Char-Seed_1_第12話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:29:18

アークエンジェルは次なる目的地を月基地に定めることとなった。
そこでアークエンジェルとMSのデータを本部に引き渡し、正規の軍人が派遣されれば、志願した学生達の使命も終焉を告げる。
憂いの元であった物資の欠乏も、アルテミスでの十分な補給によって既に過去と化し、状況は好転に向かっていると謂える。
しかしながら、補給に費やした時間の影響でクルーゼ隊の追撃が差し迫っていた。
仕上がりの早かったキラはストライクを当てがわれ、とうとう戦力として次の戦闘に出る次第となった。

「キラ~……」

談話室にて話題を切り出したトールは、なにやら恨めしげであった。

「何?」
「俺、ジンの機動担当だってさ……」
「でも、ジンは強化されて……」
「大尉は男色の噂が立ってるらしいんだ……」
「ええっ!」
「メカマンの人が言ってた……ああ、閉鎖空間で二人っきりなんて……」

トールは溜め息をついて憂鬱な面持ちで虚空を見つめ、キラは驚愕を隠せずに目を丸くした。
無論、ムウは異性愛者である。
つまり、トールはからかわれたに他ならない。
軍という男社会では、同性愛をちらつかせたジョークは絶大な力を保有し、多用されていたのだった。

「……がんばって」
「頑張ってどうしろっていうんだ……
それより、キラこそ頑張れよ。出撃、するんだろ?」

トールの一言によって二人の間に重苦しい空気が流れ、
命のやり取りをするという実感が徐々に精神を蝕んでいくのをキラは感じた。

「うん……もう逃げられないから……やるしかないよね……」
「……そうだな」

何かを押し殺すかのように力強くも儚い口調でキラは答えた。
そんな姿を目にしたトールは、その『何か』が、同胞であるコーディネイターと戦う葛藤であると推測した。

――キラがコーディネイターであるという事実は、未だクルーの誰にも明かしていなかった。
アークエンジェルは連合軍であり、キラの身元が発覚してしまえば、どのような憂き目に合うか想像に難く無い。
唯一、シャアだけはその片鱗を疑ってはいたが、推量の域を出ていなかった――

「俺も、ジンが仕上がったら出るからさ。
……死ぬときは一緒だぜ?」

トールは敢えて連帯感をあおるような言葉を使った。そこには、同胞と戦うことを少しでも隅に追いやるという意図が存在していた。

「うん!」

二人は固く握手を交し、ブリッジの手伝いへと向かった。
キラの表情から、僅かながら葛藤の色が薄れていた。

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『コンディションレッド発令!コンディションレッド発令!
パイロットは直ちに出撃して下さい!』

ミリアリアの声で積を切ったようにクルー達は慌ただしく持ち場に着いた。
遂にクルーゼ隊の追撃の網にかかってしまったのだ。

『キラ・ヤマト君』

ストライクに乗り込んだキラの元へシャアの深み係った声が届いた。

『今回は戦場の空気に慣れてくれればいい。
無理はするな』
「……わかりました」
『では、先に行くぞ』

そう言い残し、シャアは死線へと躍り出て行った。
間髪を入れずにキラもカタパルトへゆっくりと足を進めた。

『装備はエールストライカーを!
カタパルトエンゲージ確認、進路良好、発進どうぞ!

キラ……無茶しないで……』
『わかってる!
キラ・ヤマト!ストライク行きます!』

掛け声と共に初陣に赴くトリコロールカラーの勇士の姿を、トールはブリッジから見つめていた。

「死ぬなよキラ。約束破ったら、怒るからな」

届かぬ声であっても、発せざるを得なかった。そうしなければ、キラが遠くへ行ってしまうような悪い予感を払拭出来なかったのだ。