D.StrikeS_第13.5話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:54:28
 

「こ、このっ!」

 

 ゴォアッと風を切る音と共に次々に迫り来る打撃。
 一撃一撃が触れたら、それこそ骨ごと持っていかれかねないような攻撃の数々。

 

 それらを何とか避けたり、弾くことで今のところはどうにかなってるが……

 

 正直限界が近づいていた。
 
(接近戦だとやっぱ分が悪いっ!)
 
 かと言って離れたら離れたらで、射撃魔法での牽制。
 それに足を止められてまた接近戦に持ち込まれるのは目に見えている。

 

 シン・アスカの戦闘スタイルは距離を選ばない。
 故に自分の得意とするレンジで戦う、と言うよりは相手の苦手なレンジでの戦闘を心掛けなくてはいけない。
 そうすることが勝ちに繋がる、特に今のように戦っている相手が格上だと尚更だった。 
 それが今のように相手の得意な間合いに合わせて戦う、という状況はシンにとって当然好ましいものではない。
 焦りもするし、下らない凡ミスだってしてしまうわけで。

 

「もらったぁあ!」

 

「ま、まず―――!」
 
 そんな一瞬の隙を見逃す彼女ではなく、振りかぶった鎚をシン目掛けて思いっきり振り下ろしてきた。
 赤い髪が大きく翻るのが目に映った次の瞬間。
 ガキィン、と乾いた音が辺りに響き渡る。
 すんでの所で手に持ったエクスカリバーで迎撃に成功する、が。

 

「じょ、冗談だろ!?」
 
 魔力同士のぶつかり合いによって生まれた凄まじい衝撃の中、シンは確かに聞いた。
 かなりの硬度を誇るエクスカリバーの刀身が軋み、ひび割れる音を。

 

「その……程度かよっ!」

 

「う、うぉおおおおおおっ!?」

 

 次の瞬間、怒号と共にエクスカリバーごと振り抜かれた衝撃で弾き飛ばされ、シンは背後に立っていたビルの中に悲鳴と共に突っ込んでいった。

 

 

 
 
 

「……ごほっ、げほっ……。
 ったく、なんて馬鹿力してやがんだよ、あのチビ……

 

 あー、インパルス、そっちは大丈夫か?」

 

『機能の低下はそれほどでもありませんが……』

 

「なんだよ?」

 

『……まぁ、お手元を見てください。』

 

 言われて手に握り締めたエクスカリバーを見る。
 
「……あ。」

 

 折れていた、それ以上の言い方が見つからないくらいに完璧に。

 

「……シャーリーさんに怒られる、な。」

 

 憂鬱な気分でシンはため息をつく。
 シンのデバイスは管理局で使われてるそれらとは規格が違うところが多々あり、修理やメンテに手間取ることが多いそうだ。
 最近では解析が進んでさほどでもないらしいが、出来るなら壊したりしないように言われている。
 
 幸いだったのは二本あるうちの一本だけが犠牲になった事位だろうか。
 どちらにせよ、ろくでもないことには変わりはないわけだが。
 
「はあ、なんでこんな事になってるんだ……」

 

 もうもうと土煙があがる中、自身が開けた横穴の先にいるヴィータを見て、シンはもう一度深く溜息を吐いた。

 
 
 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
 第13.5話「譲れない役目、そして想いなの」

 
 
 

 あのちょっとした事件から5日が過ぎた日の事であった。
 シンは早朝訓練が終了した後、部隊長であるはやてに呼び出され、彼女の執務室に向かった。

 

 ノックをし用件を言うと程なくしてどうぞー、といつもの調子で返されたので、シンは戸惑うことなくドアノブを回し目の前のドアを開いたその瞬間。

 

 ―――シンに電流走るっ……!
 
 八神はやてが居た、凄絶とも言えるような笑顔を浮かべて。
 
「失礼しました。」

 

 咄嗟にドアを閉め、部屋に入ることを拒否したのは当然の反応だった。

 

『えー、何で閉じんのー?』

 

 軽い乗りの抗議が部屋の中から聞こえてくる。

 

(どうせ碌な内容じゃないだろ!)

 

 心の中で毒づく。
 シン・アスカの現在の所属は八神はやて直属となっている。
 だからだろうか、たまにこういうことがあるのだ。
 結構どうでもいいことに使われる、というか。
 
 つまりは体のいい便利屋扱いされているわけだ。
 
 以前、訓練が無く暇をもてあましていたからか、訓練場の隅で二時間かけて穴を掘り、二時間かけてその穴を埋めるように言われた時は、本気で自分の立場について悩んだ。
 結局は体力つけるためと割り切ることにしたが。
 その後、シグナムに聞いたことだが丁度その前日に上との会議があり、難航したらしい。

 

 気持ちは分からないでもないが、シンとしては八つ当たりに自分を使うのは勘弁して欲しく思う、切実に。
 今回もどうせ似たようなものだろう、とシンは思っていた。

 

(……なら、抵抗しても無駄か。)

 

 いっその事ここから逃げ出したくもあったが、相手は自分の直属の上司なわけで。
 もう一度深々とため息をつきながらドアノブを握り締めた時だった。
 
『逃げるんやったら、あの事言っちゃってもええんかなー?』
 
 等と聞こえてきて、一瞬興味を惹かれたシンはあえて入らないという選択をしてしまった。
 もちろん、すぐさま後悔するのだが、この時のシンがそんなことを知る由もなくて。

 

『……もるよ。』

 

「……へ?」

 

 部屋の中から洩れてくる声の内容を聞いて、シンは呆けた様な声を上げた。

 

(え、今のき、聞き間違いだよ、な?)
 
 何処かで聞いたことがあるフレーズの様に聞こえた。
 そんな自分の嫌な予感が当たらないことを願いながら、耳を澄ます。
 幸か不幸か、はやてはまだ続けて声を上げていた。

 

『……俺が、なのはのこ「だぁぁああああああああ!!」
 お、シンいてたん?」

 

「な、な、な、なんでアンタがそんなこと知ってんだよ!?」

 

 あくまでも平然とシンを迎え入れるはやてとは対照的に、一気に彼女の机に詰め寄りがなるように疑問を叩きつけるシン。

 

「……聞きたい?」

 

「……っ、聞きたい、です。」

 

 ニヤニヤと、いやらしい笑い方をしているはやてを睨みつけながらシン。
 
「……長くなるけど、ええ?」

 

 と、突然はやてが表情を改めたので、シンも何かあるのか、という気になってくる。
 いや、あれが何か重要な事に絡んでくるとは思わないのだが。

 

「実はな……

 
 
 
 

 シャマルに頼んでちょっと盗み聞「ちっとも長くねぇ!?
 それどころかたった一行で説明すんでるよ!
 いや、てかなんですか!? それ犯罪だろう!?
 そんなでいいのか六課の部隊長! それでいいのか管理局!?
 そもそも俺とあの人にプライバシーとかくれると少しは幸せな気分になれるかも!?」
 
 おー……流石、六課が誇る突っ込み役やね。
 でも1行で、とかメタな発言は簡便な。」
 
 本気で言ってんならただじゃおかない、と目をぎらつかせるシンにはやては苦笑して言う。

 

「まあ、冗談なんやけどね。」

 

「……おい。」

 

「本当はね、本人から聞いたんよ。
 なんか最近様子が変やなーって思って、昨日。」

 

(ああ、そういや昼休み中いきなり消えたと思ったらフラフラになって帰ってきたっけ。)
 昨日の訓練中のなのはの様子をシンは思い出して納得する。

 

「ってことは昨日の訓練が訓練にならなくなったのは……」

 

 砲撃魔法の訓練するよー、との事だったのだがなのはが憔悴しきっていた為、結局自主訓練のような形になったはずだ。
 根掘り葉掘り聞かれたんだろうなぁ、と少しなのはに同情。
 同時に絶対に言っちゃいけない人に言ったことに関して少々の怒り。

 

「……待てよ?
 じゃあ、さっきの訓練でシグナム副隊長とかが妙だったのも……」

 

 シグナムは何も言わずに良かったな、と言わんばかりの視線を送ってきて、ザフィーラは『まあ、頑張ることだ。』と、激励の言葉を。
 シャマルに至ってはニヤニヤと、本当にニヤニヤとなんでもないわよー、と笑うばかり。
 その時シンにはそれらの態度の理由がわからなかったが、今疑問が氷解した。
 はやてをじろりと睨む。
 目をそらしながら口笛吹いている。
 間違いない、この人だとシンは確信した。

 

「で、まさか俺をからかう為だけに呼んだんじゃないですよね?」

 

 はあ、ともう一度、本日何度目か分からないため息をつきシン。

 

「じゃあ、本題にはいろか。
 
 ……シン、ありがとうな。」

 

 唐突に、真顔で礼を言われシンは面食らう。

 

「い、いきなりどうしたんです?」
 
「なのはちゃんの事。」

 

「いや、あれは俺がしたいようにしただけですし。」

 

「それでええんよ。
 きっと必要やったんや、なのはちゃんには。
 シンがやったみたいに真っ向から当たっていける人が。」

 

「……」

 

「私も、フェイトちゃんも昔なのはちゃんに助けられてるから、だからこそ気づくことができひんかった。
 なのはちゃんのこと、勝手に強いって思い込んでたから。
 実際、なのはちゃんは誰に頼ることも無く立ち上がってきたから。
 心配には思ってたけど、その時は気づけなかった。
 なのはちゃんがどれだけ苦しんでたのか、辛い思いをしてたのか。」

 

 本当は私らこそがなのはちゃんにぶつかっていかなあかんかったのにね、と自嘲気味にはやて。

 

「そんなこと、ないと思いますけど。
 俺にも経験ありますから、近くに人が居てくれるのと居てくれないのでは、全然違いますし。」

 

 アカデミー時代を思い出す。
 吹っ切ることこそ出来なかったが、自分が過去の経験に潰されずに頑張っていけたのはレイやルナマリアといった友人に因るものが大きい。
 確かになのはは誰かに頼ることをしなかったかもしれないが、しかしだとしてもこれまでやってこれたのは間違いなく、はやてたちが居たからだとシンは思う。

 

「そうやったら、少しは気分が楽になるわ。
 ありがとう。」
 
 そんな礼の言葉にシンはいえ、と答える。

 

「……シン。」

 

「なんですか?」

 

「なのはちゃんの事、頼んだで。」

 

 どんな思いで、はやてがそう言ったのかシンには理解が及ばなかったが、それでも答えること位は出来た。

 

「言われるまでもないです。
 あいつは、なのはは……俺が守ります。」

 

 もう知られているのだから物怖じする必要もなく、シンは真っ直ぐにはやての顔を見て言い切った。

 

「ふふっ……ええ顔するようになったやないの。
 まあ、色々大変やとは思うけどがんばりや。」

 

 上司からの激励の言葉にシンは強く頷いた。
 なんだかんだできっちり締めてくれるからこの人の部下で良かったとシンは思う。

 

 そんなことを考えていたからだろうか、彼女の視線の中に少量の同情と謝罪、そして多分の好奇心が含まれていたことにシンは気づけなかった。

 

 そして今に至る。

 

 そう、こうなることをあの人はわかってたんだろうなぁ、なんてシンは瓦礫が崩れ落ちるのを眺めながら、そんなことを考えた。

 

「わー、シン大丈夫かなあ……」

 

 シンが突っ込んでいった為、ガラガラと盛大に音を立て半壊したビルを眺めつつスバルが呟く。
 
「ヴィータ副隊長、今日はいつにも増して気合入ってるわね。」

 

 それに答えたのは彼女の相棒のティアナだった。
 少し前、色々あった彼女だが今はなのは、そしてシンとも和解し、今まで以上に訓練に集中して取り組んでいる。
 彼女たちとライトニングの二人、更にシグナム、ザフィーラが少し離れた所で先ほどから行われているシンとヴィータとの模擬戦を観戦していた。
 
 そもそも何故、この二人が模擬戦をしているかと言うと、昼食時のティアナの一言が原因だった。

 

 曰く『シンって結局どれくらい戦えるの?』との事。
 それを聞いていたシグナムが午後の訓練はまだ戦ったことのないヴィータとシンの模擬戦にしよう、と言い出したのだ。。
 残りの4人はそれの見取り稽古を行うという形になった。
 フェイトは本来の任務である調査を行っているため本日は居なくて、またなのはも同様に急な用事でこの場には居なかった。
 その為、指導に当たれる人数が少なかったこともあってその提案は受け入れられ、妙に乗り気なヴィータと、嫌な予感で一杯なシンの模擬戦が始まったのだ。

 

 果たして、シンの嫌な予感は当たることになる。
 
 開始直後一気に距離を詰められそのまま圧倒される。
 一旦距離を置こうにもどうすればいいか、というかそんな手があるのか、というほどの猛攻。
 しかもただ突っ込んでくるだけと言う訳でなく、彼女の打つ手、打つ手がシンの行動を制限し、相手にとって攻め易い状況を作り上げていた。
 そして今、シンが吹き飛ばされたことで一旦区切りがついたのか、ヴィータはシンが突っ込んでいったビルの手前で静止したままでいる。

 
 
 

「そういや、シンってこの前なのはさんとも戦ったんだよね?
 あれって結局どうなったのかな。」

 

 ふと、スバルが思いついたように言った。
 彼女とティアナの二人はその時、フェイトに連れられて医務室に向かっていたのでそれを見ていないのだ。

 

「あー……あれは、そうですね。」
 
 なんとも言い辛そうにエリオが口を開いた。

 

「ん? なにかあったの?」

 

 その態度に釈然としないものを感じながらティアナがエリオに向かって聞きなおした。
「いえ、その……なんて言ったらいいんだろう?」

 

 困った様に同じくその様子を見ていたキャロに視線を向けるエリオだが、キャロも同じように苦笑いを浮かべるばかりで。
 もちろん、ティアナとスバルの二人はその場に居なかったのでそんな二人の様子に疑問符を浮かべる。
 
「子供の喧嘩だ、あれは。」

 

「シグナム副隊長。」

 

 それを聞きとめていたシグナムが助け舟を出した。

 

「中々に凄かったぞ? 
 途中から互いに、そうだな……罵ると言うのが正しいか。
 あんなんであいつらを導けるって本当に思ってんのか、だとか。
 シン君なら上手く出来たって言うの、だとか。

 

 まあ、そんな風に文句の言い合いになってな。
 見るに……というか聞くに耐えなかったから私とヴィータで止めた。」

 

「そんなことが……?」

 

 いまいちその光景が想像出来なかったからだろうか、ティアナが問うようにエリオとキャロに視線を向けるが、二人は気まずそうに視線を逸らしながら頷いた。

 

「シグナム、その話はもういいだろう。
 今は目前で起きていることに集中すべきだ。」

 

「……む、そうだな。
 では、一応お前たちの訓練も兼ねているのでまず聞いてみることにするか。
 正直に言え、どっちが勝つと思う?」

 

 今まで黙っていたザフィーラに足元から窘められ、シグナムは表情を改めてから新人4人に尋ねた。

 

「ヴィータ副隊長だと思います。」
「私も、ティアと同じ、かなぁ……?」
「わたしも、そうじゃないかなと。エリオ君は?」

 

「僕は……」

 

 キャロに尋ねられ言いよどむエリオ。

 

「どうした、モンディアル?」

 

「シグナム副隊長。
 ヴィータ副隊長は能力限定で今の能力はAA相当なんですよね?」

 

 そう聞いてくるエリオにシグナムは何処か嬉しそうな顔をしながら答えた。

 

「ああ、そうなっているな。
 それで、だとしたらどう思うんだ?」

 

「もしかしたら……シンさんが勝つ可能性もあるんじゃないかって……」

 

 おずおずと、答えたエリオにシグナム、そしてザフィーラを除いた面々が驚きの表情を浮かべる。

 

「あっ、もしかしたら、ですよ!?
 シンさんには悪いですけど、流石にヴィータ副隊長よりは強いとは思えませんし……」

 

 慌てたようにエリオが言う。

 

「ふむ……3対1か。
 まあ、ここまでの経緯からアスカに勝ち目が無さそうに見えるが、私もまだ負けが決まったとは思っていない。」

 

「でも、幾らなんでもヴィータ副隊長に勝てるとは思えません。」

 

 それこそ奇跡でも起きないと、とティアナが言う。

 

「さて、どうだろうな?
 そうだな、アスカは今までもある程度の力を持っていた。
 そもそも魔法を覚えて一ヶ月やそこらで実戦をそれなりにとはいえこなせる、という時点でかなり異常な話ではあるが。」

 

 シグナムの言葉にティアナ達は頷く。
 少し前までそれが不思議でティアナに至っては多少の嫉妬すら抱いたが、今ではそれも少しは納得できている。
 ここにくる直前まで戦争の、それも最前線で戦い続けたという経験。
 そして彼が持っていたデバイスの性能、シン自身の努力があってのことだと言う事を理解出来ている。

 

「だがそれは飽くまでも”ある程度”レベルだ。 
 当然、私やヴィータの様なレベルの敵を相手に勝つことは不可能に近い、近かった。
 ではアスカに足りていなかった物は何だと思う?」

 

「足りてなかったもの……?」

 

「そうだ、魔法に触れてすぐに実戦への投入。
 その為に訓練もそれを意識していたものだった故の弊害という奴だ。

 

 つまりだな……」

 

 困惑する四人に答えようとシグナムが続けて口を開いた瞬間。

 

「シンは基礎が疎かになっとった。
 そうやろ、シグナム。」

 

「「八神部隊長!」」

 

「主はやて……いつから?」

 

 唐突に後ろから声を掛けてきた人物、はやてに驚きつつもシグナムは尋ねた。

 

「ついさっきや。
 シャマルが教えてくれたから、来てみたんやけどね。
 それで、基本がなってなかったシンをシグナム達はどうしたん?」

 

 と、足元のザフィーラの頭を撫でやりながらはやて。
 
「ええ、この間あいつのデバイスが使えなかった時期がありました。
 ですからその時間を使って、シャマルが知識を与え、ザフィーラが技術を与え、そして私が実際に戦ってみて経験を与えました。」

 

「ふぅん……なるほどなー。
 その結果がこの模擬戦でわかるっちゅうことか。」

 

「ええ、それに今のアスカは今までのあいつとは違う。
 目的が定まっていて、しかもそれに向かってひた走る決意と覚悟があります。
 ここに来てから今まで、ずっと奴の中に在ったぶれが殆ど感じられなくなってますから。」

 

 心なしか嬉しそうにそう言うシグナムと、ああと納得したように頷くはやてを見てティアナが疑問の声を上げる。

 

「あの……シンの目的って、なんなんです?」

 

 うんうんとそれに同意するように首を立てに動かす他の3人。

 

「個人的には教えてあげたいんやけど……
 本人にさっき口止めされたからなぁ。」

 

 申し訳無さそうにはやてが言い、それに継いでシグナムが口を開く。

 

「つまりだ。
 守るべき者が出来た人間は強い、そう言う事だな。」

 

 ???といまいち理解が出来なかったのか、疑問符を浮かべる彼女たちにシグナムが言う。

 

「しかし、それ故に今のヴィータも必死だ。
 どうなるのだろうな……」

 

 ザフィーラがはやての足元で彼女位にしか聞き取れない位の声量で、呟くように言う。
「そうやね。
 8年前の事に縛られてるのはあの子も同じや。
 だから、今のシンのことをまだ認められへんのやろうなぁ……」

 

 なのはからはやてが話を聞いたとき、ヴィータもその場にいたのだ。
 はやてからすれば、あの話を聞いたとき本当に嬉しい、というか暖かい気持ちになった。
 あのなのはが誰かを頼る、その事が純粋に嬉しかったのだ。
 出来るなら彼女に救われた自分がそうなりたかった、という気持ちもあったがそれよりも喜びの気持ちの方が多かった。

 

 しかしヴィータはどうだろう、と思う。
 あの時、すぐ傍に居ながらなのはに大怪我を負わせたことを本当に気に病んでいた。

 

 起動六課が発足すると決まったとき、彼女は真っ先にスターズの副隊長になりたい、とはやてに言ってきた。
 なのはを、守るためだ。
 8年前のあの日から、ずっとヴィータはそのことを考え続けて行動してきたことをはやては知っている。
 
 そんな中、この前の出来事だ。
 ティアナとスバルの無茶。
 それに対するなのはの制裁とも言える態度。

 

 その時ヴィータは勿論、なのはのことを良く知るフェイトたちはその行動を止めはしなかった。
 なのはが何故そうしたか理解できたから。
 例えそれがやり過ぎだと心の何処かで感じながらも、それを止めることをしなかった。
 しかし、シンは違った。
 なのはの前に立ちふさがり、それはおかしいと叫んだのだ。
 もっと他にやりようがあるだろうと、真っ直ぐになのはと向き合った。

 

 それは知らなかった故の行動だったかもしれない。
 でも、それが結果的になのはを救う形になったとはやては思う。
 そうやってぶつかっていけたシンだからこそ、なのはの過去を知りたいと感じたのだろうし、それをフェイトから聞いた時、真剣に悩んで、真剣に考えて、そして行動したのだろう。 
 フェイトが嬉しそうに語っていたのを思い出す。

 

『シンが別れ際になんて言ったかわかる?
 こう言ったんだよ。
『俺は、なのはを泣かせたい。泣かせてやりたい。』
 って。』

 

 それはかつて自分たちが言えなかった言葉だった。
 だからそれを言ってくれたシンに感謝しているし、なのはを守ると言ったこれからの彼に期待もしている。

 

 しかし、ヴィータはどうだろう。
 はやてはもう一度同じ言葉を反芻するように心中で呟く
 面白くなかったと、思う。
 少なくとも、素直に受け入れる事は出来ないように思う。

 

(あの子も頑固やからなぁ……)
 
 自分の大切な守護騎士を思い、一つため息。
 そして、シグナムがこの模擬戦をセッティングした理由に気づいて心の中でシンにエールを送る。
 
(まずは、始めの難関やね。
 なのはちゃんはみんなに好かれとるから……大変やで、シン。)

 

 まあ、なんとなく……シンならどうにかしてしまいそうに思えたが。

 
 

 さて、そんなはやて達の考えなど露知らず、シンはというと。

 

「……フォースだと火力が足りなくて、ソードだと相手の得意な間合いで殴りあうことになって、かといってブラストでは機動力が足りない。」
 
 未だにビルの中で相手の出方を待っていた。 
 どうもヴィータも同様に考えてるらしく、現在は膠着状態となっている。

 

 しかし今の自分の戦力では勝てるかというと正直厳しい。
 シンはそう感じていた。

 

「どうする……?
 どうすれば、勝てる?」

 

 先ほどまで嫌がっていたのが嘘の様に、真剣に考えだすシン。
 開き直ったともいえる。
 彼には目的があるのだ。
 どうしても守りたいものがある。

 

 その為にはまず強くなる。あの時なのはにも言ったことだ。
 なら、これは寧ろ好機。

 

 自分より強い存在との戦いは、自分を強くするのにはもってこいだと知っている。
 実際、フリーダムとの戦いを経てシンは自分が成長したと感じたことがある。

 

「ん……? フリーダム?」

 

 そこまで考えて、ふと思いつく。
 恐らく、あの様な戦い方が出来ればこの状況もどうにか出来るのかもしれない、とそう感じたが。
 それでもそんな真似が出来るとは思わなかったし、またしたいとも思わなかった。

 

「……まてよ。」

 

 だが、直感的に何かを感じた。

 

 そのフリーダムに……俺は、一度勝っているじゃないか!

 

 思えばあの時の自分が一番強かったように思う。
 MSの性能、特徴をフルに活かし格上の相手を圧倒することが出来た。
 その後受領したデスティニーは強大な力を有していたが、正直その性能を持て余していたように今なら感じる。
 
 そして、今の自分に出来ること。
 手元にはそのフリーダムを倒した愛機を模したようなつくりのデバイス、インパルス。 
 ではインパルスとは?
 
 エクスカリバー、ケルベロス、高速飛行用デバイス、そしてそれらのデバイスを統括するデバイス、それらのデバイス群の総称。
 もしくは、統括用デバイスの呼称。

 

 恐らく……MSのインパルスで出来たことは殆ど魔法として再現されているデバイス。
「どうやって……俺は倒した?」
 
 あの時、フリーダムを。

 

 このデバイスの性能を限界まで引き出すにはどうすればいい?

 

 考える。
 考える。
 考える。

 

 答えは、一つしか思いつかなかった。

 

「インパルス。」

 

『なんでしょう、マスター?」

 

「ちょっと無茶する。
 いけるか?」

 

『無茶と言うと……アレ、ですか……
 まあ、私がどう答えようがやるのでしょう?』

 

 シンがあまり人の言うことを聞かないことを皮肉ったその相棒の言葉に、思わず苦笑が浮かぶ。

 

『ですから、こう答えることにしましょう。
 私とあなたなら、何の問題もなく。』

 

「はっ、よく言うよ。」

 

 初めてこのデバイスを手にした時と同じ事を言ってくるインパルスに、シンは同じように返した。

 

『ですが事実です。』

 

「……だな、行くぞ。」

 

 いい加減痺れが切れたのか、ヴィータの声が聞こえてきている。
 その中に確かにその程度であいつを守れるっていうのか、と言う内容があったのをはっきりとシンは聞いた。

 

 だから小さく答える。

 

「ヴィータ副隊長……そうだよな。
 だからその為に、まずはアンタを越えて見せる。」

 

 ビルの外壁が崩れたせいで、まだもうもうと土煙が上がっていて見えないが、確実にその先にいるであろうヴィータに向けて。

 

 迷いや戸惑いは、もう無かった。

 
 
 
 

 シンの行動を待ちながら、ヴィータは焦れていた。
 この程度なのかと。
 能力限定を受けた状態の自分程度に、こうも軽くやられる程度の実力でなのはを守るなんて大事を言ってのけたのか、と。

 

 シンは決して弱くない。それ位、ヴィータだって理解していた。
 当たり前のことである、シンが六課に入った当初。
 つまりシグナムが突然シンの訓練を見る、と言い出すまでは彼女がシンの面倒を見ていたのだから。

 

 だが、それでもこの程度では足りないと思う。
 あのなのはを守ると言ったのだから。
 それだけの強さをシンに求めてしまうのはおかしな話なのだろうか。
 
 瞬間、土煙を割いてヴィータに向かって魔力の刃を持ったブーメランが二つ、風を切りながら向かってきた。
 
「当たらねぇっ!!」

 

 しかしそれはあっさりとヴィータに避けられ、弾かれ、それぞれが明後日の方向へと飛んでいってしまう。

 

 ヴィータは落胆するのを隠せなかった。
 先ほどのブーメラン、フラッシュエッジはインパルスのソードシルエットが備えている武装。
 近距離での戦闘では当然ヴィータに分があるし、ソードの機動力では彼女から逃れることは出来ない。
 今までの攻防でそれではヴィータに敵わないことを理解してなかったのか、と。

 

「やっぱり、お前にアイツは任せられねぇよ!」
 
「それを言うのは……まだ早いだろ!?」

 

 ヴィータの罵倒に、強く答える声があった。

 

「シンか!」

 

 ヴィータは辺りを見回しながら答える。

 

「っ、速い!? ソードじゃないのかよ!?」
 
 ビルの中から、真っ直ぐに凄まじい速度で一つの影がヴィータに迫る。

 

「俺は、なのはを守るって決めた!
 その為に、力が要るというなら―――これがその答えだッ!」

 

 叩きつけるように振り下ろされたエクスカリバーを、ヴィータはグラーフアイゼンで受け止める。
 
「エクスカリバー!
 ならやっぱりソー……ってなんだよそりゃぁあ!?」

 

 シンの全体像が見えた瞬間、ヴィータは思わず叫んでしまう。

 

 右手にエクスカリバー。
 左手に折れたエクスカリバーの代わりにヴァジュラを構えて。
 その背中にはフォースシルエットを選んだ際に顕れる、スラスターの様なデバイスを。
 そんな出で立ちのシンはこう言い切り、エクスカリバーを力の限り振り抜く。

 

「これが……今の俺の”力”だっ!」
 

 
 

「な、なんなの、あれ?」

 

 呆然と、シンを指差しながらティアナが呟く。

 

「えっと……インパルスのソードシルエットってのと、後フォースシルエットだっけ? を混ぜた感じ?」
 
 スバルが半信半疑ながらもそれに答える。

 

「あっ!
 シグナム副隊長がシンにも勝つ可能性があるって言ってたのは……」

 

 これを知ってたから? とキャロが、ハッとしたようにシグナムを見る。
 シグナムはそれに浅く頷き、シンとヴィータが繰り広げる剣戟を見ながら口を開いた

 

「先ほど言った様に、あいつには魔法の基礎的な技術や知識が足りていなかった。」
 
 大振りなエクスカリバーの隙を補うように、小回りの利くヴァジュラをシンが振るう。
「その足りていない部分を、あの3日で可能な限り叩き込んだ。」

 

 ヴィータの振るう戦鎚が、自分に当たる直前に真横からエクスカリバーを叩きつけて無理矢理軌道を変えて、かする程度の怪我で済ます。
 
「もちろんたったの3日で出来ること等、たかが知れている。
 だが男子三日会わざれば刮目して見よ、などという言葉もある。」

 

 一旦距離を取ろうとしたのだろう。
 ヴィータが後ろに下がろうとするが、そこにシンが自分の腕に装着されていたシールドを投げ飛ばす。
 しかし、それはヴィータがいる方とは微妙に外れた方向に飛んでいき、それを見守るティアナ達がなにをしたいのだろう、と表情に出そうとして、固まった。

 

「今までなんとなく、で済ましてきた部分を補ったアスカがどうなったか。
 結果として、アスカ自身が元来持っていた長所が顕れだしたのだ。」

 

 シンは一旦ヴァジュラを収納して、回転しながら飛んでいくシールドに向けて、魔力弾を放ったのだ。
 真っ直ぐにシールドに向かっていったそれは、回転するシールドに弾かれ向きを変える。
 丁度、ヴィータが居る位置に向けて。

 

「それは類稀なる状況判断能力であり、手持ちの戦力で現状をどうにかする為に動ける行動力だ。
 インパルスが奴の為に作られたデバイス、とはシャーリーの談だったか……
 その能力とインパルスというデバイスが合わさった今、シン・アスカという魔導師の完成形が見え始めた。」

 

 結局その魔力弾はヴィータに直撃こそしなかったものの、一瞬足を止めるのには十分すぎる位の衝撃を与えた。
 シンは魔力弾を放つために使ったライフルを投げ捨て、もう一度ヴァジュラを抜く。
 そして、そのままヴィータへと肉薄する為に、最大の速度で翔けた。

 

「まあ、まだようやくその雛形に成れた、と言った所だろう。
 まだまだ足りてないものも沢山ある。

 

 だが、だがな―――」

 

 勢いのまま振るった二刀と、ヴィータのグラーフアイゼンが重なる。
 まるで鍔迫り合いのように、空中でそのまま互いに、退かず、譲らず、逃げなかった。
「今のアイツは……はっきり言って強いぞ?」

 

 その光景を眺めながら、シグナムは太い笑みと共にそう締めくくった。
 

 

 唖然とした様に、シンとヴィータの戦闘を見る新人達を見ながらシグナムは思う。
 彼らの横顔は、確かに複雑な何かを含むのが所々に見て取れる。
 だが、それは嫉妬等の負の感情というより、むしろシンに触発される形でやる気が増しているように見えた。
 しっかりと、自分の進むべき道を見据えた上で、その意志を発している。
 シグナムはそのことが柄にも無く嬉しく思えてしまい、不思議と笑みがこぼれた。

 

「シグナム……なんか楽しそうやなぁ。」
 
「あ、主はやて?
 ……そう見えましたか?」

 

 つつ、とシグナムに近づきはやてが囁く様にして言う。
 少し照れたようにシグナムが頬を掻いた。
 
「そう、ですね。今まで知らなかった感覚です。
 自分の手で誰かを鍛え、そして強くなっていくのを見る。
 それがこんなに……その、なんと言いますか、楽しいとは思ってませんでした。」

 

 そのシグナムの言葉にはやてはふむ、と頷いて、
 
「意外と人に何か教えるの向いてるんとちゃう?
 六課の試用期間が過ぎたら、訓練校で先生でもしてみる?」

 

 面白がるようにそう言った。

 

「それも悪くないかもしれませんね。
 ですが今は……」

 

「そうやね、今は……」

 

 ―――やらなければならない事がある。
 そこで会話が途切れ、二人とも目の前の戦闘を見ることに集中した。

 
 
 
 
 
 

「っぇい!!」

 

 ヴィータが気合を入れなおし、シンを押し返す。
 そしてシンはそれに逆らわず、されるがままに後ろに飛ばされる。
 そこに更に追撃を加えようと飛び込んでくるヴィータを、なんとか体勢を立て直して迎撃する。

 

 ぶつかり合う大剣と戦鎚。
 同時に互いの魔力が干渉し合い、たわみ、一瞬後周囲に撒き散らされる。
 その衝撃で周りに建っていたビルの外壁が弾けとび、ガラスがひび割れる。

 

 一合。
 
 互いにもう一度振りかぶった獲物をぶつけ合う様に振り下ろす。

 

 二合。

 

 次の瞬間、シンがヴィータの隙を狙うようにして、ヴァジュラから生まれ出た魔力の刃を突き出すが、ギリギリ半身になることでヴィータに避けられる。

 

 三合。
 
 ヴィータが体をかわした、その勢いのままに回転。
 横に薙ぐようにしてシンの胴体を狙ってアイゼンを振るう。
 が、それを背中のスラスター型デバイスから大きく魔力を放出し、体を上方に跳ね上げることでシンは難を逃れた。

 

 切りつけ、いなし、叩きつけ、防ぐ。
 それらの行動をひたすら繰り返す。

 

(……分かってたけどやっぱりこの人強い!)

 

 そんな攻防を続けながらシンは胸中で毒づく。
 戦闘能力ではまだ叶わない。そんなことは分かっていたが、いざやり合うとそれが嫌という位わかる。
 かといって退く訳にはいかなかった。
 勝てるまではいけなくとも、最低でも自分のことを認めてもらう必要がある。
 
 それにシンは諦めているわけではなかった。
 勝つ為の策は、あるのだ。
 
(もう少し……! あと少し時間を稼げれば……!)

 

 その為には多少の時間が必要だったのだ。
 しかもインパルスの機能の殆どをその為の術式の制御に回す必要があった。
 つまり、現在シンは普段はインパルスを通じて制御していたデバイスを、自分の意識だけで制御していることになる。
 常時展開し続けている、飛行魔法、細かなスラスターから出す魔力量の調節、エクスカリバーの魔力で出来た刀身維持etcetc……
 
 今までのシンはそれらの作業ををただインパルスに必要な魔力を渡すこと、それだけで行ってきた。
 それを今は自分の意志で、思考で、感情で実行する。

 

(何時までも……デバイスにおんぶに抱っこじゃカッコつかないからな!!)
 
 大気中の魔力素を取り込み、変換。
 リンカーコアを強く意識して、あの紅く燃える様な種を心の中でイメージ。
 そして生まれた魔力を全身の隅々、また必要な分だけをデバイスに送り届ける。

 
 

「おぉおおおおおおお!!」

 

「アァアアアアアアアアアッ!!」

 

 ガィン、ガィンと鈍い金属音が辺りに響き渡る中、ヴィータは内心驚愕を隠せずいた。 少しでも気を抜いたら、すぐに致命打に至るような攻撃が飛んでくる。
 正直、シンがここまでやるとは思っていなかった。
 
 しかし、だからと言って―――

 

「ここで負けるわけにはいかねぇんだよ!!
 
 ―――アイゼンっ!!」

 

 吼える様に彼女が己の信頼する相棒の名を呼ぶ。

 

『Explosion.』

 

 ガコンとカードリッジが一発分ロードされ、付加された魔力を帯びた一撃が下から掬い上げる様にシンを襲う―――!

 

「くっ……!」

 

 跳ね上げられ、宙を舞うエクカリバーとヴァジュラ。
 シンの武器を奪い、勝利を確信したヴィータは、振りあがったグラーフアイゼンを返す刃で振り下ろす。
 
「貰った―――!!」

 

 振り、下ろそうとした。

 
 
 
 
 
 
 

『Flash Edge. Bind Shift.』

 
 
 
 
 
 
 

(なん、だ……!?)

 

 突然動かなくなった自分の手を、腕を見てヴィータは驚愕する。

 

「な……バインド、だって!?」

 

 両腕に絡み付いて居たのは一本の魔力で出来た縄。
 その先を見ると、それぞれがヴィータの背後左右のビルに向かっていて。

 

 そのビルには、ヴィータを縛っている魔力の縄を生み出している、ブーメラン―――フラッシュエッジ―――が突き刺さっていた。

 

「ハァッ、ハァッ……なんとかっ、間に、合ったな。
 インパルス、ナイスタイミング。」
『狙ってましたから。』
「……狙って? って、まさかとっくに準備できてたのかよ!?」

 

 しれっと言う、インパルスに思わずシンが突っ込む。

 

『劇的だったでしょう?』
「エンターテイナーかなんかかお前は!?」
『……マスター?』
「なんだよ?」

 

 がなるように怒鳴りつけたシンに、インパルスは冷静に答える。

 

『人生にはそういったスリルも必要ですよ?』
「どやかましい!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合うシンとインパルスのやり取りを、手を縛られたまま呆然とヴィータは見ていた。

 

(こいつ……始めからこうするつもりで、あの時フラッシュエッジを?)

 

 弾いて、そして避けたはずのフラッシュエッジ。
 ヴィータはてっきりそのまま力を失い、何処かに消えたものだと思い込んでいた。   それが思いも因らぬ形で彼女の行動を阻害してきた。
 無為無策に放たれたと思っていたそれらは、これを狙ってのものだと、理解してヴィータは臍を噛む。
 その狙いを看破出来なかった自分が情けなくて。
 想像以上にシンに追い込まれている自分が悔しくて。

 

 シンが使ったバインドを改めて彼女は見た。
 構成は……拙い。
 シャマルやザフィーラ、それにリィンが使うバインドと比べると、お粗末にも程がある。
 しかし、今こうやってヴィータを拘束しているのも事実で。

 

「でもな……っ!
 この程度のバインドで何時までも私を捕まえてられるなんて……!」

 

「思ってるわけないだろ?
 シルエットを変える時間が稼げたら、それで良かったんだよ。」

 

 強引にバインドを解こうとしたヴィータの鼻先に、巨大な砲口が突きつけられる。

 

「な……っ。」
 いつの間にかインパルスがブラストシルエットに変わっている事に驚くヴィータを見やりながらシンが言う。

 

「俺のこいつと、ヴィータ副隊長……アンタのシールド。
 どっちが勝つんだろうな?」

 

 ヴィータがシンのバインドを解くのとほぼ同時に、シンの腰から突き出た二門の砲口に光が集まりだした。
 カードリッジシステムが作動し、ガコンと小気味いい音と共に魔力が充填される。
 
「くっ、シールド!!」
  
 ヴィータがギリギリのタイミングで手を突き出しシールドを展開、シンはそれに構わず術式を続ける。

 

「……ケルベロスッッ!!」

 

『Kerberos Fire』
 
「っけぇぇぇえええええええええええええ!!」

 

 直後、その魔獣の名を冠するその魔法は放たれた。
 二条の紅い光がヴィータの手元のシールドに突き刺さる。
 響き渡る轟音、そして目を灼かんばかりの灼光。
 
 瞬間、世界が光に包まれた。

 
 
 

「……はい、シンにバインド教えた子挙手ー。」

 

「……」「……」「……ノ」「……」「……」「……ノ」

 

 はやての問いかけに、恐る恐る一本の腕と一本の足が上げられる。

 

「あ、やっぱりキャロとザフィーラの二人かぁ……ああ、別に怒ってるわけやないよ
 で、先生達から見て、あれの出来はどうやの?」

 

「強度とか、使い易さは……その、多分いまいちです。」

 

「奴としては不意を打てればそれでいい、位のつもりらしいのでそれで問題無いかと。」
 欲を言えばもっと強度が必要だ、とザフィーラとキャロがはやての問いに答えた。

 

「ん、まあもうちょい練習せんと使い物にはならんやろうなぁ……
 というか今のシンの戦い方に見覚えがあるのは私だけやろか?」

 

 それを受けてはやて。
 そして何気なく彼女が出した疑問に、あれ? とスバルが頭をかしげ、

 

「……あ!」

 

「ど、どうしたのよ、スバル。」

 

 と何かに気づいた様に声をあげた。
 いきなり隣から聞こえたそれなりに大きな声に、ティアナが身を竦ませる。

 

「ほら、ティア!
 この前見た10年前のなのはさんとフェイトさんの戦いで……!」

 

「あ……ああ!
 そうだ! さっきのシンのバインドから砲撃って流れは……確かになのはさんがやってた!」

 

 ティアナも言われて気づき、驚きの声をあげる。
 スバルはぐっと、ケルベロスを放ったままの姿勢のシンを一度見てから、声をあげた。
「ティア!」
「も、もう、何よ、さっきから。」
「訓練しよう!」
「へ? いや、でも今は……」

 

 いきなりのスバルの言葉に流石のティアナも狼狽し、伺いを立てるようにシグナムを見た。

 

「ん、構わんぞ。
 こっちはもうそろそろ終わるだろうしな。
 ああ、後で少し相手をしようと思うからそのつもりでな。」

 

「ほら、副隊長もああ言ってくれてるんだしさ!
 行くよ、ティア!」

 

 スバルがぐい、と掴んだティアナの腕を引っ張る。

 

「ちょ、ちょっと、スバル!?
 なんでいきなり、そんなやる気出してんのよ!?」

 

「今の見てやる気出さない方がおかしいよー! 違う?

 

 シンは凄いよ!
 あのヴィータ副隊長ともう互角に戦えてる!
 でも私達だってそれに負けてちゃ駄目だよ!
 仲間なんだから、前みたいにシンに庇って貰ってばっかりってのはティアも嫌だよね?」

 

 そんなスバルの言葉に、やる気に満ちた笑顔にティアナそしてエリオとキャロもはっとする。

 

「……オーケー、判ったわよスバル。
 今のあたし達は多分シンより弱い。
 でも、そのままじゃ絶対にいない。いてなんかやらない。
 これでいい?」

 

「うんっ!」

 

 引っ張られたままそういったティアナに、スバルは嬉しそうに強く頷いた。

 

「エリオ君、私達も……」
「うん、スバルさーん!
 僕達も付き合いますよー!!」

 

 その二人にエリオとキャロの二人も同調して、走り出す。
 そして、四人で走り出す。自分達の求める強さに向かって、真っ直ぐに。

 

「青春やなぁ……」
「しみじみとそんな年寄り臭いことを言わないでください。」
「というかキャロとエリオはそんな年齢ではないと思うのですが。」

 

 そんな四人を眺めながらはやてとシグナム、そしてザフィーラ。

 

「ええやないの、そんなん気の持ち様やで?
 さて……で、あっちで青春してる二人はどうなるんかな?」

 
 
 
 

「……っ、やったか!?」

 

 シンは片手で衝撃から顔を庇いながら目を細め、確認するように呟いた。
 辺りには自分とヴィータの魔力がぶつかり合った影響で、煙のようなものが発生していて視界が悪い。

 

『あー……マスター、その台詞は。』

 

 その呟きを聞きとがめたインパルスが何か言おうとした、その時だった。

 

「……ッッッ!」

 

 背筋が粟立つような、そんな嫌な感じをシンは受け、本能が命ずるままに腰のケルベロスからディファイアントを取り出そうとする。
 
「……そこまでだ、シン!」

 

 しかしその動きは目の前に突きつけられたグラーフアイゼンを見て、止まる。

 

「……」
「……」

 

 煙が晴れ、互いににらみ合ったまま沈黙。
 シンがよく見ると、流石にヴィータも無傷とはいかなかった様で、その身に纏う騎士服は既にボロボロ。
 彼女自身もかなり消耗しているようで、肩で大きく息をしている。

 

(でも……俺の、負けだ。)

 

 心の中で、静かに認める。
 もう打つ手は残って居なかった。

 

 奥の手であった二つのシルエットの同時使用。
 フラッシュエッジの魔力の刃を生み出す機能を応用したバインド。
 そして自分の持ち得る最大の火力であるケルベロスの砲撃。
 
 その全てを出し尽くしてもまだ、届かなかった。
 届かない高みに居た。
 
 判ってはいたが、まだ、届かない。

 

「っ……俺のま「シン、おめーに一つ聞きたいことがある。」
 なんですか?」

 

 そのことを認め、それを口に出そうとしたのだが、それはヴィータ自身によって遮られる。

 

「最後の、インパルスをフォース……でいいのか、あれは?
 からブラストに変えた時、わたしが思っている以上に速かったんだ。
 なんでだ?」

 

 ヴィータにはそれが不思議で仕方なかった。
 彼女の知る限り、あそこまでの速度―――ヴィータが気づかない位の、でシルエットの変更は出来なかったはずだ。

 

「なんでって……
 ヴィータ副隊長でしょう?
 俺にシルエット変更の速度を可能な限り上げろって言ったのは。」

 

 言われて、ヴィータは愕然とする。
 そんな彼女をシンはなんなのかよくわからず、暫らく何も言わずにいた。

 

「は……は、くっ、ははははははははははっ!」
 
 黙りこくったかと思ったら、いきなり笑い出したヴィータにシンは驚く。

 

「何笑ってんですか!?」

 

「ははははっ! いや、そうかよ。
 わかった、成る程な。
 おい、シン……」

 

「な、なんです?」

 

 笑うのをやめ、じっとこっちを見てきたヴィータの真剣さにシンも表情を引き締める。
「お前の勝ちだ。」

 

「……はい?」

 

 想定の範囲外すぎるヴィータの宣言に、シンは情けなく聞き返した。

 

「え、いや……今のは誰がどう見たって……」
「いいから! 私がそういってんだ!
 それにな、お前がバインドで防いだあの攻撃、あの時私は勝ちを確信してたんだ。
 でも、お前はそれを防いだ。その上あのブラストの追い討ちだ……
 
 だから、おめーの勝ちだ、シン。」

 

 そう、笑顔すら浮かべて言うヴィータ。
 シンの方はというと、今一納得いかない様な、そんな複雑な表情を浮かべるしかなかった。
 だってそうだろう、自分は負けたと思っていたのに―――事実負けていたのに、いきなり戦っていた相手から、自分の勝ちなんて言われても実感が湧かない。

 

 そんなシンの戸惑いに気づいたのか、ヴィータは表情を一片させると

 

「あ、勘違いすんじゃねーぞ!
 今回は負けたけどな、まだ私は全開をだしちゃいねーんだからな!」

 

 こう言った。
 ああ、成る程、とシンは思った。
 まだ全部が全部俺のことを認めてくれたわけではないんだろうけど……

 

『これはいいツンデ「インパルス、お前は黙ってろ。」……イエス、マスター。』

 

 茶々を入れてきた相棒を黙らせて、シンは大きく息を吸いヴィータに向き直った。
 
「副隊長、多分もう知ってるだろうから言いますけど……
 俺はなのはを守ります。
 誰になんと言われようと、絶対に、この手で。」
 
「……」

 

「まだ、頼りないのは判ってる。
 なのはやあんた達の足元に及ぶかどうかも怪しい。
 
 それでも、きっと……俺はその為にここに、この世界に来たんだって、そう思えるから。
 だから、あいつを守ります。」

 

 そのまま、暫らくヴィータはシンのことをじっと見つめていたかと思うと、さっと身を翻し、シンに背を向けながら口を開いた。

 

「……わかったよ、ちょっとは認めてやるから、まあ、頑張れよな!
 ただし、少しでもヘマしやがったら……その役目、返して貰うからな!」

 

 そう言って、飛んでいく。
 
 その姿を見ながらシンはふぅと、溜息をついた。
 少しは認めて貰えたんだろうか、と思う。

 

「……ってかこの先こんな事が続いたりするのか?」

 

 ヴィータが今回の模擬戦でやけにやる気を出していたのは、自分がなのはを守るって言ったことに起因するのならば、似たような事がまた起こったりするのか、とシンはふと思う。

 

 愛されてるなぁ……なのはの奴、等と洩らした直後、何故かわからないが微妙に心中が穏やかじゃなくなった。

 

(なのはが……好かれてる事が好ましくない?)

 

 んなわけあるか、と自分で考えたその意見に蓋をしてヴィータに倣って地上に向かって下りていく。  
 自分でもよくわからない感情にやきもきしながら。

 

『しかし、あれですね。』
「なんだよ?」
『やはり、いいツンデ「よし、いいか、しばらくしゃべんな。」……横暴ですね。』

 

 インパルスに知るか、と返してから地上に着陸。
 いつの間にか来ていたのかはやてがシグナム達を引き連れて近づいてくる。
 スバル達が居ないのは、既に自分達の訓練を始めたからだろう。
 
 ニヤニヤと、また笑っているはやてを見てシンは人知れず呻く。
 ああ、多少の救いはこの場になのはが居ないことだろうか、なんて思いながら。
 
 こうして、日々が過ぎて行く。
 特に何も無く、ただ日常が過ぎて行く。

 

 運命が加速するのは後少しだけ、先のお話。