魔導少女リリカルなのはVivid‐SEED_06話

Last-modified: 2014-01-01 (水) 21:41:23

「──セァッ!」

突撃。
息を大きく吸って吐いて。出来うる限り縮めた躰を、これまた出来うる限りの力で伸ばし、バネの如く前方へ跳躍。迫る斬撃二連をギリギリで回避すると同時、『敵』の懐に飛び込んで。
速攻。
右手に握った大剣で身を庇いながら、左手のナイフで瞬時に5回。人体の急所を狙った渾身の刺突を繰り出した。

「チィッ・・・・・・」

本気の、確実に殺る為の軌跡。
しかしその渾身のカウンターはことごとく、超至近距離であるにも関わらず容易く長剣で弾き反されてしまった。
有り得ない。物理的に不可能とも思える、圧倒的な剣捌き。どれだけ化物めいた動きをするんだ、この人!?

「甘いな」
「こんのぉ!!」

だけど、この展開は予測通りでもある。今の自分の、あの程度の攻撃を防げないのでは、わざわざ戦っている意味がない!
『敵』が上段に剣を構える。どっしりと腰を据え、一閃で斬り伏せる為の構え。
くそ、なんてタイミングだ。追撃しようにも防御をしようにも、この距離はマズイ。大剣には近過ぎ、ナイフには遠過ぎる。『敵』の絶妙な位置取りに、こっちの選択肢が尽く潰された。無理をしようものなら、あっという間に斬り捨てられる──素直に一旦距離を取って仕切り直す他ない。いや、でも。

「ッ!? ・・・・・・でやぁ!!」

『敵』が剣を振り下ろす気配、膨れ上がる剣鬼の殺気。ソレに気圧されて迷いが消えて、とっさに後方にステップしながらも、意地とばかりに右から左に大剣を薙いだ。せめて牽制だけでもと。
が──

「甘いと、言っているッ」

──呆気なく、柔らかく、此方の大剣を受け流された。
受け流されて、無駄に加速させられて、身体が泳ぐ。独楽のように躰が回って左回転。最初からそうと狙っていなければ不可能な芸当。つまり先の構えは、ブラフ。
そう悟ったと同時に、『敵』は刹那の加速で此方の懐に詰めて、

「・・・・・・ぐぅっ!?」

俺の脳天に重い重い、懐かしい衝撃が、走った。

 
 

『第六話 王の想いは少女と共に』

 
 

「なんやシン、どうしたん? 風邪でもひいた?」
「最近はどうも、お前らしくないな。シン・アスカ」
「・・・・・・はっ?」

空白としていた頭が、心底心配気な言葉で揺さぶられて覚醒した。

(えーと、今の状況は、なんだ?)

そうだ。日課であるシグナムとの模擬戦を終え、今は昼飯の時間。本日の八神家の献立はビーフカレーとシーザーサラダ。
食卓には俺──シン・アスカ──と家主である八神はやて、シグナム、そしてリインが座っている。
ヴィータとシャマル、アギト、ザフィーラは仕事の都合でここにはいない。

よし、状況認識完了。何も間違っちゃいない。

あれ、なんでいきなり俺が風邪をひいているという話の流れになっているんだ? 俺はいつも通り健康だし、それが取り柄なんだが。

「だって。いつもガツガツ美味しそうに御飯を食べてくれるのに、なんだか最近スローペースやし・・・・・・」

眉根を寄せる、ちょっと不思議なイントネーションが特徴的な家主に言われて二度辺りを見てみれば、もう全員がキレイサッパリ昼飯を食べ終えていた。未だスプーン握っているのは俺一人だけ。
おかしい。いつもヴィータとトップ争いをしているこの俺が、一番遅いリインまでにも負けていた、だと?
言われるまで全然気づかなかったぞ。

「それに動きも思考も鈍い。今朝は珍しく直撃を打たせてくれたし、な」

ついで腕を組んだシグナムが続き、

「さっきはランニング中に木にぶつかったりもしてましたし・・・・・・。ミウラちゃん驚いてました」
「むぅ・・・・・・」

冷蔵庫からデザートの牛乳プリンを取り出してるリインが付け足した。
あぁそうか。普段なら掠り傷程度で済んでいるのに、最近俺の身体所々に湿布が貼られているのは、脳天に大きなタンコブがあるのはそういう理由か。シグナムに朝の鍛錬──という名の模擬試合──でボコられまくったりてるから。納得だ。

「日に日に悪化しとるよ。やっぱ病院行った方がええと思うんよ」

そこまで言われたらもう認めざるをえまい。つまるところ、俺は絶賛不調なのである。
ナルホド。八神家の皆が心配そうに俺を視るわけだ。

「いや、俺は健康だって。熱とかダルいとかそういうの無いし」
「そうなん? じゃあ悩み事?」
「だったらリイン達が聞くですよー」
「そんな大袈裟なもんでもない。大丈夫だって」

不調でも、身体的な意味における意味ではない。精神的に深刻なものでもない。
ただ。

「ただ──」
「・・・・・・──気になる事項があるだけ、か?」
「・・・・・・あー。まぁ、な」

先にシグナムに言われた。なんだ、俺ってそんな分かりやすいのかよ?
まぁ確かに気になる事があるだけだけど。そう、ただそれだけだ。些細な事だ。
けど、最近の不調はそのせいだってことは明白に事実であり、それも充分自覚してるさコンチクショー。

「やっぱり心配? キラ君の事」
「・・・・・・いや──」

 

先日、キラ・ヤマトが倒れた。

 

3日前の昼頃、雨の中、光彩異色な女の子の目前で、前触れもなく。
そこに偶然通りかかり、雨に沈むアイツを聖王教会本部付属病院まで運んだのは他ならぬ俺だ。以降、アイツは病院の一室で昏々と眠り続けている。
気がかりなのはソレで間違いない。認めるのは癪だけど。

だが俺が気になっているのは断じて、決して、絶対に、キラの健康状態などという糞つまらない事項ではない。

「──、まぁそうかな。今日はセンターに行った帰りに、ちょっと顔だしてみる」
「そうですかぁ。きっとキラちゃんも喜ぶと思いますっ」
「・・・・・・ああ」

ないが、取り敢えず様子見だけはしてやるかね。同郷者として。
ほんと仕方ない奴だ。

 

◇◇◇

 

八神家にいる時はそうじゃないんだが、一人になると無性に故郷のことを、一人の女のことを思い出したくなるのはきっと、俺がまだこの世界に馴染んでいない証拠だと思う。俺の求めるものはここになく未だなく、今はどこまでも遠いあの故郷にしかないのだと、そう直感しているからだ。
そんな思考に陥ると決まって俺は、俺がどんな存在で、誰に生かされてるのかを再確認するんだ。

 

俺はただ、『家族』にいて欲しかっただけだった。ただ護られ、共に歩んでくれる人がいれば、それでよかった。あの14歳の地獄から、昏く重い壁で閉ざされていた俺の本心はソレだったのだと。
それに気づいたのはメサイア戦役が終わった後の、デュランダル派として裁判を受けていた時。ルナマリア・ホークが懸命に俺を支えようとしていた時だった。彼女の存在そのものが、何よりも救いだったから。
だから気づいたんだ。だから教えてくれたんだ。俺の過剰なまでの「護る」という欲求は、「護られたい」の裏返しだったんだって。全てを失った果てに残った彼女こそが救いだったのは、そういうことだった。
そして俺達は次第に、本当の意味でお互いに惹かれ、傷の舐め合いの関係から『家族』になって。
ルナが今の俺の全てだった。
ルナがいたから、今、俺は生きているんだ。

 

「・・・・・・ここに、ルナはいない」

ミッドチルダ首都‐クラナガンの脇道を、レンタルしたスクーターをとろとろ走らせながら一人呟く。
俺の『家族』はこのミッドチルダにはない。
実際のところ、俺の居候先である八神家のみんなは本当に良くしてくれて、家族のように扱ってくれている。見ず知らずの俺を末っ子として、信頼してくれている。
それはそれで嬉しいし不満もないけど、やっぱり俺の『家族』はルナだけだから。
心にぽっかりと穴が開いている。だからC.E.への帰還を求めてるんだ俺は。俺はまだこの世界に魔法に馴染んじゃいない。良い事か悪い事かは知らないけど。

「アイツは、俺とは違うんだよ」

だからキラは、俺とは正反対だ。
アイツの心はC.E.に存在しちゃいないし、ここを心底気に入っていて充実してる。あんなにも活き活きしたキラを見るのは久しぶりだった。まぁそれも仕方ないとは思うけどな。あんな事があっちゃ、流石にな。

「でも、だったらなんで?」

赤信号。ブレーキを効かせてスクーターを停止させる。けど思考は止まらない。

 

気になる事は、あのキラ・ヤマトが『ストレス』で倒れたという事そのものだ。
アイツはいつも何もかも悟ったようなツラをしていて、天然・甘えたがり・自己中が服を着て歩いているようなヤツだ。それでいて、あの悲惨極まる二度の戦争を最後まで闘い、『人の業』に間近で接してきた人でもあり、二度も精神を壊してしまった人間でもある。
そういう人間は動じない。
もうどんな事があろうと、思い悩むことがあっても心の芯は揺るがないのだ。まぁ逆にいえば、それだけ心と価値観が麻痺してるってことだけどさ。

キラ・ヤマトとは、そういった類の人間だ。

 

(だけど、倒れた)

医師の診断によると、原因は重度のストレスによる精神への負荷・・・・・・らしい。
まず有り得ない、と思った。
この世界に来てからアイツは完全に復活した。てか寧ろ以前より活動的になったというのに。この平和な世界の何処に、そんなストレスになるようなモノがあるのか?
また、先日にセイン達から聞いた話によると、その日の前の晩、キラはメールでクロノ提督に呼び出されていたらしい。・・・・・・何故?
提督が一局員(それも研修段階の)をメールで呼び出すのは、基本的に有り得ない。だったらそれはプライベートな事柄だと考えるのが普通だ。なら多分C.E.関連の事だろうが、それじゃ俺が呼ばれなかった理由がわからないし、そもそもストレスを感じるような話題でもないだろう。
管理局地上本部のログから調べたところ、キラが出た時間と倒れた時間がかなり近い事も判っているから、確実にストレスの原因はクロノ辺りにあると踏んでいるのに。何もかもがわからない。

(なんで、そうなったんだ?)

青信号。スクーターを発進させて、左折、大通りにて加速、思考は中断。
やっぱ考えてても埒があかない。
そもそもこれは気になるだけで、俺が深刻に考える事項なんかじゃあない。アスランだったら日がな一日中「キラァ・・・・・・」とか呟いてて使い物にならなくなるんだろうが。
そんなことしてっから禿げんだよ。「髪が後退してるんじゃない。俺が前進しているんだ」とかカッコいいこと言ったって無駄だし。
ああはなりたくないよな。

どちらにしろ直接訊いてみないとどうしようもない。けど、タイミングの悪いことにクロノはなんか次元の海に飛び出したとかで会えない。
まぁいいさ。帰ってきやがったら思う存分に問い詰めるまで。

そして今この状況が運命だというのなら、俺は飛び越えて切り開いてやる。

 

◇◇◇

 

「・・・・・・なんだこりゃ」

16時43分。
ミッドチルダ中央区民センター・スポーツコート。普段俺が自己鍛練の為に通っている、男共の汗でむさ苦しい筋肉の聖地・・・・・・なのだが。
今日は結構な『華』が咲き誇っていた。

「おーい、シーンっ!!」
「ノーヴェ! なんの集まりだよこれ?」

その『華』の一人、赤い短髪・金の瞳の女性、ノーヴェ・ナカジマが俺に気づいたようだ。此方に一人でやって来る。
てか、本当になんの集まりなんだろう。
ナカジマファミリー(長女と父除く)に教会の双子、ティアナ執務官、それと一昨日ヴィヴィオからメールで送られて来た記念写真の小学生二人。計女子10人、男子皆無。
そういや一昨日がヴィヴィオ達が4年生に進級した日だったか。キラの奴「絶対にお祝いをしてあげるんだー」とか能天気に言ってたクセに、何やってるんだマジで。

「貸し切りかよ。大事か?」

普段は大勢の人で賑わってる施設だというのに、ここだけ他人がいないってことは、この一面は貸切状態ってことだ。
また豪勢にやりあうつもりなのかと、観客もちらほらと見受けられる。こいつらは意外と格闘技や戦技に秀でていて、ここらじゃちょっとした有名人だ。特に組手では高レベルで派手な殴り合いが観れるとのことで、ソレを目的にセンターに通っている野郎共もいるって噂だ。

「いやな、ちょいと『ワケアリ』でな。いまから親睦を兼ねたスパーをやるのさ」

スパーリングを? ただの実戦形式の練習にしちゃコート広く取りすぎないか?

「・・・・・・ふぅん。誰と誰が?」
「今着替えてるところだよ・・・・・・っと、ちょうど来たようだな。ホレ」

ノーヴェが後方を指差す。
この面子で、ここにいないのが不自然な存在の事を考えれば、一人は高町ヴィヴィオだな。じゃあもう一人は誰だ?

そう考えながら振り向いたそこには──

「──アレは・・・・・・」

Tシャツにスパッツ、格闘技用防具を装備した、金の長髪に紅・翆の虹彩異色娘ヴィヴィオと、同い年あたりに見える少女。
その隣に、
碧銀の長髪に赤いリボン、人形のように整った顔立ちに、瑠璃・紫晶の光彩異色をもった女の子がいた。

 

(キラに目の前で倒れられて、オロオロしてた娘じゃないか・・・・・・?)

 

まず間違いない。同じ人物だ。
あの特徴的なツインテールに独特の瞳、雰囲気。なによりもヴィヴィオと同じように、何故か俺の中のナニかがゾワリとざわめく独特な感覚。
あの雨の日に、少しだけ言葉を交わした少女だ。
なんでこんな所に?

「おいノーヴェ。あの娘なんだよ?」
「ああ、昨日知り合ったアインハルト・ストラトスだ。ちょっと色々あってなー。・・・・・・そうそう、かなり強いぞ」
「いや・・・・・・、まぁいいか」

知り合った直後にスパーて。
おかしいですよノーヴェさん。普通、女ってのは共通の趣味を見つけてはキャーキャー姦しく話すもんじゃないのか? ショッピングしたりお茶したりさ。・・・・・・あぁ、共通の趣味が格闘技なのか。こりゃダメだ。

「? ・・・・・・じゃあアイツらが準備体操中にやることやっとくか。まずは自己紹介だな。リオ、コロナ!」

ニヤリとしたノーヴェが二人の名を呼んだ。あの女の子達か? ヴィヴィオと友達で同級生っていう。

「ほれ、お前からだ」

二人が集い、俺はコッソリ肘でつつかれた。急かすなよ。

「えー、初めてまして。シン・アスカ・・・・・・21歳だ。よろしく」
「リオ・ウェズリーです! シンさんの事は、ヴィヴィオからよく伺っています。よろしくお願いします!」

まず、紫紺の短髪に黄色のリボンが印象的な元気っ娘、リオ。天真爛漫でいかにもな体育会系。

「コロナ・ティミルです。知っているとは思いますが、ヴィヴィオと私たちはクラスメイトなんです。よろしくお願いします」

次に、亜麻色の長髪をツインテールにした大人しそうな娘、コロナが名乗った。こっちはまんま文系だな。図書館が似合いそう。
二人とも小学4年生らしくミニマムで健康的、ベクトルの異なる愛らしさを持っていた。お兄ちゃんって呼ばれたい。

「ん、よろしくな。お兄ちゃんって呼んでくれ」

てか無意識にそう言っていた。
ワーオなんてこった爽やか風味に言葉に出してんじゃねーよ俺。

「わっかりましたお兄ちゃん!」
「え、えと・・・・・・シンお兄ちゃん、でいいですか?」
「アー・・・・・・ウン、イイデスヨ」

もはや後の祭り。訂正しようにも受け入れられてしまってはどうしようもない。
一人の溌剌と、一人は照れぎみに、なんの疑いも躊躇いもなく寧ろノリノリで俺をお兄ちゃんと呼んだ。なんて良い娘達なんだ。罪悪感が半端ない。

「シン、お前・・・・・・」
「気にするな。俺は気にしない」

ノーヴェ、頼むからそんな目で俺を視るな。俺は拗らせてなんかないぞ。ものの弾みだったんだよ。
誓って言うが俺の妹はマユ一人だけだからな。

「OK、じゃーあたし達もお兄ちゃんって呼ばせてもらおうか?」
「やめてくださいお願いします」

それにしても、また女の知り合いが増えたな。何処からともなく「狙いは完璧よ!」という声が聞こえてきそうだが、それも気にしないでおこう。

(気になるべきは向こうだ)

そろそろストレッチも終わる頃。意識・視線を小学生ズから外して、コート中央に位置するヴィヴィオ達の方を注視する。

 

注目すべきは、あの少女。総合格闘戦技ストライクアーツの有段者ノーヴェが、知り合っていきなり弟子たるヴィヴィオとスパーをさせるのだから『何か』があるに違いない。

 

っと、どうやら俺の視線に気づいたようだ。その少女は一瞬驚いたような顔をして、こっちにやって来た。

「・・・・・・こんにちは」
「あ、・・・・・・はい、こんにちは。・・・・・・あの、あの人は?」

俺から先に挨拶された事で出鼻を挫かれながらも、アインハルトは存外しっかりと俺に問うてきた。
あの人とは十中八九、キラの事だろうな。

「ああ、アイツはまだ寝てるよ。だけど心配しなくても、すぐに起きるから大丈夫だ」
「そうですか・・・・・・。貴方も、彼方の方達と知り合いなんですか?」

少し安堵したような貌。それはそうだろう。目前で人に倒れられて気にしない奴はいない。

「つい最近に、な。俺はシン・アスカ、よろしくアインハルト」

この少女は言葉数少なく、あまり感情を表に出さないタイプのようだ。クールで、奥ゆかしくて、芯の通った娘。
そういう印象を受けた。
そしてやはり、ナニかがざわめく感じ。一体何なんだコレは?

「はい。よろしくお願いします、シンさん」

努めて明るく接したのが功を成したのか、警戒させることなくアインハルトは自然体でコート中央に戻っていった。
しかし、

(なるほど、『ワケアリ』か)

あまり「よろしく」という雰囲気じゃなかったな。まだ何かを決めあぐねているのか、どれほどの付き合いになるのか予測できていないのか。
悔恨と期待、悲嘆と疑念。それらがあの少女の瞳にあった。全て、ヴィヴィオと己に向けられた感情。何がそうさせる?

「んじゃ、スパーリング4分、1ラウンド。射砲撃とバインドはナシの格闘オンリーな」

みんなの姉貴分ノーヴェが、ヴィヴィオとアインハルトの間に立ちジャッジを勤める。
黄金は躰全体でリズムをとりながら、碧銀は静かに重心を落として、それぞれ構える。動と静、とても様になっていた。
遂に始まるみたいだ。どんなものか少し楽しみだな。

「レディ──」

ノーヴェが右腕を振り上げた途端に場が張りつめ、静寂。
一瞬の溜めの後にただ一つ、振り降ろされる腕が空気を裂く音のみ、聴こえぬ音として響く。
闘いの火蓋が、

「、ゴー!!」

ダンッ!!

(速攻!?)

切って落とされたと同時に、大気と床が震える。
爆発的加速で一息にアインハルトの懐に飛び込むヴィヴィオ。前傾姿勢、拳を引いて、勢いのまま、

 

ゴウンッ! と、アインハルトに砲弾の様なストレートパンチを撃ち込んだ。

 

ワッと観客が一斉に沸き立つ。

「──な、」

なんつーアグレッシブな!
まったくもって可憐な容姿にそぐわない猛攻。ヴィヴィオはさらに前進して拳を振るう。上段下段左右のコンビネーション、回し蹴り正拳突き。
コートを広く使った、機関銃もかくやと息もつかせぬ連撃に、アインハルトは防御一手だ。

「ヴィ・・・・・・ヴィヴィオって変身前でもけっこう強い?」
「練習頑張ってるからねぇー」

スバルとティアナが暢気に評する。ティアナはヴィヴィオの戦技を観るのは初めてらしいが・・・・・・いや、結構ってレベルじゃないって。変身って意味はわからないけど。
素晴らしい伸びとキレで攻撃を放つ金髪少女と、それを完全にブロックしきる碧銀少女。わずか10歳前後であの格闘技量とセンスは賞賛に値する。
そういやキラが言ってたな。ここにいると本当に、ナチュラルやコーディネイターとかいった区切りが心底馬鹿馬鹿しくなるって。

(・・・・・・ん?)

状況変化。
アインハルトの動きが、微妙に変わった。受け止める防御から、払う防御に。ヴィヴィオの攻撃が浅くなっているのか? いや違うな。
ヴィヴィオが深く強く踏み込んでハイキックを繰り出すが、アインハルトは軽く仰け反っただけで回避した。

(間合いを見切ったのか)

たかだか数号撃ち合っただけで分析したか。踏み込み、リーチ、挙動の癖を。
ということは。アインハルト・ストラトスは完全に格上の存在であり、実戦経験も豊富なんだ。
ヴィヴィオの拳は全て、余裕をもって受け流されるようになる。

「やぁっ!」
「・・・・・・」

表情から察するに、ヴィヴィオは相手が格上とわかっていてもなお、まっすぐ心からスパーを楽しんでいるよう。
スポーツマンとして良い心掛けだ。

(ソレはマズい)

良いのだが、違う。今ソレは望まれちゃいない──そう俺が得心した一瞬、アインハルトの顔から感情が「抜けた」・・・・・・気がした。
ヴィヴィオが躰を引き絞って、右腕を溜めながら突進する。対するアインハルトは静かに佇み、受けの構えを。

 

「ッ退け、ヴィヴィオっ!」

 

ヴィヴィオ渾身のアッパーカットは、残像を遺す勢いで躰を沈めたアインハルトの頭上を、虚しく空振って、

ズドンッ!!!

アインハルトの左掌底が、そうなる運命なのだという風情に、無防備なヴィヴィオの胸部に直撃した──

 

◇◇◇

 

古代ベルカ、その乱世の時代。天地統一を目指した諸国王による果てない血と戦の歴史。

【『聖王女』オリヴィエ・ゼーゲブレヒト】と、【『覇王』クラウス・G・S・イングヴァルト】は、そんな遠い遠い昔の舞台に登場する、二人の王だ。

幾百年と続いた戦争を終結に導いた英雄の二人であり、武技魔導を極めた傑物の二人であり、共に笑い歩み競い生きた二人であり、短い生涯を散らせていった二人。
そんな人間だった二人の名が、新暦79年春という今に大きな意味を携えて再臨する。
先刻ノーヴェ達から訊いた話を元に整理した結論から言ってしまえば、

 

高町ヴィヴィオは【オリヴィエ】のクローンであり、
アインハルト・ストラトスは【クラウス】の直系の子孫なのだという。

 

「まとめると、こんなモンか?」
「だいたいそんな感じだね。ノーヴェが『ワケアリ』って言ったわけだよ」

17時46分。
時空管理局本局内にある、管理世界の書籍やデータが全て収められた「世界の記憶を収めた場所」の異名を持つ超巨大データベース『無限書庫』で俺は司書長ユーノ・スクライアと、歴史の勉強と情報整理をしていた。

「でもユーノ・・・・・・さん。ご先祖の記憶があるなんて、ホントにあるもんなのか?」
「事例は少ないけど実際報告書は何件かあるし、覇王家の人間なら尚更不思議でもないよ。外見的特徴から見ても、彼女が覇王の純血統だってのも本当だと思う。あと呼び捨てでいいよ」

スポーツセンターにおけるスパー──見る人が見れば腰を抜かして全治3ヶ月であろう因縁の対決──は、アインハルトの掌底が決め手となり一本勝ちで終わった。・・・・・・が、圧倒的な実力差によるその一撃は、勝者にも精神的致命傷として牙を剥いた。
勝利の快感も笑顔もない。アインハルトの瞳には悔恨と悲嘆だけが残り、まるで迷子が泣き出す寸前のような雰囲気すら漂っていて。
痛ましかった。
アインハルトは、己を受け止めてくれるヒトを探し求めているように見えた。勝手な推測だけど、俺にとっての『家族』と同じ存在を。そして彼女にとっての『その役』を担えるかもしれなかった存在こそが、ヴィヴィオだったのかもしれないんだ。そう俺は直感した。
でも駄目だった。違った。あの一撃でアイツはそう判断した。
過去の記憶を持つが故に。

「酷しいよな、そりゃ」
「シン?」

誰も言葉を発せられない沈鬱な空気の中、ただ一人去ろうとする少女を引き留めたのは、ぶっ飛ばされた当の、因縁など何も知らないヴィヴィオ。
彼女にも思うところがあったのだろう。その想いと友人達の助け舟により、二人の少女は来週正式に練習試合をするという流れへ。掌底によって受け取ったアインハルトの重い想いに、次はちゃんと戦って、今度は自分の想いで応えてあげたいんだと、つまりはそういう願いだった。

 

『聖王』の骸布に付着していた遺伝子情報体から造られた少女と、『聖王』と親しかった『覇王』の記憶と意思を受け継ぐ少女との決着は、次週へ持ち越しと相成ったのだった。

 

「これも運命ってヤツかよ。重すぎだろ」
「そうだね。もっとロマンチックに使うような言葉であってほしいのに、どうして、こんな」

運命の名を冠するチカラを扱う俺が言うのもなんだけど、運命ってのはいつも無駄に大きい。大きくて、色々なモノを振り回すのだ。暴風雨の如く、誰かの事情なんてお構い無しに、都合によってハッピーエンドかバッドエンドかを勝手に選ぶ。そんな極端で気紛れで強大な矯正力。
振り回される方はいい迷惑だよマジで。
そういう意味では、俺と少女達は少しだけ似ている気がする。
くそ、気になってきたじゃないかよ。ここで起こる事なんて俺に関わること以外全て、俺と無関係だと思ってきたのにこんなんじゃ、見届けたくなるだろうが。
あの少女達の未来を、求めたくなるだろうが。

「練習試合は日曜だっけ」
「ああ、そこで全部決まる」

クソッタレな過去の戦争の遺産が、現代の子どもの未来に深く関わる、そんな運命。
現在試合に向けて特訓中であろうヴィヴィオの想いと力が、どこまでアインハルトに響くかが、未来を大きく左右する分岐点。
二人の少女にとって正しく『運命の日』が、間近に設定された。

 

願わくは、少女らにはハッピーエンドがあらんことを。

 
 

──────続く

 
 

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