『我が崇高なるジオン公国、ならびに同盟国同志の諸君!』
ジオンの商用テレビ帯が一斉に切り替わり、さらには同盟国の一部チャンネルにもリアルタイム中継される。
壇上にはジオン・アルテイシア・ダイクン大公、そしてエザリア・ジュール、トーマス・シティ市長。
テレビ中継のみならず、ホールには多くの見学者が詰め掛けている。
『先日、プラントのクライン政権より発表された、傲慢かつ欺瞞に満ちた発表とやらは、既に諸君らもご存知かと思う』
公に姿を現す時の正装、男装にマントという姿で、アルテイシアはその声を上げる。
『2度にわたって無実の罪を擦り付けたという事実もさることながら、まず忌まわしきは、
己の保身と体制の維持のために自国民を虐殺し、その犠牲を省みない腐敗したプラントの現状だ!』
言って、ばっ、と、アルテイシアは、壇上の後ろに設置されたスクリーンを示す。
プロジェクターが、シンやイザーク達のMSの記録から編集された、アーモリー・シティ内の映像を示す。
テレビ中継は、直接その画像に切り替わった。
地獄絵図。
得ることの出来ない酸素を求めて喉をかきむしり、あるいは吐しゃ物を撒き散らしながら、
タブンによって殺害されたアーモリー・シティの映像。
強烈だった。たとえ見るものがブルーコスモス過激派だったとしても、この映像に爽快感を示すものなど、
正常な心理状態ではありえない。さらに、ミーアのカメラに捉えられた公園のシーン。群集からどよめきが起こる。
『これがクラインの自由と平和の実態だ! 自由と言う名の無法、平和という名の抑圧、それはもはや許されざる一線を越えた!』
「おおっ」群衆の中からも、どよめきが起こる。
『諸君!! この戦争はもはやジオンの独立という枠を越えた!
我々は悪逆非道のラクス・クラインに正義の鉄槌を下し、排除しなければならない!』
その間も流される、アーモリー・シティの凄惨な映像。それを見つめる双眸の群れに、
もはやコーディネィターもナチュラルも、ブルーコスモスもザラ派もデュランダル派もない。
あるのは悪鬼の如き独裁者、欺瞞の歌姫ラクス・クライン。
『例え多くの困難が待ち構えていようとも、我がジオン公国は、人に普遍の正義を取り戻さなければならない!
立ち上がれ、国民よ、そして同盟国の同志達よ! ジーク・ジオン!!』
「ジーク・ジオン!」
「ジーク・ジオン!」
「ジーク・ジオン!」
シュプレヒコールは、巨大な波となり、トーマス・シティの全コロニーを揺るがした。
機動戦士ガンダムSEED
逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
PHASE-26
「彼らは、本気で戦うつもりなのですね」
ジオンはプラント本国を電波ジャックするような真似まではしていない。
通信傍受艦の持ち帰った録画で、ラクスはアルテイシアの演説を見た。
「ラクス、僕はもう我慢できないよ」
傍らにいたキラは、歯を食いしばりながら、忌々しそうに言う。
「許せないじゃない? ラクスが、プラントのコロニーに毒ガスなんて使うはずないのに」
「古来より、自らの野望の為に、群集に敵を作らせ、無闇に煽る為政者は数多くいます。
パトリックおじ様や、デュランダルがそうでしたでしょう?」
ラクスは、柔和な表情でキラに語りかける。
だが、キラの表情は晴れず、その手をぶるぶると震わせている。
「……でも、これは度が過ぎてるよ」
「そうですわね……」
アーモリー・シティ内の映像を流すビデオに、ラクスも沈痛そうに目を伏せ、ため息をついた。
ピンポーン。
インターフォンの呼び出し音がなった。
『閣下、重大な情報です。至急お知らせ申し上げたく』
ハインリッヒ・ラインハルト補佐官の声だ。
「どうぞ、お入りになってくださいませ」
ZAFT大統領武装親衛隊総隊長元帥であるキラが、この部屋にいる事は、公人としても問題ない。
扉が開き、ハインリッヒはあわただしく入ってきた。
「閣下、ジオン公国軍に動きがあります」
「!」
ラクスより先に、キラが反応した。
「ジオン公国軍は、先日、オペレーション・エッジによって失った衛星軌道ステーションの代替として、
L2宙域に新たな大規模ベースステーションの建設を意図しています」
ジオン本国とは、地球を挟んで反対側になる。
不便なようにも見えるが、アーモリー・シティがジオン制圧下になった今、連絡の不便はさほどない。
それよりも、これでほぼ、地球全域の監視をカバーできる。
「最終的には、軍事工廠コロニーに発展させる計画のようですが、さし当たってのベースステーションは、
数日後にも設置を行い、来月初旬には完成するとのことです」
「来月初旬!」
技術的にも造詣の深いキラは、驚いたような、感心したような声を出す。
「これが完成しますと、我々は地上圏と、切り離されてしまうことになります」
「ラクス!」
キラは、ラクスの意思を問うように、その顔を見た。
「これ以上、彼らの跳梁を許しておくわけにはいきません」
言って、ラクスは立ち上がった。
「プラント国防軍宇宙軍に、最大限の動員を。それと、『エターナル』を準備してください」
「ラクス!」
キラが、力強く声を出す。
かつての3隻同盟が1隻、『エターナル』は、『アークエンジェル』と共に、プラント国防軍に属している。
普段はプラント本国艦隊の主力艦の1隻として活躍しているが、
ラクス・クラインがエターナルを準備せよ、と言ったときは、特別な意味を持つ。
すなわち、国防軍と武装親衛隊、両者の統帥権の頂点にある、最高指揮官自らの出撃だ。
エターナルは、その後に建造されたヴィクトリアス型と同等の改装が施されている。
ただ、ヴィクトリアス型ではミーティアの母艦機能はオミットされ、通常の側面旋回砲塔になっている。
「守ってくださいましね、キラ」
ラクスはそう言って、キラの顔を見、手をそっと握った。
「もちろんだよ、ラクス」
「よくあんなもん、1週間で用意できたなぁ」
大型MS搭載戦闘艦『マリア』、貴賓室。
集結する艦隊の傍らで、新たに設置される公転軌道ステーション『ロウ・ルナ』の、ブロック部材が、
大型コロニー間カーゴに搭載されていく。
「ジオン脅威の技術力、って訳か」
シンが感心したように、窓越しに見ながら言う。
「そんなわけないでしょ」
質素なソファに腰掛けた、アルテイシアがそう言った。
「え?」
軽く驚いて、シンは振り返る。
「ハリボテよ」
「えーっ!?」
シンは驚愕の声を上げ、窓ガラスに顔面を押し付けて凝視する。
「中央の管制用中継ブロック以外は、低質の鋼線を編んで、その上をバルサ材やら
再生ペット(液化石炭)樹脂やらでそれらしく固めただけ」
それを見るシンの顔が、だんだんと呆れ顔になっていく。
「けど、あんなもん、あいつら気にするかな」
「釣られるわよ」
シンが不安げに言うが、アルテイシアはそう、断言した。
「メサイアの時だって、あれだけの戦力を持っていたんだもの、わざわざ衛星軌道上で戦わなくたって、
アプリリウスを直接抑えちゃえば勝ちだったのよ?」
「あ…………」
戦争とは他の手段を用いて行う外交手段の延長線上である。そして戦争とは壮大な陣取り合戦である。
戦略級兵器も、相手の抵抗力を殺ぎ、自国の領土を保全し、敵国の領土へ侵入しやすくするための手段である。
正面戦力でぶん殴りあうのは、本来の戦争の定義からすればこちらが余禄に過ぎない。
特に近代戦以降は。
「でも、やっちゃうのよ、ラクスとキラは。だって彼らがやっているのは、戦争じゃなくてヒーローごっこだから」
「…………」
アルテイシアの軽口を聞きながら、シンは、険しい表情をした。
「……シン、どうかした?」
「いや、なんでもない」
シンはそう言って、アルテイシアの向かい側のソファに腰掛けた。
『殿下、艦隊は出立致します。目標、L2公転軌道宙域』
艦内の有線通信で伝えられてくる。
「結構、実戦の方はお任せいたしますわ」
L1宙域の集合点に集結していたジオン公国軍本国艦隊主力は、続々と移動を始めた。
『ロウ・ルナ作戦』の開始である。
「でも、アルテイシアまで一緒に来なくても……」
シンは、不安げに言う。
「あっちも、ラクス自ら出撃するんでしょ? それなら、私だって決戦に立ち会う義務も権利もあると思うわ」
対照的に、アルテイシアはサラリとした表情で、そう答える。
「けど……」
「それに、この戦いで負けるのなら、行き着く結果は同じよ。そうでしょ?」
それでも憂うようなシンに、アルテイシアは仮面を外した顔で言い、不敵に微笑んだ。
「…………」
「だったら私は、シンのそばに居たいわ」
「アルテイシア……いや、フレイ……」
自然に顔が近づいていき、2人はキスを交わした。
「よいしょ、と……」
『ミシェイル』格納庫。
シホは、ニュー・ジン・バンシーの肩部装甲に貼ってあった、四角い、塗装と同じ色のステッカーを剥がす。
その下から、シホのパーソナルマークである、デフォルメナイズされた鳳仙花のイラストが出てきた。
「もらうまでに大分傷物にされちゃったわね。まぁ、相手も強かったし、しょうがないか」
腕を組みながら、苦笑気味に呟く。
先のトルネードストール作戦では、これにイザークが乗っていた。
だが、イザークには新たなGタイプが与えられる予定だったので、本来はシホが乗るべき機体に、
イザークが仮搭乗していたのだった。
「まぁ、壊さなかっただけ良しとしましょうか」
言いながら、シホは一度タラップに降りると、コクピットのハッチを開き、シートに収まった。
起動スイッチを入れる。
ZEONIC-Sires
General
Universal
Nuclear fusion power source
Dynamic and
Advances
Module unit
OPRATING SYSTEM
TPRF-MS2017F/S1 New GINN-S
Maintenance Mode
「さてと、調整調整と」
核融合エンジンは起動しない。艦内からの電力でコンピュータを起動させ、ソフトウェアを自分用にカスタマイズしていく。
そして、一方のイザークはと言えば……
「よし……」
同じくミシェイルの格納庫で、自機となるそのGタイプMSを見上げていた。
TPRF-XMS1F『インビシビリティレジェンド』。
格闘戦用に軽量化された機体だが、背後には、大気圏内用のX翼をつけた、『ガンバレルドラグーン』を5基、背負っている。
その名の通り、同様の形態のガンバレルストライカーをドラグーンシステムで無線化したものだ。
しかもドラグーン子機へのエネルギー供給はデュートリオン電送システムを使用し、従来のガンバレルに対する泣き所がなくなった。
装着時は追加スラスターとして機能し、高機動性を確保する。
これらの特徴はミーアのスタードラグーンで既に採用されていたものを、さらに洗練させたものだ。
やはりVPS装甲は採用していない。かつてのデュエルに似た塗り分けをしているが、
青の部分はミーアよりもさらに暗く、黒に近い紺をしている。
イザークにとって、デュエル以来のGタイプMSである。
しかし、イザークの顔は決して晴れやかではない。コクピットブロックの装甲を手で撫で、俯いて憂い気な顔をしている。
イザークはかつて、非武装のシャトルを、感情のままに、撃墜したことがある。
このイザークの行為は、決して褒められるものではないが、かと言って責められる問題かというと微妙だ。
戦時下においては非武装の輸送機が真っ先に狙われるのは当然のことである。
太平洋戦争では、当時国際条約で禁止されていたはずの無制限潜水艦作戦を、アメリカはやっている。
一見関係ないように見える民間人でも、いずれは前線の力となって回ってくる。
事実、ヘリオポリスは連合のG兵器開発に携わっていたのである。
きっかけはどうあれ、ZAFTとしては逃がしたほうがむしろ問題だ。
これは避難民を乗せたシャトルを、護衛もなく“放り出させた”、ハルバートンこそ責を負うべきだろう。
もっとも本人は無責任にも乗艦と共に自爆し墓の中だが。
とはいえ、一時的な感情のままに撃墜したと言う“きっかけ”が、その後のイザークに重くのしかかっていた。
だが……ジオンを立ち上げるに当たって、シンと交流を持つようになり、やがて聞いた彼の過去。
民間人を巻き込んでのオーブでの戦闘、フリーダムの誤射によるシンの家族の死。
────キラも過ちをする。
それ自体は構わないだろう。キラもスーパーコーディネィターとは言え、人間である。ミスはする。
だが、それを奴は省みることがない。それを知らされた。シンに『また花を植える』と言った。
何を言っている! いくら俺が花を植えたところで、落としたシャトルの乗員が帰ってくるわけではあるまい!
そして、そのキラを正当化し、お互いを絶対化するラクス。
────変わったのではない、元から、ああだったのだ……
イザークは絶望した。そして、同時に為さねばならないことを知った。
────人を惑わす、美しい花を咲かせる毒草を、自分の手で刈り取らなければ。
その目的が近づいてくる。その時が近づいてくる。
「キラを討てよ、シン」
誰に聞こえるわけでもなく、しかしイザークは、力強く口にした。
『プラント軍月軌道艦隊の移動を確認。本国艦隊と合流するようです』
「了解。貴隊も我々と合流を図ってください」
『了解しました』
マリア艦橋。アビー・ウィンザー少将が報告を受け取り、新たな指示をする。
バーツ型の設計を若干変え、ミラージュコロイドで姿を隠した観測艦『パティ』は、プラント軍月軌道艦隊が
本来の停泊軌道を離れ、プラント本国からやってくる主力艦隊との合流に向けて移動し始めたことを報告してきた。
「主力艦隊各艦へ。最大戦速、先行のカーゴ隊に追いつきます!」
アビーは指示した。プラント軍の動きを見極める為、カーゴ隊には申し訳程度の護衛しかつけていない。
マリア、ミシェイル。加えて改二ミネルバ型とも言うべき新造艦が3隻。
『パオラ』『カチュア』『エスト』。最大の変更点は陽電子砲タンホイザーを省略した点にある。
ただ、パオラだけは、その後から上甲板にかけて、ひな壇式で、特殊な形状の砲塔が2基、増設されていた。
『ジュンイチロー・コイズミ』、『ミツマサ・ヨナイ』の2隻を露払いに、大型戦闘艦、MS空母、
そして無数の護衛艦が、直掩のMS数機ずつを伴い、L2点目指して突き進み始めた。
一方。
プラント軍も、『アークエンジェル』を先頭に、『オリフィエル』『アナエル』『ザハリエル』のソロネ型、
『ヴィクトリアス』『インプラカブル』『インファティガブル』、そして『エターナル』を中心に、
ロディニア型MS空母2隻、エスコート役のナスカ型、ローラシア型を引きつれ、集合をかけている。
後世に『新月の決戦』と呼ばれる一大決戦が、今、幕を上げようとしていた。