GUNDAM EXSEED_B_53

Last-modified: 2015-11-28 (土) 23:13:12

「ガルム機兵隊、ほぼ全機が大破」
「あ、そう」
ロウマは旗艦のブリッジの椅子に座りながら報告を聞いていた。まぁ、そういう結果になるのは予測していたから驚きはなかった。
ロウマは現在の戦況を整理してみた。艦隊に対して敵軍は正面に展開し、防衛線を構築している。当初の予定では艦隊は真っ直ぐに進み、防衛線に圧力をかける予定だった。
しかし、自分が左側から攻め上がってくるハルドに臆して、艦隊を右に集結させてしまったわけだ。もっとも、これによって、敵の防衛線の右側への圧力は急激に増して、敵の戦線を崩すことは用意になった。
しかし、敵の防衛線の左側にかなりの自由を与えてしまっており、左側の部隊から側面攻撃を受ける恐れもあるが、それに関しては、右と左に展開させたMS部隊に対処させるほかないとロウマは考えていた。
「とは言っても、数の論理があまり通用しないんだよねぇ」
ロウマは呟く。MSが戦場に出てからというもの、数の差や作戦など、どうとでもなるということが少なくない。
優れたMSと優れたパイロットの組み合わせは、それ一つだけで戦いの勝敗を変える。ロウマはそんな考えを持っていたし、事実それが出来る人間を何人か知っている。まずはハルド・グレン、そしてハルドの師匠であるエルザ・リーバス、そしてユリアス・ヒビキだ。
この三人に最高クラスの機体を渡せば戦局は一気に傾く。そして、現実にハルドが今、その状態だ。
ロウマはハルドをMS戦で本気で仕留めるなら五十機以上の機体が必要だと考えていた。しかし、一機に対して五十機も回していたら戦線崩壊で敗北必至だ。
ロウマは旗艦の艦長に尋ねてみた。
「なんとか無双とかいうゲームやったことある?武将が一人で雑兵を何百人とか薙ぎ払う奴」
いきなり話しを振られた艦長は、戸惑いながらも答える。
「自分はそういうものに縁が無かったので……」
ロウマは、そう、と言うと椅子に身体を預け考える。その何百人も薙ぎ払うのが出てきちゃったんだよ、MSって兵器が登場してせいで。ロウマはウンザリした気分を抱きながらも思考を切り替えることにした。
ハルドのことばかり考えても仕方ない。とりあえずこちらは、右から敵の防衛線を崩して、同時進行で歩兵部隊も到着してるだろうから、向こうの姫様をゲットして、とロウマが考えを巡らせていた時だった。
不意に赤い炎のような光が見え、旗艦の横を通り過ぎて行った。直後にブリッジクルーが叫ぶ。
「二番艦、大破!正体不明のビームです」
正体不明?ロウマはあの炎のような光で正体などすぐに分かった。
「セイン・リベルター君」
ロウマは仕留め損ねた獲物の姿が脳裏にありありと映った。

 

「アンチビーム粒子は既存のビーム兵器を対象にしたものだ。粒子の性質の違う貴様の機体が発するビームならば、問題はないはずだ。ただし、ビームを発射するための機構を特別に用意しなければならんがな」
そう言われ、セインはオーバーブレイズガンダムにブラスターユニットという巨大な二門の砲を背負わされたのだった。
「セイン君、敵はこちら側から崩しにくるようだ。その砲でなんとかならないか?」
一応指揮官のセーレが言うがセインは無理だと思った。なぜなら、先ほどからいくら操作しても、砲は何の反応も示さない。

 
 

最前線ではイオニスのフレイドが獅子奮迅の活躍をして突撃隊を押しとどめているが、左からは通常部隊が、こちらに向かってくることも理解していた。何とかしなければ、そう思うと、セインは、あの言葉に頼りたくなってくる。そして思わず呟いた。
「……コード:ブレイズ……」
ほんの小さな呟きでもマシンは確かに聞き届け、システムを起動させる。その瞬間だった。砲にエネルギーが充填されていく。
「そうか、そうりゃそうか、バックパックの代わりにつけてるんだ。翼の代わりなんだな」
セインは納得を得た。コード:ブレイズ発動時は今までは炎の翼が出ていた。それはスラスターが粒子の放出口だったからだ。けれども今は、背負った二門の砲が粒子の放出口なのだと、セインは理解した。
「いけそう!?」
セーレがセインに尋ねると、セインのオーバーブレイズガンダムが親指を立てた。
いけるのはいけるが、問題がある粒子のたまりが恐ろしく遅い。これは自分の気合い不足ということなのかと、システムが精神と繋がっていることを思い出し、セインは自分に気合を入れるために、ヘルメットを脱ぎ、両頬を叩き、集中する。
そうした瞬間に僅かだが、粒子のたまりが早くなっていった。セインはこれなら、と思い、更に自分の気持ちを高ぶらせるために、ある男の顔を思い出すことにした。それはロウマ・アンドーに自分にとっては許すことができない敵。だが、同時に哀れとも思う敵。
粒子のゲージは急速に充填されていった。ロウマのことを思うと戦う力になるのは気持ち悪いと思いながらも、セインは敵の艦隊を見据え、ロウマを思い浮かべる。
「近くなってきてるぞ」
セーレが叫んでいるが、セインは殆ど聞こえていなかった。とにかく敵を撃つ。それに集中していた。そしてその意思が極限まで高まったと同時に、粒子が発射可能な状態にまで溜まったことを理解した。
「いくぞ、ロウマ・アンドー!」
オーバーブレイズガンダム・ブラスターは装甲板の陰から飛び出し、背中の二門の砲を構える。その瞬間、セインはマクバレルが言っていた言葉を思い出した。それは、この武装の名前である。セインは、発射と同時に叫んだ。
「ブレイズブラスター!いけぇっ!」
オーバーブレイズガンダム・ブラスターが背負った二門の砲から炎の色をした巨大なビームが発射された。

 

「二番艦大破、一番艦中破。一番艦は戦闘続行は可能だそうですが推進系に被害大とのことです」
ブリッジクルーが、あまりにも淡々と伝えて来るので、イラついたロウマは思わず、そのクルーのそばによって、蹴りを叩き込んだ。
そうした後で、ロウマはキレてもしょうがないと思い、司令官の椅子に座る。さて、どうするかとロウマは考える。
連射は無い。セインの精神力を削って撃っているだろうから、連発が効く兵装ではない。ラッキーパンチだと思い、ロウマは忘れることにした。
それよりも戦艦二隻が使えなくなったことだ、一隻は推進系がイカレたらしいが、足の遅い艦などの的にしかならない。

 
 

「じゃあ、的にしようか」
不意に思い切った考えがロウマに思い浮かんだ。
「二番艦はどんな感じ?」
「縦に貫通されてます」
そう言われた直後に映像が出る。二番艦は縦に完璧に貫通した大穴が空いていた。こりゃ大破だとロウマは理解し、命令を下す。
「二番艦の乗員は総員退艦。MS隊は、とりあえず、二番艦と一番艦を押せ。右側に展開しているMS隊は進軍しなくていいや、とりあえず。二番艦を艦隊の最前列に横になるように押せ」
ロウマの命令の意図が分からなかったもののMS隊はロウマの指示に従い、大破した二番艦を押して艦隊の前に横にして配置する。
「うん、悪くないな。次は一番艦だ。一番艦は総員退艦。ただし、オートで側面に砲撃をするようにプログラミングしといて。そしてMS隊は、一番艦を押して、二番艦の真上に来る感じで押せ」
だれもロウマの意図が分からないまま指示に従う。そうした結果。艦隊の前に、横になった戦艦が積み上げられているように並んだ。
「これでいいや。MS隊は、艦を押しながら進め、敵の防衛線を突破するまでの盾アンド、質量兵器として戦艦を使う」
MS隊は二隻の戦艦を押し進め、その後を旗艦を含む艦隊が二隻の戦艦を縦に進んでいた。
「ミサイルとか軌道を変えられるんだから使えよ。撃ったら垂直に上がって、敵にむかってくようにして。あとは、あれだ、カタパルトを使おう。手が空いてるMS隊にデブリでも何でもいいから集めさせて、カタパルトを使って打ち出す。
宇宙だから放物線は描かないけど、後ろにコロニーがある以上、向こうは危険と思ったものは撃ち落とすし、消耗させられるよ」
盾になっている戦艦のせいで直線で攻撃は通せないが、いくらでもやりようはあるとロウマは思った。最後は戦艦をコロニーにでもぶつければいいだろうとロウマが思った矢先だった。
「何者かが、MS隊を攻撃しています」
ああ、はいはい、分かりましたよ。そんなに俺にぶっ殺されたいか。そう思いロウマは椅子から立ち上がりブリッジを出る。

 

イオニスのフレイドとイオニスが率いる部隊は、突撃隊を壊滅させた後、戦艦を押すという怪しい動きをしているMS隊を攻撃していた。
「ははは、私は何事も見過ごさんぞ」
近接戦闘に特化されたイオニスのフレイドは圧倒的な性能を見せながら、クライン公国軍のMSを撃破していた。だが、それも束の間であった。
突如、銀の槍がイオニスのフレイドを襲うが、イオニスのフレイドは対艦刀で、その全てを薙ぎ払う。
「待っていたぞ、アンドー」
「俺は会いたくなかったんですけどね」
ロウマの乗機、マリスルージュは凄まじい姿であった。千切れた全身を水銀で繋ぎ止めているがその繋ぎ方は極めて雑であり、前進から銀色の棘が突き出ていた。元々極めて人間に近い姿であったためか、現状ではかえって異形の姿だった。
「俺は艦隊指揮もしなきゃいけないんですよ。あんまり面倒を起こさないでくださいよ」
そう言った直後、銀色の刃がハサミようにイオニスのフレイドを襲う。だが、イオニスのフレイドはそれを容易く躱して見せる。

 
 

「手品のタネは割れているぞ」
そりゃ大変だ。と適当に思いながら、ロウマは、銀の触手や銀の槍を繰り出すが、イオニスのフレイドにはことごとく回避される。
ロウマは機体が重いと思った。本来は大破し、破棄するような機体を無理矢理動かしているのだが、それでもイオニスは仕留められると思った。だが、考えが甘かったようだとロウマは反省をしていた。
では、どうするかというと、もはや、小手先は無理だという結論に達したのだった。遠隔じゃなく、この手の刃で殺す。ロウマはそう決め。それに合わせ、マリスルージュも形態を変える。
マリスルージュのバックパックから水銀が溢れ出し、両腕の形をとる。その手には銀色の大剣が握られていた。そして、マリスルージュ本体は、左手に鞘、そして右手に銀の刀を持っている。
「ぶっ殺してあげますよ。先輩」
ロウマの言葉と同時に、マリスルージュ本体が刀を鞘に納め、居合の構えを取る。そして、水銀の腕は両手で銀の大剣を上段に構えている。
「やってみるがいい」
イオニスのフレイドは左手にビームハルバード、右手に対艦刀を持っている。互いに近接戦しか頭にない装備だった。
「じゃ、殺らせてもらいますよ」
先に動いたのはロウマのマリスルージュであった。バックパックのスラスターを噴射し、一気に距離を詰める。対してイオニスのフレイドはその場から動かず、守りの体勢であった。
死ね、ロウマはそう思いながら抜刀する。その刃は、人の目に捉えられる速度をではなかったが、イオニスは刀の軌道を予測し、ビームハルバードの柄で受け止める。だが受け止めると同時に、柄は容易く断ち切られた。それでも刀の一撃を防ぐのは成功した。
だが、マリスルージュの攻撃はまだ終わっていない。銀の大剣が上段から振り下ろされる。イオニスはそれを対艦刀で弾く、だが、その瞬間に振りぬかれた刀が、その刃を返し、袈裟斬りをしかけ、イオニスのフレイドに襲い掛かる。
イオニスはその動きもだいたい想像がついていた。イオニスのフレイドは柄だけとなったビームハルバードでマリスルージュを思い切り突き、マリスルージュを押しのける。それにより、刃は僅かだがイオニスのフレイドをかすめる程度におさまった。
ここまでは読み通りだったのは、ロウマも同じだった。僅かに間合いが離れた瞬間にマリスルージュのバックパックから生える銀の双腕が伸び、その手に握られた大剣が振り下ろされる。再び振り下ろされた大剣の一撃を対艦刀で弾いて防ぐ、イオニスのフレイド。
ロウマは、間合いを制したことを確信した。マリスルージュの大剣は弾かれても、何度でもイオニスのフレイドへ向かった叩きつけられる。イオニスのフレイドは、その剣撃を防ぐこと精一杯であり、僅かに遠い間合いマリスルージュ本体には手が出せないでいる。
ビームハルバードが健在だったならば、反撃が来ただろうが、ビームハルバードが使い物にならない以上その心配はないと判断し、ロウマは仕留めにかかる。銀の刀と鞘が溶け、新たな形を形成する。それは銀の大鎌であり、死神の持つソレを連想させるものだった。
強度、硬度、重量、柔軟性、切断力、全てが最高。今まで構築してきた武装の中でも会心の出来だ。ロウマは完成した銀の大鎌をマリスルージュの両手に持たせ、マリスルージュは全力でそれを振るう。

 
 

「これで死ねや!ヴィリアス!」
イオニスは銀の大鎌が振るわれ、それが迫っていることも分かっていたが、一瞬、判断に迷った。防ぎ方が分からないと。これが大斧や槍、刀ならばいくらでも防ぎ方は分かるが、大鎌となると、実戦で見たことが無い武装のため、判断に時間を要した。
その結果、イオニスは咄嗟の判断で機体を後退させるしか、大鎌から身を守る手段を選べなかった。イオニス自身、これが悪手だと分かっていてもだ。
「下がった時点で、負けなんだよ!」
マリスルージュが踏み込み銀の大剣が横薙ぎに振るわれ、対艦刀を持つ腕が斬り飛ばされる。これでイオニスのフレイドの手持ち武装は柄だけのビームハルバードとなった。
ロウマのマリスルージュは大鎌の形状を変形させ、長槍として、後に下がったイオニスのフレイドに追撃する。先端は単分子サイズのこの世でもっとも鋭利な槍だ。装甲やら何やらで防げるものじゃない。ロウマはコックピットの中で笑みを浮かべた。
だが、その笑みは一瞬で冷めた変わった。なぜなら、イオニスを仕留めそこなったからだ。、その理由は、イオニスのフレイドとマリスルージュの間には巨大なシールドを持ったフレイドが、その大盾を構えて、割って入っていたためであった。
「くっだらねぇ」
ロウマはどうせ、グリューネルトの機体だろうと思い、急にすべてが煩わしくなった。長槍を引き抜くと、大鎌の形に戻し、虫を払うように薙ぎ払った。
イオニスを守るために割って入ったフレイドは確かにグリューネルトの機体であったが、長槍の一撃と、大鎌の無造作な薙ぎ払いによって機体はバラバラに砕け散った。
グリューネルトの機体は最後にイオニスのフレイドに対し対艦刀を投げたが、イオニスはそれを受け取らず、ロウマの機体も無視して、バラバラになったグリューネルトのフレイドのコックピットブロックをがある部分だけを、何よりも優先して回収した。
ロウマは、どうやら自分が勘違いしていたと悟った。どうやら、イオニス・レーレ・ヴィリアスは自分が思っていたのとは違って、つまらない男だとロウマは失望を覚えながら、最後の試しに、マリスルージュの大鎌を振るう。
狙いはイオニスのフレイドの両脚だった。普段のイオニスだった回避出来るだろうという程度の気持ちで振るったが、その刃は容易くイオニスのフレイドの両脚を奪った。
それでもイオニスのフレイドはグリューネルトの乗るコックピットブロックを大切に抱え、ロウマのマリスルージュに背を向けて逃げ去ろうとする有様である。
「なんだ、アンタもそんな人間か」
ロウマはつくづくつまらないと思った。イオニスへの関心は完全に消え去っており、逃げる機体を追おうとすらしなかった。
もう少しイカレた男だと思っていたが、存外普通の男であったことにロウマは失望を覚え、機体を、旗艦へと帰投させたのだった。

 
 

「はいはい、ご苦労さん。どんな具合?」
ロウマは旗艦のブリッジに戻ると司令官の椅子に座りながら、ブリッジクルーに状況を尋ねる。
「二隻の戦艦は順調に盾として機能しています。速度も充分ですので、計算では後二十分ほどで、敵の防衛線に接触します。コロニーへぶつける場合の所要時間は予測がつきませんが……」
まぁ、いいよとロウマは手をプラプラと振るい。クルーの発言を理解したと合図する。
順調といえば順調だ。しかし、何かつまらないなとロウマは思う。その感覚を抱いた直後に、ロウマは少し目をつぶり、自分の気持ちを整理してみる。すると、案外イオニスのことが後を引いているなとロウマは思った。
もう少しイカレていると思ったが、結局は並の人間だった。ハルドやハルドの師匠のエルザ辺りと比べると、普通の人間で面白くない。
ロウマは人間の好みで言えば、ハルドのような人間が好みだった。具体的にハルドのような人間と言われてもロウマは答えに窮するが、とにもかくにもロウマはハルドが好きだった。初めて姿を見た時からだ。
戦場で会うと殺されるから嫌だが、傍目から見てればハルドはロウマにとって最高の存在だ。ハルドの師匠のエルザが死んでからは尚更だ。なぜ、こんなにも好きかと聞かれれば、おそらく価値観を共有できる唯一の相手の気がするからだ。
ロウマは自分とハルドはおそらく互いに愛し合える存在だと思った。それは恋愛などという結局は粘膜の繋がりでしか感じられないものではない。もっと深い精神の奥の部分での理解であり、それが愛だとロウマは思った。
とは言っても、現状では敵同士なので、なるべく関わりたくないのが難しいところだった。
「後ろから凄い速度で追ってきてる熱源とかない?」
ロウマはブリッジクルーに尋ねる。確認できません。という返事がすぐに返って来た。艦隊を少し縦に伸ばしすぎたかとロウマは嫌な予感を覚えた。
現状の艦の配置は艦を中央に一隻、前に二隻、後に二隻、そしてそれらの前に廃棄した戦艦を盾として配置といった陣形となっている。背後からの奇襲に備え、後ろに艦を二隻置いているが、後の二隻がMS隊の襲撃を受けたという報告は聞いている。
対処可能という報告を聞いているし、後方の二隻に関しては、速度は遅いながらも追ってきているのも把握しているので、ハルドはまだ追いついていないとロウマは考えることにした。
それよりも、コロニー内に突入させた歩兵部隊はどうなっているのかが気になった。そろそろ何か報告があってもいいと思ったが、何も報告が無いのは奇妙だった。ロウマは歩兵部隊の指揮官に連絡を取るようにブリッジクルーに命じた。
すると、直後に明らかに怯えた物言いが聞こえてきた。
「っここは地獄です!アンタは間違った判断をした。みんな殺されるだけだ!」
どうやら、コロニー内ではよっぽどなことが起きているのだなと思い、ロウマは失敗を確信したので、通信を切った。

 
 

銃で相手に攻撃したとして、相手が銃で反撃してきたのなら、まだ精神的な余裕はある。だが、銃を撃っても、それを回避しながら敵が雄たけびをあげながら突撃してきて、
鈍器などで頭を滅多打ちにされて脳漿が飛び散るような目に合う味方を目にして精神的な余裕が保てるだろうか?
クライン公国の歩兵部隊にはそんな余裕はなかった。そもそもクライン公国の歩兵部隊はコロニー内に侵入した時点で精神的な余裕を失っていた。
なぜなら、歩兵部隊が侵入した宇宙港には頭の皮を剥がされた死体が、串刺しとなって並んでいたからである。この段階では、どこの蛮族かと強がる兵もいたが、その次に生首が綺麗に並べられている光景を見て、兵の口数は極端に少なくなっていった。
これらの死体に関しては、全て第二農業コロニーのリカードらが用意した物である。工業コロニーで、ユイ・カトーらを襲撃しながらも途中で撤退した鼠たちもリカードらが仕留め、見せしめに飾っておいたのだった。
生首や死体が飾られているおどろおどろしい光景、クライン公国軍の歩兵部隊は、ここがどういう場所なのか分からなくなり、混乱しながら進んでいった。その直後であった。歩兵部隊の戦闘を歩く兵士の喉元に矢が突き刺さった。
防弾の対策はしていたが、矢が飛んでくるとはクライン公国軍の兵士は思ってもいなかった。すぐに矢が刺さった兵士の治療をしようとするが、矢が刺さった兵士はすぐに顔がありえない紫色となって死亡した。
その時点で、公国兵の戦意は著しく下がっていった。こんな田舎のコロニーで、原始時代の人間みたいに殺されたくない。そう思った瞬間に、クランマイヤー王国軍は攻撃を仕掛けた。
クランマイヤー王国のメインコロニーは基本的に草原や畑が広がっているが、意外に起伏が激しい。クランマイヤー王国軍兵は起伏を利用しながら、伏せつつ近付き、攻勢に移ると同時に雄たけびをあげ、疾走する。
慌ててクライン公国は銃を撃つ。だが、クランマイヤー王国の歩兵は止まらずに進む。なぜ、それが可能かというと、単純に対弾性能の高いボディアーマーなどを着こんでいるからである。
だが、クライン公国軍の歩兵部隊は、それを冷静に考える余裕はなかった。なぜならクランマイヤー王国軍の歩兵隊は皆一様に全身に怪しげな文様をペイントしており、クライン公国は科学的ではない何かによるもので不死身なのではと思い込んでいた。
よくよく考えれば分かる物だが、クリスは徹底してクライン公国軍の歩兵部隊に対して恐れを植え付けていた。並べられた死体に銃が効かない蛮族そして雄たけびで思考を乱し、冷静な判断を奪っていたのだった。

 
 

クライン公国軍の歩兵隊は部隊指揮官を中心にまとまろうとしていたが、それは虎(フー)が粉砕した。虎には特別に衣装を用意した。誰がどう見ても化け物に見えるようなものだ。虎の両手には先端を徹底的に鋭利に研磨した鋼鉄の棒が握られていた。
「――――ッ!」
虎が名状しがたいというか、聞き取れない叫びをあげた。その瞬間にクライン公国軍の歩兵部隊は明らかな怯えを見せた。その瞬間に両手に鋼鉄の棒を持つ虎が全力で、敵兵の頭を殴り砕く。その威力はヘルメットを被っていても即死するものだった。
第二農業コロニーで、森の民など言って生活しているリカードらの戦闘力も相当のものであった。とにかく彼らの操る弓矢が異常な威力を示した。防弾ベストを問答無用で貫くのがリカードらの弓矢だった。
そしてリカードらは絶対にその存在を捉えさせない狙撃手たちであり、彼らは、独自の技術で自然に溶け込み誰の目にも捉えられず、ひたすらに必殺の弓を放ち続けていた。
なぶり殺しにされたと一目で分かる兵たちが、運ばれ続けるさまを見て歩兵部隊指揮官は戦意が折れかかっていた。
部下の死に方が汚すぎる。全身を鈍器か何かでぐちゃぐちゃにされた兵、脳髄が、頭蓋から漏れ出している兵、内臓をマフラーのように巻きつけられながら死んでいる兵。指揮官はここはマトモな戦場ではないと理解した。
それを理解した後で届く、司令官の通信。歩兵部隊の指揮官は。精神的に限界に近く叫んだ。すると、通信は唐突に途切れた司令官側から切ったのだと分かった。その直後である。歩兵謡が一時の拠点にしている宇宙港に大量の人間の頭部が投げ込まれたのは。
一瞬、訳が分からず、指揮官は呆然としたが、足元を見て愕然とした。そこには昔訓練を施した兵たちの頭が転がっていたからだ。
「おい、どうするんだ。そんな姿になって、結婚式の予定があったろう?」
指揮官は転がっている頭の一つを手に取り、呟いた。その直後、両手に鋼鉄の棒を持った虎(フー)が全力で鋼鉄の棒を指揮官の頭に叩き付けて粉砕したのだった。

 

「歩兵は駄目だな」
ロウマは見切りをつけて言った。もっと良いのを連れてくれば良かったが、良い歩兵は地球などに回されるせいで、それなりしか集められなかったの失敗の原因だと思った。
こうなっては、戦艦をぶつけて防衛線やら何やらを崩すのが楽だとロウマは思った。クランマイヤーの姫様は個人的に確保しておきたかったが、ここまでの状況になれば、そういう我儘も通らないだろうと思った。
「敵防衛線に、廃棄艦、接触します」
上手く行きすぎだなとロウマは思った。アッシュは何もしていないし、オーバーブレイズガンダムも何も動き無しはありえないと思い、淡々と指示を出す。
「艦隊、各船は安全位置を考えて移動。多分、何か来るぞ」
曖昧だが、これぐらいしか言うことはない。そうロウマが思った瞬間だった、最前列、敵の防衛線にぶつけようとしていた戦艦二隻が、巨大なビームの刃によって十文字に斬り裂かれた。
そのビームの色はロウマが良く知っている炎の色だった。
「どこまで邪魔すんのかね、セインくんはさぁ!」
ロウマは椅子の肘置きを全力で叩いた。

 
 

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