556 ◆GHLUSNM8/A氏_第二話

Last-modified: 2011-09-19 (月) 23:48:55
 

第二話 「訓練だよ、アムロさん!」

 

訓練其の一『基礎体力』

 

「これから君たちにはランニングと筋力トレーニングをしてもらう」
「マジかよ…」
ディアッカがぼそりと呟いた。彼はこの手の基礎トレーニングは嫌いなのだろうか、
アムロがディアッカに話しかける。

 

「ディアッカ、MSに乗る上でも体力は重要だぞ」
「え、そうなの?」
「歩兵のように、とまではいかないが、日々のトレーニングは必要なんだ。
 極限状態の中での体力の減り方は尋常じゃない。それに疲れは焦りを呼び、焦りは精神をすり減らす」
「そういうものなのか…」
「心肺能力を鍛える事で酸素の消費も抑えることが出来る。
 他にも…そうだな、MSが大破した時に相手と剣で斬り合う、なんて事もあるかもしれないだろう?」
ディアッカは感心したように眼を見開く。
二人の会話はどうやらクルーゼにも聞こえていたらしいく、アムロの言葉にうんうんと頷いていた。

 

「アムロの言うとおりだ。何が起こるか分からない戦場においては、あって困るものなどないだろう?」
「クルーゼ隊長の言うとおりだ。皆、体はちゃんと鍛えた方がいい」
まるで教官が二人いるみたいだぜ…とディアッカは内心呆れていた。
それはどうやら他の面々も同じのようで、彼らは顔を見合わせて苦笑をもらす。
ただ一人、イザークは憮然とした表情でアムロを見ていた。

 

「ではメニューを教える。といっても私の思いつきのようなものだがね。
 まずは…とりあえずグラウンドを100周、といったところか」
アムロ「………………ぇ?」
「優秀なコーディネイターである君たちなら、ナチュラルが根を上げるようなこともこなせるだろう」
「よかったぁ。これなら大丈夫だね、アスラン」
「ああ、アカデミーよりかは楽そうだ」
アムロ「えー………………」
「ニコル、アスラン、隊長はウォーミングアップの為に言ったのだろうから当然だろう!」
「アムロも言ってたし、久々に俺も頑張るか!」
アムロ「……………………」
「どうしたのかね、アムロ?顔が青いようだが、気分でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です…
 (落ち着けアムロ。このまえお前はコーディネイターだっていわれただろう。なら大丈夫なはずだ)」
「それでは、訓練を開始する。ああそれと、3周に1周は全力で走るように」
(………何故だろう、出来る気がしない)

 
 

1時間後―――――――

 

「はっ、ここは!?」

 

アムロは目を覚ましてベッドからはね起きた。
自分は確か、外でランニングをしていたはずだが…今自分がいるのは、医務室だった。
ベッドのそばの椅子にはニコルが座っており、目を覚ました俺を見て嬉しそうに笑っている。
ということは…

 

「ニコル、僕は倒れたのか?」
「ええ。お医者さんが言うには貧血と過呼吸と熱中症と(エトセトラエトセトラ)を引き起こしたそうです。
 でも、アムロさんが元気そうで安心しました」
「認めたくないものだな、老い故の衰えというものは…」
アムロが軽く落ち込んでいると、医務室の戸をガラガラと開けてアスラン達が入ってきた。
「アムロさん!もう大丈夫なんですか?」
「ああ、心配掛けたな、アスラン。それにイザークとディアッカも」
「誰が貴様の心配なぞするか!隊長に言われなければ来ることもなかった!」
「落ち着けよイザーク。きっとアムロは体調が良くなかったんだって」
「ふん、情けない奴め!それでもコーディネイターか!?」
「イザーク、ここは医務室なんですから静かにしてください!
 それにアムロさんの体力はもう下降傾向にあるんですよ!?」
グフゥ!(ニコル、可愛い顔をして中々言うなぁ)」
「アムロさん!?まだ具合が悪いんですか?」
「いや大丈夫だ。寄る年波には勝てないということかな…」

 

アムロが苦笑していると、空いたドアから今度はクルーゼが出てきた。
「大丈夫かね、アムロ。体調が悪ければ…むっ!?」キュピーン!
クルーゼは第六感的な超感覚で、自らに向かって猛烈な速度で飛んでくる花瓶を避ける!
 ガシャーン!
粉々に砕けた陶器の破片を見て、次にクルーゼは恐る恐るアムロを見た。
「申し訳ありません、隊長。仮面が見えたもので、つい…」
「(つい、じゃねぇよ!)…いや、どうやら元気そうで安心したよ」

 

イザークはこの暴挙に爆発寸前で今にもアムロに飛びかかろうとしていたが、
それをアスランとディアッカが必死で抑える。ニコルはその様子を天使のような笑顔で傍観していた。

「先ほど言いかけたが、体調が悪ければちゃんと申し出る事だ。体調管理も兵士の仕事なのだよ」
「は、申し訳ありませんでした!」
「それではしっかり休んでくれたまえ。訓練は明日からにしよう」

 

訓練期間は一カ月。
さっきのメニューは小手調べ。
これから続くは悪魔のしごき。
アムロはサッーと血の気が引く音を聞いた。

 
 
 

訓練其の二『美人局』

 

つつ‐もたせ【美=人=局】
夫婦または内縁の男女が共謀して、女が他の男と密通し、
それを言いがかりとしてその男から金銭などをゆすり取ること。なれあい間男。

 

「隊長…これはどういうことですか?」
「この程度の文も理解できないのかね、アスラン。赤服が泣くぞ」
「そうではなくてですね!なんですかこの訓練は!?」

 

対美人局訓練。
ザフトの赤服、それも特務につくであろうクルーゼ隊には絶対に必要なものがある。
それは「機密性」だ。たとえ家族や恋人であっても任務の特性によっては機密を保持しなければならない。
敵もまた、その機密を手に入れるために必死になる。
いかなる国であっても諜報機関が絶大な権力を持つのはそのためだ。
盗聴、盗撮、通信の傍受、彼らは何でもやる。
その中でも人間の快楽を刺激し情報を得ようとするのが「ハニートラップ」である。
美人局とハニートラップは性質から言って全く違うが、クルーゼはより聞き覚えがある方を選んだのだろう。
行為自体は変わらないのだから。

 

「君たちは若い。言い換えれば思春期なわけだ。性への興味も高いだろう…
 つまり、クルーゼ隊で最もこの手のスパイ行為が及びやすいのが君たちということだ」
「だからといってこんな訓練をする意味があるのですか?」
「無論だ。性経験を多く積めば、女スパイとの一夜とてその経験の中に埋もれてしまう。 
 危険なのは、女も知らないピュアな少年…今の君たちなのだよ」
「アスラン、隊長の言うことはもっともだぜ。少し頭を冷やせ」
「ディアッカ…(お前、絶対邪まなことしか考えてないだろ)」

 

アムロはそんな様子を、さして関心のないように見つめていた。

「アムロさん」
「どうした、ニコル?」
「いえ、僕もこんな訓練が必要かどうか、正直疑問なんです」
「まぁ確かにあまり有用だとは感じないな。だが損だと思わない、クルーゼ隊長の言も正論だ。
 しかし君たちの純情を弄ぶような訓練は………」

賛成しかねるな、とアムロは呟いた。
乗り気なのはディアッカだけだが、明確に反対しているのもまたアスランのみである。
イザークとニコルは訓練ならば受け入れる、といった風だ。

 

「クルーゼ隊長、提案があるのですが」
「なんだね、アムロ」
「個人の判断に委ねてはいかがですか?高級娼婦でも呼びよせている事でしょうから、
 ここで誘惑に打ち勝てれば、このあとも耐えられるのでは」
「つまり、経験を積み女性に強くなるのも自由、忍耐力を鍛え欲望に打ち勝てるようになるのも自由、
 ということか」
「そういうことですね」
「ふむ、それでもいいか…では各員、自室にて待機しろ。おってスパイ役の女性を向かわせる」
「「「「「了解」」」」」

 

アムロ達が廊下を歩いていると、アスランがアムロにおもむろに頭を下げた。

「アムロさん、ありがとうございました」
「私は何もしていないぞ、アスラン」
「アムロさんが隊長に進言しくれてなければ、望まない性を強要されていたかもしれません」
「そういうことか。しかしここから先は君の道徳観念に懸っているぞ」
「心配はいりません。これでも忍耐力には自信があります」

そういってアスランは微笑む。笑った顔はいつもの厳しいものではなく、年相応に可愛らしいものだった。

「人間は変わっていくものだ。だが、望まぬ形で急な変革を求めるのは諦めが早いだけだと僕は思う。
 アスラン、君は君に従ってゆっくりと変わっていけばいい」

アスランの目が輝く。どうやらアムロは、知らないうちにクルーゼ隊の一人から信頼を得たようだ。

「ところで、アムロさんはこの訓練をどう思います?」
「どうとも思わないさ」
「淡白なんですね」
「かもしれない。だけどなんとなく…」
「なんとなく?」
「夜を過ごすのには慣れている気がするんだ」

 
 

翌朝――――――

 

アムロが食堂に向かうと、そこにはすでに仲間たちの姿があった。

「でなぁ、その後がエロいことエロいこと………」

どうやらディアッカは夜を楽しんだようだ。まだ頬が緩んでいる。

「へぇ、そうだったんだー」

ニコルはいつもと変わらない笑顔を浮かべている。彼についてはアムロも良く分からなかった。

「まったく、朝食ぐらい静かに食べられないのか?」

対照的にアスランの顔は暗い。目も血走っており、昨夜は寝られなかっただろうことが容易に推測できた。
どういう意味で寝られなかったのかは、疑問だが。
イザークは放心した顔のままパンを口に運んでいる。彼には誰も近づけない雰囲気だ。

 

「あ、アムロさん」
「おはようニコル。僕の分の食事はまだあるかな?」
「もちろん、ありますよ。僕はもう食べ終わったので、ディアッカの話し相手にでもなってください」
「アムロに俺の武勇伝を聞かせてやるよ!」

面倒な相手を俺に任せるとは、ニコルも中々やる…。
苦笑しながらアムロは配膳台から自分の分の食事を取り席に着いた。
前の席にはディアッカが座っており、彼の顔は間近でみると緩みに緩みきっている。

「ディアッカはどうやら、訓練をして正解のようだな」
「かもしれないねぇ。ま、俺の武勇伝は後々きかせるとして、アムロはどうだった?」
「どう、とは?」
「抱いたのか、抱いてないのかだよ」
「ああ、なるほど」
「ちなみにアスランとイザークはヤッてないってさ。ニコルは未確認だが………で、アムロは?」

ディアッカはまるで昨日のアスランのように瞳を輝かせている。
英雄色を好むというが、彼もその部類なのだろうか、アムロは少し笑った。
いやどうやらこの少年は、年相応の少年でしかない。
それはアムロにとって本当に素晴らしい事のように思えた。

 

「抱いたよ」
「さすが年長者。余裕だね」
「そうでもないさ、やはり年だよ。三人でストップだ」
「………三人?」
「一人目は気を失ってしまって、二人目は一度果てると三人目を呼んできた。
 そのあと三人で励んで、さすがに疲れたよ」
「えぇ…ええええええええ!?」
「ディアッカ、お前の武勇伝はどうなんだ?聞かせてくれるんだろう」
「お、俺のぉ!?いやいやいやいや、それはだなぁその、あ~・・・あれだ、なんつーかその………
 いや、まだアムロのターンだ!」
「これ以上何を話せばいいんだ?」
「しょ、詳細だよ!決まってんだろ!!」
「別に話して面白ことではないが……… (自主規制)して(自主規制)だったり
 (自主規制)のようになって――――――」

 

その後のアムロの言葉は自主規制の嵐だった。
ディアッカはそれを聞いていると次第に静かになり、最後には泣き出してしまった。

 

「―――――というわけだ。ところで、なんで泣いているんだ?」
「………」

ディアッカは何かを呟いたようだが、その声はか細く、アムロはうまく聞き取ることが出来なかった。
身を乗り出してディアッカに顔を近づけると、彼は突然立ち上がってアムロの手を取る。
アムロは驚いてのけぞった。

 

「すげぇ、すげぇよ!あんたすげぇ!いや、アムロさんはすごい!!
 なぁ、俺…あいや自分にどうかそのエロテクを教えてください!!」
「い、いきなりどうした。少し落ち着け!」
「三人も昇天させるなんて、アムロさんは経験が豊富であります!
 どうか自分にそれで培われた技術をご教授願いたい!!」
「MSと同じだ。経験と優しさと激しさ」
「そんな殺生な!もっと具体的に仰ってくださいよ!」
「わかった、わかったから席に座れ!それとうるさい!」

そうして朝の訓練が始まるまでの数十分間、アムロによる性戯教室がディアッカの為に開かれた。

 
 
 

第7演習場・グラウンド―――――――

 

アムロはやはり倒れていた。コーディネイターの中でもエリートであるアスラン達の
ハードなトレーニングについていけるわけもなく、グラウンド横の日陰で寝かされているのだ。

「まったく、なんだあの体たらくは!本当はナチュラルなんじゃないのか!?」
「師匠は間違いなくコーディネイターだぜ、イザーク」
「ディアッカ?師匠ってなんだそれ?」
「お前は知らないんだな。師匠の絶大な精力、もとい体力を………」
「妄言を吐いている暇があるなら走れ!まだ5周残っているぞ!」

 

ディアッカは走り出す。その胸に確信を秘めて。
(師匠は…いや兄貴は、最強のコーディネイターだ)

 

アムロは知らない。また一人、クルーゼ隊の中で彼の魅力に惹きつけられた人物がいることを。
ディアッカは知らない。アムロが彼の名前をディアッカ・エロスマンと名付けたことを。

 

クルーゼ隊の強化訓練は、まだ一カ月続く―――――。

 
 

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