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Last-modified: 2012-11-04 (日) 13:41:44

 停泊している〝ミネルバ〟の隊長室に三人で向かい、彼らの姿を確認したアスランがおもむろに立ち上がり、少しばかり逡巡した様子を見せてから、それでもはっきりと前を見据え、言った。
 
 「……おかえり」
 
 と。
 きっと彼は、何を言えば彼女を傷つけてしまうかとか、気を使わせてしまうかとか、ぐるぐると悩みめぐり、その結果がこの言葉だったのだろう。それでもレイは心の中でわずかな賛辞の言葉を述べた。たぶん、最良の言葉だと思ったから。
 右隣のラクスもまた、わずかな逡巡を見せ――
 深々と頭を下げ、人形のように言った。
 
 「ご迷惑をおかけしました。二度といたしません」
 
 レイはその言葉にわずかに落胆し、視線を彼女から逸らした。もしもここで彼女が『ただいま』と、そう一言言えていれば、全てが解決していたような気がしたから。
 
 しかし、そうはならなかった。
 彼女だって彼女なりに何かを悩み、考えた末のその言葉なのだろう。
 アスランが寂しそうに視線を落とし、自分の椅子に座り戻る。
 ヒルダがどこか嬉しそうな顔をしていたのは、あわよくばラクスという少女を自分の女に出来るかもしれないと思い始めたからかもしれないと思い、心の片隅で軽蔑した。
 あの屋敷を出る直前、二人きりになった時、彼女はレイの頬にそっと振れ、言った。
 
 『ありがとう。またあの時みたいに、楽しい夢を見させて頂きました。貴方にしていただいた事、決して忘れません』
 
 彼女の微笑みは今にも消え入りそうで、何故だかレイにはそれが辛くて、無言でいる事しかできなかった。
 人はそう簡単に変わりはしない。
 ラクス・クラインという健気な少女の根底が善であり、それが揺るがなかったように、歪んでしまった彼女の心もまた、〝プラント〟と言う箱庭の現実に引き戻され、元の鞘へと収まってしまった。
 そして、レイ自身もまた――
 それでも、例えそれでも、この十日足らずの出来事は、『とうに消えかけているはずのこの命』を照らし、心をちりちりと焦がす篝火のようにして存在し続けている。
 レイは暖かさを決して忘れないと、心に誓った。
 
 
 
 
PHASE-31 運命の業火
 
 
 
 
 ――九月二十五日。作戦前夜
 ブリーフィングルームに集められたキラたちは、緊張も隠せずにそれぞれの席についた。皆が集まり終えると、艦長のナタルがホワイトボードに映し出されたオノゴロ島の見取り図を教鞭で指し示す。
 
 「――皆知っている通り、今回の我々の任務は、ザフトに占領されたオーブの奪還である」
 
 オーブ、ぼくたちの故郷……。キラはごくりと唾を飲み込み、説明を続けるナタルを見守った。
 
 「開戦と同時に〝ドミニオン〟と〝アークエンジェル〟の二隻で先行し、敵をかく乱する」
 「――オーブの対空砲とかどうなってんですか?」
 
 と、フレイ。
 
 「……今から説明するところだ。まったく、毎回毎回君はだな――」
 「艦長、後にしてださい。作戦会議中です」
 「………………」
 
 メリオルに釘を刺され、ぷいと子供のように顔を背けたナタルが可愛らしかった。後ろの席から「か、可愛い……」「かんちょお~素敵だ~」などと言う声がぼそぼそと聞こえてきたが、気にしないようにした。
 メリオルが眼鏡のずれをきりっと直し、前へ出た。
 
 「オノゴロ島に潜入した工作員によると、敵ザフト軍は長距離用の陽電子砲台を用いて、連合艦隊を迎え撃つ構えのようです。陽電子砲の射程は、オノゴロの湾岸部まで届くとの事なので、上陸してからが――」
 「さっきジェスさんに会ったんですけど?」
 「今関係ありません」
 「変なジャンク屋にも――」
 「関係無いと言いました、アルスター少尉」
 
 相変わらずのフレイにも全く動じず切り捨てる彼女は流石である。「ちぇーっ」と閉口するフレイも可愛いなあなどと思っていると、目敏くキラの様子にも気づいたメリオルが視線でじろと圧し、慌てて平静を装った。彼女が続ける。
 
 「――同時にそこにはモビルスーツ隊も配備されています、ですから――」
 
 彼女の話も聞かずにシンが興奮して言った。
 
 「じゃあ、そのモビルスーツ隊をぶっ飛ばして、砲台をぶっ壊して、オーブに入ればっ!」
 
 彼の隣でアウルとスティングが深くため息をついた。ステラがにこにこと頭の上にハテナマークを浮かべている。メリオルがやれやれと軽く頭を抱え、ナタルから叱りの言葉が飛びそうになった時、アムロが苦笑を漏らして言った。
 
 「ン、その感じ方で良いと思う。その為に、俺達で敵部隊を引き付ける」
 
 これはキラの知らない所であるが、明日、地球連合が侵攻する拠点はオーブだけでは無い。他のザフト基地への同時侵攻作戦、それが行われるのが明日であり、オーブはその一つでしかない。だから、オーブだけに戦力を割くわけにも行かず、陽電子砲台を破壊する部隊には〝サーペントテール〟を初めとするいくつかの傭兵部隊も紛れている。
 
 「しかし、万が一という事もある。俺達だって正面からでも陽電子砲を落とす気で攻める必要はあると思う」
 
 口ぶりから、彼はあまりその潜入部隊を信用していないような気がした。同時に、彼なら本当に単機で落とせてしまうかもしれないという期待も。
 
 「今回の作戦では、彼らも我々〝ファントムペイン〟の一員として参加してもらうことになった」
 
 とアムロが説明すると、見知った五人の青年たちがさっと立ち上がり、敬礼した。オーブ防衛戦で共に戦ったスウェン達だ。同じブリーフィングルームにいるのだからとっくに知っていたが、いざこうして説明を受けるとなんだか頼もしい気持ちでいっぱいになる。
フレイとミリアリアが、既に仲良くなっているらしいミューディーに手を振ると、彼女はにこりと白い歯を浮かべ手を振って見せた。
 
 
 
 ――九月二十六日。
 まだ日も昇りきっていない午前五時少し前。アズラエルはこつこつと革靴を鳴らし、艦橋《ブリッジ》へと足を進める。
 今日、この日を持って、歴史は変わる。パナマでは辛勝であったと聞いている。ならば、圧倒的な勝利、それこそが今の地球連合に必要な、最後の一欠片。あと少し、あと少しで地球に住む国全てが地球連合へと組するのだ。この作戦さえ成功すれば、未だ参加を渋る国々にも、参加への表明を約束させてある。
 アズラエルの足はやがて艦橋《ブリッジ》へとたどり着き、扉を開けると、頼もしいクルーがさっと視線を向けた。
 
 「さあ皆さん、作戦開始です!」
 
 オーブ沖に待機していた艦隊に、それは告げられた。日の出と同時に下された攻撃命令――。
 格納庫《ハンガー》の〝ルージュ〟のコクピットで、フレイは小さく深呼吸した。
 
 〈市民の誘導は、既にホムラ代表らが終わらせてくれている、我々は勝つことだけを考えていれば良い〉
 
 通信モニターにナタルが映り、てきぱきと指示を出す。〝ドミニオン〟の戦力は、カナードの〝ハイペリオン〟、キラの〝フリーダム〟、トールの〝デュエルダガー〟、そしてフレイの〝ストライクルージュ〟。そしてスティング、アウル、ステラの乗る〝ドラグーンミサイル〟搭載型の〝スカイグラスパー〟が三機だ。
シンの〝アカツキ〟もあるが、戦力として期待は出来ないだろう。現に、彼は緊張しきった様子で、モニターの中で表情を硬くしている。
 ふと、カナードがそんな彼に声をかけた。
 
 〈アスカ、貴様はオレたちの後ろにいれば良い。……勝てるさ、必ずな〉
 〈う、後ろって……でも――〉
 
 シンの顔に不満の色が浮かぶ。
 
 〈敵も必死だ。貴様に〝ドミニオン〟を任せると言った――ルーシェ達も一緒につかせる〉
 カナードが言うと、シンはぎょっと目を丸くし、わずかに顔を赤らめ気恥ずかしげに視線を逸らした。体の良い厄介払いに近かったが、それが一番安全だろう。
 ミリアリアからの通信が入る。
 
 〈〝ドミニオン〟隊の任務は、敵モビルスーツ部隊の駆逐です。皆、気をつけてね……〉
 〈任せとけって!〉
 
 と答えたのはトールだ。彼ももうベテランだ、シンの前で弱みを見せるわけにもいかない。
 
 〈こういう単純な作戦の方が、ぼくたち向きだしね〉
 
 と、キラである。そうは言ったものの、少し落ち着かない。緊張の色を隠せない。ミリアリアが続ける。
 
 〈でも……何か、嫌な感じするの〉
 
 それは、フレイも感じていたことだ。オーブに、何かが巣食っている。触れてはいけない、何かが……。
 
 〈お前の言うことだ、何かあるとは思っている。――警戒を怠るつもりは無いさ〉
 
 カナードが勇気付けるようにして言うと、少しばかり皆の表情が和らいだ。
 やがて、〝ドミニオン〟のモビルスーツ隊にも、出撃命令が下り、モニターにぱっとアズラエルが映りこむ。彼の周囲では対モビルスーツ戦闘用シークエンスに入ったクルーの慌しい姿が垣間見えたが、アズラエルは気にも留めずに言った。
 
 〈いやー、間に合って良かったですネェ。それに装備された――〝Iフィールド〟は、現状五秒間しか使えません。ま、いざって時はそれで頼みましたヨ?〉
 
 地球に降下してからつい先ほど届けられ無理やり〝ルージュ〟左腕部全体を覆うようにしてに固定されたそれは、亀の甲羅のような曲線を描いており、何の変哲も無いただの増加装甲のようにも見えるが、塗装はされておらず鋼の色のままだ。だが、その〝Iフィールド〟発生装置とやらの所為で、左腕は使い物にならなく、マニュピレーター に何かを持つことすらも不可能になってしまったのは面白くない。
 曰く、〝シュヴァン〟の飛行システム等は全て、更に上位のものとして研究が進められている〝ミノフスキー物理学〟の為の実証試作であり、その為の通過点でしか過ぎないのだとか。
 が、そんな事はフレイには関係の無いことで、使用時間五秒、再使用の為の冷却に二時間、それどころか本当に起動するのか、冷却後の再使用可能すらも不明であり、テストもしてない試作品を何とか持ってきただけのふざけたものである、と苛立った。というかそれは間に合ったとは言わないでしょうが、と心の中で突っ込みを入れ、ちらと別のモニターに目をやる。
 マードックが覗き込むようにして言った。
 
 〈良いな嬢ちゃん、〝シュヴァンストライカー〟はこれ一機しかねぇんだ、だから――〉
 「――壊すなってこと?」
 
 フレイが首を傾げると、マードックはにっと口元を歪めた。
 
 〈――いや、予備のパーツもねえ。だったらこの戦いでぶち壊しちまえっ!〉
 
 なんてことを……。フレイは驚きの余り目をぱちくりさせ、やがて苦笑した。
 
 「ん、それ採用! ぼっこぼこにしてきますっ」
 〈ああ、帰って来いよ!〉
 
 すぐさま通信が切れ、マードックは自分の仕事に戻っていく。
 〝フリーダム〟がカタパルトから射出されるのを見送りながら、〝ルージュ〟に外殻のような〝シュヴァンストライカー〟が覆いかぶさっていく。動きにくさはあるが、装填されてる〝ドラグーンミサイル〟を撃ち尽したらさっさと捨ててしまおうと思うのがフレイである。アズラエルが蒼白になるのは目に見えてるが、知ったことではない。
 カタパルトへと運ばれている間に、ミリアリアがモニターに映る。
 
 〈フレイ、〝シュヴァンパック〟で戦うのは初めてだから、無茶しないでね〉
 「当然でしょー。わたし、こんなごつごつしたのと心中なんてごめんだもん。ちゃちゃっと捨てて帰ってくるわ」
 
 ミリアリアの傍で、アズラエルが咽返っているのが面白かった。
 
 〈ふふ、フレイだもんね。――針路クリア、〝ストライク〟発進どうぞ!〉
 
 大丈夫、きっと〝ルージュ〟はわたしを、皆を守ってくれる。アムロが〝アークエンジェル〟隊に行ってしまったのは心細いが、それでも――。
 フレイは、覚悟を決めた。
 
 「フレイ・アルスター、〝ストライク〟、行きます!」
 
 
 
 降り注ぐ火線で、空が赤く染まった。戦闘が始まって数分しか立っていないにも関わらず、この猛攻である。連合の物量は底が知れない。
 敵部隊を迎え撃つべく出撃したアスランは、最前線へと陣取っていた。とは言っても、ザラ隊の戦力で、重力下で飛行可能な機体は〝ジャスティス〟と〝インパルス〟のみ。試作〝ザク〟タイプに乗るイザークたちを、この海上で戦わせるつもりなどは無く、彼らには後方支援に徹している。
 〝ザク〟の中で唯一飛行機能を備えた、ラウ専用の白い〝ザクファントム〟が群がるミサイル群を悠々と撃ち落していく。レイの駆る〝インパルス〟もそれに続き、アスランも懸命に応射した。
 一機、また一機と友軍機が撃ち落されていく中、ついに敵のモビルスーツ隊が姿を現した。数十にも及ぶ〝ストライクダガー〟の群れに、アスランは思わず息を呑んだ。
 ――これだけの数を、連合は……!

 〈来るぞ!〉

 ラウが言うと、アスランは散開し、放たれたビームの雨を掻い潜り、一機の〝ストライクダガー〟に狙いを定めた。
 
 
 
 無数の〝ディン〟に、〝フリーダム〟の持つ全砲門から放たれた砲撃が襲い掛かる。辛うじて回避に成功した機体は、〝ハイペリオン〟が着実に撃ち落し、〝フリーダム〟に危害を加えるものは〝デュエルダガー〟と〝ルージュ〟が押さえ込む。
 ――いける!
 そう思った矢先、一条のビームが〝フリーダム〟の持つMA‐M二○ルプス・ビームライフルを正確に撃ち抜いた。

 「何!?」

 思わずキラは声を上げ、やや遅れて警報《アラート》が鳴り響く。ここまで反応が遅らされる相手は、ただ一人……。

 〈『白いヤツ』か!〉

 カナードが苛立ち、トールが続く。

 〈〝ジャスティス〟ともう一機、〝インパルス〟ってのもいる!〉

 こちらを確認し、真っ直ぐと迫り来る三機のモビルスーツ。アムロ率いる〝アークエンジェル〟隊は、既に先行してザフト本隊を抑えているはずだ。ならば、今この三機をここで止めておかなければ……!

 「――フレイ!」
 〈〝ドラグーン〟だ!〉

 キラとカナードが同時に叫ぶと、フレイの駆る〝シュヴァンストライク〟から二十四発もの〝ドラグーンミサイル〟が射出され、各々が強烈な意志を宿らせ敵モビルスーツに迫る。
 〝ハイペリオン〟がビームマシンガンを構え、それを支援した。

 〈トール、雑魚は任せる!〉
 〈了解!〉

 即座に〝ディン〟部隊へと銃口を向け、ビームを撃ち放つ〝デュエルダガー〟。

 〈キラ、貴様は〝インパルス〟とかいう新型だ!〉
 「わかった!」

 キラに〝ジャスティス〟を宛がわないのは、兄なりの配慮だけではないだろう。先の戦闘を分析して判明したことだが、どうやら〝ジャスティス〟は対〝フリーダム〟も想定された機体らしいからだ。
 
 
 
 〈アルスター、〝ザク〟だ!〉
 「うん!」

 ラウ・ル・クルーゼ……。貴方は、本当は誰なの?
 フレイは僅かに逡巡した後、ビームライフルを構え、機体を加速させた。
 プレッシャーが殺気に変わる。

 「〝ファンネル〟!」

 無数の〝ドラグーンミサイル〟が〝ザクファントム〟を貪るようにして取り囲む。すぐさま〝ザク〟は同じようにして〝ドラグーンミサイル〟を射出し、ミサイルらを相殺した。
 ……強い。
 尚も距離を詰める〝ザク〟に、フレイは慌てて応射した。

 「や、やだ、近寄らないでよ!」

 〝シュヴァンストライカー〟は、接近戦に滅法弱い。図体ばかりが肥大化してしまったツケとでも言うべきか、碌な格闘戦ができなくなってしまったのだ。しかし――
 フットペダルを踏み込むと、〝シュヴァンストライク〟のスラスターベーンが輝きを増し、朝焼けの大空を滑るようにして加速した。他を寄せ付けぬ、圧倒的な加速力。
 驚愕の色を浮かべた〝ザク〟に高エネルギービーム砲を撃ち放ちつつ、ライフルを連射していく。もはや、〝ザク〟のスピードなど、取るに足らない。だが、問題もあった。
 強烈な加速で体がシートに押し付けられフレイの一瞬意識が飛びかける。脳波制御によるコントロールで、彼女は慌てて減速させた。胃が押しつぶされそうな圧迫感から開放され、フレイはかはっと息を吐いた。

 「そう何度も使えない、か……」
 
 
 
 「またお前か!」

 〝ジャスティス〟のビームサーベルを、敵はビームナイフで受け流し、互いの機体は激突した。

 〈勘違い男、オレが直々に遊んでやる!〉
 「舐めるな!」

 サーベルを横薙ぎに一閃。即座に〝ハイペリオン〟は後退し、ビームマシンガンをばらまいた。

 「腕をあげているのか――!」

 それが、アスランの率直な感想。相手パイロットの学習能力の高さに舌を巻きつつ、頃合かと判断した。

 「良いだろう、貴様で実験をさせてもらう!」

 一気に加速し、〝ハイペリオン〟へと迫り、アスランは叫んだ。

 「――行くぞ、ハロ!」

 パイロットシートの上部に特設された専用のシートに、ちょこんと収まるピンク色の丸い物体が、元気良く〈マカセロ、マカセロ〉と声を上げた。
 
 
 
 戦局は不利だった。こちらはこの戦いで数回目の実戦だと言うのにも関わらず、相手は長いこと戦い抜いてきたエースだ。更にはザフトの粋を結集した〝フリーダム〟。これでは……。
 レイは降り注ぐ砲撃の嵐を掻い潜り、辛うじて生き延びていた。

 「こんな相手と、ラウは――!」

 その時、一条の心が、レイの胸を駆けた。

 『――見つけた!』

 とくんと心臓が高鳴る。この感じは……

 「アルスター!?」

 ラウの〝ザクファントム〟を完全に引き離したのか、巨大な竜にも似たモビルスーツが〝インパルス〟の背後からビームを撃ちはなった。即座に反応し、振り向きざまに一射。

 『避けた!?』

 〝インパルス〟から放たれた一条のビームは、正確に敵モビルスーツのビームライフルを打ち抜き、慌てて武器を捨てた。

 「やれた、やれたのか!?」
 『言葉が走った!?』
 「君は……」
 『あなたは……パパ? ラウ? それとも……』

 敵モビルスーツの中に、レイは明確な母のイメージを見た。何故俺は……。

 「……俺は、君を知っている」
 『……わたしは、あなたを知っている』

 そうだ、彼女はフレイ・アルスター。宇宙《そら》で会った人間とは違う、本当のフレイ。泣き虫のフレイ、寂しがりやのフレイ、我侭なフレイ。
 
 
 
 泣き虫のレイ、寂しがりやのレイ、意地っ張りなレイ。わたしは、あなたを知っている。生まれる前から、ずっと……。
 突然に理解してしまった。何故、どうして……。
 レイの心が駆ける。彼の記憶が、ガラスの破片のように散りばめられ、その一つ一つが彼にとって大切な思い出なのだと知った時、その破片の中に見知った人を見つけ、思わずフレイは震えた。
 
 「ラクス・クライン……」
 
 閃光の中のイメージで、レイが辛そうに視線を逸らした。
 
 『会ったよ、彼女に』
 
 ああ、そんな。あの子、ラクス、泣いてるじゃない……!
 
 『もう、駄目かもしれない……』
 「どうして誰も助けてあげないの! ザフトのアイドルって、あの子、大切な人なんでしょ!? それなのに、こんな――」
 
 たまらなくなってフレイは声を荒げた。ラクス、ずっと一人じゃない! それなのに……。
 レイが頭を抱え、苦渋の色を浮かべた。
 
 『じゃあ俺にどうしろと言うんだ君は!? 君は俺の何なんだ!? どうして俺は君を知っている――!』
 
 彼のその心の叫びは、フレイが感じている疑問と同じものである。何故、わたしは貴方を知っているの……? 貴方に、パパを、ラウを感じている。わたしのパパは、一体誰なの……。
 フレイは、父の過去を知らなかった。父が語ろうとしなかったし、フレイ自身も興味が無かったから。父は、ずっと父でいてくれればそれで良かった。幼き少女にとって、父とは父以外の何者でもないのだから。
 婿養子、という事だけは知っていた。
 それ以外の事は、何も……唯一、オーブの別荘で見た父の若き写真だけが――思わず、レイの少女の様なその容姿を見、あの写真に写っていた父と、もう一人の少年の姿と重なった。
 似ている……。雰囲気は、違う。それでも、何かが、とても……。
 でも、あの写真はきっと二十年か三十年以上は昔のもののはずだ。それに……
 少しずつ、少しずつ、フレイの忘れていた幼少時の記憶が紡がれていく。
 ああ、そうだった。父はよく、自分の年齢を間違えていたっけ。誕生日も忘れてしまう事があった。
 母は、父の誕生日を覚えていたけど、それでも一度だけ、父の年齢を間違えた事があった。
 ……不思議だった。記憶の中にいる父の姿はフレイが三歳の頃から、老いた、まま……。
 父は、そんなに高齢だったのだろうか。そんな事は無い。母は二十八でわたしを産み、その時父は二十七であった。その、はずだ。では、三歳のわたしの記憶に映る父は、三十……?
 妙な、違和感を感じた。記憶の中にいる、三十から、四十台までの父の顔は、小さな差こそあれ、ずっと同じであったから。
 五歳の頃の思い出はもっとはっきりとしている。母が、死んだ年だから。でも、何故そこに映る父の姿は、『今より少しだけ若い』、それだけなのだろう……。十年の年月の差が、少し……?
 父は、いつ母と出会ったのだ。あの写真は、いつのもの……? そんなに古いものには見えなかった。
 母と父は、カレッジを卒業してから出会ったと、そう聞かされている。母は別に天才だったわけではない、普通に学校に通い、大学に進学し、そのまま四年通い、院に入って、卒業した、普通の人。
 つまり二十四で卒業し、二十八でわたしを産んで、あの写真は、たった四年間の間に撮られたもの、という事になる。写真に写っていた父の若く美しい姿は、はっきりと覚えている。四年で、たった、四年で……十年以上変わらない父が、四年で……?
 思わず、ぞっと身を震わせた。父は、本当は何者だったんだろう……。
 おもむろに手を伸ばすと、そこにはレイのイメージがあり、フレイの指先が彼の頬に触れる。
 
 「貴方は、誰なの……」
 
 目の前の、あの写真の、そして父にも似た少年が逡巡し、何かを言いかける。
 そのとき――
 
 『レイ、その女から離れろ!』
 
 灼熱のような思念が津波となって、二人の出会いを引き裂いた。
 正面のレイがはっと我に返りわずかに後退すると、〝ザク〟がすれ違うようにして迫り、ビーム銃を向けた。フレイは朦朧としたまま、それに対応できない。
 フリーダム〟が慌てて援護に入る。〝ザク〟の持つ銃口に光が灯り、フレイは焦燥したまま――
 彼女の脳裏に、ぱっと機体のイメージが流れ込む。
 ――誰……?
 〝ルージュ〟から勝手に分離した〝シュヴァンストライカー〟の単眼《モノアイ》に光が灯り、スラスターベーンが輝いた。爆発的な加速力で一気に〝ザクファントム〟に襲い掛かる! 〝ザク〟がビームトマホークを構えるよりも早く、〝シュヴァンストライカー〟の複合兵装防盾システムから突き出されたビームサーベルが、その右腕を切り落とした。
 そのまま〝シュヴァンストライカー〟が〝ルージュ〟下方に甲斐甲斐しく位置取り、フレイは機体をその背に着地させた。
 ちらと背後のレイに振り向こうとしたフレイであったが、そのマシンはフレイをわずかに叱責するようにして、〝インパルス〟を振りきるように機体をオーブ湾岸部へと向け加速させた。
 
 
 
 ……彼女と同じように、レイも混乱していた。
 〝ルージュ〟は竜の様な飛行ユニットに乗り去っていく。その後姿が彼の心を掻き立てる。この感情はいったい? 俺は今、何を見た。彼女の心に触れたのか……? ガラスのように散りばめられた彼女の記憶の全てを垣間見、レイの心は彼女の心を知った。そして恐らく、同じようにして、彼女も――。
 その少女の心の奥の底に、レイが最も憎む相手の姿が、大切にしまわれていた。暖かさを持った、心の深遠。
 即ち、恋心。
 ぞわり、とレイの心に何かが芽生えた。
 甲斐甲斐しくも彼女の機体を追おうとする〝フリーダム〟。誰が乗っているのかなど既にわかっていた。
 貴様が――キラ・ヒビキ、貴様が、フレイの…………?
 ふ、ざ、け、る、な……!!
 ふつふつと、それは沸き立ち、憎悪となって、〝インパルス〟が律動した。
 鈴の音が、聞こえたような気がした。何もかもクリーンだ。脳髄を白き鼓動が突き抜け、レイの中に眠る何かが、覚醒を始めた。〝インパルス〟の双眼《デュアルアイ》の輝きが強まる。姿勢を立て直しながら通信機に向かって怒鳴る。
 
 「聞こえるか〝ミネルバ〟――メイリン! 〝シルエット・インパルス〟を全機出せ!」
 
 あの時アスランは君ならやれると言ってくれた。彼は俺を無条件で信じてくれる。その期待を、裏切りたく無いと、レイは怒りに身を任せながらもそう考えていた。
 
 〈レイ!?〉
 
 メイリンの戸惑う声が返ってくる。今、この状況で、〝インパルス〟のパーツを全機出したところで、と彼女は考えているのだろう。だが、レイは確信していた。理解していた。自分に〝インパルス〟が託された意味を。ギルが、ラウが、この機体をくれた意味を。
 
 「急げ!」
 〈は、はい!〉
 
 はじかれたようにメイリンは答えた。
 〝インパルス〟は〝ストライクダガー〟隊の繰り出す攻撃を避けて海面を舐めるように飛び、〝フリーダム〟を目標に捉える。その間にもレイの指は踊るように動き回り、〝インパルス〟の解放に向けての操作をこなす。
 
 〈〝ミネルバ〟! シルエット射出!〉
 
 〝ミネルバ〟のカタパルトから、二機の〝チェストフライヤー〟、〝レッグフライヤー〟、そして〝ソードシルエット〟と〝ブラストシルエット〟が打ち出された。
 〝フリーダム〟の懐にもぐりこんだ〝インパルス〟は、ビームサーベルを構え斬りかかった。
 
 
 
 最初は、何が起こったのかわからなかった。敵の新型の無謀とも取れる特攻を辛うじて回避し、ビームサーベルで胴体を真っ二つに切裂いた。コクピットごと、切裂いたのだ。見間違いではない、確かに、ぼくは……。
 キラは目の前の出来事が信じられず、戦慄した。
 眼前の、上半身だけになった〝インパルス〟から、通信が入る。
 
 〈全てがわかった、キラ・ヒビキ!〉
 
 どくんと心臓が鳴った。ぼくを、ヒビキと呼んだのなら、この敵は……。
 
 「君は、まさか……」
 
 押し隠してきた罪の意識が、濁流のように溢れてくる。カナードだけでは無いとは思っていた。彼がイレブンでキラがトゥエレブだというのなら、最低でも後十人は、キラに憎悪を抱くものがいるのだから……。
 
 〈――この力の意味〉
 
 〝インパルス〟の力、キラには測りかねる。この時点で、単純な〝ストライク〟のコピーでは無いことは明白だ。
 
 〈――ふ、ふふふ〉
 
 敵パイロットが不適に笑う。
 〝インパルス〟の上半身から、何かが分離し、小型の戦闘機を形作った。
 
 「コア・インパルス!?」
 
 キラの言葉と同時に、〝フリーダム〟の周囲をモビルスーツではない何かが取り囲む。
 ――囲まれた!?
 
 〈我が〝インパルス〟の真の力を――〉
 「くっ!」
 
 MMI―M一五クスィフィアス・レール砲を周囲の何かに向けて撃ち放ちつつ、ビームサーベルを構える。その何かが一斉に、まるで〝ドラグーン〟のように周囲を飛び交い、キラはようやく理解した。
 
 「これは、全部が!?」
 
 ビームサーベルで一機を斬り付けるが、それは嘲るようにして避ける。攻撃の隙目掛け、何かが〝フリーダム〟の眼前へと迫る。
 
 「うわっ!」
 
 その何かの両脇から、モビルスーツの手が現れ、〝フリーダム〟の両肩をがちりと押さえ込み、同時にコアユニットが下方から潜り込みドッキングし、最後に脚部の様なものが合わさり、〝インパルス〟が再び姿を現した。
 
 〈……これが、〝インパルス〟、だ〉
 
 〝インパルス〟の背部に、また巨大な剣のようなものがドッキングし、白と青に塗り分けられたカラーリングが赤へと変わる。
 
 「こけおどし!」
 
 〝フリーダム〟の周囲を包囲する何かが、両足を押さえ込む。それはやがて姿を変え、〝インパルス〟の上半身へと……。
 
 〈無駄だ!〉
 
 〝インパルス〟というモビルスーツは、全身が〝ドラグーン〟そのものなのか!
 キラは必死に〝インパルス〟の束縛から逃れようと操縦桿を動かしたが、肩から抱きしめるように押さえつけられ、身動きが取れない。〝フリーダム〟の背後で、〝インパルス〟の上半身と下半身がドッキングし、また新たな〝インパルス〟が現れる。
足を押さえ込んでいた〝インパルス〟も、既にドッキングを完了させ別の〝インパルス〟へと姿を変えている。背後の〝インパルス〟が、ゆっくりとビームサーベルを構えた。
 ――やられる!
 サーベルが背中から突き刺されようとしたその時、ビームが〝フリーダム〟を守るようにして降り注いだ。
 
 〈何!?〉
 
 即座に三機の〝インパルス〟は、七機のユニットに分離し、ばらばらに散開していく。〝フリーダム〟を守るようにして、〝ハイペリオン〟が躍り出た。
 
 〈大丈夫か!?〉
 「ごめん、助かった!」
 〈そうでもないぞ!〉
 
 〝ハイペリオン〟を追い詰めるようにして、〝ジャスティス〟がビームを撃ち放つ。〝ハイペリオン〟はビームマシンガンをばら撒きながら、回避運動を取りつつ〝フリーダム〟と背中合わせになる。ほぼ同時にモノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟が〝フリーダム〟と〝ハイペリオン〟を包み込んだ。
 キラは周囲を旋回する〝インパルス・ユニット〟に向けて弾幕を貼りつつ、攻撃する隙を与えないようにしていた。
 ――このままでは!
 互いの敵に応射しつつ、キラたちは状況を打開する策をひねり出そうとしていた。
 
 「カナード、この敵はオールレンジ攻撃をしてくる!」
 
 そう、フレイやカガリと同じ能力を持った敵。そして――
 
 「ぼくのことを、ヒビキだって言っていた……!」
 
 〝ジャスティス〟が背中のリフターを分離し、〝グゥル〟のように搭乗した。直線的だった〝ジャスティス〟の軌道が、曲線へと成り代わる。通信先の兄が短く舌打ちした。
 
 〈ナンバーはいくつかは知らんが――! 今日の〝ジャスティス〟は今までと違う!〉
 
 リフターを駆る〝ジャスティス〟の軌道は、今まで出会ったどのモビルスーツとも違うものであった。オーブの青空を縦横無尽に飛び交うそれは、まるでサーカス団の曲芸のようでもある。これほど複雑な動きをしながらも、〝ジャスティス〟の繰り出す攻撃は正確そのもの。
 
 「二人乗りにしては、息が合いすぎてるけど……」
 
 キラたちを包囲する三機のパーツが合体し、再び〝インパルス〟が姿を現した。手には身の丈ほどもある、一五・七八メートル対艦刀〝シュベルトゲベール〟に良く似た剣を握りしめ、機体色を赤へと変えた。そのまま〝インパルス〟は対艦刀を光波防御シールド発生部に思い切り突き立てる。すぐさまキラはM一○○パラエーナ・プラズマ収束ビームのトリガーを引いたが、〝インパルス〟の正面に張られた淡い緑色の粒子によってそれは弾かれ、四散した。
 
 「そんな!」
 〈これが、〝インパルス〟の……俺の力……!〉
 
 二人の声とほぼ同時に、〝ジャスティス〟のリフターだけが光波防御シールドに特攻をしかける。
 
 〈こいつ……!〉
 
 カナードの苦渋に満ちた声。じわじわと光波シールドの幕を侵食していくリフターの先端部。
 ――やられる!
 その時、空一面を埋め尽くすほどのビーム砲撃が、〝ジャスティス〟と〝インパルス〟に向けて放たれた。
 
 〈な、何ィ!?〉
 
 アスランの驚いた声が通信から漏れ聞こえ、キラははっとして砲撃の主を探す。
 
 〈へっ。貸しだかんな、てめぇら!〉
 
 〝レイダー〟の背部から援護射撃を続ける〝カラミティ〟が、〝フォビドゥン〟に守られながらキラたちの救援に駆けつけたのだ。
 
 「みんな!」
 
 キラはぱっと顔を綻ばせ、後退していく〝ジャスティス〟、〝インパルス〟目掛け全砲塔からの一斉射撃を加えていく。
 
 〈そぉら! 滅殺!〉
 
 〝カラミティ〟が〝レイダー〟の背を蹴り飛び上がると同時に、〝レイダー〟が人型へと変形し、破砕球〝ミョルニル〟を振り回す。
 一機のインパルスユニットからビームの反撃が繰り出されるも、〝フォビドゥン〟のエネルギー偏向装甲〝ゲシュマイディッヒ・パンツァー〟がそれを弾き、上空の〝カラミティ〟が五八○ミリ複列位相エネルギー砲〝スキュラ〟で〝インパルス〟たちをなぎ払った。
 
 
 
 オーブの大地に着地したユニコーンの〝デュエル〟目掛け数発のビームが放たれたが、そのまま姿勢を落とし、応戦すべく向かってきた三機の〝ゲイツ〟に向けてビームライフルのトリガーを三回引き、撃墜した。やや遅れてスウェン・カルバヤンらの新型の〝G〟チームが上陸し、アムロの脇を固める。
 彼らを行かせまいと砲撃を加える六機のザウート部隊の中心にバズーカ弾を撃ち、ミューディーの〝デュエル〟、スウェンの〝ストライク〟が追い討ちをかける。
 〝バスター〟が飛び交う〝ディン〟に向けて弾幕を張り、続々と上陸していく〝ストライクダガー〟やM1を支援する。
 
 「このまま押し切るぞ!」
 
 アムロが短く告げると、スウェンたちが〈了解!〉と答え、一斉にオーブの大地を蹴り跳躍した。
 
 
 
 オーブ旗艦〝タケミカズチ〟からM1隊が出撃していく。既に連合艦隊は海上を制圧しつつあり、戦いの部隊は陸へと移り変わっていた。
 アサギらを初めとする親衛隊八機のM1隊も前線へと向かっており、カガリは彼らと共にいられない事に唇を噛み締めた。
 みんな、無事でいてくれよ……。
 艦長のトダカが次々と指示を出していく横で、カガリはただ静かに前を見据えていた。
 今は、ここにいることが一番良いんだ。禄に経験の無い指揮官は、後ろで胸を張っていればそれで良い、象徴としてここにいるだけなのだから。
 それでも、己の無力さを噛み締めずにはいられない。
 友達が、戦っているのだ。今この瞬間も、命を危険に晒して……。
 
 
 
 オノゴロ島上空に差し掛かったフレイは一機の〝ディン〟を蹴り飛ばし、ビームライフルで撃ちぬいた。
 左舷方向を強大な光条が津波のようにして迸り、それが陽電子砲なのだと理解すれば、後方の艦隊が上手く避けてくれることを祈るしかなかった。
 大尉の機体はずっと先に行ってしまって、もう見えない。
 何機かのM1が併走し、識別コードからカガリの部隊だと気づく。
 
 〈キミ、カガリ様の友達の! 一人で大丈夫!?〉
 
 と、心配げに言ったのはアサギだ。
 
 「援護お願いします、少しでも敵を追い返さないと!」
 〈まっかせて!〉
 
 アサギが言うと、同僚のジュリ、マユラ機が続き、やや遅れて五機のM1も駆けつけた。
 遠方にちらと黒い三つの機影が映り、それが黒く塗装された三機の〝ザク〟なのだとわかれば、乗っているのはあのおばさんである。フレイは専用のショットガンを取り出し狙いを定めた。
 
 
 
 作戦司令部から後退信号が上がった。同時に、陽電子砲の援護射撃が無くなった事から、それが破壊されたのだと確信した。
 ――急造品で、戦えなどと!
 アスランは己の〝ジャスティス〟に確かな手応えを感じながらも、これでは上から死んで来いと言われてるようなものであり、苛立った。
 しかし、繰り出されるビームの嵐を避けつつアスランは別のことも考えていた。
 まだ初陣からそう経ってもいないにも関わらず、レイはたった一人で〝フリーダム〟を抑えて見せたのだ。それはアスランにとって、ザラ隊にとって嬉しい誤算。ゆくゆくは、と考えていたことを、今ここでやってみせた彼の技量には目を見張るものがある。
 ――見事だ……。
 その一言に尽きる。
 何とか追撃の手から逃げ切り格納庫に降り立ったアスランは、〝インパルス〟のコクピットから降り立った若き戦士に微笑んだ。
 
 「レイ、大丈夫か?」
 
 ぼーっと自機を見つめていたレイは、はっとして向き直り敬礼する。アスランはその様子がおかしく、思わず苦笑した。
 
 「……良い動きだった。凄いなお前は」
 
 レイは最初何を言われたのかわからずきょとんとしていたが、すぐに表情を改め、もう一度「はっ」と短く答え、アスランはまた苦笑する。そのまま彼の胸を拳でこつんと触れた。
 
 「後は、少し肩の力を抜くことだ。そうすれば、お前はもっと強くなれる。俺が保障するよ」
 
 それは、アスランの本心であった。
 そうとも、地球連合にもフレイ・アルスターという、言うなれば天才と呼ばれるパイロットが現れたのだ。ザフトにもそういった存在がいても良いはずなのだ。レイならば、いずれ自分も、イザークらも超えたスペシャルへとなる。そんな確信が、アスランの胸の内にあった。
 
 
 
 ついにオーブ本土にまでモビルスーツ隊に上陸された。ザフトはもはや防戦一方であった。ジリ貧だな、というのがイザークの感想である。
 既に突出してきた〝ストライクダガー〟を三機、MA―MR〝ファルクス〟G七ビームアックスで真っ二つにしてやっているこの状況で、まだ沸いてくるのが地球連合というものなのだ。その物量には無視できないものがある。
 六機目の〝ストライクダガー〟を切り裂いたところで、〝ミネルバ〟から撤退命令が下り、イザークは眉を顰めた。
 
 「撤退? どういうことだ」
 
 オペレーターのメイリンが答える。
 
 〈わ、わかりません。プラント本国からの司令で……〉
 
 結局、上の連中は机上の上でしか戦争をしていないということか。禄に援軍も送らなければ、こうなることは目に見えていたはずだというのに。イザークは心の中でギルバート議長という信用のおけない男に数回毒づきながら、それを表に出さないように告げる。
 
 「了解した。ジュール隊はこれより帰投する」
 
 スカイブルーの〝ザク〟がバーニアを吹かせると、僚機を勤めていたディアッカの〝ザク〟がM一五○○〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲で援護射撃を加えつつ、後退した。
 
 
 
 突如、連合艦隊全土に戦闘停止命令が下った。フレイはショットガンの残弾を黒い三機の〝ザク〟に向けて全てばら撒きながら後退した
 そのまま〝シュヴァン〟の背に乗りながら帰還し、器用に〝ドミニオン〟格納庫へと着艦する。
 同時に、今までに感じたことの無いほどの悪寒が彼女を襲った。全身に纏わりつくような、おびただしい数の、怨念のようなものを。フレイは腹の底から沸いて出るような嘔吐感に堪えながら、友の身を案じた。
 
 「カガリ、どうしてるかな……」
 
 〝ストライク〟の整備に取り掛かりながらマードックが丁度艦橋《ブリッジ》のある方角を眺め、言った。
 
 「大丈夫か嬢ちゃん?――どうも面倒なことになってるようだぜ……」
 
 彼の言葉の通り、〝ドミニオン〟の艦橋《ブリッジ》では、ミリアリアが懸命に状況の説明をパイロットたちに報告しているところだった。無論、ザフトから勧告された真実を告げないように、であるが。
 アズラエルが珍しく真面目な顔で考え込み、ナタルはそのまま右手で頭を抱えた。
 数分前のことだ。アムロの〝デュエル〟がオーブ本土に上陸し、自動砲台を沈黙させたとの報告が入り、すぐそれは起こった。
 
 「オーブ基地司令ラウ・ル・クルーゼより電文です!」
 
 ミリアリアに、ナタルが「読め!」と促す。
 
 「『これ以上我がオーブに侵攻を続けるならば、我々には――』えっ? そ、そんな……!」
 
 彼女が驚愕し、アズラエルが不審な顔になる。
 
 「どうしましました……?」
 
 ミリアリアがナタルに振り返る。
 
 「『――我々には、核弾頭を使用する用意がある』とのことです! 艦長……!」
 「なんだと!?」
 
 ナタルが驚愕すると、クルーたちが一斉に振り返った。プラントにとって、核とは忌むべき存在のはず……。だというのに、それを、このタイミングで使用するというのか!?
 そこからのアズラエルは早かった。即座に全軍に停止命令を出させ、核弾頭の発射施設を割り出すための部隊を結成させ、オーブへと潜入させることに成功したのだ。
 そしてナタルは〝アークエンジェル〟のマリュー、〝タケミカズチ〟のトダカ、カガリに通信を入れ、状況の確認と今後の算段を続けていた。
 クルーゼの核攻撃宣言から既に数時間が経過しており、オーブの空は黄昏色に染まりつつあった。
 
 
 
 詳しい状況を知らされないまま、タリアは〝ミネルバ〟をオーブのマスドライバー〝カグヤ〟で宇宙《そら》へと脱出するための発進シークエンスを進めていた。だが、何故地球連合が引いたのかなどは理解していなかったし、基地司令のラウに問いただしてみても返答は返って来なかった。
 何か、不味いことが戦況の影で起きている。
 タリアの直感的な感想であったが、それを証明する手段など持ち合わせておらず、僅かな苛立ちを胸に秘め、ザラ隊のモビルスーツ、積み込めるだけの物資を〝ミネルバ〟へと搬送させていく。
 
 「物資の積み込みは後どれくらい?」
 
 アーサーが聞くと、
 
 「全行程終了まで後三時間は掛かります……」
 
 とメイリンが告げ、タリアはちらと時刻を確認した。時計は丁度午後八時を示していた。
 
 
 
 〝ミネルバ〟のパイロット待機室。アスランはラクスの差し入れであるサンドウィッチを口に運びながら難しい顔になる。
 
 「いったいどういうことなんでしょうか……。連合は優勢だったはずです。なのにこのタイミングでの撤退……。何か裏があるとしか思えません」
 
 ニコルが疑問を投げかけると、ディアッカがうーんと一頻り考える。
 
 「さてねぇ。お偉いさんの考えてることはわからないからなあ」
 「で、でも。おかげで何とか宇宙《そら》に上がれるかもしれないんですし……」
 
 とアイザック。
 
 「だが、もしも連合が長距離ビームのようなもので、大気圏離脱途中の我々を狙撃できる手段があるとすれば、話は別になる」
 
 ミハイルが思慮深く答え、アイザックがぎょっとして固まった。
 
 「連合は自らの意志で軍を引いた、と?」
 
 イザークである。
 
 「ですが、撤退中の連合の動きは散漫的でした」
 
 シホが言うと、ミハイルが小さく頷いた。
 
 「それはこちらでも確認している」
 
 彼は一度言葉を区切り、短く何かを考える、続ける。
 
 「――だから疑問なのだ。今のザフトに、これだけの時間を稼げる『何か』を持っていたようには思えぬ」
 
 短い沈黙が、彼らを支配する。やがて、ミゲルが口を開いた。
 
 「クルーゼ司令は何と?」
 「……それが、何も」
 
 シホが力なく首を振ると、皆が難しい顔になる。それが、アスランにとって最も恐ろしいことであった。あの男なら、何か、してはいけないような、とてつもないことをしてしまいそうな……そんな予感がするのだ。
 
 「とにかく、今は考えても仕方が無い。無事に脱出することだけを頭に入れて行動しよう」
 
 それでも、皆を励ますようにアスランが言うと、彼らは短い逡巡の後、徐に自分の愛機へと向かっていった。脱出までに連合が攻めて来ないとも限らない。今は、できることを……。
 
 
 
 この大地の底から沸きあがってくるような不快感は何だ? 俺は、何に怯えているんだ……。
 〝インパルス〟のコクピットで、レイが体の震えをぎゅっと抑え込むようにしていると、メイリンからの通信が入る。
 
 〈〝ミネルバ〟の出港まで後三十分を切りました。各自は――〉
 
 ザラ隊の面々に告げるこれからの作戦内容は、簡単なものだった。敵の攻撃が来るまで待機し、攻撃があればマスドライバーの守備。時間と同時に〝ミネルバ〟に着艦し宇宙《そら》へ脱出。しかし、とレイは思う。
 俺も〝インパルス〟もまだ戦える。なのに、何故ラウは……。ラウは気づいているのだろうか? この全てを包み込むような悪寒に。
 今は一刻でも早くここから立ち去りたい。少しずつ大きくなる不快感に、レイは顔を歪めた。
 ふと、コクピットハッチが外部から開かれ、レイは我に返る。目の前にいる少女が、桜色の髪をなびかせふわと微笑んだ。
 
 「ご苦労様です、お疲れのようですわね……?」
 
 その声の主、ラクス・クラインの浮かべるそれが作り笑顔なのだとわかれば、レイは思わず怪訝な顔になった。
 
 「自室で待機では無いのですか」
 
 非戦闘員であるのだから、宇宙《そら》での航海と違い、ラクス、ミーア双方の戦闘中の艦橋《ブリッジ》入りは禁じられた。だが、見ればラクスの手元の小さな籠には紙で折られた花がいくつも詰められており、その全てをクルー一人一人に手渡ししているのだと気づく。
 
 「怒られますよ」
 「でしょうね」
 
 ラクスがもう一度ふわりと作った笑みを浮かべ、籠から一輪の紙の花を差し出した。
 レイは手を伸ばし、その花を――
 思わず、その手が止まる。これを受け取って良いものなのか、悩んだ。何かが違う気がしたから。
 
 「すみません、これは受け取れません」
 
 気がつけば、レイは感じたままを口にしてしまっていた。ラクスの表情がわずかに曇る。
 
 「……何故でしょう?」
 「――フレイ・アルスターに会いました」
 「えっ……」
 
 ラクスがはっと息を呑み、そのまま固まった。
 
 「酷い女です。俺の心を勝手に覗き見て、全部知られて、それで叱られました」
 
 同時に、レイもフレイの心を見、知ってしまった。彼女の記憶に映る、ラクスの姿も。二人の意識が共感してしまい、レイの心にも、わずかにフレイと同じものが宿ってしまったのかもしれない。腹立たしいと感じると同時に、妙なくすぐったさも覚えていた。その感情が何なのかレイにはわからない。
 だからレイはフレイが普段言うように、考えるよりも先に言葉が出てしまったのかもしれない。
 
 「貴女が泣いていると、あいつは言ってました。俺も、そう思います。だから、貴女がそうやって作ったそれは、受け取れません。そんなもの無くても、俺は貴女がどういう人なのかわかっているつもりですから――」
 
 だが、あくまでそれはレイの口から発した彼女の言葉であり、言い様はおかしく、全てがフレイのものとはならなかった。レイは続ける。
 
 「……すみません、俺も何て言ったら良いのかわかりません。でも――無理、しないでください。俺は平気ですから」
 
 レイは、不思議と彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる事が出来た。
 互いに短く沈黙し、ややあって、ラクスの瞳に大粒の涙が溢れ、そのまま彼女は泣き崩れた。
 
 
 
 時刻は午後十一時に差し掛かろうとしていた。既に数隻がマスドライバーを使いオーブから離脱していくのを黙認してしまっている。
 
 「核施設はどうなっている?」
 
 ナタルの問に、ミリアリアが首を振る。
 
 「まだ連絡がありません……」
 「くっ……」
 
 短い沈黙。このまま何もできずザフトの撤退を許してしまえば、今後の事態にも差し障る。
 
 「プラントからの返事はありました?」
 
 とアズラエル。
 
 「いえ、まだ……」
 
 同じようにミリアリアが言うと、彼はやれやれと首を振り言った。
 
 「攻撃開始です」
 
 一同がぎょっとして振り向く。
 
 「し、しかし、理事!」
 
 ナタルが咎めるように言うと、アズラエルはいつになく真面目な顔で答える。
 
 「この暴挙、見過ごすわけにはいきません。ここで彼らを逃がすことは、我々大国の威信に関わることです。これでは勝利とは呼べません」
 
 連合が、連合国入りしたオーブと共にザフトを打ち倒す。その事実は、地球に住む者にとって大きな意味を持つ。だが今ここでザフトの暴挙を見過ごしては、完全な勝利とは呼べぬもの。アズラエルには、事を急ぐ理由があった。
 ナタルの号令と共に、モビルスーツ隊が出撃していく。
 〝アークエンジェル〟、〝タケミカズチ〟を始めとする艦隊からも各々のモビルスーツが出撃し、再び連合とザフトの決戦の火蓋が落とされた。
 
 
 
 「おいおいマジかよ!?」
 
 連合部隊進軍の知らせを聞き、ディアッカが驚愕した。既にザラ隊のモビルスーツはデッキに固定されており、今からの出撃など到底間に合わない。
 
 「〝ジャスティス〟だけでも出せないか!?」
 「無茶言わんでください! 今からじゃ、間に合いませんよ!」
 
 アスランが整備班長のマッド・エイブスに詰め寄るが、彼は首を横に振るだけだ。
 ふと、視線を外部モニターを通してオーブの星空へと向けると、漆黒に塗られた〝ジン〟を先頭にして、いくらかのモビルスーツたちが戦場へと向かっていくのが見えた。
 あれは確か、サトー隊の……?
 

 月光に照らされたザフト地上戦艦〝レセップス〟級〝ローリング〟の甲板で、一人の男が二名の兵士に視線を向ける。闇夜の中にきらと月光を反射し、顔の上半分を覆う仮面が光る。
 仮面の男――ラウ・ル・クルーゼが敬礼すると、兵士たちは緊張した面持ちで返す。

 「フソラクネ少尉、アヨチオ曹長。『その時』が来た」

 ラウは一度だけオーブの夜風を肌で感じ、小さく深呼吸する。

 「諸君の攻撃が成功した時点で、この戦いには――」

 二名の兵士がごくりと唾を飲み込む。彼は続ける。

 「決着がつく」

 ラウはちらと、これからフソラクネとアヨチオが乗り込む二機の戦闘機に目を向けた。悪魔の顔のようなペイントの機首。口にあたる部分にはミサイルランチャーが二基備わっているが、この機体最大の目玉は、両翼に装着された二基のミサイル――そこには核知らしめるマーキングがほどこされている――である。
 
 「知っているか? かつて人類は懸命にも、世界から戦争をなくそうとしたことがある」
 
 ラウの言葉に、兵士たちが緊張を隠せずに奥歯をかみ締める。
 
 「列国は協議して『不戦条約』なるものを結んだ。だがそれは……」
 
 彼は一度言葉を止め、やがて醜く口元をゆがめた。
 
 「人類がそれまでに経験したことのない、大戦争の前夜だった」
 
 短い沈黙が彼らを支配する。ラウは一度ふっと息をつき、なめらかに言う。
 
 「諸君らが気に病むことはない。もともとは『血のバレンタイン』を引き起こしたナチュラル共が蒔いた種――。これから起こる事柄は全てが我々コーディネイターの未来のため……ザフトのためなのだ」
 
 悠然と告げる言葉の羅列に、兵たちは己を奮起させるようにして拳を握り締める。
 
 「ヒロシマを爆撃した『エノラ・ゲイ』の乗員が、祖国の歴史に名を残し、英雄として安楽な一生を送ったように。選ばれし者のみに許された特権が用意されている。誇りを持ちその栄光の為に任務を遂行せよ。――期待しているよ」
 
 風が、出てきた。
 オーブ上空に吹き荒れる強風は、彼方の暗雲を呼び寄せ、やがて月を覆い隠した。
 
 
 
 ――――――ッ!
 悪寒が走った。
 
 〈キラ・ヤマト。〝フリーダム〟行きます!〉
 
 ほぼ同時に〝フリーダム〟が〝ドミニオン〟のカタパルトから射出され、最後にフレイの番となる。
 鈴の音が劈くように鳴り響く。その音色は凶悪そのもの。邪悪そのもの。悪魔の契約ともいえる醜悪なメロディーが、人々の怨念のように纏わりつく。
 誰だ、誰が来るんだ……? 否、何が来るのだ!?
 
 〈フレイ、発進よ、どうしたの!?〉
 
 ミリアリアが心配して声をかける。彼女は何も感じていない。いや、雑音が大きすぎて聞き取れていないだけなのかもしれない。戦場は、人の怨念で満ち溢れているから。
 カガリは、どうしてるんだろう。あの子なら、何かを、わたしと、お、な、じ、よ、う、な――
 
 〈どうした!?〉
 
 ナタルが通信に割ってはいる。
 
 大尉は? わたしを助けてくれないの? みんなを、助けてくれないの?
 
 「ナタ、ル、さん……。カガリ、どこにいるか知りません?」
 〈……は?〉
 「ねえ、大尉はどこ、なんです、か? 大尉がいれば、みんな、大丈夫なの、に……」
 〈少尉……?〉
 
 ナタルが怪訝な顔になる。フレイはぼーっとした頭のまま首を振る。
 
 「あ、いえ。なんでも、無いです。フレイ・アルスター行きます」
 
 カタパルトが起動し、〝シュヴァンストライク〟が漆黒の闇夜に投げ出された。
 高速飛行形態に変形すると同時に、再び悪寒が走る。さっきよりも凶悪なプレッシャー。
 ――な、に……?
 〝ドミニオン〟の丁度左右。ずっと奥の海の彼方。奥の、奥の、闇の彼方。
 ――この、邪悪な、向かってくるもの……。
 なんだ、なんだ、なんだ! この悪意は! 助けて、誰か! 誰か! ああ、大尉、助けて! 大尉――!
 フレイの心が、闇を突き抜けた。
 ――これは!?
 〝デュエル〟のコクピットでアムロは、邪悪なものと、それを告げるフレイの心を同時に感知した。
 全てを理解したアムロは、早かった。
 
 「ムウ、来い!」
 〈おい、どうした!?〉
 
 言われたムウが驚いて聞き返すも、説明している暇など無い。〝デュエル〟を一度〝シュヴァンストライク〟の背に着地させ、すぐさま飛び上がる。
 
 「カナード達はフレイに続け!」
 〈ど、どうしたんです大尉!?〉
 
 わけのわかっていないキラに、カナードが〈行くぞ!〉と命令する。状況こそ理解してないにしろ、カナードの切り替えの早さにアムロは心の中で感謝した。
 ムウの〝スカイグラスパー〟に飛び移り、アムロは右舷から来る邪悪なものを目指す。
 ――わかってくれた!
 フレイは一瞬安堵の息を漏らすが、すぐさま前を見据える。
 
 〈フレイ!? みんなどこへ行くの!? 戻って!〉
 
 慌てたミリアリアを無視してフレイは遅れ気味のトールに「乗って!」と声をかけると、〝デュエルダガー〟が飛び乗った。
 闇の彼方、向こう側、まだ、見えない。しかしはっきりと伝わってくるこのプレッシャーは……?
 
 〈アルスター、何があった!?〉
 
 ここでようやくカナードが事の状況を問いただす。
 
 「わ、わからない。でも凄く嫌なものがこっちに向かってる……!」
 〈じゃあ大尉たちも……〉
 
 まさか、とキラが表情を改め、トールがごくりと生唾を飲み込む。
 まだか、まだなの? 悪意は、まだ見えないの?
 
 
 
 「超低空で接近する機体、二つ!」
 
 カズイがレーダーから読み取った状況を伝える。
 
 「場所は!?」
 
 と、メリオル。
 
 「三時と九時の方角です!」
 
 まず最初に、妙だ、という感想をアズラエルは持った。たった二機で? それも、左右からの挟み撃ちだと?
 ミリアリアがうっと嗚咽を漏らし、サイが片方の目をぴくりとさせる。ナタルが額に手を当て、わずかな頭痛をこらえる。
 考えるまでも、無かった。
 
 「核か!」
 
 アズラエルは、驚愕して叫んだ。
 
 
 
 見えた!
 悪魔のような機首をした戦闘機。否、それは悪魔そのものか。
 
 〈敵!? なんでこんなところに!〉
 
 キラが驚く。カナードがはっとして目を見開いた。
 
 〈核、弾頭……?〉
 〈えっ〉
 〈そうか、このタイミング! こいつは核を積んでいる!〉
 
 それが、悪意の正体か。
 フレイがビームのトリガーを引いたと同時に、二基のミサイルが放たれた。ビームの粒子に貫かれ誘爆していく戦闘機。だが――
 
 〈しまった!〉
 
 すかさず〝フリーダム〟が追いすがる。〝デュエルダガー〟がライフルで推進部を射抜き、ミサイルの軌道が僅かにぶれる。
 
 〈信管をやれ!〉
 
 カナードが激を飛ばす。
 〝シュヴァンストライク〟の複合兵装防盾システムからビームの刃が伸びる。一気に加速し、今にも墜落しそうな核ミサイルに迫る。
 ――斬る!
 狙いを定め、ミサイルの弾頭、信管部を切り裂いた。
 ぱっと悪意の一つが消え、残るは一基となる。
 
 〈ま、間に合わない!〉
 
 キラの言葉にはっと顔をあげる。最後のミサイルが〝ドミニオン〟に迫りつつあった。
 〝デュエルダガー〟も、〝ハイペリオン〟も、〝フリーダム〟ですら追いつけない距離。唯一フレイの〝シュヴァンストライク〟なら――否、無理だ。その前に私が加速のGで押しつぶされてしまう、わたし、が……。
 とくんと心臓が高鳴る。彼女の冷静な部分が、まだ手はあると告げている。そうだ、ある、はず、だ。落ち着け、わたしは、つい先、の、戦闘、で――
 
 「〝ファンネル〟!」
 
 〝シュヴァンストライカー〟が分離する。高速飛行形態へと変形し、単眼《モノアイ》に光が灯る。全身のスラスターが一斉に光り輝き、完全な無人となったそれはもはや何者にも縛られはせず、持てる全ての力で一気に加速した。白鳥の名を持つ白き竜は、あっというまに音速の壁を突破しソニックブームを巻き起こす。
分離した〝ルージュ〟を慌てて〝フリーダム〟が抱きかかえ、それとほぼ同時に〝シュヴァンストライカー〟のサブマニュピレーターが核ミサイルを抱きとめ、爆発的なパワーで無理やりミサイルの針路を変える。〝シュヴァンストライカー〟の単眼《モノアイ》が更に輝きを増す。
そのままじりじりと狙いを定め、腕部の複合兵装防盾システムにビームの刃を煌かせ弾頭を切り裂くとほぼ同時にオーブの海面に叩き付けられた機体がばらばらに崩壊した。
 
 
 
 「核ミサイルの撃墜を確認!」
 
 ミリアリアの報告に、ナタルはほっと胸を撫で下ろした。
 
 「放射能の被害は?」
 
 ナタルの問に、メリオルが「今のところ確認されていません」と答える。
 フレイたちに任せた最後の一基はギリギリであったが、直撃を避けただけでも良しとすべきか。その時――
 
 「か、核施設の発見に成功!? これは……!」
 「どうした!?」
 
 ナタルがカズイに問うと、彼は「新たな核施設が発見されたと報告が入りました!」と答える。
 ぱっと画面に施設の位置が表示され、ナタルは思わず息を呑んだ。
 オーブ各所に散りばめられた核発射施設、その数六――
 
 「各機に通達! 誰でも良い、施設を破壊しろと伝えろ!」
 「正面、〝ジン〟、来ます!」
 
 メリオルが慌てて言うとほぼ同時に、漆黒の〝ジン〟を先頭に無数の部隊が姿を現した。
 割ける人員は無いというのに! ここまできてこの窮地、核という非道な手段を使えはせど、見事だといわざるを得なかった。
 
 
 
 〈核施設!?〉
 〈ああ、ここから近い!〉
 〈どうすんだ!?〉
 
 すかさずカナードが指示を出す。
 
 〈二手に分かれる! キラ、トールはこのまま進め、オレは一人で行く!〉
 「ちょ、待ってよ! わたしは――」
 〈〝ストライカー〟の無い貴様では間に合わん、〝ドミニオン〟へ戻れ!〉
 
 一切の反論を許さぬ断固とした口調に、フレイは押し黙った。
 
 〈行くぞ!〉
 
 バーニアを吹かせ二手に分かれるカナード達をの背を一度見、すぐに針路を〝ドミニオン〟へと向けた。
 ――急がないと!
 
 
 
 「何だ……?」
 
 自ら先陣を切り、宇宙《そら》へと上がる部隊を逃がすべく戦う戦場で、サトーは空を見上げたが、それは一瞬のことだった。迫る二機の〝ストライクダガー〟を七十六ミリ重突撃銃で正確に撃ちぬき、それに竦んだもう二機を実体剣〝クリーン・ミー〟で両断。
 余りにも歯ごたえの無い戦い。噂に聞く『白い悪魔』も『赤い彗星』の彼女にすら出会わなかった。
 既に二隻の『足つき』を視界に捉えたが、今回の標的はあくまでもオーブ軍空母。
 一機、一機と〝ストライクダガー〟を切り捨て、おびただしい数の弾幕を潜り抜け、ついに空母まで距離一キロ地点にまで差し掛かる。
 ――なんと容易い。
 その時、一条のビームが機体を掠めた。暁色の派手なモビルスーツが、三機の支援戦闘機と共に立ちはだかった。
 
 
 
 アムロ、ムウといった歴戦のエースたちは皆核施設を抑えるために出撃してしまった。クロトの〝レイダー〟もまた、その機動力から核施設破壊へと向かっている。〝カラミティ〟を戦艦から離すわけにはいかない。〝フォビドゥン〟も幾度と無く襲い掛かる砲撃を、艦隊の盾になることで防いでいる。
スウェンたちもまた、押し入る部隊を相手に奮闘してくれている。今は、自分が行くしか……!
 〝フライトストライカー〟を装備した〝スカイグラスパー〟が、黒い〝ジン〟に向けて牽制射撃を加える。
 
 〈こいつ、強え……!〉
 
 パイロットのスティングが苛立ち、〝I.W.S.P.〟装備の〝スカイグラスパー〟が支援に入る。
 
 〈なら、連携して落とすまでよお!〉
 
 アウルが繰り出す一一五ミリレールガンの弾幕を易々と掻い潜り、〝ジン〟は一気に距離を詰める。
 
 「は、早い!」
 
 慌ててシンは操縦桿を握り、〝アカツキ〟のビームサーベルを鞘走らせた。闇夜に輝く白く美しい剣は、光刃ごと〝アカツキ〟の右腕を切り裂く。そのまま〝ジン〟は刃を返し――

 〈〝ドラグーン・ミサイル〟!〉
 
 ステラの嬌声が響き渡り、〝ファントムストライカー〟装備の〝スカイグラスパー〟から無数の誘導ミサイルが放たれる。一瞬〝ジン〟が気を取られ、その隙にシンは左手でビームライフルを構えたが、〝ジン〟に蹴り飛ばされ衝撃に顔をゆがめた。
 
 〈シン、大丈夫!?〉
 
 ステラが心配した声をあげ、〈お前無茶すんな!〉とアウルが続く。
 だが、たとえ無茶してでも止めなければならないと、シンは思っていた。
 
 
 
 勢いこそあれど、腕前は未熟そのもの。突破するなど造作も無い。それがサトーの感じた感想であった。その時、レーダーが新たな機影を確認し、それを移し出す。闇夜を切り裂いて、一陣の赤がビームライフルを構える。
 ――そうか、君が……。
 サトーは、覚悟を決めた。
 
 
 
 黒い〝ジン〟――。この気配、間違うはずが無い。
 
 「サトーさん……」
 
 口にしてわかる孤独感。この人は、わたしのパパになってくれるかもしれなかった人。でも――
 
 「わたしだって……!」
 
 この人を通せば、カガリが殺られる。負けられない理由が、フレイにはあった。
 スティングたちの支援を受けつつ、フレイはトリガーを引く。美しい尾を引いてビームの粒子が撃ち出されるが、〝ジン〟は難なく回避し、二本の実体剣に持ち替え大地を蹴った。
 飛び道具じゃ当たらない……! フレイはビームサーベルに持ち替え、同じく〝ジン〟目掛け加速する。
 恐らく勝負は一瞬で決まる。もう、あの時のようにはいかない。わたしにも、守るものが……守りたい人が――
 一瞬、脳裏にカガリのことが浮かび、やがてその思い出は白き奔流の中へ消えた。鈴の音が聞こえる。歌声が聞こえる。
 
 「――ガンダム!」
 
 ビームサーベルを振り下ろす。〝ジン〟が光刃ごと斬り裂かんと、白き剣を交差させ振り上げる。それは、フレイに見えた一筋の勝機。核融合炉で動く〝ルージュ〟のビーム兵器は、従来のモビルスーツの出力を遥かに上回る。核動力同士の対決ならば、鍔迫り合いすら可能な高出力。もはや実体剣など……。
 ――行ける。そう感じたのは一瞬だった。ビームサーベルの違いを感じ取ったのか、〝ジン〟は二刀の実体剣を迫る〝フライトスカイグラスパー〟、〝インテグラットスカイグラスパー〟に投げつけると、即座に背に背負う身の丈ほどの長刀で光刃を避けるようにして切り上げた。裂かれたのは〝ルージュ〟の左足。〝ジン〟は無傷の まま残り、そのまま刃を返し振り下ろす。フレイはスラスターを全開にし、無理やり体当たりを仕掛けた。
 
 「こ、このぉっ!」
 〈強くなった、君!〉
 「わたしだって……!」
 〈〝ジャスティス・フェイス〟まで使うことになるとは! しかし――〉
 
 長刀の刃が右肩にがぎりと食い込む。
 
 〈未熟である!〉
 
 
 
 あの人が、負ける。あの人が――格納庫の片隅で、膝を抱えて泣いているような、彼女が、ここで――。
 胸が締め付けられるように痛い。あの人は死んで良いような人じゃない。殺されて良いような人じゃない。戦争に巻き込まれて、それでも戦って、生きて――僕たちの為に戦ってくれているあの人は――
 シンの中で、何かが弾けた。
 一番最初にこいつに乗ったときと同じ、あの時の感覚が甦る。一気に加速をかけ、ビームサーベルで斬りかかる。〝ジン〟は素早く長刀をなぎ払う。回避しきれず〝アカツキ〟の首が飛ぶ。返す刃で左腕を切り裂かれる。それでも、僕は――
 
 「うわぁぁぁぁ!」
 
 気がつけば、シンは獣のように叫び声をあげていた。守る、守ると決めた! この命を賭してでも!
 構わず〝ジン〟に体当たりし、〝ルージュ〟と〝ジン〟の間に割ってはいる。その時、接触回線が開いた。
 
 〈子供だと!?〉
 〈シン!〉
 
 ステラが支援に入るのと同時に、シンは〝ジン〟を思い切り蹴り上げる。よろめいた〝ジン〟が長刀で蹴り上げた右足を切り裂く。そのまま流れるように、特攻気味でやってきた〝ファントムスカイグラスパー〟に切りかかる。
 ――しまった!
 ステラの笑顔が脳裏に浮かぶ。
 止めろ、止めてくれ! この子は――
 その時、長刀がコクピットに刺さる直前に〝ジン〟は刀の軌跡を変えた。刃はそのまま空を斬り、空振りに終わる。
 
 〈――また子供が! 何故だ、何故こうも……!〉
 
 歴戦の男がわずかに混乱する。
 
 〈うわああああ!〉
 
 〝ルージュ〟がバーニアを吹かせ、一気に〝ジン〟へと迫る。真横からの攻撃に〝ジン〟はそのまま長刀を振り向きざまに一閃。そこに、わずかな動きの乱れがあった。〝ルージュ〟の左腕が律動し、一瞬巨大な力場のようなものが出現し、景色がぐらりと歪んだような気がした。わずかに刀の軌道が逸らされ、空を切る。
 
 〈…………君か……〉
 
 〝ルージュ〟のビームの刃が、〝ジン〟のコクピットを貫いた。
 
 
 
 仕方、無かった。こうしなければ、ステラが殺されていた、シンが、殺されていた。そう、思ったのに……そう思ったから、わたしは――
 今しがた感じたおぞましい感触が、その手に甦る。生々しい、死の感触。
 ごとり、と左腕部の〝Iフィールド〟発生装置が着脱され大地に落ちる。
 悲しいと思うよりも、気持ち悪かった。酷い悪寒を感じる。親殺しにも似た感情。
 
 「こ、殺しちゃった……わたし……」
 
 脳裏にあの時感じた彼の記憶が過ぎる。彼の妻と、娘の姿が。そして、サトーの姿が……。
 
 「サトーさんを、殺しちゃった……わたし、わたしが……」
 
 わたしは、取り返しのつかないことを、してしまった。わたしはもう一人の――。
 殺してしまった――わたし自身の、手で――。
 
 
 
 隊長機の撃破を確認し、〝ドミニオン〟艦橋は沸きあがった。
 
 「よし! これで持ち直せるぞ!」
 
 アズラエルが珍しく拳を握り締める。その時――
 
 「ま、待ってください! これは――」
 
 カズイが読み上げる。
 
 「か、核発射施設がもう一つ……!」
 「映せ!」
 
 すぐさまナタルが言うと、カズイがコンソールを操作してモニターに映した。
 六つの核発射施設からかなりの距離をとった、十時の方角。アムロたちでは間に合わない!
 ナタルが指示を出す前に、一機のモビルスーツが最後の施設へと飛ぶのが見えた。目の覚めるような赤を、見間違えるはずが無い。
 
 「戻れ、アルスター少尉! 今の〝ルージュ〟では間に合わん!」
 〈大丈夫、行きます……!〉
 「しかし!」
 
 ――無茶だ! ナタルが止めるのも聞かず、赤い機影は闇夜の中へ消えていった。
 
 
 
 それとほぼ同時に状況を確認したカガリは、〝タケミカズチ〟艦長のトダカに自分が〝スカイグラスパー〟で出ると進言していた。
 
 「しかし、貴女はオーブの代表です!」
 「だが、今〝ルージュ〟に〝ストライカーパック〟を届けてやれるものが他にいるか!?」
 
 カガリ貴下の親衛隊は既に出払っている。すぐ隣で驚いているユウナになど、〝スカイグラスパー〟を扱えるわけがない。私しか、いないのだ。
 
 「必ず戻る!」
 
 そう言ってから、彼らの反論も聞かずカガリは艦橋《ブリッジ》を飛び出した。格納庫には、一機、連合除隊記念にと無理やり持ってきた〝スカイグラスパー〟がある。〝インテグラットストライカー〟だって、一機分しかないが、確かにあるのだ。
 大急ぎでパイロットスーツに着替え、〝スカイグラスパー〟に乗り込む。ふうっと深呼吸をし、ブランクが無いかを確認しつつ機体を起動させる。ぱっと通信モニターにユウナの顔が映りこむ。
 
 〈カ、カガリ! やっぱり無茶だよ! 君は――〉
 「わかってる! じゃあどうしろって言うんだ、お前は! このままオーブが核の火に焼かれるのを黙って見てろとでも言うのか!?」
 〈そうじゃない! もっと作戦を練って――〉
 「その時間があるのなら、そうしている!――〝スカイグラスパー〟出すぞ!」
 〈ああ!? ちょ、ちょっと――〉
 
 空母から助走をつけ、一気に離陸。ほんの数ヶ月前、私は〝スカイグラスパー〟で空を駆けていたのだ。あの懐かしい日々に、少しだけ戻れたような気がした。
 
 
 
 ――九月二十六日、二十三時三十分
 後方から接近する機影。……〝スカイグラスパー〟!? フレイは慌てて通信を入れる。すると――
 
 〈フレイ、大丈夫か!?〉
 「カ、カガリ!?」
 
 想定外の事態に、フレイは一瞬呆け、すぐに気を改める。
 
 「馬鹿! あんた何やってんのよ、大将が前に出てきて!」
 〈ばっ……! なんだとお前! 人が心配してやって来てみれば!〉
 「うっさいわね馬鹿! 馬鹿を馬鹿って言って何が悪いのよ、馬鹿ぁ!」
 〈お前なあ! 裸の〝ストライク〟で何ができると思ってるんだよ!〉
 「は、裸って、エッチな言い方しないでよ!」
 〈だから、私が〝ストライカー〟持って来てやったんだろ!〉
 「あんたが出てくること無いじゃない!」
 〈私しかいないから来たんだ、馬鹿!〉
 「なっ――!? あんたに馬鹿って言われる筋合いなんか、これっぽっちも無いんだから!」
 〈なんだと!?〉
 「なによ!?」
 
 荒々しく息を吐き……、まだ、サトーのことも吹っ切れていないというのに――わたしは……。フレイは混乱気味の頭を横に振り、〝スカイグラスパー〟と相対速度を合わせた。
 
 〈ドッキングだからな!〉
 「わかってるわよ……」
 
 〝スカイグラスパー〟から〝インテグラットパック〟が分離し、〝ルージュ〟とドッキングする。そのまま〝ルージュ〟は一気に加速した。
 ――これなら、間に合う!
 しかし、〝ルージュ〟と並走する〝スカイグラスパー〟の姿に、フレイはもう一度声を荒げた。
 
 「用が済んだなら帰りなさいよ!」
 
 返事は、返って来なかった。しばらくして、モニターにカガリがぱっと映る。
 
 〈なあ、お前さ……〉
 
 カガリは一度黙り込み、深く目を瞑り続ける。
 
 〈黒い、隊長機って……〉
 
 悪寒が甦りぞっと身を震わせると、カガリがはっと目を逸らした。
 
 〈……すまん、そんなつもりは……〉
 
 フレイの手に、〝ジン〟に突き刺したビームサーベルの感触が甦る。殺したんだ、わたし、あの人を……。
 
 〈……私も行くからな、一緒に〉
 「あんた、まだそんなこと――!」
 〈じゃあ何でお前! そんな死にそうな顔してるんだよ!?〉
 
 わたし、が? そんなこと、わたしは……。彼女の言葉を否定しきれない自分が、わからなかった。
 
 〈お前を、連れて帰る。それまで私は帰らないからな〉
 
 彼女はオーブの大将。こんなところに来るべき人ではないし、いていい人でもない。でも、それでも、あの人を殺してしまったフレイに、カガリがいてくれることはありがたかった。
 発射施設が見えた。既に発射体勢に入っている二機の核ミサイルを確認し、フレイは一気に速度を上げる。ビームサーベルを抜き去り、二振りで二基分の信管を切り裂いた。
 ――これで、なんとか……。
 その時、一条の光が〝スカイグラスパー〟の左翼を貫いた。
 
 「カガリっ!」
 〈ふ、不時着する!〉
 
 煙を上げ滑走路に胴体から着陸する〝スカイグラスパー〟を尻目に、フレイは敵の位置を探した。ほぼ同時にミリアリアから通信が入る。
 
 〈フレイ、聞こえる! そこの地下に核爆弾が……フレ……聞……る? フ……〉
 
 通信機の雑音が酷くなり、ついに通信が途絶えた。
 びーっびーっという耳障りな警報《アラート》が鳴り響く。モニターにAとRが交互に表示され、三人の擬似人格が同時に全く違う敵データを映し出す。
 切り立った丘の上から、星明りに照らされた純白の〝ザク〟が姿を現した。
 
 
 
 「通信、切れました!」
 
 助けを請うようにして言うミリアリアに、ナタルは思わず首をかしげた。索敵能力を強化してある〝ドミニオン〟ならば、この距離で通信不可になりはしないはずだというのに……。
 
 「直前に現れた敵、どんなのかわかりますか?」
 
 アズラエルが真面目な顔で聞くと、カズイが「〝ザク〟です!」と答える。
 ふ、むとアズラエルが一頻り考え抜き、小さく「〝ミノフスキー粒子〟か……!」と独り言のようにつぶやいた。
 
 
 
 警報《アラート》が鳴り響くなか、宿命に縛られた二機のモビルスーツが激突した。
 
 〈ふ、ふふ……。発生器を使えば、限定的とは言え粒子を散布可能、ということだ、フレイ?〉
 「何よ!?」
 
 フレイは〝νガンダム〟と表示された〝ザク〟を蹴り飛ばし、一一五ミリレールガンを撃ち放つ。回避運動を取りつつ後退する〝ザク〟がトマホークを投げ、ビーム銃を連射する。ビームを回避すると、先ほど投げたトマホークにレールキャノンを切り裂かれ、フレイは舌打ちした。すぐさま一○五ミリ単装砲で狙いをつけると、眼前に現れた〝ザク〟が二本目のビームトマホークで切り落とす。
 
 「馬鹿にしてぇ!」
 
 ビームサーベルを鞘走らせ、一閃。左手に持っていたビーム銃を斬り裂くも、振り下ろされたビームトマホークが左肩に食い込み、スパークがコクピットに散った。
 
 「ア、グ……」
 
 フレイは短く悲鳴を上げると、そのまま倒れこむ〝ルージュ〟の腰からショットガンを取り出し、滅茶苦茶に撃ちまくった。たまらず距離を取る〝ザク〟を確認してから、完全に大地に突っ伏した〝ルージュ〟のコクピットを開け、フレイは基地施設内部へ向けて走り出した。
 
 「地下に核があるって、言ってたけど……!」
 「フレイ!」
 「カガリ、地下に爆弾があるって!」
 「何だと!?」
 
 脱出していたカガリと合流し、二人は通路へと入っていく。人の気配は無い。
 
 「ここ、どういうとこなの?」
 
 電子地図で施設の見取り図を表示させていたカガリに、フレイは走りながら問いただす。
 
 「ずっと昔の、放棄された施設みたいだ。何に使われてたかはわからないけど……」
 
 管制室にたどり着くと、すぐさまカガリが機材を弄り解析を始めた。
 
 「わかる!?」
 
 カガリは答えず、そのままコンソールを弄る。やがて――
 
 「くそ、ロックが掛かってる!」
 「そんな……」
 
 絶望の二文字が、彼女たちの心を支配する。
 その時、こつ、こつ、こつ、と、軽い足音が彼女の耳に入ってきた。ぎょっとして二人は銃を構え、部屋の入り口へと向ける。
 足音が、入り口で止まった。
 ごくりと息を呑むフレイ。そこに、あの男がいる。パパの仇が、ママを、好きだった人が……。
 一瞬何かがきらと光、カガリが引き金を引いた。銃声は小さな長方形の何かに命中し、入り口からさっと男が現れ、再び銃声が鳴り響く。
 カガリが、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
 
 「おやおや、これはこれは……」
 
 ザフトの制服姿、波打つ金髪、顔の上半分を覆い隠す異様な銀色の仮面。フレイは倒れこんだカガリを抱き抱え、必死に呼びかけた。
 
 「カガリ、しっかりして、カガリぃ!」
 
 手にぬるっとした感触を感じ、はっとして見ると、自分の右手は鮮血に染まっていた。
 
 「左腹部に命中させた。急げば助かるが、さて……?」
 
 揶揄するような声に、フレイはぎりと奥歯を噛み締めた。
 ――似ている……。
 からかうように発せられたその声は、フレイの父――ジョージ・アルスターのものと酷似していた。
 
 「君の手に持つ銃で、私を撃てば、それで事は解決すると思わんか、ね?」
 「フ、フレイ……逃げろ……」
 
 カガリが辛うじて声を発する。フレイは彼女の言葉に軽い安堵感を覚えつつ、銃を男に向け、睨みつける。
 ラウはにっと口元を歪め、猫撫で声で続ける。
 
 「昔のパパの写真を見たことは?」
 「な、何を――」
 「見たことあるかと聞いているのだ、フレイ?」
 ――ある。父は、流れるような金髪で、細い体に白い肌、スカイブルーの瞳の――
 彼女の反応に満足したのか、ラウは徐に顔を覆う銀色の仮面に手をかける。
 何を、と思ったのも束の間、彼は一気にそれを脱ぎ取り、素顔を露にした。
 流れるような金髪に、白い肌、スカイブルーの瞳をした彼は、カガリ達と見た写真に写っていたジョージ・アルスターそのものであった。
 
 「あ、な……何で……? わ、わたし……は……」
 
 何故、そこにいる。呼吸が荒くなる、何を考えているのかも、わからない。父は、昔からずっと置いていて、あの写真はいつの物だ。老いたままの父と、若いままの、目の前にいる、この人は、わたしの……誰、なの……。
 その男は、写真のジョージと同じように微笑を浮かべ、フレイに手を差し伸べた。
 
 「フレイ、私と来るんだ」
 
 その声色のなんと甘美なことか。
 
 「全てを知りたいとは、思わないかね?」
 
 滑らかに、父に似た男は言った。
 
 「この世の全てを――」
 
 男は、わずかに口元を歪め、静かに歩み寄る。
 
 「光も闇も、人類の輝きも――」
 
 その声色がたまらなく恐ろしく、懐かしく……。
 
 「決して終わらぬ黒き歴史も――」
 
 ただただ、フレイは混乱していた。友と、父と、宿敵と、今そこにある消え入りそうな命、家族、いくつもの思いが交差し、混ざりあい、何もわからなくなる。体の震えが止まらない。わたしは、本当は、誰……。
 
 「〝νガンダム〟から得た情報から、私は〝ガンダム〟の伝説が真実だと知るに至った……! 終わらんのだよ、戦争の歴史は! 例え『神話の王』が光となって消えたとしても、その後の歴史が語っている! 人の宿命を! 殺し、殺される、死の螺旋を! だから、お前も来い、私のもとへ! あの少年――キラ・ヒビキの真実も、君が何者なのかも、私は知っている!」
 
 瞬間、彼の心がフレイの胸の内を走った。母と共にいるラウ。産まれたばかりの赤子のフレイを、ラウが抱き上げ、高らかに天に掲げる。
 
 「わ、わたしは……わたし、は……」
 
 男の手がフレイに伸びる。
 心が、割れそうに痛い。もう、怖くてたまらない。逃げ出したいのに体が動かない。本当は父の事をずっと引きずっている。振り切ってなんかいない。ただ、がむしゃらに生きて、それを忘れようとしていただけ……。でも本当は、家族の事、忘れるわけがない……。
本当は、わたしは、ラクスと一緒にいて、あの子にずっと助けてもらってきた。夜に一人で泣く事の怖さを、あの子がいてくれたから忘れる事が出来ていた。でも、今は……。
 わたしがあの子にかける言葉は、本当はわたしが誰かに言って欲しかった言葉。二人で一緒にいたから、お互いの傷の舐めあいであったかもしれないけど、互いに痛む心の場所をわかっていたから、二人でようやく前を見て歩けていたのに、あの子がいなくなっちゃって、守らないといけない人たちも出来て、わたしは、わたしは……もう、駄目かもしれないのに……。
 その時、施設の天井を突き破り、巨大な何かがラウとフレイの間に割って入った。そのまま崩れ落ちる瓦礫からフレイとカガリを守るようにして、巨大な手が彼女たちを覆う。
 
 「――シャア・アズナブル、貴様!」
 
 ラウが怨念を込めた声をあげ、逃げるようにして立ち去っていく。カガリが反射的に飛び起き、フレイを〝ルージュ〟の手の平の上に押し倒した。すかさず〝ルージュ〟がカガリとフレイをコクピットへと導く。
 
 
 
 ――九月二十六日、二十三時五十七分
 カガリはコクピットへフレイを押し込み、腹部の激痛に顔をゆがめた。
 
 「逃げるぞ、フレイ!」
 
 大粒の涙をぼろぼろとこぼしているだけのフレイに声をかけるが、返事は無い。
 
 「おい!」
 「カガリ、わたし、わたし……! サトーさん殺しちゃった、殺しちゃったよ……」
 
 既にわけがわからなくなっているらしいフレイに、カガリは息を呑む。
 
 「パパになってくれるって言ったのに、わたしが殺しちゃった……ねえ、カガリ、わたしは本当は誰なの、わたし、本当にナチュラルなの、ねえ、教えてよお……」
 「馬鹿っ!」
 
 ぼろぼろと泣き崩れる親友の頬を、ぴしゃりと打つ。
 
 「いい加減にしろ! こんなことでおかしくなって、どうするんだよ!」
 いつでも我侭で、高飛車で、それでも薔薇のように華やかで――そんな友人の、こんな姿は見ていられなかった。しかし、フレイは尚も涙で顔を歪め、嗚咽交じりで子供のように喚く。
 
 「なんでぶつのぉ!」
 
 フレイ、お前は……。
 カガリは銃弾の跡を手で押さえながら、〝ルージュ〟を帰路に立たせる。このままでは、ここの核爆発に巻き込まれてしまう……。
 ほぼ同時に、爆音を上げ何かが宇宙《そら》へと登っていくのが視界に映る。
 巨大な推進装置の中心から、白い〝ザク〟がこちらに単眼《モノアイ》を向けている。それは一気に成層圏を突破し、無限の星空へと吸い込まれていった。
 
 「くそっ、離脱する!」
 
 アクセルを踏み込み、〝ルージュ〟が大地を蹴った瞬間、それは始まった。
 最初に発したのは、どんな爆発やライトでも再現できない、圧倒的な白い閃光だった。闇に包まれた施設が一瞬に真昼の光で満たされ、カガリは眩しさに目を閉じてしまった。ほぼ同時に〝ルージュ〟の双眼《デュアルアイ》が赤く輝き、光の粒が翼のようにして〝ルージュ〟から広がった。
 次に目を開けた時、襲い来る光から逃げる〝ルージュ〟の性能に、唖然とする。信じられない速度で、光との距離を開けていく〝ルージュ〟。速度メーターは既に振り切れている。泣きじゃくるフレイのパイロットスーツから、おびただしい量の光が漏れている。
 だが、懸命に飛翔する〝ルージュ〟の足元に、徐々に光が追い詰めていく。モニター越しに、溶けていく〝ルージュ〟の足が見え、ぞっとした。衝撃波とは異なる、熱波としか表現しようの無いものがオーブ隅に位置する孤島を満たし、〝ルージュ〟の機体をも取り込んでいるのだった。
無骨な〝ルージュ〟の踵が飴細工のように形を崩し、手のひらの指もどろどろに溶けて、団子さながらにまるまってゆく。後部カメラが死んだ。もはや機体を操作している感覚も無く、咄嗟に操縦桿から手を離したカガリは、胸に顔を押し付けるフレイを力いっぱい抱きしめる。ふと、彼女の乾いた唇が、力なく動いた。
 
 「カガリ、ごめんね……」
 
 荒れ狂う衝撃波の嵐が、その言葉を呑み込んだ。施設を打ち崩し、音の速さで達した爆風波は〝ルージュ〟の機体を文字通り弾き飛ばした。死んだはずのモニターに光が宿り、CとAの文字が乱れ飛んだように見えたのは、幻か? 考える間もなく、カガリの意識は闇の底に引きずり込まれていった。
 
 
 
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