CCA-Seed_427◆ZSVROGNygE氏_外伝05

Last-modified: 2010-04-28 (水) 09:47:16
 
 

失いし世界をもつ者たち・外伝5

 
 

地球連合軍参謀本部は、アラスカより旧アメリカ合衆国の国防総省に移転した。ここに移転させる当たり、我が国は合衆国としての意識が抜けていないのだ。ハワイ育ちの私、ヒサオ・ホフマンには、そのように感じる。
私は呼び出された理由が、確実にろくでもないと覚悟していた。そして私は、人事局長の不機嫌な顔を見てさらに確信を深めたのである。

 
 

『ホフマン提督の決断』

 
 

「私が昇格ですか?」
「そうだ、おめでとう准将。」

 

予想の斜め上であった。目の前には人事局長のロドリゴ・モンタネッリ中将が、不機嫌を隠さずに必要事項を通知している。彼はこの手の特例措置が嫌いな堅物で有名な男だ。
複数の国家から構成される地球連合軍の人事をとりまとめるには、彼のような堅物の方がいい。だからこそ、この措置は明らかにおかしい。すでに私の保身センサーが、レッドアラームを鳴らしている。

 

もちろん、私が連合に帰参したのは、第1に数万人単位も存在する生存兵たちが何らかの懲罰を受けぬように責任を取るためであった。高級士官が軒並み離脱すれば、残りのものが確実に裁かれる。
ただ、私とて死ぬことは望んでいないので、外務省のペロー氏に多少の工作を依頼していた。一方でブルーコスモスにも、アズラエル氏に依頼しようとも考えたが、後で何か問題が起きても困るので止めることにした。
私は支持政党である民主党以外に、特定の政治勢力と関わることを是としない。そもそも民主党に対してすら、投票行動と集会以外の関わりは持たないことにしているのだ。

 

元上司のハルバートン提督に対しても、私は彼の派閥に深く踏み込むことを好まなかった。これ以上昇進したらそう言っていられないが、私は人事局長が昇進と告げるまでは何らかの形で軍を去る覚悟をしていたので、その辺りはもうどうでもいいと思っていた。
いうなれば、東洋でいうところの禅で解脱した人間に近い心境であった。第2は、やはり家庭を持つものとして激情のままに組織を離脱することなど出来なかった。ロンド・ベルに残存した連中とてそのことには留意しただろうが、私には無理である。
妻を愛しているし息子達も育ち盛りだ。不名誉除隊でも、少なくとも国家の社会保障は受けることが出来る。家族を路頭に迷わせることなど出来ない。私はそれほど信念で戦うつもりはないのだ。

 

「通達は以上だ。昇進に合わせて、君には特殊任務についてもらう。この書類を以て総長のところへ向かってくれ。」
「了解しました。」

 

私は人事局長の部屋を出ると、参謀本部総長の執務室に向かう。昇進は給料が上がるし、それなりに出世欲もあるから本来ならば好ましいことだ。
けれども、このタイミングの昇進は確実に裏がある。私は期待を遙かに上回る不安を抱えて、執務室の扉を開けた。
執務室には、連合軍参謀本部総長ジェファソン元帥と高級主席副官のサマーズ少将がいた。さらに、執務机の前には椅子が用意されている。話が長引くのだろうか。

 

「かけたまえ。」
「はっ!」

 

私は椅子に腰掛ける。

 

「ホフマン君、こうして直接会話するのは何年ぶりかね?」
「第8艦隊の司令部結成式でしたから、2年ぶりかと存じます。」
「そうか。時間が過ぎるのは早いものだ。」

 

彼は両手を組み、語りかけてくる。表情に怒り等の表情は見えない。

 

「さて、人事局長から聞いているとは思うが、君には特殊任務についてもらう。」
「特殊任務とは伺いましたが、詳細については存じません。」
「そうか、まぁそういう男だから信頼出来るのだがな。では少将?」

 

参謀総長の脇にいる、サマーズ少将からクリアファイルを受け取る。私がファイルから資料を取り出そうとしたところ、後ろのドアが開く音がしたので振り返る。
ブルーコスモスの大物であるロード・ジブリール氏が入ってきた。組織については詳しく知らないが、かなり上の方にいる人物のはずだ。

 

「やぁ、ホフマン提督。」

 

提督、だと。言葉の意味が示す意味を理解するために作戦書を読もうとするが、ジブリール氏は私の行動など意に介さずに話し出す。

 

「参謀総長、どうだね?」
「これから説明するところですよ。ミスター・ジブリール。」
「時間はあまりないから、すぐにでも準備に入って欲しいのだよ。」
「閣下、どういう事ですか?」

 

元帥は、私が作戦内容を聞いたものと理解したようだ。淡々と作戦内容を告げる。

 

「准将、君には6月上旬に予定している。オーブ解放作戦に参加してもらいたい。」

 

なるほど、私は自分が昇進した理由を理解した。つまりは私にかつての上官を討たせ、組織への忠誠度を試すという訳か。
失敗すればそれを理由に失脚させ、成功すれば今後もダーティな任務を任せる気だ。そのこと自体にはそこまで嫌悪感はなかった。
ラミアス少佐のように、軍隊という組織にそれほど希望を抱くほど若くはない。むしろ私にとって難題と感じたことは元上司と戦うことではなかった。
オーブとの戦闘は、相互防衛協定を結んでいるロンド・ベルと戦うことを意味している。私にとってはそちらの方に難題を感じたのである。それにしても、オーブ解放作戦とは。

 

「新指導部が大西洋連邦主導になり、これまで以上に積極策を採ることになった。最終目標はプラントの軍事制圧である。そこで宇宙に物資を大量に輸送するために、マスドライバーが必要になる。
オーブ解放作戦は、マスドライバーを確保するための大規模な作戦の一環である。ユーラシア連邦主力軍にヴィクトリア攻略を行わせ、東アジア共和国軍はカオシュンに攻撃させ、我が大西洋連邦はオーブというわけだ。君は最後の作戦に参加してもらう。」

 

ずいぶんと積極策に出るものだな。それを行うだけの準備は整っているのだろうか。1週間前のパナマ敗戦は、少なくない被害だったと思うのだが。

 

「質問をしてもよろしいでしょうか?」
「許可しよう。」
「まず、作戦の目的です。現在の連合にそこまでの戦力的な余裕があるのですか。また、あえて中立国であるオーブを攻める必要はいかなる理由からですか?
かの国の諸問題は、連合にも色々飛び火する問題だったために、あえて取り沙汰にはしないという判断が為されたと記憶していますが、状況が変わったのでしょうか。第3に、マスドライバーの大量輸送とおっしゃるが、月面には無傷の艦隊と関連設備が存在しています。
生活物資も含めて現状でも対応出来ると考えますが。もちろんマスドライバーは必要かと考えますが、三方同時に作戦を展開する必要はあるのですか。第4に小官の階級に関する疑問です。一国を攻めるとなると、少将以上が統括する部隊を投入することになると思いますが。
私はどの部隊を預かるのでしょうか。そして最後に、この場にロード・ジブリール氏がどのような事情でいるのかを伺いたい。」

 

参謀総長は腕を組み、少し考える素振りを見せる。元帥はこういう時にもったい付けるときがある。そして、大抵は話し始めるのだ。

 

「ふむ、質問を許可したことだし説明しよう。まず戦力的な問題であるが、パナマにいた戦力の喪失は確かに深刻である。だが幸いMS主軸の部隊の損害は、配備数の事情から少なかった。今度の作戦では現在大量に配備中のMSを大規模に投入する。
現在、各地でMSの最終的な編成が行われている。ユーラシアや東アジアにおいても同様だ。さらに参謀本部は、プラントが現状でマスドライバーとザフト支援国に戦力を集中しているだけで、積極策を採れない状況、つまり地上の残存戦力は必ずしも多くないと判断している。
パナマ陥落後に外交交渉を行うでもなく、軍事的な行動も取っていないからな。まぁ外務省は何か行っている可能性はあるが、現状で講和がまとまるとは思えない。ともかく、軍部としては今回のパナマ占領で、連中が攻勢の限界点に到達したという結論に達した。
そもそもパナマ攻略前のアラスカ戦は、ザフトにかなりの打撃を与えたと考えている。故に後方戦力などをかき集めることで、今回の作戦に投入する兵力は確保することが出来ると判断した。」

 

確かにザフトは、これまでもマスドライバーと周辺の主要軍事拠点以外を占領した事例は少ない。それは向こうの人的・物的資源が原因である。それを前のクライン政権が、積極的自衛権などと怪しげな言葉を生み出して、むやみな戦線拡大をしない理由としていた。
それが、ザラ政権になるや直ちに積極策を以てアラスカ攻略を行い、戦力の大半を失ったのだ。続くパナマでもかなりの戦力を失っている。しかもザフトはパナマ攻略戦において、マスドライバーの破壊をした後に占領するも、数日で引き上げたのである。
連合軍はパナマを奪回すると、復旧について検討を始めたが数年はかかる見通しだそうだ。参謀総長の話は続く。

 

「オーブを攻撃することは、複数の目的から成り立っている。第1にこちらの意図の攪乱である。最初にオーブに攻め込み、その後にヴィクトリア及びカオシュンに仕掛ける。これでザフトは、カーペンタリアの戦力を容易にカオシュンやヴィクトリアに回せまい。
付け加えるならば、ジブラルタルにも大規模な攻撃をオーブ攻撃と同時に行う。要は連中に拠点防衛戦力を重点化させないことが目的である。さらにいえば、全ての攻撃は囮であると同時に本命である。これらのマスドライバーのうちひとつが確保出来ればいい。」

 

私はともかく聞くことに徹する事にしていたが、次の発言にはさすがに鼻白んだ。

 

「第2の点は、オーブを大西洋連邦軍主力の軍が押さえることで、マスドライバーを連合というよりも大西洋連邦が押さえたいというのが、国防相のお考えだ。」
「な、しかし我々は大西洋連邦軍であると同時に連合軍です。元帥、それはあまりに・・・」

 

いくら現在の連合政府が、大西洋連邦首脳陣で占められているとはいえ、余りに恣意的な行為ではないか。

 

「それは第3の質問にも関わることだ。政府は、3正面作戦でヴィクトリアを確保出来た事態を憂慮している。」
「どういう事です?」
「我々が仕入れた情報によると、ユーラシアは先日のアラスカ防衛戦が大変不快だったようだ。」

 

当たり前だ。あんな作戦で被害者側となって怒らない奴がいるなら見てみたい。そもそも私自身が切り捨てられて死にかけたのだ。元帥閣下は承知で話しているのだろうから、悪質きわまる。

 

「それでな、戦後を考えると現在の連合政府が続くことは難しいと、国防相は考えておられる。」

 

この戦況で、よくも戦後を考えられる。

 

「よって、オーブを攻略目標としたのは、第1の目的と矛盾するが、連合軍とは別に大西洋連邦として2つの戦略目標が策定された。第1がオーブ攻略によるマスドライバーの確保で、第2にユーラシア連邦の戦力弱体を目的とする。
ヴィクトリアはおそらく陥落出来るだろうと、統合作戦局では見ている。ただし、戦力はかなりのダメージを受けるとの試算だ。そこでポイントなのは、ユーラシアにはマスドライバーをくれてやるが、戦力を弱めることで発言力を落とさせるのだ。
仮に3拠点を同時に確保出来ても、東アジアはこちらよりだ。パワーバランスは我々に一気に傾くだろう。」

 

本当によくも戦後のことを考えられるものだ。かつては反発したが、ハルバートン提督のいうように、前線に出ないとこうも脳天気な思考を形成出来るのか。そんな生ぬるい戦局ではないだろう。
私は、柄にもなく上層部のやり口に反発を覚える。それにオーブにいるロンド・ベルを過小評価してはいまいか。物量で最終的に勝利は得られようが、ユーラシア以上の戦力喪失を招きかねない。
どうやら軍部は、ロンド・ベルを過小評価しているようだ。その原因は、私を猫の目のように見つめるジブリール氏あたりか。それとも現実主義者の大統領だろうか。あの人は、次元を越えてきたなどという話を信じていなさそうだ。
もっとも、私も低軌道でアムロ・レイと彼のガンダムの活躍を見ても信じることは出来なかった。アラスカで初めて信じる気になったくらいだ。無理はないと思う。私が思考を巡らす前で、参謀総長閣下は話を続ける。

 

「つまり、オーブが中立であるとか、軍事技術が危険であるとかという話ではない。この際は対ユーラシアを想定して、マスドライバーを大西洋連邦として独自に確保することが目的である。」
「なるほど。」

 

これは、柄にもない行動をしておくべきであったかもしれない。

 

「さて、宇宙戦力への物資供給についてだが、これは連合軍として重要な問題である。つまり、プラントを軍事占領するためには、宇宙要塞を2つ攻略しなければならない。
そのためにも現有宇宙艦隊を全て投入する必要がある。運用させるためには、いうまでもなく物資が必要だ。月面の生産力も低くはないが、全てをまかなえない。よって、地上の物資を大量に送る必要があるのだ。」

 

これについては全く同感であるし、目的そのものも受け入れられる。

 

「後何だったかな?」

 

サマーズ少将が、参謀総長に残りの質問を指摘する。

 

「准将の指揮する部隊と、ジブリール氏の件です。」
「ああ、そうだったな。君には、明日にも宇宙に上がってもらいたい。」
「宇宙ですか?」
「そうだ。月面に向かい新規編成された艦隊を受領せよ。その艦隊を以て、オーブを離脱してくるロンド・ベルを拿捕ないし撃破せよ。」
「拿捕、ないし撃破ですか?」

 

私はさすがに眉毛を寄せざるを得なかった。

 

「そうだ、大西洋連邦としては、なんとしてもオーブを占領するつもりだ。実際に物量で押せば、1日あれば陥落するだろう。当然ながら、戦線が崩壊すれば、ロンド・ベルはオーブの指導層と脱出すると思われる。
アスハはこれまでのことがあるからな。情報局は脱出するだろうと想定している。ロンド・ベルの確保は、その点でオーブ作戦の一部なのだ。それに、大統領はイレギュラー要素を好まない方だ。」
「ですが、宇宙に脱出しない可能性もありますが?」
「もちろんだ。本来は君が関知することではないが、ここまで話したことだ。教えておこう。地上で離脱行動を取った場合も当然想定している。ロンド・ベルが離脱すると予想される領域に傭兵部隊を配置させている。
また、ロンド・ベルがすみやかに逃走させないために、地上のジャンク屋連中に情報を流した。
あのごろつきどもならば、技術獲得や商売に目がくらみ、殺到するだろうからな。傭兵部隊を集結させる時間稼ぎに使う。
無論ではあるが、傭兵も盾みたいなものだ。士気と物資を徹底的に削った上で、オーブ解放部隊で仕留める算段だ。最後の質問だが・・・」
「そこからは、私が話そう。」

 

参謀総長の言葉を遮り、ジブリール氏が発言する。どうやら話したくてウズウズしていたようだ。いかにも自己顕示欲の強そうな男だ。もっとも、盟主たるアズラエル氏もその点は変わらないと思うけれど。

 

「我々ブルーコスモスとしては、戦争早期終結を望んでいるのだよ。いい加減に砂時計をどうにかしたい。そこで、連合軍の宇宙反攻作戦を可能な限り迅速に行いたい。
ゆえに、オーブ解放作戦には、かねてより我が盟主が用意していた特殊戦力を投入する。」
「特殊戦力ですか?」
「そうだ、これは機密事項だ。くれぐれも漏らさないでも欲しい。GATシリーズの新型を投入する。私はその評価もかねて戦場に赴く。」
「話が見えませんな。その件がなぜ、ミスター・ジブリールがここにいる理由になるのです?」
「君は愚者のフリをしているのか?最後まで話を聞きたまえ。私の従軍はついでの話だ。ここに来た理由は君に対して伝えたいことがあるのだよ。」

 

もったい付ける人だ。それになめつける様ないいようだな。気持ちのいい人物ではない。いい加減うんざりしてきたので先を促す。

 

「なんです?」
「私はね、おそらくロンド・ベルが宇宙に離脱すると踏んでいる。君には形式上難癖付けて、ロンド・ベルを撃破殲滅して欲しいのだ。」
「それは政府の決定と反しますが?」
「歯がゆいね。だから、非公式に私が命令するのだよ。」

 

なるほど、参謀総長の口ではなく氏から圧力をかけることで、公式には存在しない命令という形にしたいのか。あざといな。しかも私には選択の余地などない。私は再びどこか悟りを開いた心境になりつつあった。

 

「ロンド・ベルのブライト司令は、君も知っているだろう?融通が利きそうにないし、なにより我々ブルーコスモスの思想に協調しそうにない。」
「私はブルーコスモスではありませんよ?」
「そうだったのかな?ここにいる人物は、みな青き正常なる世界を求めていると思ったがどうかな?」
「全くです。」
「青き正常な世界こそ、正しい世界のありようですな。」

 

なんてことだ。参謀総長閣下と副官殿もブルーコスモスか。もはや、この部屋の出来事がとんだ茶番劇に思えてきた。

 

「そのためにはロンド・ベルは邪魔なのだよ。我々は直ちにあの人間モドキどもをこの世から消滅させたいというのに、ブルーコスモス内部にすら、ヌルイ考えの連中が存在している。
特に私が我慢ならないのは、ロンド・ベルとの対話で我が盟主ですら穏健よりに傾いていることだ。つまり邪魔なのだよ。盟主は穏健派となにやら工作しているようなのだが、それも連中を始末すれば片が付く。
ビジネスをどうだか問題にするが、たいした問題ではない。地球の生産力はプラントになど後れを取らぬ。まずは青き正常な状態に戻すことこそが急務なんだ。」

 

私は彼の話しように、連合の意志どころか、大西洋連邦の意志すら介在しないことに、あきれたが、私には退路がないことも理解していた。
そして、彼はもはや戦争をしている感覚ではないということに空虚なものを感じていた。元帥は相対的にマシという程度だ。
国防相も含めてブルーコスモスの急進派が、ここまで度し難い存在とはな。普通の職業軍人にはたまったものではないな。だが、拒否したら帰還兵の命運は確実に悲劇的なものとなるだろう。責任を取るときが来たようだ。私は決断した。

 

「・・・わかりました。だたし、条件があります。今回の作戦にアラスカの生存者を使わないこと。そして、戦う以上は捨て石になるつもりはありません。相応の戦力を要求したい。」
「ふむ、もちろんだ。我々としては任務を達成して欲しいと考えている。ダガーを回さない分、君の艦隊戦力はロンド・ベルの倍を用意させた。まだ何か不満か?
それと、アラスカの兵を使わせない理由は何か?水上艦隊の将兵であれば、配置転換も容易だろう。」

 

参謀総長が尋ねてきた。本心はアラスカで生き残った将兵を今度の話に巻き込ませたくないからだが、悟られるわけにはいかない。だが、私がそういう性格でないことは向こうもある程度承知している。
これまで培ってきた処世術をフル動員する。これまでの話で彼らの性格や傾向はある程度わかったから、話は合わせやすい。

 

「正規の戦力は十分です。宇宙艦隊には次がありますから、無駄には出来ますまい。ですが、戦力に不安を抱えることも事実です。そこでコーディネーターの傭兵を大量に動員させて下さい。
元帥が地上にて行うように、彼らを盾とするのです。御三方にも気分の良い作戦ではありませんか?」
「ほう、コーディネーターを利用するのか?」
「ええ、まず傭兵のコーディネーターを投入して敵戦力をすり減らします。そのうえでメビウスを投入した方が効率はいいかと考えます。どんな形であれ、コーディネーターが減少することは望ましいことかと思います。」
「うむ、もっともだ。やはり君は愚者のフリをしていたようだね。よくわかっている。」

 

ジブリール氏は満足そうに頷く。

 

「またロンド・ベルはオーブの指導者と共に、難民も抱えている可能性があります。つまり、難民のコーディネーターがいる可能性があるのです。」
「それで?」
「彼らを撃破することに意欲を持つ将兵をそろえたいと思います。つまり、ブルーコスモス出身者で将兵を中心に編成したい。アラスカの生き残りは、士気も低く使いものになりません。
対して、青き正常なる世界のために戦いたい将兵であれば、士気は十分であるかと考えます。」
「よかろう!!参謀総長!直ちに手配したまえ!!そうだ、傭兵どもは戦闘終了後に始末することも忘れずにな!」
「わかりました。宇宙艦隊司令部に話を回しましょう。准将、このことは極秘だぞ。」
「心得ております、元帥閣下!!任務遂行のため、明日にも宇宙へ上がりたいと思いますが?」
「うん、下がっていい。」

 

上機嫌な参謀総長らに敬礼して部屋を出る。この部屋にもういたくなかった。家族には、わかれを済ませる必要があるな。そう思いながら帰宅しようと出口に向かう。
参謀本部の出口には、共に帰参した作戦参謀のミラー大尉と情報参謀のマキノ少佐が待っていた。

 

「大佐!!どうでありましたか!?」

 

私は表情を変えずに答えた。

 

「昇進して艦隊司令になったよ。」
「はぁ!?」

 

ミラー大尉が素っ頓狂な声を上げる。

 

「新編成される宇宙軍第2特務艦隊司令として、ロンド・ベルを拿捕もしくは撃破しろとのことだ。」
「・・・現有の戦力であんなのに勝てるのですか?宇宙軍ということは、主力はメビウスですよね?
ザフトの新鋭水陸両用機ですら勝てないのに、あの部隊にどう戦えというのです!!!」
「まぁおちつけ、行くのは私だけだ。」
「何を言っているのです、大佐?・・・いや、まさか!!」

 

マキノ少佐が気付いたようだ。私は無言で頷き、この場で話すことを警戒して歩き出す。参謀本部を離れてしばらくして、2人に伝える。死ぬ前に自分の行為を誰かに知って欲しかった。

 

「連中を焚きつけた。アラスカ組は今後も冷や飯食いだろうが、とりあえず即座に殺されることは回避させることは出来た。その間にペロー氏が何とかしてくれるだろう。」
「お待ち下さい!!柄にもないことを!!」
「そうだな。だがそれは帰参したときから決断していたことだ。少佐、後は頼む。陸上戦力はユーラシアがほとんどだから、救いようがある。ただ水上艦隊は大西洋連邦所属だからな。失いかけた居場所を守ってやりたい。」
「大佐・・・」

 

本当に柄にもない行動だと思う。2人の参謀は無言で俯く。

 

「さて、今日はもう帰宅するよ。家族と過ごす最後の時間だ。静かに過ごしたい。失礼するよ。」

 

私が、タクシーを拾い乗り込もうとすると、ミラー大尉が叫んだ。

 

「准将!!私くらいお供させてくれませんか!?」
「君は私が嫌いだったと記憶しているが?」
「自分は、ハルバートン閣下にいつも総司令部よりに発言をすることに疑念を抱いておりました。ですが、今回の責任の取り方に心を打たれました。お供させて頂きたい!!」

 

彼の誠意はありがたいし、素直にうれしかった。だが、彼は家族がいたから帰参したはずである。

 

「君には家族がいたはずだ。帰参したのは何のためだったのだ?無駄に命を散らす必要は無い。」
「私とて職業軍人です。覚悟はあります。それにアラスカ組から士官が随員しないと疑念を抱かれる可能性もあります。ですが、少佐殿にはペロー氏との交渉がありますから、作戦参謀たる自分がお供すべきであると思います。」

 

全くハルバートン提督の部下は、どうしてこうも浪花節なのだ。だが、不意に自分がしたことも、まさしくそれであることに気付いて笑いがこみ上げてきた。

 

「私も結局は、ハルバートン提督の部下であったと言う事か・・・」

 

私は、心の底から大声で笑い始めた。ここまで笑いたいと思って笑ったのは何年ぶりだろうか。しばらく笑いを止めることは出来なかった。

 

翌日、私はミラー大尉と共に宇宙に上がった。

 
 

※※※

 
 

そう、だからこれは予想通りの展開なのだ。レーダーや通信等が、ここまで作動しなくなること想定外だったが。目の前では、機動戦力が次々に撃墜されていく。

 

「直掩中の第3、第4中隊全滅!!」
「第1中隊は残存2機!!!」
「傭兵第1中隊、通信途絶!!また前線の傭兵との交信は未だ回復せず!!」

 

ロンド・ベルが、消耗を避けるために中央突破を試みることは想定出来た。私は先手を打ち、前進して左右から挟撃を行い、さらには後方から食らいつこうと考えていた。
だが、電波状況の悪化により、左翼の部隊との連絡が付かない。しかも、ロンド・ベルはその状況をものともせず進撃してくる。おそらく向こうが何かしたのだろう。軍人としての悔しさがこみ上げる。

 

「ヒュメットスとは連絡は!?」
「駄目です!!通信機能がダウンしています!!左翼部隊との連絡不能!!」
「ラ・サイエント撃沈!!!」

 

既に艦隊の3割を失い、機動戦力の損失も目覆うばかりのものだ。報告も絶望的なものしかない。
だが、むざむざやられてたまるか。

 

「提督!!前方より正体不明MA1機!さらにリゼルとνガンダムです!!」
「対空迎撃!打ち方始め!!!」

 

前方より白いMSが襲来してくる。アラスカでは心強かったが、今は私の命を危険に晒す脅威以外の何物でもない。私がそう考えた直後に、高速で接近したMSに主砲を破壊される。艦全体に衝撃が走った。

 

「主砲沈黙!!!」
「ダメージコントロール急げ!!」

 

艦長がオペレーターの報告を聞き、蒼ざめながら指示を出す。

 

「ガンダムが急速上昇して直上から接近してきます!!」
「ミサイルで牽制し、イーゲルシュテルンで打ち落とせ!!!」

 

白いMSことνガンダムが、ネジのように回転して迎撃を回避する。何という操縦技術だろうか。私はνガンダムに見とれてしまった。その右手に持つライフルから光の矢が放たれることも忘れて。
私は激しい衝撃と共に司令シートから吹っ飛ばされた。側転するように体が回り、副官の頭を蹴り上げた後に壁に叩き付けられた。そして視界が暗転する。何が起きたのかわからない。
若干の間を置いて視界が開けたとき、艦橋は地獄絵図であった。よくも艦橋が蒸発しなかったものだ。作戦参謀が頭から血を流していることを意に介さず私に話しかける。

 

「閣下!!!!」
「ミラー・・・ごふっ、大尉か?」

 

私は大尉に応答するとき、初めて自分が重傷を負っていることに気付いた。意識が回復してきたと同時に、激痛が走る。呼吸が出来ない。

 

「司令!!しゃべってはいけません!!軍医を速く呼べ!!!」

 

ミラー大尉が叫ぶ。私は状況を報告させる。

 

「じょうきょうは?」
「先任参謀殿並びに艦長は戦死されました。副官のハグマン大尉も絶命しています。」
「・・・これまでだな。総員に退艦を命ずる。わたしはいい。」
「閣下!!!」
「どうせこの状況で、て・てあてなどできん。退艦作業に集中せよ。君が指揮を執れ。ぜんたいの、指揮はコッド大佐に・・・委ねる。」
「司令!!!」

 

指揮権を譲渡した安心感から休息に眠気とは別に意識が遠のく。どうやら死ぬのか。くそ、家族を残してこんなところで・・・

 

「大尉・・・家族に・・・」

 

何か叫ぶ声が聞こえたが、何を言っているかを関知することなく意識が途絶えた。

 

『ホフマン提督の決断』end.