィングルーム内は賑わいをみせていた。

 

「よお、アリシア」

 

その中に見知ったザフトパイロットの顔を見出して、フェンサーは声をかける。

 

「フェンサー! またすぐにミネルバに戻って来る事になるとは思わなかったわ」

 

声をかけられた相手の方も、思いがけずも早く実現する事になった再会に、笑顔で嬉しい驚きの声を返して寄越した。
インド洋会戦でフェンサーに生命を助けられた事をきっかけにすっかり認識と態度のあらたまった彼女を始め、つい先日マハムール基地のラドル隊へと編入されたばかりの旧ニーラゴンゴ空戦MS隊のパイロット達は、全員がミネルバにおけるこのブリーフィングへの出席を命じられていた。
作戦の主幹となるミネルバ、ディアナ両艦のMSパイロットを別にすれば、他のマハムール基地所属の作戦要員はラドル司令と幕僚、基地所属MS隊の最先任パイロットら幹部のみの出席となっている事を考えると、それはいささか不思議な事ではあった。
そのまま雑談を続けていられる状況であれば当然出て来たであろうそんな疑問も、 作戦の説明を行うアスランやイラムら参謀役の面々がアーサー副長に先導されて入室して来た事で、未遂に終わったのだったが。

 
 

「敬礼!」

 

フェイスのハイネもいる状況ではあるが、ここではミネルバにての開催であると言う事で、アスランの副隊長格となるレイが号令をかけ、
居並ぶザフトとマフティーの各員は一斉に立ち上がっての敬礼で出迎える。

 

「着席」

 

答礼をして向き合ったアーサー副長が返し、ブリーフィングの開始を告げた。

 

「えー、それでは只今よりガルナハン解放作戦のブリーフィングを始める。本作戦の概略は……、アスラン、君にお願いしようか」

 

と、自艦の若きフェイスに華を持たせる様な事を、しかしそこで言い出すアーサーだった。
実はそれは、裏でハサウェイ達マフティー側からも事前に、今後の政治的な思惑もあって、なるべくアスランに華を持たせる事も重視する様にしたいと言う、デュランダル議長とも示し合わせての事である要請も受けていて、 それに基づいての自分なりの状況判断であったりしたからなのだったが、
そう言った〝事情〟を知らないシンやルナマリア、旧ニーラゴンゴ空戦隊らの面々からは、

 

(副長はまともに作戦説明も出来ないのだろうか?)

 

などと言う感じに、この時には思われてしまったと言う辺りが、なんとも〝彼らしい〟と言えば彼らしい、微苦笑を誘う話ではあったかも知れない。
ともあれ、いきなり話を振られても動じる(表に出す)事も無しに、代わって作戦説明を始めるアスランだった。

 

「……と、この様に本作戦では〝挟撃〟の状況を作り出し、そしてそれを地球軍に悟らせる、そのタイミングが要となる」

 

指示棒を手に、ディスプレイに映し出された地形と敵地球軍の配置を示す図を前に一通りの説明を行ったアスランに対して、居並ぶ大半のザフト将兵達から声にならない呻きの波動が漂った。
そうなるのも無理はあるまい。
従来同様にローエングリンゲートの正面突破を図る主力部隊による攻勢はその実、陽動で、奇襲部隊をもって要塞後方のガルナハンの街と地熱発電プラントを制圧している守備隊を一気に制圧し、地球軍の手から奪還すると言うのだから。
ローエングリンゲート要塞がいかに堅固であろうとも、エネルギー源を絶たれれば実質的にその命脈は尽きる。
無論、後方に敵出現!の急報に慌てて飛び出して来れば、それはそれで正面攻撃の主攻部隊と挟撃して、一気に敵の機動戦力を覆滅すればよい。
あっさりとそう一気に口にして、「ここまでで、何か質問は?」
区切りの良い部分で説明を一旦止め、そう尋ねるアスランに対して、

 

「その前にお尋ねしたい」

 

と、マハムール基地MS隊の総隊長である、30前後とおぼしきパイロットが手を挙げる。

 

「失礼ながら、本作戦案そのものを成立させる要素である、奇襲部隊を敵の後方まで送り込む方策については、どの様に?」

 

飛行も可能なミネルバか姉妹艦のディアナならば、母艦の機動力と言う意味ではそうして行けるかも知れないが、それでは(敵に察知されない筈が無く)奇襲にはならない。
確かにその辺りの事はマハムール基地幹部との最初の合同作戦会議の場においても俎上に上った点であり、その際の内容は知らない彼の様な立場の者がそう思うのはもっともな話で、ラドル司令官の参謀連がイラムに向かってしたのと同様な質問をぶつけて寄越す。
だが、それに対してのアスランからの回答もやはり、あっさりと言ってのけられるものだった。

 

「奇襲部隊は、超長距離飛行が可能なマフティーの保有する空中機動飛翔体〝ギャルセゾン〟を用いての、MS隊単独による長距離侵攻での攻撃を仕掛ける」

 

(〝MS隊単独〟による長距離侵攻!?)

 

自身の常識に照らし合わせても、全く想像だにしえなかった回答を返されて唖然とした表情になる、隊長以下マハムール基地MS隊のパイロットの面々。

 

「これは、マフティーの方々の存在があって初めて可能となる作戦であり、マサム参謀にご説明頂きましょう」

 

アスランはそこで彼らが黙ってしまっている間に早々と、作戦説明側に並んで立っているイラムに対して、マフティーの持つ「足」に関しての説明を願う。

 

一歩下がったアスランの向かい側、状況表示スクリーンの左側にと指名されて進み出たイラムは、
アスランに代わり、ベース・ジャバーのギャルセゾンを用いた、彼らマフティーが持つ長大な作戦行動半径についての概略を説明し始める。
無論、具体的なスペックの上限までデータとして示したわけではないが、
〝元の世界〟で本来計画していた長距離侵攻――ティモール海上の母船から発進してオーストラリア内陸のオエンベリ(この世界での、オエンペリ)まで飛び、戦闘して戻る。
あるいはオーストラリア大陸の北岸から発進してエアーズロック付近まで、ほぼ大陸を縦断する距離を飛び、集結。そこからアデレート(同じく、アデレード)を強襲する――
と言った運用が可能である彼らから見れば、この程度の〝迂回飛行〟はそれ程難しい事では無かった。

 

むしろ、彼らにとってはある意味慣れ親しんだ、自分達「本来の戦い方」をすると言う事であるのだが、
無論それはC.E.世界の人間の感覚で言えば、ただただ驚愕の一言で。
初めてそれを聞かされた者は誰しも皆、一様に唖然とした表情を浮かべるのであった。
そもそもが、この世界の「常識」からはおよそかけ離れた運用概念であり、
その事実を知らせる前のイラムに向けられていたラドル司令付き参謀連の態度――いや、今の眼前の将兵達のこの反応を見るだけでも成功の可能性は十二分以上だと確信出来たし、
かつそれを実際に成して見せた暁のインパクトはまさに、〝絶大〟なものが期待できる。

 

推進剤に加えて、バッテリーの補給をも考えねばならないこの世界のMSは、その運用にはU.C.世界以上に母艦の存在が不可欠であり、それ故の運用への制限も当然ながら現出する。
その「常識」を根底から覆す運用法を実践してみせると言うのだから、これで驚かないと言う方がおかしかった。

 

「この奇襲部隊は我々マフティーを主体に編成すると言う事で、こちらからはΞガンダムと、メッサーのうち6機を出す。また、ザフト側からはザラ隊長以下、ミネルバ所属の4機がそのまま参加するので、その分も加味してギャルセゾンは5機出撃の体制となる。
また、残る2個戦闘小隊(ギャルセゾン1機に各2機のMS)はミネルバに残留し、正面攻撃の主攻部隊に参加する」

 

と、作戦時のマフティー側の戦力割り振りまで告げてから、イラムは下がって再びアスランへと説明役を返した。

 

「一方の我々、ザフト側のMS隊の編成についてだが、主攻となる増強マハムール戦隊の各MS隊の総指揮は、ヴェステンフルス隊長が執る」

 

再び説明に戻るアスラン。
彼が奇襲部隊の方に回る事が出来る理由の一つが、同格のフェイスであるMSパイロットとしてハイネがいてくれると言う事もあった。
その辺りの分担については事前の打ち合わせでハイネも快諾をしてくれていたので、ここで話しているのは決定内容の説明だけだったが。
その上でアスランは、旧ニーラゴンゴ空戦隊の面々を召集したその理由でもある、本作戦時の配属変更についてを説明し始めた。

 

「なお、元ニーラゴンゴ空戦MS隊に所属していた各位には、乗機と共に、本作戦においては臨時にミネルバへ艦載MS隊として配属して貰う」
「!」

 

はっとした表情で、自分達が何故この場に特に召集されたのか?と言うその理由を理解させられる、元ニーラゴンゴ空戦MS隊を構成していた8機のパイロット達。
傭兵的な立場であるマフティーの支隊を除いて、本来配属の艦載MSを全機送り出してしまうと言う、大胆な事を実行するミネルバの、代理の艦載MS隊となれと言う事だ。
確かに、インド洋での会戦後はミネルバへと収容され、航海中のその間は合同訓練にも参加して技量の方も鍛え上げられながら、ミネルバ隊のみならずマフティー側とも気心が知れる様にもなっていた面々であり、ミネルバ及び、主攻部隊に参加するマフティーの支隊との連携と言う意味でも、白羽の矢を立てるには最適だった。
この場のミネルバ以外からのザフト出席者達は全員が、直にマフティーの実力を知っているか、
あるいは疑問等があったとしても、それを押さえられる様な〝立場への自覚〟がある者達だけが揃っていた為、
作戦そのものの実現性への疑念は、それ以上には出されると言う事はなかった。

 

「続いて、現地のレジスタンスとの協力体制についてだが……」

 

そこでアスランの作戦説明は、次の段階へと移行して行く。
作戦の性質上、奇襲部隊の人員は大きくはならないし、また出来ない。
MSを中心にした地球軍の防衛戦力の制圧自体はともかくとして、それで実際にガルナハンの地熱発電プラントと街の確保を成すのには、現地のレジスタンスの人々の存在が不可欠だった。
即ち、奇襲部隊の攻撃によりガルナハンの地熱プラントと街とを占領している地球軍の守備部隊が排除されるやいなや、間髪入れずに決起したレジスタンスのメンバー達の手によって発電プラントと街の奪還制圧が成されねばならないのだ。
もう一つ、長駆の迂回侵攻を行う奇襲部隊の為に必要な「支援事項」への報告と併せて、作戦打ち合わせの為の使者として送り込まれて来ていた少女、コニールがその場で一人異彩を放ってもいた。
そんなコニールの方を一瞥して、彼女に軽く頷いて見せると、アスランは作戦の肝をあらためて周知徹底させるべく、一語一語に力を込めて話し始める。

 

「この場にいる各位には今更な話だとは思いながらも、あらためてもう一度確認させて貰いたい。
この作戦の目的はあくまで、地球軍の圧制に苦しむ人々を解放する事だ。
戦闘のその結果、たとえ地球軍を壊滅させる事が出来たとしても、街と地熱プラントを無事に解放する事が叶わなかったならば、それは失敗なのだ」
「!」

 

俯き気味にブリーフィングを受けていたシンは、アスランのその一言に顔を上げる。
インド洋での会戦で犯してしまった自分の過ちに気付き、本当の意味で〝護る〟と言う事はどういう事なのか?
それを考え始める様になっていた今の彼には、戦術的な戦果がそのまま作戦の目的とイコールだと言う事にはならないのだと言う、アスランの言葉の意味が

 

――そして、彼があえてそれを口に出す事で自分に向かって、のみならずコーディネーター全般にありがちな〝悪しき無意識〟に対しても、戒めとして言っているのだと言う事が――理解出来た。

 

「ミス・コニール」

 

そこでアスランはガルナハンの少女に呼びかける。
辛い思いをさせるかも知れないが、出来れば貴女自身の口で街の様子を語って貰えないだろうか?と。
そう水を向けられた少女は無言でこくりと頷いて、演台に立つアスランの傍らへとおずおずと進み出ると、
最初はたどたどしく、自身が見てきた地球軍圧制下のガルナハンの街の様子を語り始めた。
居並ぶ各員の手元に配布されている資料にも、アスランやイラム達がガルナハンの街へと潜入して収集して来た現地の情報等、地球軍制圧下の一般住民達の惨状は記されてはいたのだが、やはり実際に眼前にそれらの多くを目の当たりにして来た少女の口から、自身の無力への憤りや哀しみも交えながらに語られるそれには、自然と聞き入ってしまうものがあった。
虐げているのも、虐げられているのも、同じナチュラル同士の間で起きている事であるからと言って、
コーディネーターとしての優越感情が強い者であっても、〝まっとうな(人間として持っている)感覚〟と言うものに照らしてそんな「現実」に接すれば、まず間違いなく眉を顰める様な気分になるであろう、そんな話だった。

 

「この前ザフトが砲台を攻めた時もそうだったんだ。地球軍に逆らった街の人達はめちゃくちゃ酷い目に遭わされて……たくさん殺された!
今度失敗したら、あたし達はみんな本当に終わりなんだ! だからっ……頼んだぞ!」

 

どうしても浮かんで来てしまう涙を必死に堪えようとしながら、懸命の訴えを見せるコニールの姿は、
その場にいるザフトとマフティーの面々の胸に、等しく義憤とも言うべき掻き立てられる様な想いをもたらすものだった。
確かに、これ以上事態が切迫して行けばその果てには、自らの武力による支配と横暴を正当化している地球軍によって、コニールらレジスタンスの存在が、ザフトに協力する不逞の〝テロリスト〟であると、都合良く決めつけられ、

 

「街そのものがテロリストどもの巣窟であった事が判明した為、地域の秩序と平和を守る為〝やむを得ず〟に、壊滅させた」

 

などとして、ガルナハンの街そのものをまとめて吹き飛ばす~と言った事さえ、現実のものに成りうる可能性も十二分にありえた。

 

「ありがとう、ミス・コニール」

 

そう声をかけ、アスランがなだめるようにしながら彼女を下がらせると、再び演台上へと戻って締めの一言を口にする。

 

「現地の人々が置かれている状況の〝厳しさ〟は、よく理解して貰えた事と思う。今度こそ、我々に失敗は許されない。各位にはその事実を念頭に、本作戦に当たって頂きたい」

 

アスランはそう言って作戦説明を締めくくった。

 

その後はアーサーが再び立っての簡単なやり取りが交わされ、そして正式にブリーフィングは終わり、散会が告げられた。
周囲が三々五々立ち上がって散って行く中、じっと足下を見つめていたシンは、真剣な表情を浮かべて立ち上がると、
そしてアーサーとアスラン、イラムらと共に退室して行こうとしかけていたコニールのもとへと歩み寄って行った。

 

「な、何だよ?」

 

まだ目を赤く腫らしたまま、やや気圧された様に言うコニールに、シンは言った。

 

「……アンタ達はさ、〝今〟この瞬間も、ずっと苦しめられているんだよな……」

 

当たり前だろ!と、そう口にしかけてコニールは、それを実際に口にする前に勢いを止められる。
目の前のパイロットスーツ姿の少年の表情には、やはり哀しみの成分がありありと浮かんでいたから。
それが判ったから、コニールの口は封じられたのだ。
シンの脳裏には、先日マハムール基地にと到着した日に出会った、難民キャンプの少年達の顔が浮かんでいた。
自分に向かって「頼むよ!」と言った少年達、幼いなりの真剣さを湛えたその一人一人の表情をはっきりと覚えていた。
その時はまだ、迷いのただ中にあったが為にきちんと受け止める事が出来なかった〝彼らのその表情〟に、今ならばしっかりと向き合える。
素直な気持ちで、心の底からそう思えた。

 

(なんでだろう? あの時は、もう二度とMSには乗れない、とさえ思っていたのに……)

 

シンは自身の想いの内でその事を考え、自らに問いかけてもいた。
少年達と出会ったあの時のアスランの言葉にも背中を押して貰って、どうにかもう一度MSに乗ると言う事への踏ん切りそのものは付けられた。
けれどもやはり、今までの様な過ちをまたもやしでかしはしないだろうか?と言う怖れを、自らの内に抱えたままでいたのだった。

 

(でも……、それでも……)

 

コニールの様な、そしてあの少年達の様な、身勝手な強者の論理に虐げられ、嘆きの底に沈められている力無き人々の姿を目の前に見た時に、
自身の内から変わる事なく湧き上がってくるこの想いは……。

 

(お前のそんな想いそのもの自体は、決して間違ってはいない。そのやり方を間違えさえしなければ、お前のその想いは虐げられる多くの人々を救う為の、そんな正しい〝力〟になる筈だ)

 

そう言ってくれた自分達の隊長の言葉の正しさを。シンは今、本当の意味で実感できた様な気がした。
かつての自分もそうだった。
前の大戦の時のあの日、自分達家族の様な国民を、オーブと言う国は守ってはくれなかった。
本来「国」とはその為にあらねばならない筈なのに。
そうやって、本当は頼れるものが何も無かったから、自分達家族は戦争の犠牲にされてしまった……。
コニールも、あの少年達もそうだった。
頼れるものも、守ってくれるものもいないから、彼ら彼女らの様な年端も行かない子供が、悲壮な想いで自分が必死にならなければいけない。
そんな事をさせなくても済む様に、そういう人達の力になりたくて、助けたくて。
自分はその為に、その為の〝力〟を求めたのだから。
そんな想いを胸の内にと抱いて、シンは目の前の少女に語りかける。
コニールの表情に、あの時の少年達の顔をも重ね見ながら。

 

「信じてくれ。今度こそ、あんた達を自由にしてみせるから。俺が……俺達が、守るから」

 

だから……もう、泣くなよ。

 

そう、優しい声で言うシンの言葉に、逆にコニールの方は今度こそ本気で泣き出してしまう。
シンの気持ちが通じて、それで張り詰めていた心が溢れてしまったと言う事なのだが、それで泣かせてしまったシンの方は、どうすればいいのかが判らずに、とたんにただうろたえてしまう。

そんな姿を微苦笑を交えながら、周囲のザフトとマフティーの人々――自身では気付かぬ内にシンが得ていた、彼の仲間達――は皆一様に、優しい目で眺めていた。

 

「もう、泣かしちゃダメじゃない!」

 

やがてその中からルナマリアが進み出て、シンの背後から並びかけ、そう冗談めかして叱る様な格好でシンを落ち着かせると、代わってコニールの肩に手を置いて彼女の事もなだめようとする。

 

「シンの言う通りよ。あたし達はみんな、自分達と同じ様に地球軍にひどい目に遭わされているあなた達の事を、自分の事と同じ様に思っているから。今度こそ、必ずやって見せるわ」

 

ね、お願い。信じて?

 

膝を折り気味にして目線を合わせながら、優しくそう語りかけるルナマリアにぽんぽんと肩を叩かれて、ぐずりながらもようやく少女はこくりと頷いた。
そんな様子を見てばつの悪そうな顔をするシンの肩に、そっと誰かの手が置かれる。

 

「隊長」

 

振り返ってその手がアスランのものである事に気付くシン。
アスランはシンに微笑んで見せると、そのままコニールへと声をかける。

 

「大丈夫ですよ、ミス・コニール。このシンは多分、誰よりもあなた達の気持ちが理解できる奴ですから。必ずやってくれますよ」

 

(隊長、そんな風に……)

 

ここでもまた、自分への信頼を示してくれるアスランの姿に、シンの胸は熱くなる。
更にそこへ、意外な人物からの賛同の声までが加わった。

 

「そうだぜ、嬢ちゃん。そいつは、とんでもないバカな事もやらかしちまう奴だけどな、本当は優しいまっすぐな奴だ。信じてやってくれや」

 

その言葉を口にしていたのは、思い上がって大きな過ちを犯してしまった自分に対して、現実と言うものの凄惨さを文字通りに〝叩き込んで〟くれたガウマンだった。
その言葉に、近くにいたマフティーのメンバー達も――おまけにあのレイまでもが加わって!――皆してうんうんと頷いていた。
想像もしなかった状況に、今度は自身が戸惑うシンを囲んで、その場には間違いなくあたたかい雰囲気が漂っていた。

 
 

ペルシャ湾上、ミネルバ(再び現在)

 

アスランの後ろに付き従ってハンガーデッキへと現れたメイリンの姿を見るなり、ヨウランやヴィーノ達、若い整備班連中の間から一斉にひゅう!と言う口笛や、軽い驚きの呻きが上がった。
いつもはツインテールにしている髪を下ろしているのもだったが、何より今の彼女は姉のルナマリアの様に、パイロットスーツにとその身を包んでいたからだ。
姉に対しては、憧れと同時にどこか劣等感も抱いてしまっている部分もある本人こそ気付いてはいないのだが、彼女は彼女で実は密かに根強い人気があったりもするメイリンである。
通信科と言う本来の担当上、普通ならば着る事が無い筈のパイロットスーツ姿には、驚きとあいまっての新鮮な魅力を感じさせたのだが、
当のメイリン自身はそんな周囲の反応に、いささか恥ずかしそうに身を小さくするのだった。

 

奇襲部隊の各機の発進準備の頃合いに差し掛かり、各パイロット達は続々とパイロットアラートからハンガーデッキへと出て来ていた。
主攻となる本隊に1日先行して出撃する奇襲部隊だったが、欺瞞の一環として、昨日まで毎日そうしていたのと同様に、

 

「マハムール基地からペルシャ湾上へと出航しての訓練」の格好で出て来ていた――違うのは、今日は発進してそのまま帰艦しないと言うことだけだが、
ディアナとハイネ隊との合同訓練そのものは、このミネルバと、残留するマフティー支隊と代理配属の元ニーラゴンゴ空戦隊の面々とでもって、本日も行われる予定になっている。

 

「隊長、妹を――メイリンの事、よろしくお願いしますね」

 

メイリンの傍らに付き添っていたルナマリアが、パイロットではないのにも関わらずMSに乗って長駆出撃する事になった妹の事を気遣って、アスランにくれぐれもと頼んでくる。

 

「ああ、必ず無事に連れて行くよ」

 

そんな彼女に、アスランも真面目な顔で応えた。

 

「ありがとうございます。それでは、ルナマリア・ホーク。お先に出ます!」

 

心配な自身の想いに踏ん切りをつける様に。びしりと敬礼を決めると、ルナマリアは自分のザクウォーリアへと小走りに駆けて行った。
それを見送って、アスランはメイリンに問い掛けた。

 

「ただ、〝絶対〟は無いからね、メイリン。やはり無理だと思うなら、ギャルセゾンの方に移って貰っても……」

 

だが、メイリンはアスランの気遣いに笑顔で謝意を示しながらも、彼が言い終わるよりも先にはっきりと頭を振った。

 

「いいえ、大丈夫です。あんな、私よりも年下の女の子だって本当に必死になっているんですから……。連れて行ってください」

 

どうかお願いしますと、そう言う彼女もまた、コニールとの出会いから感じた〝何か〟を胸に抱いているのだった。

 

「そうか。すまない、つまらない事を言ってしまった様だ……」

 

頷き返して、苦笑めかしながら詫びるアスランに、メイリンも微笑み返す。

 

「いいえ、こうやっていつも気遣って下さるのは、素直に嬉しいです」

 

姉の様な華やかな明るさでは無いけれども、その芯の強さを感じさせる様な、いい笑顔だった。

 

(俺は、彼女のこの笑顔に随分と助けられているのかも知れないな……)

 

ふと、そんな事を思うアスラン。
副官役として実務面でも大いに助けられているのはもちろんだったが、けっして出しゃばりはせずに、それでいてただ頼り切りになるわけでも無しに、堅実に良く支えてくれる彼女の存在と言うものを意識させられる。
柄ではないとは思いながらも、「隊長」なんて言う役割をやっていられるのにも、それが実は密かに大きなものなのだった。

 

オーブにいた頃の様な、自身がただ一方的に支えるだけの関係と言うものは、やはりどこか歪であったのかも知れないと、そんな風な実感を覚えさせられさえもする様な、現在のアスランの状況だった。
――つまりは、まっとうな意味で〝居心地がいい〟と言う事だ。
そういう様な感覚を抱く様になって来ている事自体、アスラン自身もまた現在のこの自らの居場所で成長と変化をしていると言う事の証なのだが、当の本人がそれを実感するのはまだ少し先の事になるのであった……。

 

「すいませーん! そろそろ搭乗準備の方、いいですか?」

 

そこにかけられたヴィーノからのMSへの乗り込みを促す声に、自分達も乗機のセイバーガンダムの下へと向かって歩き出すアスランとメイリンだったが、
そのタイミングでヴィーノが声をかけたのが、偶然なのか?それとも恣意的なもの(主にアスランに向けてだろうが)であったのか?に関しては微妙な所だった。

 

「とりあえず、シートの配置は相談の通りでやってみましたが、実際に乗ってみて、どうですか?」

 

セイバーガンダムのコクピット内に収まったアスランとメイリン二人に、エイブス主任がそう尋ねる。
コクピット内のパイロットシートの据え付け位置を、やや側面にと動かして空間を確保し、そこにいささか窮屈目なサブのシートを据え付けると言うレイアウトの変更がなされていたのだ。

 

「ああ、この程度ならば特に問題は無さそうだ」

 

シートの位置が動いた事による、コクピット内での操縦の感覚にも違和感は特に無さそうだと確認して答えるアスランに続いて、

 

「はい、私の方も大丈夫です」

 

と言う、メインシートの斜め後方に設置のサブシートに座ったメイリンも、身体も無理なくきちんと収まる――つまり、戦闘になっても大丈夫だと言う事を意味するわけだが――事を報告する。
本来は単座のものを復座にしての、パイロット以外の者を同行させての移動を行う実験と言う事だが、
やり慣れない作業を実施したエイブス主任も一安心の表情で、一緒に見守っていたイラムや整備長の、ニコライのマフティー側の二人――運用法を教示すると共に、レイアウト変更についての相談を受けた相手でもある――と頷き合う。

 

その様子をΞガンダムのコクピット内でモニター越しに見ているハサウェイだったが、彼が座るシートの脇にもサブのシートが展開されていた。
今回の出撃時には同行する格好になるイラムがそこに座る事になっているのだが、
――つまり、セイバーガンダムの復座化と言うのは、マフティーがやっている事の模倣なのだった。

 

C.E.世界における、MS単独での作戦行動半径の記録を塗り替える――かつてのフリーダムの様な核分裂エンジンを持った極々稀少な例外の機体によるものを除けば、文字通りの劇的なレコード更新となるし、
ましてや単機で、ではなく(小規模とは言え)複数の機種が入り交じった「編隊単位」でのものとなるわけだから。
その意味ではまさに「前例の無い事」であり、今回の作戦そのものが今後への戦訓の基礎となる。
パイロットではないメイリンをあえて同乗させると言うのは、指揮官への副官随行と言う部分もありはしたが、それ以上に言わばモニター役(本人の生体的なものも含む)としてその辺りを実験させると言う意味合いによるものが大きいのだった。

 

『CICより、ハンガーデッキ及びデッキ内のMS各機へ。ギャルセゾン各機の発艦を開始します』

 

ハンガーデッキと各MSのコクピットの中に、奇襲部隊の足となるギャルセゾン隊の発進を告げるケリアの声が響く。
いよいよ出撃開始だ。
ミネルバに残留するマフティーの支隊と、代わりに入る元ニーラゴンゴ空戦隊の各機は既にハイネ隊と共に母艦を発進し、奇襲部隊の出撃を紛れさせつつ見送る態勢になっていた。
ミネルバの艦体の両舷に装備された、主砲トリスタンの後方のフライトデッキへとリフトで上がって来た1ギャルセゾンがVTOL発進で空中に浮かび上がると、そのままミネルバの艦体に沿って前方へと移動して行く。
カタパルトの軸線の前方へと出て、ミネルバの船足にと速度を合わせて見かけ上はホバリング滞空の格好で、飛行する。

 

『エメラルダ・ズービン、メッサー一号機。行くよッ!』
『ルナマリア・ホーク、ザク。出るわよ』

 

先陣を切って二人の機が左舷カタパルトから連続して射出され、前方にて空中待機しているレイモンドの1ギャルセゾンの甲板上に降着する。
ペイロードが非常に大きいギャルセゾンは、重いザクを載せても充分に飛ぶ事が出来た。

 

『よし、それじゃあ行くぜ! また後でな!』

 

前者は見送りの友軍達へ、後者は続いて発進する奇襲部隊の僚機へと向けて言うと、レイモンドはギャルセゾンをゆっくりと加速させてその場から遠ざかって行く。
続いて今度は右舷側から、ゴルフとフェンサーのメッサーを収容したカウッサリアの4ギャルセゾンが、二番手として発進する。
自力飛行で、ないしは空中機動飛翔体に乗って前方の空中にと散開する友軍の各機の間を抜けて前進して行く4ギャルセゾンに、1機のディンが機体を寄せて来た。
元ニーラゴンゴ空戦隊のアリシアが駆る、修理のついでにミネルバ滞在中に様々な強化改修も施されたカスタムディンになっている機体だ。
目的を察するまでも無く、ギャルセゾン機上のフェンサー機へと左のマニピュレータを伸ばして接触回線で語りかける。

 

『一緒に行けなくて残念だわ。気を付けてね、フェンサー』
『ああ、全くだ。君も気を付けてな。お互い無事に、〝向こう〟で会おうや』

 

互いにそう言い交わして、フェンサーが自身のメッサーに人差し指と中指だけを立てての敬礼を送るポーズを取らせるのを確認してから、
機長のカウッサリアはギャルセゾンの速度を上げ始め、見送りの友軍機達を後方にと置き去りにして行った。

 

『しかし、あの子もすっかりお前さんにぞっこんの様子じゃないかよ、フェンサー?』

 

視界から友軍の影も消えた頃になってから、接触回線で茶化す様にそう言うコ・パイロットの言葉尻に乗っかって、カウッサリアは自身もけしかける様に続ける。

 

『結構いい娘みたいじゃないか、ええ? さっさと口説いちまいなよ』

 

そう言ってヒヒヒと笑う彼女の声に、当のフェンサーの方もまんざらでも無さそうに返して寄越した。

 

『言ってろ、こっちはもうとっくにその気だっての!』
『おーおー、言っちゃってくれるよなぁ……』

 

フェンサーの言葉に更に盛り上がる、4ギャルセゾン戦闘小隊の中だった。
こういった良くも悪くもあけっぴろげな雰囲気と言うものこそ、
本来の行為そのものとしてはやはり、「テロリズム」の範疇に分類されてしまう〝闘争のやり方〟を選ばざるを得ないマフティーの面々の、精神の均衡を保つエッセンスであったかも知れない。
大真面目に革命でも目指す様な、清廉で高潔な〝堅物〟タイプの者達ほど容易に、内ゲバや粛正と言ったより過激で先鋭的な、それでいて負のスパイラルでしかない方向へと転落するものである事は歴史が証明している。
その意味では、こんな〝低俗さ〟こそが必要なものであるのかも知れないなと、恐らく彼らの誰もが皆、どこかでちゃんと判っていると言う事なのだろう。
若いザフトの連中を伴っていないと言う事もあって、久しぶりにそうした砕けた仲間内だけのやり取りを交わしながら、4ギャルセゾン戦闘小隊は進撃して行くのだった。

 

一方、ミネルバからの奇襲部隊の発進はまだまだ続いており、ハンガーデッキから繋がる左舷カタパルトへは、三番手となるフォースインパルスガンダムがセットされて来た。

通常は分離した各パーツ毎に中央カタパルトから発進し、空中で合体してインパルスガンダムとなる所だったが、
今回はあえてナスカ級等のミネルバ級以前の既存艦艇で運用される際と同様の、最初からインパルスガンダムを組み上げてシルエットまで装備させた状態で〝普通にMSとして〟発進する格好になっていた
――この状態でミネルバを発進するのは、インド洋での会戦の直後に敵基地のあった小島へ捜索活動にと出た時以来であった。

 

『シン・アスカ、インパルスガンダム。行きます!』

 

発進して前方へと飛翔して行くインパルスガンダムに、後方から前後して発進してきたハミルトン機長の6ギャルセゾンが速度を上げて追い付いて来る。
他のギャルセゾンとは異なり、その機体上部の甲板上にはメッサーの姿は無く、代わりに幾つかのコンテナが積まれていた。

 

『お世話になります』

 

シンはその甲板上の空いているスペースにとインパルスガンダムの機体を降ろすと、接触回線でギャルセゾンのキャビンへと、そう通信を入れる。

 

『ええ。敵機と遭遇した時はお願いね。その時までは、ゆっくりしていて』

 

返って来た機内の通信士席に着くミヘッシャからの返事が、自力で飛行は可能なインパルスガンダムをもあえてギャルセゾンで運ぶ、その理由でもあった。
バッテリーと推進剤の消費を押さえつつパイロットを休ませるのと同時に、ザフト機用の野戦バッテリー補給装置等を運搬する6ギャルセゾンの護衛役も務めさせると言う事だ。
ミヘッシャはこうして奇襲部隊側の作戦オペレーターで参加している為、ミネルバでのギャルセゾン隊の発進管制はケリアが代わって行っていた。
代わりに別の者が~と言う事ならば、ミネルバのオペレーターもそうだったのだが。
普段ならMSの発進管制や通信を担当するメイリンはアスランと共に出撃する為、本来彼女が着いている筈のブリッジのオペレーターシートには代役として、
ミネルバへの人的増援としてハイネ隊らに同行して宇宙からディアナで降りて来ていたアビー・ウィンザーが就いて、ミネルバ艦載MS隊の管制を務めていた。
流石にメイリンに比べればアビーのそれはややぎこちなくはあるが、それでもきちんと水準は越えている彼女の管制に従って、
レイのザクとガウマンのメッサー、モーリーとロッドのメッサーが、それぞれの母機となるギャルセゾンと共に戦闘小隊を組み上げて、続けて出撃して行く。
普段、自分がやっている仕事を他人が進めて行くのを、自分がそうやって送り出されて行く側であるMSのコクピット内に座って聞いていると言う事に、不思議な感覚を覚えるメイリンだった。

そしていよいよ殿の、共に二人乗りの格好になっている双方の長機が発進する順番がやって来る。

 

『これが成功すれば、〝君達のMS運用概念〟そのものが大きく変わる。頑張ってくれ』
イラムが改めてそう言い、ハサウェイも笑顔を浮かべて言って寄越す。
『気を付けてな、お二人さん』

 

反対側のカタパルトデッキへと運ばれて行くΞガンダムのコクピット内からのモニター越しの挨拶だった。

 

『ええ、必ず』
『ありがとうございます。ハサウェイ総帥とイラム参謀も、どうぞお気を付けて』

 

アスランとメイリンもそれぞれそう返し、回線を閉じる。
これで、以後は完全に機体単位での行動と言う事になるのだ。
Ξガンダムとセイバーガンダムの両機だけは、機体特性を活かすと言う意味でも単機でもって敵中侵攻を敢行する事になっていて、
自身は僚機のエメラルダのメッサーと共に、ギャルセゾンで戦闘小隊を組んで侵攻するルナマリアが心配をしていた理由もそれなのだった。
奇襲部隊を運ぶ5機のギャルセゾンは既に全機発進を終え、最後に残った指揮官機のMS2機がミネルバの左右両舷のカタパルト・レール上にと、それぞれ配置される。

 

『進路クリアー。両舷、発進どうぞ!』

 

アビーの管制指示が、両機に発進許可を出した。

 

『アスラン・ザラ、メイリン・ホーク。セイバーガンダム、出る!』
『ハサウェイ・ノア、イラム・マサム。Ξガンダム、行くぞっ!』

 

アスランとハサウェイはほぼ同時にカタパルトを作動させ、機体を一気に前方の空中へと射ち出させた。
空中に躍り出るやいなや、セイバーガンダムはVPS装甲をオンにしてその機体色を鮮やかな赤に彩らせる。
その右側にはふたまわり程大きなΞガンダムの機体が、白を基調とした機体色を陽光に輝かせて、並走して飛んでいる。
ギャルセゾンに載った支隊のメッサーや、ハイネの駆るオレンジのグフらと、互いのMSに取らせる敬礼やサムズアップの格好を交わし合いながら、その中を飛び抜ける両ガンダム。
友軍機の彼らに見送られて、しばらくはそのまま並走飛行の格好で共に加速を続けて行く。
やがてセイバーガンダムが航空機型のMA形態へと変形すると、Ξガンダムへと向けてバンクを振って見せてから、その機首を自機の予定侵攻航路へと向けて旋回させながら、飛び去って行った。
それを見送って、イラムが呟く。

 

『賽は投げられた。後は神のみぞ知る、だな……』
『ああ』

 

合流地点までのそれぞれの飛行は全て、独自の判断に委ねられる。
沿岸部を越えた内陸へ――地球連合(ユーラシア連邦)の領域内に侵攻する格好になるのだ。
「万が一」と言う事を考えるのは必須ではあったが、ある意味ではその時点で既にツキと言うものを試されているのかも知れない。そうとも思える。
それがこちらにあれば、奇襲作戦自体も上手く行く事だろうと、そう納得するしかない話だった。

 

『よし、こっちも行こう!』

 

ハサウェイはあえて口に出してそう言うと、ミノフスキー・システムにビームバリアーをも起動させ、そしてΞガンダムを音速の壁へと突入させて行くのだった。