LSD_第06話後編

Last-modified: 2008-05-04 (日) 05:40:19

「おお……これです! これが欲しかったのですよ!!」
 手にした書物を手に、アズラエルが歓喜に震える。今にも小躍りしそうな雰囲気だ。
 今頃管理局は周辺一帯を厳戒態勢にしているだろうが、無駄なことだ。すでに物品はここにある。
 アッシュ達が管理局に見つからず帰って来られたのは妹、セインの協力あってのことだ。
「これさえあれば、あのバケモノ達を一掃することが……」
「一つ聞いても宜しいでしょうか。そのロストロギア”メンデルの書”とは、一体何なのです」
 書物を抱き、立ち上がっていたアスラエルは愉悦の笑みを浮かべたまま、椅子に座り直し、口を開く。
「この書物にはですねコーディネーターに関わる全てが載っているのですよ。コーディネ
ーターの誕生や遺伝子操作、魔力資質の調整などその他諸々。全てが。
 かつてはプラントのアプリリウスにあり、しかも最高議長か評議会からの許可が下りない限り閲覧を許されないほどの最重要機密書。
 もしこれがかつての大戦時、ボクの手にあれば戦争せずともあのバケモノ共を片づけられたのですが……まぁ、それはいいです。今こうしてここにあるのですから」
 一瞬何かを思い出したのか、端正な表情に歪みが生じるも、すぐに元の愉悦に戻る。
「ありがとうございますウーノさん。これを手に入れられたのはあなたやあなたの主スカリエッティのおかげです。
 これでボクの願いも叶います。コーディネーター共を、あの忌まわしき許されざる存在の者達を一人残らず抹消することが」
 立ち上がるアズラエル。部屋の出口まで歩いていき、しかし立ち止まる。
「あ、そうそう。もう一つ頼みがあるのですけど」
「なんでしょう?」
 まだ何かあるのだろうか。面には出さず内心で眉を潜めるウーノ。
「いえ、ちょっとした実験を行いたく思いましてね。”レリック”でしたか、あなたが狙っているロストロギアは。それを強奪する際に一つ試させて欲しいのですよ」
「試す…?」
「ええ、ちょっとした、実験ですよ」
 愉悦と嗜虐の混じった、酷く歪んだ笑みをアズラエルは浮かべた。

 
 

「まだ奪われたロストロギアについて情報はないのか」
「ああ、はやてたちだけじゃなく108部隊や地上本部の捜査班も必死に捜索しているそうだが、手がかり無しだ」
 108隊舎の休憩所で、自分と同じ管理局の制服を着たレイが言う。
 先日の事件、結論から言うと犯人は捕らえられず、また幾つかのロストロギアは奪われてしまった。

 

 研究所に投入したシンやなのは達、地上本部の魔導士達はくまなく研究所内を捜索するも見つかったのは傷つき倒れている局員と全損されている警備システムだけだった。どういうわけか犯人の痕跡はあったが、その犯人は何故か見つからなかった。
「六課の設立の認可は下りたもののせめて奪われたロストロギアを奪還するまで解散しないらしい」
「それに付き合っているとことか、お前は」
「レイは別に付き合わなくてもいいんだぜ。体のことも、これからのこともある。はやてに言えばすぐにでもクラウディアへ乗せてもらえるはずだ」
 レイの事情を知ったハラオウン親子が半ば強引にレイの所属をクラウディアに決まっていた。元執務官で、現在は提督のクロノがいる艦。レイが目指している目標に最も近い場所と言える。
 無論口添えだけではなくレイのCEでの戦歴や魔導士としての優秀さが考慮された結果だ。
「以前と違い、ある程度魔力行使しても体に負担はない。心配は無用だ」
 掌を握るレイ。握り拳が灰色の魔力光に包まれる。
 握り拳を開き、彼は僅かにまなじりを下げて、シンに問う。
「ところでシン、お前はこの後どうするんだ」
 友の言葉に、シンは答えを返せない。あれ以降ずっと考えているが、どうしても先が見えないのだ。
 気遣いと微かな罪悪の瞳をシンは見つめ返せず、視線を逸らす。
「それ、は―――」
 その時アラート音が隊舎に鳴り響く。ベンチから二人は立ち上がり、司令部へ走る。
 途中シグナムとヴィータと合流、司令部に到着するとなのは達も揃っており、自分達の姿を見たはやてが状況を説明する。
「今度は第二研究所への襲撃や。先の襲撃以降厳重な警備が敷かれてるのに、まったく舐められたもんやな」
 地上本部の第二研究所は第一に比べ規模こそ小さいが保管されているロストロギアの危険度は全く引けを取らない。そして第二研究所にははやて達が探し、見つけたロストロギア”レリック”もある。
「襲撃をかけたのは例の彼らや。前回と違って大所帯で攻めてきとる。ソキウスやガジェットも大量や」
 スクリーンの映されているガジェット達を背に、はやては固く強い声で言う。
「機動六課、出動や。ただちに第二研究所に急行。強奪犯達を捕縛すること!」
 頷くシン達。すぐさま屋上のヘリポートへ向かい、乗り込む。
 すでにエンジンが暖まっていたのか、すぐさま起動するヘリ。雲の多い空を、ナイフのような鋭さで切り裂き、飛翔する。
 ヘリの内部で待機状態のデバイスを手にしながら、ヴィータとシグナムが何やら話している。
「レイの奴は留守番か。あいつがいれば雑魚を片付けるの結構楽になんだけどなぁ」
「しかたあるまい。彼は病み上がりだ。無理はさせられんし、それに”レジェンド”だって今は手元にない」
 ”デスティニー”、”レジェンド”はCEから来たコートニー・ヒエロニムスを中心とした技術者達の手によって現在急ピッチで修復中と聞いている。しかし未だ連絡の一つもないところを見るに相当手こずっているようだ。
 ガタガタと揺れるヘリ。相当の速度が出ているようだ。シンはヴィータ達のように”インパルス”を手に握り、コクピットに怒鳴る。
「あとどれぐらいで効果ポイントに到着する?」
「もうすぐです!」
 返ってきた声の通り、数分とたたず効果ポイントにヘリは到達する。後部ハッチが開くと同時、シン達は飛び出し第二研究所へ向かう。
「ちっ、雑魚がうじゃうじゃやってきやがった」
 研究所の手前に来たとき、まるで待ちかまえていたかのように大量のガジェットが姿を見せる。
「鬱陶しいんだよ、アイゼン!」
 鉄球を出現さえ、”グラーフアイゼン”で撃ち出すヴィータ。八つの鉄球はAMFの抵抗を受けず、易々とその胴体を貫通、破壊する。
「レヴァンティン!」
 カートリッジを鳴らすシグナム。”レヴァンティン”の刀身に切れ目が入り長剣が連結刃へ姿を変える。
 炎を帯び、紅蓮の蛇と化した魔剣は不規則な動きで、しかし正確かつ確実にガジェット達を粉砕していく。
「道は我々が切り開く」
「お前達は後に続けよ!」
 言うや二人は前に飛び出し、デバイスを振るってガジェットらを蹂躙する。シン、なのは、フェイトの三人は彼女らが撃ち漏らした、または死角から襲いかかってくるガジェット達をそれぞれ撃墜して、先に進む。
 わずかな時間でガジェット達はミッドの空から姿を消し、五人は研究所へ。
「研究所付近にはまだガジェットがいるみたいだね」
「今度は私とフェイトちゃんが片付けるから、負傷した人達の保護は――」
 その先を続けようとしたなのはが突然急旋回。彼女と同時にフェイト達も同じ行動を取っており、シンだけが数瞬遅れてその理由に気がつき、旋回する。
 その直後、飛行していた場所を砲撃魔法の光状が通り過ぎる。三つの砲撃は青緑、黒、そしてカーキ色の光を放っていた。
「久々のお出ましってわけか」
 砲撃の発射地点には例の三人――クローン魔導士達の姿があった。

 

<私達が引きつけておくから。フェイトちゃんとシン君は研究所へ>
 念話でなのはが告げると、それを合図にするようになのは、シグナム、ヴィータの三人がクローン魔導士達へ向かっていく。
 なのはは黒、シグナムは青緑、ヴィータはカーキ色の魔導士を相手にするようだ。
<フェイト、行くぞ>
 こちらの答えを聞かず、シンは先行する。フェイトはぶつかり合う六つの光を一瞥し、後に続く。
 第二研究所は先の第一研究所とはまったく違う有様だった。破壊の跡、転がる負傷者、周囲への被害。不自然と思えるぐらい被害の少なかった前回に比べ、今回は全く逆の不自然さ――襲撃にしてはあまりにも規模が大きすぎる――が感じられる。
<フェイト、奴は必ずどこかにいる。一瞬たりとも気を抜くなよ>
 言わずとも分かっていることをシンは言うが、無理もない。アッシュとの初遭遇の時は、警戒していた状態にもかかわらずなんの前触れもなく襲撃を受けたのだ。
 向かってくるガジェットを破壊しつつ周囲を索敵、アッシュの襲撃に備える。

 

 フェイトとしては負傷者を早く救助したかったが、アッシュをどうにかしない限りそうすることはできない。救助中に襲われでもしたら、一巻の終わりだからだ。せめて負傷者の周囲にバリア系の防護魔法を張ることぐらいしかできない。
 背後から聞こえる戦闘音が気になるがあえて無視して周囲を警戒し続ける。
 しばらくしてシンと二人でガジェットを殲滅、負傷者への防護を掛け終わる。だが、まだアッシュは現れない。
<もしかして……今回はいないのかな>
<そんな訳あるか。あいつは必ずいる。近くか遠くか分からないけど、必ず>
 冷たくシンが言う。いつでも戦闘態勢に移れる精神状態のようだ。
 だがフェイトは負傷者のことも同じように気がかりだ。いくら防護の魔法をかけてもこのまま放っておけばどうなるかわからない。
 アッシュへの警戒と、負傷者への気がかりでフェイトが懊悩していると、地上本部の方角から無数の光が見えた。
 近づいてくる光は、地上本部の航空魔導士隊のようだ。救援に来たのを見て、フェイトはほっとため息をつき、
<なっ!?>
 シンの叫びと同時に、航空魔導士隊の光が一筋の青紫の光によって潰されていく。
 流星の如き光を放つそれは航空魔導士隊を一方的に蹂躙。全て撃墜した後、こちらへ向かってくる。
 それが誰であるか、もはや言うまでもない。
<フェイト!>
 ”ヴァジュラサーベル”を抜き放つシン、フェイトもサイズフォースの”バルディッシュ”を強襲する光に向ける。
 向かってきた光を二人は同時に回避、瞬時に体勢を立て直し、光に向けて射撃魔法を放つ。
 光はそれらをあっさり回避、再び迫ってきて、静止する。
「――ふん、久しぶりだな」
 ”リジェネレイト”をまとったアッシュは出会ったときと同じ不敵で不遜な笑みを浮かべ、二人を見下ろす。
「地上本部の航空魔導士隊を……!」
 ギリギリと険しい表情にシンはなる。フェイトの胸中にも冷たい業火が燃えさかっている。
「あんなザコ共でも一時の享楽にはなった。訳も分からず俺にぶちのめされて堕ちていく奴らの表情は、痛快だったぜ」
 アッシュが浮かべた嘲笑が開戦の合図となり、シンが先に飛び出し、フェイトが続く。
 瞬きする時間で、二人はアッシュの上下に移動。頭上に移動したシンが振り下ろした”ヴァジュラサーベル”をアッシュは右に回避。その方向へフェイトは真下から”バルディッシュ”の斬撃を放つ。
 エース級の魔導士すら反応できないであろうその一撃を、アッシュは笑みを浮かべたまま右の魔力刃で受け止め、さらに体を回転させ、蹴りを放ってくる。
 咄嗟に回避するフェイト。その際僅かに体勢を崩し、できた隙をアッシュはついてくるがシンの斬撃がそれを阻む。
「はっ、学習能力のない奴らだ!」
 疾風のような二人の猛攻へ、アッシュは雷光の如き反撃を放ってくる。フェイトも、そしてシンも全力で斬りかかり、射撃するがアッシュにはほとんど当たらず、当たったとしてもダメージらしいダメージはない。

 

 逆にアッシュのは放つ反撃にこちらが傷を負うばかりだ。――だが、フェイトにも、シンにも焦りの色はない。
 こうなることはすでにわかっていたことだからだ。リミッター解除していない今では二人がかりでもこうなると。
 自分達の目的はアッシュを倒すことではない。
 目の前の男は戦いに集中しているせいか周囲の状況に何も気が付いていない。フェイトの放った射撃魔法が霧散せず、地表で動いていることに。
 魔力で構成された黄金の弾丸はゆっくりと動き、時間が経つと、やがて一つの形――巨大なミッド式の魔法陣を為す。
<シン! 準備は整ったよ!>
<わかった>
 返事を返し、彼は”ソードモード”へチェンジ。”エクスカリバー”を連結し、再びアッシュに向かっていく。フェイトも”サイズフォーム”から”ザンバーフォーム”へチェンジ。
「速さで勝てないから力で倒そうって腹か! だが当たらなければ意味がないぜ!」
 大振りになった二人の攻撃をアッシュは体を動かすだけでかわし、二人同時にはじき飛ばす。
 シンは体勢を崩すも踏みとどまるが、フェイトはそのままアッシュの攻撃の衝撃を利用して地表へ落ちる。
 わざと最小限の威力で防御魔法を発動し、大きな衝撃と爆発音、土煙を演出。激痛を感じるも、必死に堪える。
 上空で交戦する両者を見て深呼吸。フェイトは雷の刃を地面に突き立てる。
「捕らえよ、雷神の檻。――ライトニング・プリズン!」
 詠唱の宣言と同時、周囲に散らばった雷弾から雷が迸り巨大な黄金の円柱を形成。
「な…これはっ!?」
 円柱にいる二人はそれぞれ対照的な表情だ。アッシュは驚愕の、シンは当然の顔だ。
 ”バルディッシュ”を雷の円柱に向けると円柱より発せられた雷が瞬く間にアッシュに絡みつく。
 雷の網から必死に逃れようとするアッシュだが、しかし動く度に周囲から更なる雷が発せられ、動きを封じる。
「無駄だぜ。いくらお前でもそいつからは抜け出せない」
 この檻の力を身をもって知っているシンが呆れたように言う。
 ライトニング・プリズン。管理局に入り、執務官として犯罪者を捕縛するために義兄や友人らとの訓練、長い勉強の時間の末にフェイトが編み出した最大級の捕縛魔法だ。リミッターがかけられている現状では発動にも時間がかかり発生範囲も薄いが、拘束力だけは変わらない。
 この魔法を使用した機会は少ないが、封鎖結界と捕縛の二重効果を併せ持つこの魔法を破った魔導士は未だにいない。数週間前、シンとの訓練で使用したが彼も今のアッシュ同様の姿を見せた。
 仮に破るとしたらこの雷の檻を跡形も無く消し飛ばすほどの魔力を発動させるしかないのだが、そんな隙をフェイトが与えるはずもない。
「このゴミクズどもがぁっ!」
 もがきながら口汚く罵るアッシュへフェイトは静かに告げる。
「アッシュ・グレイ。施設破壊、及び管理局員への暴行の罪状にて、あなたを逮捕します」
 だめ押しで彼の四肢にリングバインドを形成。もがくこともできなくなったアッシュはがくりと頭を垂れる。

 

「デバイスの起動を解除してください」
 アッシュは反応しない。再び宣告しようとしたその時だ、アッシュは小さく身を震わせ始める。
「これで勝ったつもりか」
「? お前何を言って――」
 自分と同じように怪訝な表情をシンが浮かべたその時だ。総身に肌に突き刺さるような大きな魔力反応が感じられる。
「周りを見な」
 俯いた状態でアッシュが言う。思わずその言葉につられて周囲を見るや、第二研究所の周辺に赤黒い三角の巨大な魔法陣が浮かび上がっており、光が放たれる。
 その光を浴びた途端、アッシュを縛っていた無数の雷が、囲っていた黄金の檻が、音もなく四散してしまう。
「な…!?」
 だが驚きはまだ続く。フェイトとシン、騎士甲冑とバリアジャケットが強制的に解除され、さらに飛行魔法を発動しているはずが糸の切れた凧のように地表へ向けて落下してしまう。
「どうなってるんだ!?」
「わからないよっ。でもこのままじゃ……!」
 フェイトは飛行魔法の再発動、バリアジャケットの再構築を試みるが何故か上手くいかない。シンも同様で地表が近づくにつれ、その表情が険しくなる。
――このまま落ちれば……!
 一瞬脳裏に過ぎる死。フェイトは何度も何度もバリアジャケットと飛行魔法の発動を試みて、地表が肉眼で確認できる距離になったところでようやく発動することに成功する。
「……っ、ギリギリだったな」
 同じように飛行魔法を発動させられたシンも横に降り立つ。しかし彼は騎士甲冑まで精製できなかったようだ。陸士の制服姿のまま、地表に降り立ったアッシュを睨む。
「……フン、アズラエルの奴の試しがこうも上手くいくとはな。メンデルの書、オレたちコーディネーターにとってはやっかいな代物だというのは嘘ではないようだ」
「……アズラエル!?」
 アッシュが呟いた何者かの名前にシンの瞳が大きく見開かれる。
「おい、アッシュ・グレイ! アズラエルってのは、あのアズラエルか!」
 前に一歩踏み出し、シンはアッシュへ向けて言葉を放つ。
「答えろ! ムルタ・アズラエルなのか! そうなんだな!?」
「どのアズラエルだろうとどうでもいいだろう? それよりもお前、今の状況がわかっているのか?」
「なんだとっ!?」
「騎士甲冑が精製できないのだろう? その様子では魔法も満足に使えないはずだ」
 言われ、シンははっとなり、”インパルス”を握りしめる。だがやはり騎士甲冑は精製されず、彼の体内にある魔力も集まっては霧散を繰り返すばかりだ。
 そしてフェイトも、シンほどではないものの魔力の結合が酷く悪い状態にある。
「一体何をしたの……!?」
 アッシュは答えず、鼻を鳴らし、こちらを見据える。
「ふん、まぁいい。目的の物はすでに手に入れた。貴様達の相手も飽きたし、さっさと終わらせるか」
 青紫の魔法陣が展開し、放たれる弾丸。避けるシンとフェイトだが、追尾性があるのか弾丸はしつこく追ってくる。
 謎の魔法の効果か、魔力のみならずフェイトの能力も低下しているようだ。それでも持ち前の反射神経で弾丸をかわし、”バルディッシュ”で打ち砕く。

 だがシンの方はそうはいかないようだ。追い詰められた表情で、必死に向かってくる弾丸をかわすばかりだ。
「シンっ!」
 助けに向かうフェイト。だが眼前にアッシュが姿を見せ、
「死ね」
 魔力刃を装着した右腕を薙ぐ。狙う場所も、軌道は見えている。いつもならかわせるそれはフェイトのバリアジャケットを切り裂き、血飛沫が舞う。
「ぐ、あっ……」
 蹌踉めくフェイト。さらにアッシュは左腕を振るう。
――駄目だ、かわせない
 青紫の光刃が視界に入りフェイトは死を覚悟する。しかし突如、アッシュの背中が爆発。
 その先を見ればシンの右手に真紅の魔法陣が浮かんでいる。どうやら周囲に発生した魔法は強力であるものの、完全に力を封じることはできていないようだ。
 右手の魔法陣を消すと彼は再び追尾している弾丸への回避行動を取り始める。フェイトは体勢を崩したアッシュの横を通り、シンへ助けに向かおうとする。
「お前の相手は、後だ」
 だが真横に出現したアッシュがフェイトの腹部を殴りつけ、後頭部を蹴り、続く動きで回し蹴りで吹き飛ばす。
「……っ」
 華麗で強烈な三連撃を浴びたフェイトは受け身すら取れず、地面に叩きつけられた。

 
 

「……セブン、この惨状を見て、あなたはどう思いますか」
 目の前に浮かび魔力を放っている書籍――メンデルの書の模範を見つつ、イレブン・ソキウスは右にいるセブン・ソキウスに訊ねる。
「酷い光景です、悲しい光景です。多くのナチュラルが苦しんでいる」
 淡々とした声でセブンは言う。しかしその声には紛れもなく深い悲しみが込められている。
 他の人間には決して感じ取れない、自分達ソキウスしかわからない悲しみが。
「やはりそう思いますか。――ではセブン」
「ええ。ボク達は、自身の手でボク達の存在する意味を否定、いやそんな優しいものではない」
 周囲を見渡し、セブンは言う。
「ボク達は、ボク達の尊厳を自らの手で踏みにじり、汚している」
 目の目に広がる光景からはソキウス達が望んでいる”ナチュラルの幸せ”は微塵も見当たらない。
 むしろ自分達の手でそれを壊している。
 アズラエルに引き連れられ、アズラエルの――ナチュラルの幸せのために働いてきた二人だったが、時間が経つにつれて、戦場で倒れ伏す者達――ナチュラルを見る度に、己が行動に疑問を抱くようになっていた。自分達のやっていることは、本当にナチュラルのためになっているのか、と。
 その疑問を抱きつつも二人がアズラエルの命令に忠実に従っていたのはアズラエルがナチュラルだからだ。だが長い葛藤の末に、アズラエルの言うナチュラルと、自分達ソキウスが言うナチュラルは意味が違うのではないかと思い、さらに彼らは議論を続け、双方の意味は違うという結論に、今この時に達した。

 

「ボク達はナチュラルの幸せのために働く」
 ソキウスはナチュラルのために存在し、ナチュラルの幸せのために生きる。だがそれはある特定の人物を差すのではなく、ナチュラル全てを差すと言うことだ。コーディネーターであろうと、ナチュラルを守ろうと行動している者達をソキウスは守らなくてはいけない。
 そして同時に、ナチュラルに害を為すナチュラルの存在を、ソキウスは許すわけにはいかない。
「我々ではアズラエルを………倒、す、ことは」
「ああ……無理だろう。彼は、ナチュラル。僕らでは、どうしようもない」
 その結論に達した二人はそれを達成するにはどうするべきかを考え、すぐに答えに辿り着く。
 そして彼らに接触するにはどうすればいいのかも、すぐに導き出す。
 イレブン・ソキウスは目の前に浮かぶ魔導書を破壊すると、空に向けて魔力弾を放つ。放たれた魔力弾は花火のように空に散る。
 すると第二研究所へ移動していた巨大な魔力の持ち主がやってくる。
「大人しくしてください。管理局です」
「局員暴行、市街地でも危険魔法の無断使用、その他諸々の罪状であなた達を逮捕します。武装の解除を」
 降り立った二人。黒の翼を生やし、黒を基調とした騎士甲冑を纏う女性とそれに付きそう正反対の色彩の服装の掌サイズの女の子が言う。
 二人はそれに従った。

 
 

「フェイトっ!」
 アッシュに吹き飛ばされた友の姿を見て、シンは青くなる。
 こうなったら多少のダメージを覚悟してでも、フェイトの助けに向かうか――そう考えたとき、目の前に憤怒の形相のアッシュの姿があった。
「この、クソガキがぁぁ!」
 放たれる拳。避ける、と考えもせずシンは反射的に動いてかわす。空をきった拳は巨大な魔力弾を放ち、建物の壁を吹き飛ばす。
――今の状態で、あんな物を食らったら……!
 地面を蹴って、アッシュから距離を置きシンは魔力の結合と騎士甲冑の精製を試みる。
――だがやはり成功しない。
 魔法の発動にまで魔力を結合させられるのは数回に一度、だがそれさえも大した威力にはならない。
 何とかしなければと思うが、どうすればいいのか全くわからない。念話は通じず、クローン魔導士と交戦しているはずの三人のうち、先程と変わらぬ姿でいるのはなのはだけだ。
 シグナムとヴィータは何故か姿が見えず、なのは一人であの三人の相手にしている状態だ。こちらを加勢できるとは思えない。
――どうすればいい? どうすれば――!
 絶望的な状況にシンは歯噛みする。アッシュはこちらに血走った目を向け、
「ころぉす!」
 眼前から姿を消す。シンは突如足下に現れた何かの影を見て、それが何かを確認する前にそこから離れる。
 次の瞬間、シンのいた場所にアッシュの姿があった。すぐさま体勢を立て直すシンだが、またしてもアッシュの姿が消えてしまう。

 

――消えてるわけじゃない! あいつの移動速度に俺の視覚がついていかないだけだ……!
 アッシュの驚異的な移動速度にシンは青ざめる。だがかなり頭に血が上っているのか、アッシュは目をつぶっていても感じられるほどの殺気をまき散らしながら攻撃を仕掛けてくる。それが今のシンには助けとなる。雑で大振りな攻撃をシンは全力で回避に徹する。
「おあああああっ!」
 だがそれもいつまでも持つものではない。左腕の振り下ろしをかわしきれず、右頬が薄く切り裂かれる。右足の切り上げが右腕の制服を食い破る。
 留まることを知らないかのようなアッシュの猛攻に、シンの姿はボロボロだ。かわしきれなかった証拠が各部に赤く点在し、肩を大きく動かして息をしている。
――くそ、ようやく視覚が追いついてきたってのに……
 感覚に頼らずともアッシュの動きが見えてきたシンだったが、それと同時に体力が限界に近づいてきているのも自覚していた。このままではいつかクリーンヒットを受けてしまう――
「ちょこまかちょこまかしやがって…! 潰す!!」
 腰を低くし、体から魔力を吹き出す。タックルのような姿勢となる。
「……!」
 いつまでも仕留められないことで苛立ちが頂点に達したのか、アッシュは魔法を使うつもりのようだ。
 ここまでか、とシンは唇を噛む。だがその時、周囲を覆っていた赤黒の結界が消えていく。それと同時に体内の魔力が正常な働きをし始めるのを感じる。
「なにぃ…!?」
 異変に気付き、アッシュが顔を上げる。その間、シンは”インパルス”を握りしめ騎士甲冑を精製する。
 結界がなくなったのだから、当然上手くいく魔力結合。”ブラストモード”にチェンジし、ジャベリンをアッシュに向け、カートリッジを鳴らす。
「食らえっ!」
 放たれる真紅の砲撃。アッシュは直撃するギリギリのところで跳躍してかわすが、シンはすぐさま”フォースモード”へチェンジ。
「後ろだとっ!?」
 アッシュの背後に回り込み”ヴァジュラサーベル”を横一文字に振るう。
 渾身の一撃のはずだが、アッシュが振り上げた片腕にあっけなく弾かれてしまう。追撃を仕掛けようとするシンだが、足がたたらを踏み、仕掛けられない。
「…!?」
 どういう事かと思い、その理由にすぐに気付く。結界が消えたことにより魔力こそ戻ったものの、アッシュの猛攻によるダメージと休まず動き続けた事による極度の疲労により、肉体的に限界が近いと。
「魔力が戻っても、その有様じゃあな!」
 歯を剥き出しにした笑みを浮かべ、真っ向からアッシュが向かってくる。放たれる猛撃にシンはかわす体力もなく、防御魔法で防ぐことしかできない。
「うっ……ぐ………っ」
「はははははははははははっ! どうした、どうした、どうしたぁぁ!」
 休む間もなく繰り出される攻撃にとうとう防御魔法は打ち砕かれ、アッシュが放つ砲撃付きの拳をまともに受け止め、背後の壁に激突してしまう。
「がっ……! ……ぁぅ……」
 吐血し、力無くシンは地面に転がってしまう。すぐさま立ち上がろうとするも激痛と疲労が体を動かすことを許さない。

 

 ようやく顔を上げると、眼前に映ったのは先程と同じ腰を低くした状態で魔法を発動させようとしているアッシュの姿だ。
「くだばれ!」
 叫びと同時、突進してくるアッシュ。死の間際だからか、そのスピードがやけにゆっくりと見える。
――今度こそ、終わり、か
 そう思ったその時だ。何か妙なものがシンの視界の前に立ち塞がった。

 
 

「まだ第二研究所の様子はわからないのか!? 航空魔導士隊からの連絡は! 現場は一体どうなっている!?」
 入り口に待機している管理局員へアスランは怒鳴りつける。
 彼のいる部屋、地上本部の会議室には管理局の高官達と、その警護に当たる局員、そして自身の副官であるルナマリアの姿がある。
 ミッドや他次元世界の地上の平和を維持するための会議に参加しているときだった。第二研究室が例の強奪犯に襲撃を受けたという情報を耳にしたのは。
 聞いた途端、アスランは現場に向かおうとしたのだが部屋にいた局員と高官、そしてルナマリアにも止められた。
 現場に出てアスランに何かあったら大変なことになる、と言うのが彼らの言い分だ。
 その理屈がわからないでもないアスランはしぶしぶ部屋に待機。そして数分前に地上本部の航空魔導士隊が第二研究所へ向けて出撃したと聞いたのだが――
「ザラ中将。落ち着いてください。機動六課も動いているとのことですし、すぐに情報は入ってきますよ」
 こちらを宥めるようにルナマリアが言うが、アスランは落ち着くことはない。音を立てて椅子に腰を下ろし、机を指で叩く。
 どうにも嫌な予感がしてならない。この嫌な予感には覚えがある。
 前大戦中、シンとキラとの戦いの時に抱いた予感だ。堕ちるはずのない、堕とされるわけがないと思っていた親友が堕とされた――ありえないことが起こる直前に感じていた予感と。
 首に下げてある赤紫の剣型デバイス”ジャスティス”を握りしめる。いざとなったら周囲の制止を振り切ってでも飛び出すつもりだ。
「……なんだって、全滅だと!?」
 突如耳朶を打つ驚愕の叫び。部屋の入り口にいる局員が驚きの表情でどこかと念話しているようだ。
 内容が一刻も早く知りたくなり、アスランはそれを盗聴。念話が終わると同時に席を立ち、入り口へ向かう。
「ザラ中将、どこへ…!?」
「第二研究所だ」
「いけません! 第二研究所は……」
「航空魔導士隊は全滅したそうだな。襲撃者は六課の魔導士達が食い止めていると」
 立ち塞がる局員の顔色が変わる。しかしそれでも彼らは目の前からどきはしない。
「俺は行く。邪魔をするなら、力ずくでどいてもらう」
 その言葉に周囲がざわめく。背後からルナマリアの非難じみた声が聞こえるがかまわない。

 

 後のことも、現状も考えず、アスランは敢然と言い放つ。
「もう一度だけ言わせてもらう。――俺は行く。邪魔をするなら、力ずくでどかせてもらう」
 こちらの殺気を感じ取ったのか、立ち塞がっていた局員達はよろよろと出口を開放。一歩踏み出し、扉が開くと同時にアスランは走り出す。
「行くぞ、”ジャスティス”!」 
『OK マイ・マスター!』
 地上本部から飛び出すと同時、アスランを赤紫の光が包む。数秒後、そこには一人の騎士が立っていた。
 全身を赤紫の甲冑に包み、左腕には盾、両腰には連結可能と思わせるサーベルに両肩にはブーメランのグリップ。他にも多用な武装が全身を包んでおり、もっとも特徴的な部分は背部に装着されている飛行ユニットだ。
 これぞCE最強の魔導士の一人、アスラン・ザラの騎士甲冑だ。
『ファトゥム・ブースト』
 背部のユニットが爆発的な魔力光を発し、アスランはミッドの空を飛翔する。
 第二研究所はすぐに見えてきた。そしてその周辺でクローン魔導士やアッシュと戦う六課の魔導士とシンの姿も。
 押されているシン達の方へ助けに入ろうかと思ったが、直後雷で形成された円柱にアッシュが捕らえられる。
 一方のクローン魔導士達も、六課の魔導士達が押している。リミッターがかけられているとは思えないほどの、見事な戦いぶりだ。
――どうやら、杞憂だったか
 抱いていた不安が眼前の光景を見て、静かに霧散する。撃墜された航空魔導士達の方へ向かおうと、アスランが身を翻したその時だった。
「!?」
 突如周辺の大地に赤黒い魔法陣が出現、光を放つ。
 するとどうしたことか、何故かバリアジャケットが自動で解除されてしまう。地表へ落下する中アスランは幾度と飛行魔法、騎士甲冑の精製を試みるが飛行魔法、それも浮くだけの初歩中の初歩しか行使できなかった。
「なんなんだ、この光は……!?」
 降り立ったアスランは改めて騎士甲冑や飛行魔法の使用を試みるが、やはり上手くいかない。体も非常に重く、魔力の結合が上手くいないのだ。
 突如襲いかかった謎の状態異常にアスランは困惑し、はっとなって叫ぶ。
「シンや六課の皆は、大丈夫なのか!?」
 再び胸中に沸き起こる、真綿で喉を締め付けるようなやるせない思い。自身の状態置きにせず、彼は壊された街を疾走する。
 時々聞こえてくる爆発音を目指し進んでいると、突如体は軽くなり、魔力もいつもと変わらぬように使えるようになる。気が付けば赤黒の光も消えている。
「……なんだったんだ?」
 騎士甲冑を再構成し、周囲を探るが特に何も感じられない。訳がわからず首を傾げたその時だ、一際大きな音がしてそこへ駆けつけると、一つの光景が眼に叩きつけられる。
「シン…!」
 地面に倒れ伏し、今まさにアッシュ・グレイに止めを刺されようとしているシンの姿が。
「――やめろおぉぉっ!」
 アスランは走った。ただ彼を救うため、後先も、自身の状態も、危険も、何もかも考えずに。
 そしてシンの前に立ち塞がり――突き出される二つの刃をその身に受けた。

 
 

 何が起こったのか、シンにはわからなかった。
 気が付けば目の前にアスランがおり、アッシュの突進を受け止めている。
「貴様……アスラン・ザラ!」
 赤紫の騎士甲冑血から見えるのは血を滴らせている青紫の魔力刃。
「アスラン……」
 かすれた声でシンが名を呼ぶと、ゆっくりとアスランは振り向き、
「シン……無事、か」
 消え入るような声で声をかけてきて微笑する。
――なんだ、これは
「よくも、余計な邪魔を!!」
 魔力刃を引き抜くアッシュ。身を折り、崩れ落ちるアスランへその刃を振り下ろす――
「…っ、あぁあああぁぁぁあ!!」
 その光景を目にした途端、訳もわからずシンは叫びを上げ立ち上がり、”フラッシュエッジ”を投擲。アッシュの振り下ろした魔力刃を砕く。
 さらに”ソードモード”へ瞬時に変更し、”エクスカリバー”で斬りかかる。
「な…っ!」
「うおああぁぁぁぁああ!!」
 胸中で燃焼する激情のまま、シンは大剣を振るう。斬撃を避けたアッシュからの反撃が先程に比べて別人のように鈍く感じられる。シンはあっさり回避して”エクスカリバー”を振るい、大剣の刃を正確に急所へ打ちつける。
「ちぃっ」
 シンの豹変にアッシュは不利と見たのか、空に舞い上がる。逃げようとするアッシュを見て、シンも追いかけようとするが、
「シンっ!」
 アスランではない、何者かに呼ばれ、動きが止まる。振り向けばいつの間に来たのか、騎士甲冑を纏ったはやての姿がある。
「アスランさん!? シン、これは……」 
 はやてがアスランの名前を呼んで、シンは彼の状態に気が付く。
 地に伏したアスランは動かず、魔力刃の刺さっていた部位からはおびただしい量の血が流れでている。
 血相を変えたはやてが側により、回復魔法をかけ始める。
「アスラン…」
 ”エクスカリバー”を取り落とし、シンは立ち尽くす。
 動かない彼を支配しているのは問い。疑問。
「……なんで」
――どうしてこうなっているのだろう。何故アスランが倒れているのだ。
 どうして、どうして。……どう、して?
「……なんで、いつも、あんたは……」
――どうして俺を……俺を庇ったりなんか、したんだ!? 
 敵である俺を! どうして!
「あんたはっ…、あんたは一体、なにしてるんだよ……!!」
 慟哭を帯びた悲痛な声を上げ、シンは拳を地面に叩きつけた。
 胸中に吹き荒れる激情に突き動かされるように、何度も、何度も。