機動海賊ONE PIECE Destiny 601氏_第30話

Last-modified: 2008-11-08 (土) 13:48:53

シンたち麦わら一味とビビ、そしてカルーをはじめとする超カルガモ部隊がアラバスタの命
運を賭けてアルバーナを駆け抜けようとしていたその頃、グランドラインの洋上遠く離れた地
で、事態を察知していた者たちがいた。

 彼らはみな一つのテーブルについていたが、それぞれの振る舞いはまるで異なっていた。
 ある者は手にした文庫本をつまらなそうに、しかし、ページを繰る指は止めようともせずに
読みふけり、ある者は黙々とトランプのひとり遊びに興じ続け、またある者は、奇妙な柄のつ
いた巻貝を両の耳に当て、アイマスクをしてまるで眠りこけているかのように背もたれに身を
あずけて顔を上向かせていた。
 だらしなく開いた口元からよだれが垂れているあたり、三人目は本当に眠っているのかも知
れない。
 テーブルには、彼ら三人のほかにもう一つ、空の椅子があった。
 部屋の奥、上座にあたるその席の背後の壁には大きな扁額がかけられており、額には墨痕く
ろぐろとした強い筆致で「海商一代」などと書かれていた。
 額の両脇には一本づつ掛け軸までがぶら下がっており、それぞれ「目標千四百二十七店」だ
の「三割五割は当たり前」だのと、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか判断に困る文言が
書かれていた。
 天井ではゆっくりと回る大きな扇風機が室内の空気をかき混ぜていた。
 三人は、しばし思い思いの時間の過ごし方を楽しんでいたが、やがていい加減じれたかのよ
うにトランプ遊びに興じていた赤毛の少年が他の二人に視線を向けた。

「なあ、いい加減オヤジ遅くね?」

 それに対し、文庫本から視線を離さぬまま、金髪の青年が応じた。

「おおかたまた長電話だろ……いいじゃん、俺らも最近働きづめだったし、たまにゃのんびり
待たせてもらおうぜ」
「飽きた」
「お前ねえ」
「だってやっぱトランプじゃもりあがんねーもん。お前らは良いぜ。本なんざこっちだって手
に入るし、シャニの貝だって、数が少なすぎて売り物になんねーからってさあ……おいシャニ
!!」

 赤毛の少年、クロトは片足でアイマスクの青年の椅子を蹴る。椅子ごとゆさぶられ、アイマ
スクの青年、シャニは上体を起こし、アイマスクをはずしてクロトの方に剣呑な視線を向けた。

「あ? 今けっとばしたのお前?」
「いや、僕じゃないよ。やったのはオルガ」
「人になすりつけてんじゃねえよ! てかシャニもこっちにらむな! テーブル挟んだ俺がお
前の椅子なんか蹴れるわけねえだろ!」
「クロト、お前人なめてんの? 俺次男だよ? お前の兄貴よ?」
「うわ、いっこしかちがわねえ癖に兄貴風吹かすとか。ありえねえわ」
「んだコラ! いっこでも年上は年上だろうが!」
「そう言うシャニだってオルガの事兄貴あつかいしねーじゃん。オルガのがシャニよかいっこ
上だろ」
「それはそれだよ!」
「色々納得できねえけどとにかく落ち着けお前ら」
「んーだよ、ひとりだけ良い子ぶっちまってよ。何時からそんな日よったキャラんなったのよ」
「そうそう。オルガっつったらもっとこう、鉄球ぶん回して『滅殺!』とか叫んでねえと」
「そりゃお前だろうがこの中二病患者!」
「ははっ! そりゃあ良いや。クロトが中二病ならオルガは大二病だな」
「「そしたらお前高二病だわ」」

 数秒の、痛々しい沈黙が流れた。

「ヤんかおおコラ!」
「こっちのセリフだオラァ!!」
「手前ェら誰に向かって上等コイてやがんだアァ?!!」

 不良同士のいがみあいにしか聞こえない言葉と共に、三人は同時に席を立つ。と、同時に。

「いやいやいやいや、お待たせー。やーもう海軍さんとの交渉が長引いちゃって。まったく本
部の将官クラスとなれば下手な小国より動かせる予算は多いでしょうにシブちんで困ったもん
ですよお。君らもああいう大人になっちゃいけませんよ。お金ってのは必要なTPOなら迷わ
ずつぎ込まないと死に金になっちゃいますからねえ。軍人さんってのはその辺の理解がどうに
も……おや?」

 扉を開けて、青年と呼ぶにはいささかとうのたった人物が、ほぼ息継ぎなしの長セリフと共
に現れた。
 白いスーツ――と言っても半袖の省エネスーツだ――の下は極彩色のアロハシャツ、加えて
よれついたバミューダパンツにゴムぞうりと言う、外見だけで言うのならばダメな大人の見本
の如きその人物こそ、彼ら三人の養父にして上司、自称未来の海商王アズラエル・ムルタその
人であった。
 アズラエルの登場に、一触即発と言う状態だった三人は、凍りついたかのように固まった。

「おや? おや? おやおやおや? もしかして、アレですか。皆これから一戦まじえようと
か、そういう所でした?」

 首をかしげてそう言うアズラエルに、オルガが上ずった声で答えた。

「や、やだなあオヤジ! そんな訳ないだろ! 俺ら喧嘩なんてするわけねえじゃん、なあお
前ら!!」
「え? あ、お、おう! なんたって俺ら仲良し義兄弟だもんな!」
「そ、そうそう! 僕なんかお兄ちゃんたちだーい好き!」
「あ、そうでしたか。いやあ僕はてっきり君らがまたぞろどつき合いでこないだ船の内装ぐっ
ちゃぐちゃにしてくれたのと同じでこの部屋も散らかし放題にしてくれるのかなーとか思った
んですけどねえ? いや、それなら良いんですよ。うん。仲良き事は美しき哉と言いますから
ね」

 以前、度を越えた喧嘩で船を破損させてしまった時に、アズラエルがにっこりとした笑顔の
ままに加えた制裁の恐怖が、三人を支配していた。
 制裁と言った所で、かつてのように習慣性の強い薬物などで苦しめているわけでもなく、商
会が保有する倉庫の整理だの、女性向けファンシーグッズを取り扱う専門店への出向だの、商
品開発部門への出張と言ったものばかりで、暴力性などかけらも無い仕事ばかりであったのだ
が。
 しかし、整理する倉庫の規模が下手な軍の要塞をはるかにしのぐものであったり、あるいは
来る客全員十代未満のあどけない少女ばかりで店主はその客をそのまま年だけ取ったかのよう
な天然系の女性であったり、はたまた開発担当が親方以下全員そろって筋金入りのゲイであっ
たりと言う有様で、三人は皆一時期「いっそ殺せ」が口癖となるほどの苦役だったのだ。

「あ、そうそう。皆が行った先から『よければまた顔を出してくれ』と連絡来てましたよ。い
やあ、人の縁ってのは大事にしなきゃねえ!」
「「「どうかこの通り勘弁してください」」」

 三人は、これ以上はないと言えるほどに心を一つに合わせ、揃って土下座してみせた。

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「で、この報告書なんですけどね」

 再度の訪問についてはとりあえず「前向きに考慮する」と言う玉虫色の結論を出し、アズラ
エルと三人は会議を始めた。会議と言っても、ほとんどは三人が海で集めてきた情報について、
アズラエルが考えをまとめ、あるいは次の指示を出し、あるいは保留にする、と言うやり取り
なのだが。

「解ってるよ。麦わら一味についてだろ?」
「ええ。つまり、詳しい事は解ってないって事ですよね、これ」

アズラエルが何を言わんとしているのか、その報告書をかいたオルガには良く解っていた。

「メンバーの出自や経歴についてはある程度まとまったんだけどなあ。てえか、一味の頭は、
ありゃあどえらい有名人の血縁だし」
「ガープ中将のお孫さんねえ。まあアレの孫じゃあ似たりよったりなんでしょうね、多分」
「『海賊狩り』はもともとイーストブルーあたりじゃ結構名も知れてたみてえだ。が、他の面
子となると、まあどれもポっと出って感じだ」
「そして、肝心の赤服君についてはさっぱり皆目、と」
「野郎が合流したのはイーストブルーだってのは解ってる。てえか、姐さんらがあっちで野郎
と最初に出くわしてるからな」
「イーストブルーねえ……だとすると、一体彼、誰から『アレ』を習ったんですかね」

 アレ――すなわち、赤服のシンが会得し使いこなしている体術、六式の事だ。
 六式は、元来海軍本部内でしか学べない体術だ。その訓練は幼少期から始まり、それでも六
式全てを使いこなせる本当の意味での「六式使い」になるのは、決して簡単ではない。
 だからこそ、本当の「六式使い」はCP9にしかいないのだ。
 赤服のシンが六式を使いこなすらしい事は、すでに得ている情報から明らかだった。
 最低でも、剃、月歩、鉄塊、嵐脚までは会得しているだろう。
 残るは指銃と紙絵だが、ナタルの証言によるならば、それらとて、きっと遠くない未来に彼
はものにするだろう、との事だった。
 しかし、大きな謎が一つある。
 六式全てをシンがいずれ会得するかどうかと言うのは、大した話ではない。少なくとも、ア
ズラエル達にとってはどうでも良い事だ。シンが決してあの「プラントのコーディネイター」
と一線を画するのであるならば、たとえシンが悪魔の実の能力者だろうが、あるいは別の特殊
能力を得ようが、知ったことではないからだ。
 だが。本当の意味での「六式使い」はCP9にしかおらず、また彼らがそれを正当な方法に
よらず他者に伝授する事など有り得ない以上、その出所は大きな問題だと言えた。
 任務中にイーストブルーでシンと出会い、手ほどきをする事になったケースなども考えられ
なくはないが、そうした場合、普通CP9のメンバーならば、まずシンを始末する事を考える
だろう。
 ならば、一体誰が。

「過去CP9から除名、あるいは脱走を試みた人物は皆無ってわけじゃありません。歴代の中
には、あそこの仕事に嫌気がさしたとか、我欲に走って土台が外れかけてる道を更に踏み外し
たような馬鹿もいますからね。とはいえ」
「そうした連中は、たいがい逃亡中に抹殺されてるもんな」
「そこなんですよ。まあね? CP9がメンツを守る為に始末しきれなかったのを始末したっ
て宣伝してる場合もあるかも知れませんが……まあ良い。これについては、僕の方で追います」
「あいよ」
「今、麦わら一味はどの辺です?」

アズラエルの問いに答えたのは、シャニだった。

「えーっと、そろそろアラバスタだろ。奴等がたどった航路からすりゃあ、まず間違いない。
それに、今あの近海は本部大佐の二枚看板で絶賛封鎖中だからね」
「片方は白煙ですよね? 艦長さんがあっちにいるんだからそれは間違いないでしょうけど。
もう一人は?」
「報告書に書いてあんべ? 黒檻だよ黒檻」
「ああ。アレね」
「本部大佐つかまえてアレって言い方もどうよ」

 だらしなくテーブルに顎を乗せたクロトがつまらなそうに言った。

「僕ぁねえ、自分の事を名前で呼ぶような女性ってのはあんまり好きになれないんです。彼女
支払い渋いですし」
「さいですか……けどよオヤジ。ホントになんか起こるのかね、アラバスタで」
「言ったでしょう、あそこを中心とした物や金の流れは異常も良い所なんです。少しでも知恵
が回る人間なら、市場を破壊しかねない取引は避けるもんなのに。現アラバスタ王はもちろん
クロコダイルだってそんな馬鹿な筈はない。アラバスタ王は、自分の王国に将来的に不利にな
るような経済政策は取れない。彼は暗愚な王ではないのだし。しかし、クロコダイルにはその
馬鹿をやらかすだけの野心はある。王下七武海なんて言っても、詰まる所は海賊ですからね」
「その野心ってのは、つまり……」

 オルガがうんざりしたような顔で呟く。見えた結論があまりにばかばかしかったからだ。

「アラバスタの乗っ取り。そんな所でしょう。現政府に対する不満を煽り、そこに英雄として
現れ全てをかっさらう。まあそれが何でアラバスタなんて言う、グランドラインでも端っこに
なるような場所なのか、解りませんがね」
「王国一つってのは、十分な価値じゃねえの?」
「シャニ。君は海賊ってもんを未だ理解しきれてない。彼らは基本的に強欲なんです」
「だからさ、アラバスタはあくまでも手始めで、そこを土台に他も、とか」
「そうはいかないでしょう。対外侵攻なんてのを始めてごらんなさい。海軍本部が黙っちゃい
ない。あの辺りの海には、世界の敵と認定されてるような政府はありませんしね。最悪の場合
は……アラバスタは地図から消える事にもなりかねない」
「じゃあ、ホントにわかんねえな」
「まあ、何かがあるんでしょう。そういうリスクを支払っても欲しい何かがね。ま、アラバス
タに関しては、じゃあこの辺で良いでしょう。ああ、ローレライについても詳細はわかってな
いんですよね?」
「ああ。女だって事ぐれーだな。後、何かピンク色の髪だとか、そういうのは聞いたか」
「ピンク色……?」

 オルガの応えに、アズラエルの眉が跳ね上がった。ピンク。ピンク色の髪の毛をした、女。
 無性に嫌な予感がむくむくとわきあがるのを、アズラエルは感じていた。
 まさか、あの性悪がこっちに? しかし。

「あとさー、なんかすっげーおっぱいでっかいんだって。な」
「あー。言ってた言ってた。一味の生き残りがそんな事言ってたわ」

 クロトとシャニの言葉に、予感はあっさりと、すっぱりと、そしてきっぱりと、雲が散り霧
が消える如く解消された。

「あ、じゃあ別人だ」

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「で、えーと他にはっと……ああ、今年もやるんですね、デッドエンドレース」

 報告書をめくるアズラエルに、オルガが応えた。

「ああ。ただ、今年は何か変だぜ」
「変、と言うと?」
「ほれ、デッドエンドっちゃあエターナルポースが馬鹿売れする機会だろ? そんで、話持ち
かけてみたんだけどよ、いらねえって来たんだわ。他に仕入れるツテがあるとかで」
「ふむ……? 今回のゴールは?」
「それが内緒と来た。ウチからはどうせ参加しねえから教えろっつったんだけどな」
「なるほど、においますねえ。色々と」
「で、少々かぎまわってみたんだけどさ、どうやら、今回はガスパーデが参加するらしい」
「ガスパーデって、あの大口親父の?」
「そう。元大佐のくせして将軍名乗ってるあの親父」

 ガスパーデ。通称”将軍”。元海軍大佐の地位にありながら、新造の蒸気動力艦を奪い海軍
を脱走し、海賊に鞍替えした男だ。
 手口は悪質で、略奪、放火、破壊行為に誘拐など、好き放題に暴れまわっている。加えて、
元海軍大佐だけあって、海軍の手口にも通じており、裏切り者として目を付けられながらも捕
まる事なく逃げおおせ続けている。

「ガスパーデがねえ……デッドエンドみたいなお祭りに興味しめすタイプじゃないのに。なる
ほど……こりゃあ臭いわ」
「どうする? 何なら俺ら潜り込むか?」
「んー……まあ他にも仕事はありますからねえ。レースまではまだ当分日もあるし、当座は保
留って事で」

「ほいよ。じゃあ今日はこんなもんか?」
「オヤジ、僕らのこの後の仕事は?」
「んー、まあ今日明日ぐらいはゆっくりしてください。ひさびさの陸でしょ? 羽伸ばして、
明後日の朝、またオフィスに来てください。そこで指示しますから」
「りょーかーい。んじゃ僕は遊んでくるわ」
「はいはい。無駄遣いしないようにね」
「オカンかアンタ。じゃねー」
「じゃ俺も失礼すっか……おらクロト、お前いつの間に寝てやがったんだ。さっさと起きろ!」
「んあー? 何、飯ー?」
「飯ぐらいおごってやっからホレ、立てっつの」
「やりぃ! 僕ナポリタンね! 大盛りで!」
「おめーは遊び行ったんじゃねーのかよ! ったく……だから自分で立てってんだよお前は!」

 賑やかな声が遠ざかり、部屋を出て行く。
 それを背中で感じ取りながら、アズラエルは窓から商館の外、人でにぎわう表通りを眺めた。

 ここに来て、色々な事があった。苦しい事もつらい事もあった。彼ら三人が今のように変わ
るのにも、様々な困難があったし、それは無論、自分自身の変化についても言えた。
 あの三人に、それまでのかりそめのものではない自分のファミリーネームを与え、義理の息
子とした時も、それはもう散々な騒動があった。無理もない。彼らにとって、あの頃自分は到
底信頼に値する存在ではなかったのだから。
 だが、経過はどうあれ、自分たちは今ここでこうしていられる。
 あの表を歩く人々に混じり、荒削りで、暴力的で、しかし快活な生活と言うヤツを満喫でき
る。
 それは、何と素晴らしいことなのだろうか。
 それらを守る為ならば、自分はきっと何でもするだろう。あの世界に捨て去ってきた筈の邪
悪さとだって、自分はもう一度、喜んで手を取り合うだろう。
 死の商人。金の亡者。呼びたいならば好きに呼べば良い。名を売って実を取るぐらいは、朝
飯前なのが商人と言うものなのだ。

「何であろうが、誰であろうが、構いませんよ」

 ここを、彼らを守る為ならば。

 次にアズラエルが口にした言葉は、翌日から、この部屋に新たな標語として飾られる事になっ
た。すなわち。

「いつ何時、誰の挑戦でも私は受ける」

To be continued...

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