SDガンダム大外伝 伝説の再臨
第一章 ~混乱のラクロア~
3.
ストライク達は村長の家に案内された。元々小さな村なだけはあって、村長宅と言えども平屋でささやかなものだ。
「お茶をどうぞ」
桃色の長髪の少女が一同に紅茶を配る。
「まず、改めて自己紹介を。私はシーゲル。この村の村長です。こちらは私の娘で、ラクスといいます」
ラクスが頭を下げる。親娘共々、ただの村長とその娘にしてはどこか似つかわしくない気品があった。
「私はラクロアの騎士、ストライクです。こちらは私が護衛しているお嬢様の……」
身分を素直に話していいのかどうか。だが、気にする事自体が無意味だった。
「ラクロアの王女、フレイ姫だろう? 流石に特徴くらいは聞き及んでいるから見れば分かる」
ブルーアストレイにすでに見破られていた。
「ここでの事は互いに他言無用でなければ納得できないだろう。だったら隠し事は無しで話してしまった方がいい」
秘密にしてもらう以上、信用を得るために素直に話すのが一番だろうと考え、ストライクはその意見を呑むことにした。
「……分かった。こちらの方はあなたの言うとおりラクロア王女フレイ姫で、そちらの少年はキラ。彼は馬車の御者をしていたが、馬車は森に入る時に乗り捨ててきました」
「ノア地方まで来たという事は、目的地はアルガス王国ですか」
「馬車を捨てたという事は、ザフト帝国の追手がかかっているのか?」
「はい。ザフトとはまだ決まっていませんが、援軍要請の使者として向かっている所を襲撃されたのです」
シーゲルとブルーアストレイの質問に丁寧に答える。
「あ、あの……もし僕達がこの村にいる間にザフト帝国の人達がやって来たらどうするつもりなんですか?」
キラがそんな事を尋ねる。返答が怖いが、確かに訊かねばならない大事なことだ。
「あなた方がいる間に来た場合は、こちらでできる限り匿わせていただきます」
ありがたい申し出だったが、何故そこまでするのか、流石に気になってフレイが口を開く。
「……私達を差し出してザフト帝国につく方が早いんじゃないの? どうしてそうしないわけ?」
「先程も申しましたが、私達は争いになる事を望みません。また、信頼を裏切った上であなた方が逃げのびた場合、この村は終わりになるでしょう」
シーゲルが深刻な表情で答える。
「たしかに、あなた方がザフト帝国に味方するならば敵となりましょうが、ザフトがこの近辺までその勢力を拡大させない限りこのような森の奥にある村をわざわざ攻撃する理由など……」
「それが、あるのです。アルガスやラクロアの一部の方々にとっては、わたくし達がジオン族であるというだけで村ごと焼き払うには十分な理由となります」
ラクスが首を横に振りながら答える。
「両国のジオン族に対しての弾圧や迫害の事は知っておりますね?」
シーゲルの言葉にうなずく。昔からそうであり、彼らは邪悪な種族と聞かされていたからその事をさほど疑問に思った事は無かった。
もっとも、ストライクはジオン族の血が流れるイージスと知り合ってからは、ジオン族ならば必ずしも邪悪というわけでは無いのではないか? と思う事もあった。彼は残り半分がユニオン族だから結論付けてはいたが、この村の人を見て、話し合って、改めて気になった。
「この弾圧は十数年前よりかなり厳しくなっているのです。一部の者は密命を受け、ジオン族を自ら探しに行って殺しまわったり、捕えて奴隷にしたりしているのです」
「わたくし達のように迫害を避け、あまり人の訪れない地で隠れ住んでいるものは多くいますが、探し出されて滅ぼされた村も多くあります」
「こちらからわざわざ人里でないような所まで探しに行って……王はそこまでの事を……?」
王都内に入りこんで来た者を逮捕する位しかしたことのないストライクにとっては初耳だった。ブリッツならば何か知っていたのかもしれない。
「天帝のようにジオン族の利権を求めて立ち上がる者が現れるのも、当然と言えば当然だな。それがこれほどの大帝国となったのは、天帝の力以上にそれだけジオン族が必死である所が大きいだろう」
ブルーアストレイの言葉で思索にふけっていた所から引き戻された。
「ですが、その天帝のやり方も性急過ぎる……いくらこれまでやられて来たからとはいえ、それをやり返すような真似など。それが私達がザフト帝国につかない理由の一つです」
「他の理由は?」
「単純に、今、この地がラクロアとアルガスに挟まれているからというのがあります。ザフト帝国の傘下に入るか、別に地に移るか、見つかっていない時は隠れ続けるか。この地まで勢力が伸びてきた時に考えても遅くはないでしょう」
仮に今ザフト帝国に見つかっても、こんな場所にある村を一々どうこうする暇はないだろう。間と言っても、両国の王都に攻撃するにはまだまだ遠い位置だから隠れ拠点にするにしても半端だ。
「そして、あなた方に味方する何よりの理由は、ユニオン族のジオン族への対応を考え直して欲しいからです」
シーゲルのその考えは、つまり――
「ジオン族をもっと平等に扱って欲しい、と。しかし、戦時中の今、その訴えが上に届くかどうか」
今までの常識をそう簡単に覆せるかどうかも問題だ。
「ですが、考えを改めて、その事をザフト帝国に約束できれば、この戦争の落とし所になるかも知れません」
そのキラの言葉に、フレイは何事か考え込む。
「……数年前、ザフト帝国が立ち上がった頃かしら? お兄様とお父様がジオン族の事で口論しているのを見た事があるわ。その時はまだまだ子供だったし、何故お兄様がジオン族の肩を持つのか分らなかったけど……」
思い出しながらポツポツと語る。
「『それが分かれば、次の王位を遠慮なくお前に譲れるんだけどな』ってお兄様は言っていたわ」
「ムゥ王子はジオン族の扱いが行き過ぎだと気付いていらっしゃったのか……」
アルダ王が死した事は、かえってジオン族への対応を改める機会なのかもしれない。もっとも、父の死を目の当たりにしたフレイを前にその事をこの場で口に出す者はいなかったが。
「……国に戻ったらお兄様と一緒に考えてみるわ。アルガスとも話し合ってみる。あっちはまだザフト帝国に攻撃にさらされてないから、柔軟に考えてくれるかも」
「…………」
シーゲルが何事かを小さな声でつぶやくが、それは誰の耳にも届かず、続くフレイの言葉の中に消えて行った。
「でも、最低でもお父様の仇は討ちたい。あの魔道士だけは……」
暗い情念の籠った、どこか危険な雰囲気を感じる声。だが、あの魔道士を放っておけないのはたしかだ。
「魔道士クルーゼ……イージス達を正気に戻すためには何とかせねばならない。天帝も、あくまでもこちらを滅ぼすつもりなら、倒さねば和平では終われない。彼が倒れた場合、後を継ぐ者はどうなるか分かりますか?」
ストライクの問いに、シーゲル父娘は首を横に振った。
「息子がラゴル地方にいてその地のジオン族を束ねていると聞いた事がある。だが、特にユニオン族にしかけたりはしていないようだ」
ブルーアストレイが代わりに答えた。
「ラゴル……随分遠くにいるんですね。戦いはしてないんですか」
「あちらではジオン族も普通に扱われているからだとも、戦力をラクロア方面に集中させているからだとも言われているが、真意は不明だ」
かつてラクロアはラゴル地方の国とも同盟を結んでいたが、今は縁が切れてしまっている。詳しく知りたければ諜報員でも送るしかないが、そんな余裕はないだろう。
「何にせよ、今まで積み重なった恨みというものもある。殺されたラクロア王の事や、天帝を倒さねばならなかった場合の奴の事も含めて、な。そう簡単にはいかないだろう」
「たしかに……話を今現在の事に戻しましょう。あなた方は私達を手助けしてくださるという事でいいのですね? 代償として私達はこの村の事を秘密にしておく、と」
「ええ。今日はもう暗いので、この村で休んで明日、発たれるとよいでしょう」
最後の確認にシーゲルはうなずいた。
「俺達サーペントテールが逗留するための小屋がある。そこでなら3人でも休めるだろう。隠し部屋として地下室もあるから、もしザフトが来た場合は隠れるといい。その間に我々が何とか話を付けよう」
「信じても良いのですね?」
「一流の傭兵は、自分達の方から契約を裏切るような真似はしない」
己の誇りをかけた言葉。ならば信用に値するだろう。
「そういえば、音に聞くほどのサーペントテールが何故、この村に? あなた一人なのですか?」
ストライクは気になっていた事を尋ねた。
「我々はこの村と契約を結んでいる。連絡が届くか、周辺で大事が起きた時にすぐに駆け付けられる体制を用意してな。今回はラクロアの危機の噂を聞いて、念のためにと俺一人でやって来た」
その予測は、こうしてストライク達がやって来た事で的中したわけだ。
「何故、そのような大掛かりな契約を? 失礼を言いますが、このような小さな村にそこまでする理由が分かりません。採算も合わないでしょうし」
キラも尋ねる。
「契約を結んでいるのは、以前からの縁があるからであって……」
「縁?」
「それは……ええっと、その……」
ブルーアストレイのポーカーフェイスが崩れる。問うようにシーゲルとラクスの方へ視線を向けると、二人はうなずいた。
「隠し事は無し、ですから。村の事を秘密にしていただくのなら構わないでしょう」
「うっ! それは俺が最初に言ったんだっけ……。じゃあ、お二人からは話しづらいでしょうから、俺から話させてもらうって事でいいですか?」
二人は再度うなずく。ブルーアストレイを咳払いを一つすると、表情を元に戻した。
「アルガス王国領ムンゾ公国。フレイ姫なら少しは話を聞いた事があるのでは?」
話を向けられ、フレイをやや上を見やりながら思い出す。
「たしかに、ある程度は知ってるけど。直接会った事はないけど、現領主はアズラエル公だったわね」
「アズラエル公がその座についたのは数年前。その前は?」
「たしか……あっ!」
フレイは慌ててシーゲルの方に視線を向けた。
「そう、村長こそが前ムンゾ公国の領主、シーゲル公だ」
ブルーアストレイがうなずきながら答えを話す。シーゲルとラクスはそっと目を伏せた。
「アルガスの大貴族だった人物が何故、アルガスを追われジオン族の村の長に?」
当然の疑問。その答えはシンプルなものだった。
「シーゲル公は元々、ジオン族にも分け隔てなく優しく接されていた。だが、それを快く思っていなかったのがアルガス国内でジオン族への対処を任されていたアズラエルだ。
ザフト帝国建国を奴は一つの好機と考え、かつてのムンゾ帝国がジオン族に取り入ろうとしたように、シーゲル公がザフトに取り入りアルガスに仇なすという話をでっち上げたんだ」
「それまでのジオン族との接し方もあったため、私はムンゾ公の地位を追われることとなった……」
「ザフト帝国に行かず国内に残っていたジオン族の方々を引き連れて、わたくし達は脱出し、ここに村を作ったのです」
ブルーアストレイの言葉を継いで、ラクスとシーゲルはそう語る。
「サーペントテールは彼がムンゾ公だった頃から色々と世話になった縁があるというわけだ」
「それほどの事情が……この村は以前からの隠れ里だったわけでは無いのですか」
「ええ、まあ。そこの所もすぐにザフト帝国の元に行かなかった理由の一つですね」
シーゲルは苦笑する。隠すつもりはなかったのだろうが、できれば話したくなかった事なのだろう。
「それにしても、気になるのはムンゾを継いだアズラエル公ね。アルガスのジオン族弾圧を指揮してる奴なんでしょ?」
「ユニオン族のジオン族への対処をアルガスと話し合う場合、最大の問題となるでしょう。彼はかなりの強硬派で、ジオン族に容赦がない」
シーゲルの返事にフレイは思案するが、すぐにやめ、かぶりを振った。
「これも今考えても仕方ないことね。今夜はもう休むことにしましょう」
「分かった。では、我々の小屋へ案内しよう」
話すべき事は話した。ブルーアストレイに促され、3人は席をたった。
◇ ◇ ◇
「こんな所にジオン族の村があるなんてな。どうするよ?」
森の中から村を見ながら、バスターはデュエルに尋ねた。
逃げたストライク達を探す中で、部下になった兵士ジンからの報告を受けて見に来たのだ。
「敵地と言えるような村にストライク達がいるとは思えん。捨て置け!」
デュエルがそう吐き捨てるが、バスターはこの村に少し興味を持った。
「一応、あいつらを見かけてないかどうかは聞きに行くのは悪くないんじゃないか? それに今日はもうそろそろ野営しないといけない頃だし、村に泊めてもらってもいいだろ」
「チッ……仕方ない。行ってみるか」
暗闇の中の森で相手を探すのは難しい。今日はもう夜目の利くモンスターに任せるしかないだろう。
ふと、バスターは悪戯を思いついた。
「紋章とかまだそのままにしてるし、せっかくだから最初は俺達二人だけでラクロアの騎士のフリをして脅かしてやるか?」
「つまらんことを思いつきやがって……だが、こそこそと隠れている腰抜け共には良い薬かもしれんな」
フンと鼻を鳴らすと、ニヤニヤ笑いながら村へ入るバスターの後に続いた。
彼らは予想もしていなかった。
このちょっとした思いつきが、ストライクやシーゲル達の思惑を完全に外す事になるなどと。
「夜分遅くに失礼しますよ、っと」
一番手近にあった家に押し入るように入り込む。その方がユニオン族の突然の襲撃、という風に見えるからだ。
「う、うわっ! な、なんですか!?」
案の定、家にいたジオン族の家族が驚いて玄関へ出てきた。
そして、次の家主の言葉に、今度はデュエル達が驚くことになった。
「おや? またユニオン族ですか? ひょっとして、先に来た人達のお仲間ですか?」
あっさりとそんな事を言われて、デュエルは慌てた。
「な、何ィッ!? ストライク達がここに来たのか!?」
「ええ、確かそんなお名前でしたね。この先の小屋に泊っております。ご案内しましょうか?」
「泊ってる!? 何でジオン族の村に?」
「そ、そりゃあ、こっちとしてはユニオンの方と事を構えたくないもので。話し合って……」
――どこまでも腰抜け共の集まりというわけか――
村人の言葉を聞いて、デュエルは胸の内で毒づく。
「じゃあ、そこに案内してくれよ」
バスターはデュエルの険呑な雰囲気に気付き、余計な事を言われる前に村人を促した。
「案内するも何も、あちらに見えてる左から二つ目の小屋です」
あまり大きくもない村なので、玄関を出たすぐの所からその場所が確認できた。
「サンキュー。じゃ、行こうぜ、デュエル」
「ああ……」
ジオン族として見ても生かしておく価値を感じられない村だ。ストライクを倒した後に焼き払ってやろう、等とデュエルは考えていた。
ストライク達の誤算。それは、自分達を追っているものが一目でジオン族と分からない者であったことだ。
敵からは匿まう約束になっているが、味方だと思われる者から匿う理由などあるはずがない。
◇ ◇ ◇
小屋の中でストライク、キラ、ブスーアストレイは3人は寝る準備を進めていた。
隠し通路から繋がる地下室はフレイが使う事になった。
「……ジオン族の事なんて、今までよく考えた事ありませんでした。ザフト帝国ができてから敵になったって位で」
キラがポツリとつぶやいた。
「それは私もそうだ。混血であるイージスの事で少し知ってはいたが、彼がそこまで冷遇されるほどの理由なのかどうかとまでは考えていなかった」
「混血か。親によっては生まれてすぐか、生まれる前に殺されていても不思議では無いな。そいつの待遇はどんなものだった?」
ブルーアストレイが話に入って来た。
「一応、騎士としてとり立てられていました。ただ、勲功をいくら上げても評価される事はなかったですね」
「騎士にしてもらえているだけでも十分厚遇だと考えられるな」
「とり立てたのはムウ王子でしたので。流石に、王子にできる事はそこまででしたが……」
と、そこまで話した所で、小屋の外に現れた気配に気付いた。
ブルーアストレイが窓から外を覗いたかと思うと、すぐに外へと飛び出す。
同じ窓からを外を見ると、火矢をつがえていた兵士のジンにブルーアストレイが疾風の如く駆け寄っている所が見えた。
ストライクも慌てて外へ出る。その間にブルーアストレイはナイフを閃かせ、ジン本人か、つがえる弓を片端から切り裂いていった。
「クッ、私達がここにいる事はすでに把握されていたのか!?」
『炎帝の剣』から炎を放ち、ブルーアストレイから離れた位置にいる敵兵に一人に燃やす。
森と家に囲まれた場所であるため、大きく薙ぎ払うわけにはいかない。
「後ろ、危ない!」
キラの声で背後の気配に気づき、振り下ろされた相手の武器を盾で受け止める。
「おっと、惜しいねぇ」
斧の一撃を防がれた相手は、後方にいる仲間の方へと離れる。
「フン。不意討ちなんぞに頼ろうとするからだ。こいつは俺が、正面から倒す!」
もう一人の方が息巻いて前に出てくる。
「デュエル! バスター! お前達が来たのか!」
今は敵となったかつての同僚に声をかける。
「そうだ! この俺が貴様より優れている事を直に証明してやるためにな!」
できれば戦いたくない相手だったが、こうなっては仕方ない。
「やるしか……ないのか……!」
「手を出すなよ、バスター! 行くぞ、ストライクッ!!」
デュエルが手にしたハンマーを振り上げ、ストライクへと突撃した。
<続く>