SCA-Seed_SeedD AfterR◆ライオン 氏_第01話外伝

Last-modified: 2009-02-04 (水) 20:21:40

その少年は、ヒーローにあこがれていた。

 

休日の朝に見ていたアニメーション番組に出てくる変形合体するロボットに乗って戦って
滅亡寸前の地球を救い、最後は愛した女性と結ばれる戦士が大好きだった。
普通、8歳ともなるとそれは子供だましの夢物語で、単純な童話だと思い始める。
けれど少年にとっては、それは絶対的なものだった。
現実にそのような英雄がいたのだと信じていた。
大好きな母がプラントを守る大きな戦艦の艦長をしていると聞いたとき少年は、
やっぱり自分はヒーローになれるのだと確信さえした。
そのために少年は勉強に励み、テストでいい点をとって母や父に褒められることは何よりも勝る幸福。
自分はプラント、ひいては地球圏を守る運命にあるのだと、無邪気にはしゃいでいた。

 

――子供だった。
――愚かだった。
この少年は、まさに渦巻き始めた運命の真っただ中にいたというのに。

 
 
 

~ライオン少女は星を目指す~

第1話外伝「選ばれた未来の果てに」

 
 
 

CE73年。メサイア攻防戦より数日後のこと。

 

それを聞いた時、戦場で戦う母に見せようと持って帰ってきた満点のテストが少年の手から離れ、宙を舞った。

 

その答案を一番見せたかった母が、『センシ』したと目の前の男が口にしたからだ。
『センシ』というのがどういう意味か少年にはまだわからなかったが、
それは母がもう二度と帰ってこないんだということは知っていた。

 

「申し訳ありません。すべては自分たちの無力さゆえです。お子様に関しては……」
「――――こんな子は私の子ではない! きっとあの売女とデュランダルの奴の間にできた子なんだ!」
「な、何をおっしゃるんですか!? 落ちついてくださいお父さん。
遺伝子的にはお宅の息子さんは艦ちょ……いえ、奥さまとの間に、と確かに――」
「違う! だったら何故タリアはあの男とともに死んだのだ……! 
 私がタリアとあの男の関係に気付いてないとでも思ったか! 
 どうしてこの息子が私と違い優秀なのかわかったぞ!」

焦燥を募らせた父が、そう吐き捨てた。目じりには涙を浮かべ、崩れ落ちる。
優しかった父が、少年の前で怒りにまかせて拳を壁に叩きつけた。
母の同僚の軍人が止めにかからなければ、いつも頭をなでてくれていたその手で
暴力をふるわれていたことだろう。
その様子に少年はただ下を向いてうつむき続けることしかできなかった。

 

しかし、父にとってはその態度が気に入らなかったらしい。
やり場のない怒りが出た凄惨な形相で、父はいつも勉強を教えてくれていた少年の部屋に押し掛け
机に置いてあった本を破り捨てた。
何度も読み返したせいで手垢で表紙もページも汚れきっていたその本は、小さいころに母に買ってもらった物。
挿絵の人物は物語の英雄と王女。英雄の騎士が地位も名誉も愛する女性を手に入れた大団円。

「何がCEの聖剣伝説だ、何が平和の歌姫だ! 
 あの偽善者たちがいったい前大戦よりプラントに何をしてくれたというのだ!
 こんなものを読んでいては馬鹿になる。お前もあの者たちと同じなのかギュスターヴ!? 
 お前に必要なものはこれだけで充分だ!」
そう言って父が少年に投げつけたのは、冷たくて硬くて重い、戦争の方法が記されたぶ厚い本だけ。

 

この時、少年の幼い夢は打ち砕かれた。

 
 

==========

 
 

「離せ! 私はテロなどたくらんではいない! それはお前たちの方だろう!」
その次の日、父が少年の前で違う白い軍服を着た人に連れて行かれた。
逆に少年は黒いスーツの男たちに脇を固められたまま案内され、長い間車に揺らされ、
ついた先にあったのは白くて大きな屋敷だった。
巨大な門扉にあった大理石の小さな表札には『クライン』と刻まれている。

 

その屋敷の一室で、少年は一人の青年と面会を行っていた。

 

「僕はキラ・ヤマト。君は?」

 

そう問われて少年は答えた。

 

「ギュスターヴ・グラディス」と。

 

母がつけてくれた、自慢の名前だ。

 

それを聞いて屋敷の主である桃色の髪の女性、ラクス・クラインが感嘆の声を上げた。
その仕草はまるで、新しい人形を買ってもらった少女のような、そんな声。

 

「私たちはあなたのお母様にあなたの事を頼まれたのです。
 本当は遺言に従ってラミアス艦長に託すべきだったのですが、あの方は今ご結婚なされたばかりですし、
 わたくしとキラが預かることになりましたの。
 わたくしたちのことは今日からお母様、お父様と呼んでもかまいませんわ」

 

そう能面のような笑みで言い切った二人に対し、少年はいたって無表情で言った。
「ちがうよ。ママはお星さまになったってアーサーおじさんがいってたよ。
 それに、パパが昨日からずっとないてるんだ。
 ぜんぶボクがわるいんだから、早くおうちにかえってパパを元気にしなくちゃいけないんだ」
その健気な姿は、見る者の目頭を熱くさせるに充分な姿であっただろう。

 

「……偉いね。こうしてお母さんの帰りを待つんだ、キミは」
目の前の青年――キラが優しい声で言った。
「キミが辛いのもわかるよ。けどね、キミのお母さんはキミの未来を僕たちに託したんだ。
だからキミは未来をつがなくちゃならない。タリア艦長の、意志を」

「お強いのですね。その小さな体で頑張ったのでしょう、ですがもう無理をしなくていいのですよ?
昨日、あなたがあなたのお父様から手ひどい仕打ちを受けたとお聞きした時、
あなたを守らなくては、と思ったのですが……。手配が間に合って本当によかったですわ」
それは悲しみも怒りもすべて包み込むように響く優しい声だった。しかし、

 

――なんでこのひとたちは、ママがいなくなっちゃったのに笑ってるの?

 

少年はこの時、心の中で完全に理解してしまった。

 

母は『死んでしまった』、いなくなってしまったのだと。

 

そして、この人たちが母を殺した張本人だということを。

 

その時、小さい体に宿った心に、二度と癒えることのない亀裂が走った。
それと同時に、少年はフラフラとその場にしゃがみこむ。
ペタンと尻もちをつき、か細い両腕で頭を抱える。
多くのショッキングな出来事の連続で、意識がもうろうとしていた。

 

「ギュスターヴ。泣いてもいいのですよ……、人は泣けるのですから」
その言葉に一瞬、ビクンと跳ねると少年はピンクの髪の女性に抱きよせられたまま、
血を吐くような絶叫を上げた。

 

「うぅ……………うわあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ――――――!!」

 

少年には、もうすべてがどうでもよくなってしまった。考えることもやめてしまった。
ここにいたくないと思った。いてもしょうがないのだと思った。

 

壊れてしまえ。
            みんな                   
                    『死んでしまえ。』

 

「あぁ……泣かないで! そうだ、ちょっと早いけど晩御飯を食べようか。
ラクスが作ったおいしいものを食べたら元気になるよ」
少年の悲痛な泣き声に対し、キラは語りかけた。

 

――いやだ、ママのしょっぱいオムレツが食べたい! 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

 

「あらあら……お洋服が涙でぐしゃぐしゃですわね。 
 明日、キラ――いえ、お父様と一緒に新しいお洋服を買いに行きましょう」
困ったような顔をしながらラクスが言った。

 

――そんなものより、ママが作ってくれたヘンテコなセーターがいい!! 
  かってにボクからママのおもいでをけさないでよ!!

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!」

 

その日、クライン家の屋敷から泣き声がやむことはなかった。

 
 

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一年後。
――CE74年。

 

「キラ・ヤマト……。ラクス・クライン……」

 

少年――ギュスターヴ・クラインは、いつの間にかクライン家の養子という立場になっていた。

 

今の『お父様』と『お母様』の間には遺伝子の関係で子供ができないから、だという。
あの後、父の行方を尋ねても『遠くの場所へ行った』としかわからなかった。
少年心にも、おそらくもうこの世にはいないのだろうと理解できた。
ギュスターヴは屋敷の中にある自室にて、誕生日に与えられた最新型のコンピュータで情報をあさっていた。
そのことでわかったことがある。あの母を殺した二人は巷では『英雄』と祭り上げられているということだ。

 

ふとギュスターヴは、机の引き出しを開けると一冊の本をとりだした。
それを手に取り、今にも取れてしまいそうな表紙を慎重に開いた。
中のページが破り取られており、それを無理やり張り合わせた痕跡が痛々しかった。
テープで雑につけられているから文字がずれてしまい、とても読めたものではない。

 

文章に添えられた挿絵に描かれている英雄とお姫様も首と胴体が横にずれてしまっている。
やさしく、ギュスターヴはその傷をなでた。己の傷跡に触れるかのように。

 

『私たちは、ただあなたに強く、賢く育ってほしいのです。
 お父様とお母様もそれを望んでいらっしゃるはずですわ』

 

ギュスターヴは、あの後急きょ開かれた歓迎パーティで言われた後、ただ頷くしかなかった。
そうすることしかできなかった。
ギュスターヴはこの時生まれたこの二人への憎しみは、忘れはしないと誓った。

 

「いいだろう。オレは、強くなってやる。
 それが望みならいい子を演じてやろう
 オレは、英雄になるんだ」

 
 

今ここに、コズミック・イラを混乱の渦に巻き込むことになる若きカリスマが産声を上げた。