A3 ◆m9w7pLzbjk 氏_機動戦士ガンダムSEED DESTINY+A3 _#3

Last-modified: 2011-01-31 (月) 00:54:24

#3 新車だって言ったんだけどな

 

「こんな気分でプラント見たのって、きっと初めてなんだろうな」
 宇宙港を出た直後、漆黒の大宇宙に浮かぶ巨大な建造物がシンの目に飛び込んで来る。
第一次オーブ戦後、失意の底に沈んでいたシンを温かく迎え入れてくれたのもプラントだったが、
失意とは別の心情を抱え見送ってくれた相手が、プラントだったと言うのも皮肉な話だった。

 

 シン達コーディネーターの住む国であるプラントは、
国名であるPeoples Liberation Acting Nation ofTechnologyの他に
居住区を示すProduction Location Ally on Nexas Technologyの意味もあった。
 プラントは天秤型コロニーと呼ばれ、その名の通り巨大な砂時計の形状の次世代人工居住地だ。
砂時計の中央の宇宙港を中心にコロニー両端に設けられた居住区画が回転する事で
コロニー内に重力を発生させている。
自機その物が回転し重力を得る旧来のスペースコロニーとは技術水準も構造様式も一線を画していた。
戦争末期、ロゴス頭首であるロード・ジブリールの凶行により計六基が崩壊したが、
現在は急ピッチで復興が進められている。
接の作業船の噴射光が黒い大気に鮮やかに明滅する様子は、静かな宇宙に花畑が現れたようだった。

 

 地球米国ニューヨーク行きシャトルは、建造途中のコロニーの間をゆっくりと周回し、
程無く予定航路に乗り始める。
作業用に装備に換装されたジンとストライクダガーがガイドビーコンの指示に従い、
宇宙空間を忙しく動きまわっているのが印象的だった。
後は二十時間もシャトルに揺られて居れば、シンが目指す地球に到着する。
一度月基地に立ち寄る事も考えたが、月周回軌道に居るルナマリアとの万が一の鉢合わせを考えれば、
危ない橋を渡るべきでは無く、あまり、需要が無い地球への直通便を手配した。

 

『本機にご搭乗の紳士淑女の皆さま、こんにちわ。
 こちらは操縦席、機長を務めさせて頂きますサイ・アーガイルです。
 本日はL5アライアンス、NorthP.L.A.N.T航空をご利用頂き誠にありがとうございます。
 飛行状況のご案内を申し上げます。本機はもう間もなく地球へ初動加速態勢を開始致します。
 レーザー推進にて燃料補給後、十分少々致しますと最終加速に入ります。
 お座席にお座りになりシートベルトの着用を切にお願い致します。
 現在、目的地の地球アメリカ合衆国ワシントンDCへの到着予定時刻は、
 五月二日グリニッジ標準時刻十五時三十七分を見込んでおります。
 道中何かとご迷惑をおかけする事があるかと存じますが、
 本日はNorthP.L.A.N.T航空をご利用頂きまして誠にありがとうございます』

 

 丁寧過ぎる機長の挨拶が済むとシンを乗せた高速艇は、地球へと艦首を向けゆっくりと動き出していた。
機体後部の追加ブースターが荷電粒子を受け、真っ黒な宇宙に真っ白な閃光が溢れ、
高速艇は最終加速へ突入して行く。
緩衝材が吸収しきれない僅かな衝撃が、圧力となって身体を心地よく揺らす。
日々の任務と底意地の悪い"仙人"の苛烈な訓練の日々が続き、覚悟を決めての除隊までの時間は、
心身共に休まる暇が無かったが、漸く色々な事が一区切り付いた気がした途端、
普段は終ぞ感じる事が無かった猛烈な眠気がシンを襲った。
(眠い…や)
 将来の不安や今後の進退等、考えなければならない事が目まぐるしく脳裏を駆け廻ったが、
今は全身を襲う心地よい睡魔に心を預け、シンはゆっくりと目を閉じた。
夢も見ない深い眠りだったが、何故か意識が閉じる直前、出発前の空港での出来事を思い出していた。

 
 
 

 ザフトの宿舎は、隊員のシフトや官公庁の中心街から離れた位置もあってか、
昼下がりは自然と人通りが途切れる場所に建てられている。
人目を避けるように宿舎を飛び出て、空港までのタクシーを捕まえる為大通りに出た瞬間、
シンは思いもよらぬ人間に出会ってしまった。

 

「よう…坊主久しぶりだな」
「ムゥ・ラ・フラガ少佐…」
「よせよ坊主。お前の中じゃ、俺はまだネオ・ロアノークのはずだぜ、トップガン」
 まるで、申し合わせたように街路樹の影から突然現れたムウにシンは、
驚きよりも訝しげな視線を送ったが、当の本人は何処吹く風と言った様子で飄々とした態度を崩さ無い。
「何の用でしょうか」
「用が無けりゃ会いに来ちゃいけないのか?」
 シンは、ムゥの人を茶化すようなおどけた態度が昔から嫌いだった。
こちらが真剣に話しているのに、終始道化を演じるような態度は、
シンが無知な少年である事を差し引いても、個人的に受け付けない類の大人だったからだ。
「普通用があるから、会いに来るんでしょ」
「寂しい事言うなよ坊主。俺とお前の仲だろぉ。
 おっ、どうした、どうした。そんな大荷物を抱えて旅行にでも行くのか?」
 変にフレンドリーなムウの態度にシンの眉が急激に角度を上げて行く。

 

 ムゥに対して言いたい事は山程ある。
だが、こちらが必死に自制心を制御して感情を抑えているのに、こちらが作った壁を壊すのでも無く、
飛び越えるのでも無く、最初から無かった物として振る舞われれば溜まった物では無い。
腹腔に溜まった罵声も行き場の無い怒気も拭いきれない毒素を、
いっその事吐き出せてしまえばどんな楽だろうか。
「…似たような感じです」

 

 だが、その半面、シンはムゥに妙な違和感を覚えていた。
戦中から仮面越しとは言え、何度も言葉を交わしているが、
彼はこんなにも常にこんな調子だっただろうか。
ファントムペインだったネオ・ロアノークの理知的でストイックな印象が拭えないからだろうか。
もっとも揺り籠で記憶操作を受けていたのだから、こちらが素の可能性は否定出来ない。
ムウの性格が、地なのか作っているのかシンには判断が付かない。
だが、妙に上機嫌なムウの様子にシンは違和感を覚えてしまう。
「冷たいねぇ。隠すような事か?」
「ベラベラと喋る事でも無いです」
 だが、彼にどんな違和感を感じようが、もう、シンには何ら関係の無い事だ。
シンはムゥに悪い意味で特別な思い入れがあったが、今更何を言うつもりも無い。
誰にでもなるべくなら会いたくない人間は居る。
ムゥ・ラ・フラガは、シンにとって最も会いたくも無い人間の一人だった。

 

「ザフトのトップガンが余裕が無い事で。そんなにカリカリしてると女にモテナイぜ」
「俺は…もうザフトじゃありません」
 苛立ち紛れについ本音が漏れてしまった。シンは「口が滑った」と後悔するが全ては後の祭りだ。
シンの突然の告白に、ムゥは表情を引き締め、急に声の調子を落とした。
「…軍を辞めたのか、坊主。
「辞めました。もう、戦うのは嫌です」
「そうか…やっぱり、そうなっちまうよな、やっぱり。
 …乗れよ坊主。何処に行くか知らないけど、送っていってやるよ」
 てっきり説教されると思った戦士の信念や、生き残った者の義務など、
兵士となった者がぶつかる極々当たり前の壁も今のシンからすれば耳が痛いのと同時に
兵士としての在り方など、罵声を浴びせ地面に叩きつけたい衝動に駆られる理由にしかならない。
 ムゥの本心が見えずシンは益々苛立つが、これ以上面倒事はご免だと、ムゥの提案に渋々従い、
トランクに乱暴に荷物を放り込んだ。
「おいおい…これ新車なんだぜ」
「気にしないで下さい。俺は気にしません」
「やった奴の台詞じゃねえだろ、それ。で、何処に行けば良いんだ、空港か?」
「はい…」
「愛想の無い事で」
 ムゥは辟易した表情でギアを"サード"に入れ、アクセルを噴かす。
電動セルモーターが高速で回転し、速度とは対照的に驚く程の静けさでムゥの"アスラーダⅢ"が発進した。

 

 空港までの道中ははっきりと言えば無音だった。
シンは、終始不機嫌な表情を崩さないし、ムゥも積極的にシンに言葉を求めるような事はしなかった。
淡々とした風景に目を配る中も、ムゥの運転する車は、プラント中央を横断する高速道路を疾走し、
渋滞こそしていないが、適度に"流れた"車の間を車は素知らぬ顔ですり抜けて行く。
 MSの操縦には、体力や技量、努力や才能の他に、単純に運動神経、取り分け
反射神経を多く必要とするのだから、車の運転が上手くて当たり前である。
 シンも彼がネオの時に何度も戦場で対峙したが、何度煮え湯を飲まされたのか分からない。
物凄い速度で後方に流れて行く景色を見つめながら、シンはムゥの事を考え続けた。

 

(一体…今更なんなんだよ)

 

 シンは、本能的にムゥが苦手だ。
苦手になった原因は色々ある。妙に馴れ馴れしい所や兄貴風を吹かす所が嫌だったり、
細かく上げればキリが無い。
アスランは、上から目線の嫌な奴と取られる事が多いが、
ああ見えて他人の目線に沿って話そうとする努力はしてくれる。
ただ、自分の経験を重視し過ぎたり、相手に真剣に接し過ぎるのが
マイナスイメージに繋がってしまうだけだ。
 しかし、ムゥ・ラ・フラガは違う。
年相応の他人との適切な距離の取り方を熟知し、外面を被る事に何の抵抗も厭わない、
場馴れした人間の持つ独特の雰囲気がシンは堪らなく苦手だった。 
 仕方ない。どうしようも無い。受け入れた"フリ"をして納得した"フリ"をして、
何を認めるわけでも無く無味乾燥に受け流す姿勢がどうにしても受け入れる事が出来ない。
 シンもこの世の全てが自分の思い通りになるとは思えない。
だが、諦めにも似た乾いた感情こそがこの世の中で最も重要だとはどうしても思いたく無かった。
シンは、ムゥを見る度に、自分が諦めに慣れる人間になりつつある事を嫌でも自覚してしまう。
ムゥ・ラ・フラガは、シン・アスカにとってステラの事を差し引いても最も会いたくない人間なのだ。

 

「着いたぜ…」
「…どうも」
 無言でムゥの本人に思考を張り巡らせて見れば、気が付けば空港に到着している。
シンは、表情を崩す事無く一言謝辞を述べた。無理やりでも送って貰った相手に失礼な態度だったが、
ムゥは特に気にした様子は無かった。
「なぁ坊主…俺に時間をくれないか?」
「嫌です。もうすぐ搭乗時間なので、お断りです」
「坊主…お前シャトルの予約もしてないんだろ。少し譲歩してくれよ」
「…してますよ」
「嘘付けよ」
「…してませんよ。すいませんでしたね」
 不貞腐れ微苦笑を浮かべるムウから視線を逸らす。
シンは、プラントから出る事しか考えていなかった。
衝動的に除隊届を出したのは良かったが、それから先は完全なノープランだ。
ムウの言う通りシャトルの予約もしていない。
それは別として出た所勝負の性格を見透かされたような気がして悔しかった。

 

「なら、時間はあるだろ。五分で良いから俺に時間をくれ」
 ムゥがシンに何か思惑を持って接している事は確実だ。ただ、それが何かはシンには分からない。
だが、今更何を言われても糠に釘だと諦念で埋まったはずの胸の疼きを意図的に無視した。
トランクを地面に下した事でムウは肯定と取ったのか、目を閉じ、慎重に言葉を選ぶように話し始めた。
「坊主…いや、シン・アスカ。お前は俺が憎いか?」
「少佐は、いつもストレートですよね。こっちの気持ちも考えずに」
 憎いと言う言葉にシンの心が波立ち、握りしめた拳が鬱血し顔が曇るのを止められない。
諦念とは別の赤黒い感情が生まれるのが止められない。
「坊主…俺が憎いか?」
「嫌いです」

 

 憎いでは無く嫌い。
きっと、一言「憎い」と罵ってしまえば、老朽化したダムが決壊するように、
感情が溢れ出る事を止められないだろう。

 

 シンがムゥを嫌いになったのはステラ・ルーシェの事以外あり得ない。
あの時、ステラが死の淵で苦しんでいた瞬間、一時とは言えシンはムゥを信じた。
だが、結果は語るに及ばず、シンはムゥに裏切られた。
結論から言えばステラは、どう足掻いても助からなかった。定期的な"メンテナンス"を必要とする
エクステンデットにとって敵の捕虜になる事は死と同義だ。
プラントの技術水準は連合に負けずとも劣らずに高い。
積極的に研究を進めれば、エクステンデットの特殊性も直に把握出来ただろう。
しかし、それでは死の淵に瀕したステラの命は救えなかった。
ザフトではステラの命は救えない。連合でもステラの命は救えなかった。
止められない運命の流れは無情にもシンを打ちのめした。
いつも決まって思い出すのは、ステラを冷たい湖に埋葬した記憶では無く、ステラをムゥに返す瞬間の時だ。
シンがステラを本当に助けたければ、インパルスを手土産に連合に寝返っても良かったはずだ。
 敵の最新鋭機体と母艦の情報。やりようは幾らでもあったにも関わらず、
シンが出来た事はムゥにステラを押しつけただけだった。
 手前勝手な意見を敵に押し付け、人を"守り助ける"覚悟の本当の意味知らず
都合の良い奇跡を望んだツケがステラ・ルーシェの死だった。

 

「暖かい優しい世界に返してやってくれ」

 

 今思えば、随分と馬鹿な台詞だったはずだ。
幼い理屈以前に"暖かい優しい世界"とは果たして何だと言うのか。
戦争が無く誰も物理的に傷つかない世界の事を指していたのか、
それとも、南国にもで連れて行ってくれと頼んだつもりだったのか。
言うのは容易い、しかし、全身を改造され、精神操作を受けたステラが暖かく"生きて"いける世界など
あの時は何処にも有りはしなかった。
何もかもが稚拙で理不尽過ぎる。
今だから言える。あの時、暖かい世界に連れて行って欲しかったのは、
ステラを通して亡き家族を見ていた無くシン本人だったはずだ。

 

「嫌いか…お前も強情だな。ステラを殺したのは俺だ。俺はあの時上司の命令に逆らえなかった。
 ステラを殺したくない心も確かにあったさ。でもな、坊主。
 坊主との約束を破ってステラを戦いの場に引き戻しちまったのは、誰でも無い、俺だ。
 俺がステラに命令して戦わせたんだ。俺の上官と同じようにな。だから、坊主…俺を殺せ…
 坊主が現役のコンクルーダーズだって言うなら、呼吸する合間に殺せるはずだ。
 自分の手を汚すのが嫌だって言うなら、こんな最低な道具でも良いんだ。お前の好きにしろ」

 

 突きだされたオートマチックの拳銃を前にシンは頭に血が昇るのを抑えられなかった。
ムゥの手には、一丁の拳銃が握られている。MS乗りなら誰でも持っている軍の支給品。
だが、弾を込め、狙いを定め、引き金を引けば人の命を簡単に奪う無骨な鉄の塊。
銃の表面が人工太陽の陽光に鈍く反射し、シンの赤い目を照らした。

 

「殺せ、殺せって。そんな勝手な事ばっかり言って…あんたは一体何なんなんだ!」

 

 お決まりの台詞が感情の津波と吐き出され、ポケットに忍ばせていた"弦"に手が伸びる。
キュンと空気が裂ける金切り音が響いた瞬間、ムウの新車が綺麗に"三等分"に裂断されていた。
「新車だって言ったんだけどな」
 分断された愛車を前にムウは抑揚の無い呟きを漏らした。
ムゥの愛車は、まるで超震動ブレードで切断されたような鮮やかな切り口を見せている。
都合良く一枚の枯れ葉が舞い降り、切断面に触れると葉は二つに別れ、
限りあるプラントの空に再度舞った。
「これがコンクルーダーズか。聞いてたのと少し違うな。気とか使うんじゃ無かったのか?」
 何の"兵器"も用いず、発泡金属を切断した人間が目の前に居ると言うのに、ムゥは顔色一つ変えず、
さも当然と言う表情でシンを見つめ言いる。
「俺は、アスランにみたいに器用じゃ無し、内家よりも外家の方が相性が良かったんです。
 でも、俺は…人を殺す為に、これを学んだわけじゃ無いです。車の事すいまんせん…後で弁償します」
 自分でも制御出来ない憎しみと言う意識の空白がシンを凶行に導きかけた。
後、ほんのコンマ数秒憎しみに飲まれていたら、分断されたのは車では無く、ムゥの方だったはずだ。
シンは、衝動的に力を振るった事を恥じているのか、苦渋に満ちた表情のまま、
決して顔を上げようとしなかった。

 

「気にするなよ。俺が許せないのは気持ちは、当事者なら当たり前の事だ」
「どうにも出来ないんです。ステラは死んで…俺は少佐が"嫌い"で、
 俺だって、いつか少佐を許せる日が来るかも知れない。でも、それは、もっと先の事で今じゃ無いんです。
 俺は…今はあんたが嫌いな気分で心が膨れてるんです」
「偉い仙人から学んだ技が人を守る技ってんなら、尚更お前は銃で俺を撃つべきだ。
 人を守る力で人を殺すな。撃てよ坊主。お前には俺を撃つ理由も、撃って良い理屈もあるだろ」
「俺に少佐を撃つのに正当な理由があったとしても。それが人を撃って良いなんて理由になんかなりません」
「それでもお前は俺を撃つ、仇を取る理由があるはずだ」
「さっきも言ったじゃ無いですか。仇なんて人を殺す理由になんかならないんですよ。
 大体仇とかそんな事ばっかり考えるの、俺はもう疲れました。
 嫌なんですよ、もう。人が死んだりとかそんな事ばっかり考えるの…
 だから会いたく無かったんです。会えば何を言って良いのか分からなくなる。
 どうすれば良いのか分からなくなる。
 少佐を殴っても罵っても、ステラはもう居ないんですよ。
 俺は少佐の自己満足とか否定しません。出来ませんよ。
 俺だって自己満足の為に戦いました。戦いへの覚悟とか代償とか、自分の行動が何を巻き込むのか、
 何も考えずに戦ってたんです。
 トリガーを引けばビームが飛び出る。摂氏数千度の熱線に当たれば人は死ぬんです。
 そんな簡単な理屈も理解出来て無かった。
 "守る"なんて耳障りの良い言葉に酔っぱらって、他人の命がこの手に乗ってる事を見ようとしなかった。
 取り返しの付かない罪を犯したって言うなら俺だって同罪だ。
 もし、どんな願いでも一つ"だけでも"叶えてくれるって奴がいるなら。俺はどんな代償だって払いますよ。
 それが悪魔とか天使だって、魔女でも変な生き物だって構わない。
 でも…俺は奇跡と魔法を望んでも…この世に存在しないって目が覚めて…しまったんです。
 今更、少佐を恨めない。せめて、嫌いだって突っぱねるのが精一杯だ。
 どんな理由があっても、他人の命を奪う理由になんかなりません。
 俺にはもう戦う意味が分からないんですよ。だから、俺はザフトを抜けるんです」

 

 シンは、ムゥの手から銃をふんだくり、植木の隅へ放り投げ背中を向け足早に去っていく。
一人残されたムゥは、無残に切り裂かれた愛車に腰を降ろし、プラントの空を見つめた。
地球とは違い、プラントの空は低く狭い。相対停止した環境調査用のアドバルーンが
人工太陽の光を反射し強く輝く横を真っ白な鳥が群れを為して飛び去って行く。
地球でも宇宙でも例え仮初の作られた世界でも、生物は力強く生きている。
 ムゥはその度に自分がとてもちっぽけな存在に思えて、無性に虚しくなるのだ。

 
 

「ムゥ…」
 どれくらいの時間呆けていたのだろう。気が付けば、ムゥは恋人のマリューに抱きしめられていた。
彼女の温かな胸に抱かれているだけで、ムウは心が安らいでいくのを感じていた。
「マリュー…坊主は行ったのか?」
「ええ、さっき、シャトルに乗ったのを見届けたわ」
「そうか、行っちまったか…あのさ、マリュー。俺、振られたよ。坊主は俺の事嫌いだってさ」
「そう…」
「マリュー。俺は最低かな。死ぬつもりだったのに。マリューに後の事まで頼んで覚悟してたのに。
 生き残って心の底から安心してるよ」
「私は貴方が生きていてくれて嬉しいのムゥ。それだけじゃ駄目かしら」
「…ありがとう、マリュー」
絞り出したように掠れた"ネオ"の声は弱々しく苦渋に満ちていた。
 誰しもが傷ついている。
慙愧に堪えない発言だとしても、マリューは傷ついた恋人をずっと、抱きしめていた。
死に至る病が絶望ならば、絶望を癒す特効薬は希望では無く、きっと、人の温もりなのだろう。
大渦の中心に居たシン・アスカは、果たして人の温もりを欲しているのだろうか。
マリューは、シンの将来に幾許かの祈りを捧げ、今はだた、恋人が"無事"だった事に安堵を覚えながら、
宇宙港を離陸して行く"地球行き"の定期便を静かに見つめていた。

 

「いい加減に車どかせよ、兄ちゃん。後ろ詰まってんだよ…」
 ムゥの車が切断されお釈迦になったとは露とも思わず、後続車のクラクションがターミナルに響いた。

 
 

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