XXXスレ360 氏_SEED DESTINY AFTER 銀色の腕の少女、紅い目の少女編_第二部プロローグ

Last-modified: 2009-09-12 (土) 01:55:00
 

わたしは わたしがなにものなのか わからなかった

 

わたしは なにものでもない まがいものだった

 

わたしに『私』をくれた あのひとのために
わたしは なにができるのだろうか

 
 
 

暗黒の世界、星の輝きだけが映える宇宙空間。
その静寂を切り裂くように、スラスター光が線を絡み合わせる。
まるで互いに尾を食いちぎらんとする一対の蛇のように。

 

「クソッ、捕捉出来ない!」
「何てザマだ!連合のモビルスーツごときに!」

 

二機の《ブレイズザク》が、一条の光を追いかけ、追いすがろうとする。
ブレイズウィザードの高推力に任せて距離を詰めようとするが、
相手は細かく軌道を変えて相対距離を詰めさせてくれない。
今も、高速ですれ違ってしまう。
一寸見えたバイザー型のゴーグルの奥に、侮蔑の視線が込められているようにも感じられた。
全身を朱に染められたダガータイプ一機に、戦闘宙域が支配されているかのようだった。
「ザフトレッドの我々が、こうも簡単に…!」
「ええい、包囲してなぶり殺しにしろ!」
リーダー役らしい男…まだ少年と呼ぶに相応しいパイロットの指示により、合わせて5機のザクタイプが

二手に分かれ大きく展開して、ダガータイプを包囲しようとする。

 

「間抜け…っ!」
小隕石に身を潜めていた、白と青主体のペイントが施された《ダガーⅡ》に乗る
クィン・ケルビムはトリガーを引く。
両手に携えられた大型ライフルから高速弾が発射される、
その一撃は《ブレイズザク》の胸部中央にクリーンヒットし、その衝撃のためか犠牲者は沈黙する。
『狙撃手がいるぞ!各機散開!』
『いや!包囲を続けるんだ!』
『違う、スナイパーを潰すのが優先だろう!リーダーは俺だ!』
たった一発の狙撃で、ザクの編隊は統制を失う。
連携を得られぬまま身勝手に行動する敵など、敵と呼ぶのも『まともな』敵に失礼だ。
クィンはそんな編隊に対して、次々と砲弾を見舞う。
警戒されたために、クリーンヒットを与えるのは難しくなったが、自分の役は果たした。
「ボーラス君!」
「おうさ!」
有線回線で連絡されたボーラス・クレオラの《ダガーⅡ》が、通信ケーブルをちぎりながら戦場に躍り出る。
背中に背負ったブレイズパックから即座にミサイルを一斉射すると、眼前に派手な弾幕が広がった。
ミサイルを回避しようと、ザクの編隊は必死に回避運動を取る、
全ては避け切れずに手や足にミサイルを受け、被弾箇所を紫色の毒々しいペイントで染められる。
しかし狙いは撃墜では無い、連携の分断だ。
「遅い!ってか?」
最も逃げ惑い、僚機から距離を離した一機のザクに向かって《ブレイズ・ダガーⅡ》が突進する。
簡単に距離を詰めたあとに、右手に掴んだビームサーベルで斬撃を繰り出す、
本来ならば《ザク》の縦割り解剖図が出来上がるところだったが、
ピンク色のビーム光は《ザク》をすり抜けるだけだった。

 

「はい死んだ!お前は既に死んでいるっと」
『クソったれ…落ちこぼれめ、調子に乗りやがって!』
「解りやすい負け惜しみどうも、っと!」
『撃墜』された《ザク》から、ボーラスはすぐさま機体を離す。
するとさっきまで《ダガーⅡ》がいた空間にビーム
ライフルの光条が通り過ぎていった。
「味方撃ちかよ、恨まれるぜお前さん」
『抜かせ!コケにされてたまるか、ぐはあ!』
味方ごとボーラスを殺ろうとした《ザク》は、存在を忘れていた狙撃手に後背を撃たれ、
その衝撃でベクトルを狂わされてあらぬ方向に飛び去っていく。
「あっぶねえなあクィン。模擬弾でも誘爆しかねないぜ?」
「ご、ごめん。頭に来ちゃって…」

 

あんなエリートもどき、一人か二人居なくなっても構わないんだけどな。
本心ではそう思えど、一応友軍だ、労わる振りくらいはしないと…と思っていると、
ボーラスの《ダガーⅡ》に朱色の《ダガーⅡ》が接近する。
全身を赤を主体に、黒をアクセントにして塗装された機体は《ダガーⅡ》の特徴の無いフォルムすらも
禍々しいものに見せる効果があるように思えた。
背中にエールパック装備し、右手に斬艦刀を持ったその機体から通信が入る。
「そっちは終わったかしら?」
ルナマリア・ホークは赤い《ダガーⅡ》から部下の様子を見やる、
二機とも被弾はしなかったようで何よりだ。
自分とシンが、しごきにしごいたのだ、この程度の相手に遅れを取られても困るが。
「バッチリ片付けましたよ姉御!」
「その呼び方やめろ、後で腕立て100回」
「それだけは御容赦を!」
ボーラスのお調子者加減は変わらないが…むしろ酷くなった気もするが、腕は良くなってきている。
「隊長、そちらはいかがでしたか?」
クィンからは丁寧な口調で話しかけられる。最近知ったのだが、彼女は結構なお嬢様らしい。
「勿論仕留めてやったわよ、しっかし手ごたえなかったわね、赤の質、落ちまくりじゃない?」
補足すると、赤…ザフトレッドというのは、ザフトのアカデミーを優秀な成績で卒業した者だけが
着る事ができる軍服の色であり、要はエリートの証みたいなものだった。
ルナマリアも赤服であるが、そんな彼女も実戦では大いに苦戦した。初陣から連合の強化兵や
ベテランのテロリストが相手だったため、生き残れただけ優秀だったとも言えるが。

 

「最初、虎さんからこの任務受けた時は、そんな事してる暇あるのかーって思いましたけど。
実際戦ってみると、ヤバイっすねアイツ等。連携はボロボロだし、すぐ突っ込んでくるし」
「ボーラス?随分偉そうな物言いねえ。アンタなんてまだまだミソッカスなんだからね!」
「へ?はい、その通りであります!ッサー!」
「解ったなら直ぐ帰還しろ!シミュレーター2時間追加!…ほら!クィン貴方もよ!」
「サーイエッサー!…ルナマリアさん、めっちゃ厳しくなったよなあ、ハァ」
「私たちのためだと思って頑張りましょ?ボーラス君」
「真面目だなあ…むしろM?」
ボーラスの《ダガーⅡ》はルナマリア機にケツを蹴られて、無様にクルクルと回った。

 
 

 逆襲のシン・アスカ 
 銀色の腕の少女、紅い瞳の少女編
 prologue 「awakening」

 
 

海賊による、コロニー《エル・クブレス》襲撃事件から既に二週間が経過した。
帰還した後に、ナスカ級《パトクロス》のパイロット達に与えられた任務は《ダガーⅡ》への
機種転換訓練であった。

 

《ダガーⅡ》の運用データが出揃い、装備の柔軟性や運用面で《ザク》より利する点があること、
《グフ》のようにクセが強くないこと、何より《ザク》の8割程度のコストで生産できることを買われて、
限定的ではあるが遂にプラントでもライセンス生産が始めらることになったのだ。
ちなみに生産ラインすらも、地球の企業からパッケージされて送られて来るという
至れりつく競りっぷりである。
勿論これには、プラントのMS工廠が大いに反発した。が、新型機の開発プランはあれど、
いつまで経っても試作機すらロールアウトしないものだから、話にならなかった。

 

それ以上に問題なのは、パイロットの訓練だ。
連合系とザフト系、同じモビルスーツといえど外見も中身も違う。
特に顕著なのはOSの仕様と重量バランスだった。
ベテランパイロットはOSを手塩をかけて育て上げ、機体のバランスを身体に叩き込んで、
モビルスーツを我が手足としてきたのだ。その財産を無碍にするのは、流石に勿体無さすぎる。
というわけで、去年アカデミーを卒業した新兵を中心に転換訓練が行われた。
その中にはクィンとボーラスも入っていて、ルナマリアは臨時の教官役になった。

 

その新兵の中で、ザフトレッドの集団は特に態度が悪かった。
自分達の成績や家柄を鼻に掛け、真面目に訓練を受けない。それだけならまだしも、
シンパの整備員に命じて、《ダガーⅡ》に幼稚な落書きをさせるような始末だった。
この態度にルナマリアは怒った。そこで今日は虎さんこと、バルドフェルト名誉校長から許可を頂き、
模擬戦という名の制裁を行ったのだ。
ちなみに3対6、3がルナマリア隊だ。
結果は先程の通り、ザフトレッドは一撃も与える事も叶わず『撃破』された。

 
 

「クソッ!何故だ!何故落ちこぼれどもに、ああも簡単に!」
《アーモリー・ワン》宇宙港の、パイロット用のロッカーに入るなり、
ザフトレッドの一人がヘルメットを叩きつけるように投げ捨てる。
「まあそうカッカするなって、実戦だったら、俺達が上さ」
知的そうなザフトレッドが諭すように言う。全く根拠が無いのだが。
「しかし、この屈辱晴らさぬわけには…そうだ、今から晴らせばいいさ」
「ですねえ、落ちこぼれの緑が二匹、ボコられたところで誰にも気にはしませんよ」
「それに、親父達に楯突くような真似は、できるはずもねえからな」
思い思い、陰湿な事を言うザフトレッドは4人。
残りの二人はクィン機の狙撃の直撃により、脳しんとうで保健室送りだった。

 

「あ…あの人達…」
帰還し一度着替えて、シミュレータールームに入ろうとしたクィンとボーラスは、
嫌なニヤニヤ笑いを浮かべるザフトレッドの新兵四人に出くわす。
別に気にすることは無いと思い、ボーラスは彼等を無視して通ろうとするが、肩をぶつけて
邪魔をしてくるので、ボーラスは内心ため息をつく。
「何の用だよ、俺達これから訓練なんだけど」
「おお、流石に落ちこぼれ様は真面目だねえ?赤毛の女の尻に敷かれるのがお似合いだ」
「筆おろしはあのビッチで済ませましたか、ってか?ヒャハハ!」
少し怒りたくもなるが、くだらなすぎて構う気にもなれない、無視して通り過ぎ去ろうとすると、
連中何を思ったか、クィンにも手を出してきやがった。
「何ですか急に…離してください」
「離してくださいだってよ!キャーワイー!」
「よお、あんなショボ男なんて捨てて、俺達と付き合えよ。いい思いさせてやるからよ」
「近づかないで…下さい…」
手首を取られ肩を掴まれ、クィンは弱々しく拒絶するが、そんなもの、品性下劣のザフトレッドには
火に油を注ぐようなものだった。
「おい、男はボコっちまえ。女は連れてくぞ」
「何ぬかしやがる!てめえら、ぐっ!」
流石にボーラスも怒り、クィンを掴む男をぶちのめそうとするが、その前にザフトレッド二人に挟まれて、
腹を蹴られて、鼻っぱしらを拳で潰される。
「て、てめえ…」
「ボーラス君!」
「ほらよ行こうぜ、あのヤローは俺達が面倒見てやるから…あら?」

 

クィンの肩を掴んでいた男は、自分が急に宙を浮いている事、およびその理由に疑問を抱いたが、
答えを出せぬまま床に顔から落ちる。

 

答え、右腕一本で背負い投げ。

 

もう一人、クィンの左手を掴んでいた男も、目にも止まらぬ速さで身体を引き寄せられ、手首の間接を
あらぬ方向に曲げられそうになる。激痛におののき、ぎゃあと情けない悲鳴を上げたあと、
男は地面にへたり込む。
「何だこの女、つええぞ…」
「調子乗るんじゃねえぞアマァ!」
ボーラスを袋叩きにしていた二人も、緑服の女に仲間が二人も潰された光景を信じられないと思いつつも、
自分達は赤なのだというプライドだけで、女を殴ろうとする。

 

ルナマリアが通りかかったのは、丁度そんな時だった。

 
 

事の顛末を聞いたルナマリアは、迷う事無く残りの二人を格納庫に連行した。
正確に言えば、無謀にもルナマリアに抵抗した赤服の新兵二人は彼女に沈黙させられ、
もうろうとした意識のまま格納庫に連れられた。
そこでルナマリアが二人に命じたことは、古典的な教育であった。

 

「62…63…64…」
「ケツ上げるな!また最初からやりたいのか!?」
格納庫での腕立て伏せ。古典的な新兵教育である。
「83…84…何で俺もやってるんだろ?」
「黙ってやれこのクソ虫!ボーラス追加100回!」
「ワーオ、86…87…」
ボーラスには『喧嘩に負けた罰』として、ザフトレッドには私刑を企てようとした罪として、
ルナマリアは腕立て伏せを命じた。
「ボーラス君…頑張って」
「クィンにゃ負けにゃいからなー、99、100、101…」
黙々と…ではないが、くじけずに腕立てを続けるボーラスとは対照的に、ザフトレッドの二人は
突っ伏したまま動こうとしない。
「貴様ら!誰が止めていいと命じた!さっさとやれ!」
「うるせーんだよ、赤ビッチ」
悪態をついた勇気ある赤服に、ルナマリアは顔面へのサッカーキックをプレゼントする。
タブン、歯は何本か折れただろう。

 

「貴様を育てた人間はクソ虫だな。貴様はクソ虫以下の単細胞生物だというわけだ、
 良かったな、何も考えずに、食ってクソして生きていられるのだからな」
「てめえ…こんなことしてタダじゃすまねえぞ…」
「どうしたクソ虫以下殿。言いたいことがあるなら言ってみろ」
「お前頭悪そうだからな、評議会のトップ議員がバックだなんて知らねーだろ。
 お前なんざすぐにでも、豚箱に詰められるか懲罰部隊に、ふぐっ!」
台詞をさえぎるように、ルナマリアは喉を掴んで、そのまま片手で赤服の新兵を持ち上げる。
「頭の悪い貴様にもわかるように言ってやる。私はザフトで一番出世から遠ざかってる女なんだよ、
 いまさら、評議会におべんちゃら使うつもりも無いし、
 評議会がザフトの編成に口出しするのは越権行為で犯罪だ」
「かひゅー…ひゅー…」
「ああ成る程、貴様等が赤なのは評議会の差し金か。これはいいことを知った、
 明日の一面は決まりだ。何とか議員失脚、楽しみだな?」
台詞を言い切りながらルナマリアは、地面に叩きつけるように新兵を投げ飛ばす。
「誰か、このクソ虫を肥溜めに落としておけ」
結局、模擬戦に参加したザフトレッドは、6人中4人まで、保健室送りとなったのだ。

 
 

「うでがあがりません」
「ボーラス君、報告書かける?」
「ゆびも、うごきません、治ったら書きます」
300回の腕立て伏せを完遂したボーラスは自室に戻った。
シミュレーターでの訓練も言い渡されていたが、スティックが握れないのだから仕方ない。
30分の休憩をお許し頂けたのは僥倖であった。
「訓練始まってから、腕立て伏せしかしてない気がする…あと2週間もあるのに」
ハァ、と最近クセになってきたため息をついたボーラスは、ベッドに寝転がり天を仰ぐ。
「上達してると思うけどなあ。慣れてない《ダガーⅡ》で赤服の人たち、圧倒出来たんだし」
「弱すぎだったぞ赤服の連中。海賊の方がずっと上手かったし、怖かった…何でだ?」
「何で、って?」
「だって、赤って成績優秀者なんだろ?家だって裕福だから、良いコーディネイトされてるはずだし。
 ハーフの俺が相手できるって、おかしいだろ?」
「うーん…遺伝子で能力は決まんないって事?」
「それってコーディネイターの存在意義、真っ向から否定してるよな」
「あうう…」
思いっきり馬鹿な事を言ってしまったと感じ、クィンは頭を抱えて顔を赤くした。

 

「そういや、何でクィンは赤じゃなかったんだ?」
へ?と本当に何を聞いているのか解らないという風な顔をして、
ボーラスの顔を見ようとして彼の足の裏を見た。
「だって、確かクィンも家はお金持ちだろ。それに戦果もあるし、
 クィンが赤だってほうが、納得いくけどな」
「えっと、それは、試験でお腹痛くなっちゃって、筆記がボロボロで…」
「ベタだなあ、っと」
クィンは嘘を付いている、と直感したが、彼女が隠すことを、無理に詮索するまいと思えるのが、
ボーラスの優しさだった。気合を入れてボーラスはベッドの上で身体を起こす。両手はブラリのままで。
「さてと、十分休みましたし、訓練に戻りましょっか」
「腕、大丈夫?」
「腕が動かなくてもスティックの感度5倍くらいにしとけば大丈夫でしょ」
「器用な真似するなあ…」
ギシギシと音が鳴りそうな腕をプラプラさせながら、今はホーク隊長代理にしごかれて、
潰れるまでやってやるさと、ボーラスは改めて決心した。
それが今、アスカ隊長を失った部隊への、最大の貢献であると信じて。

 
 

モニタールームでシミュレーターを使う新兵の様子を見守っていたルナマリアは、
のそりと入室したバルトフェルトに敬礼を返す。
「ルナマリア・ホーク、精が出るね」
「ハッ!恐縮です!」
虎柄の軍服というケッタイな代物を着こなすという、恐らくこの宇宙に彼しか存在しないであろう男は、
ルナマリアの横に立ちモニターを覗き込むように見る。
「ふーん…1週間前よりはマシになったかな、特別教官殿のご意見は?」
「校長の思った通りかと。現状では機体を与えても無駄です」
「君の部下二人もかい?厳しいねえ…君の鬼教官っぷりは、もう上層部の耳にも入っているよ」
「光栄であります」
「解ってて言ってるだろ、君…あと堅苦しいのも無しだ。楽にしてくれ。」
言われてルナマリアは、ぷはあ、と水から出てきた時のように息を吐く。

 

「正直言って、やりすぎだなんてこれっぽっちも思ってませんよ?連合系のモビルスーツを
 ザフトが使うなんて前代未聞ですからね。疑念を消して、自信を持ってもらいませんと。
 そのためには訓練時間なんていくらあっても足りないです」
「正論だな」
「それに、シンだったらもっと、上手くやれてますよ。
 そうできないから、解り易い形で厳しくしているわけで」
「シン・アスカだったら、どうなるんだい」
「あんなクソ新兵、模擬戦でシェルショック(砲弾神経症、転じて戦闘が原因のPTSD)にさせられます」
「そりゃいい、新兵の半分はそれで引退させられそうだな」
ハハ、と乾いた笑いを漏らすバルドフェルトも、こうして見るとザフトの人材枯渇が深刻なことが、
目に見えて解るから、頭が痛くなるのだ。
「それじゃ、僕は失礼するよ。ほどほどに頑張ってくれたまえ…っと、忘れるところだった」
退室しようとしていたバルドフェルトは、ポケットから取り出した一枚のデータチップを右手で摘んで、
ルナマリアに見せびらかすように突き出す。
「コロニー襲撃犯についての調査報告、君の管轄外だとは思うけど気になったら見てみるといい」
そう聞くなりルナマリアは、半ばひったくるようにデータチップを手に取る。
バルドフェルトはその様子を見て物悲しく思った。

 

快活な娘だったはずなのに、随分と暗い目をするようになってしまったから…

 
 

新兵の監督を済ませた後、ルナマリアは個人用端末で先刻貰い受けたデータチップの中身を見る。
《エル・クブレス》での戦闘で捕らえた捕虜の証言や、そこからの追跡調査の結果が内容の中心だった。
(ザフト脱走組に連合軍崩れ、年季の入った海賊にフリーの傭兵…てんでばらばらじゃない)
出自も主義も関係なく、ああも大規模の賊をかき集めるには、それなりのバックとかなりの資金力が
必要なのは子供でも解る。ザフト情報局もそこを重点的に調べていたようだが、依頼主についても、
ザラ派を名乗ったとか、ロゴスの残党を名乗ったとか、まさにかつての『悪者』達のオンパレード。
アテになる情報とは思えなかった。
(大体、その前の遭遇戦で、海賊の目的地が《エル・クブレス》だったとしたら、
 私達より先に認知していたことになる…評議会が知らない振りをした可能性もあるけど)
根拠は無い、ただの勘だったが、ルナマリアは二年前の戦争と同じ感覚を…酷く厄介な思惑に
はまっているのでは無いかという感覚を覚える。
(それに、クローンチャイルドがいて、モビルスーツを独自に保有しているだけのコロニーに、
 どうして躍起になれるのかも解らない…)
雇われた賊どもは、《エル・クブレス》の破壊に成功すれば報酬をもらえる手はずだったそうだ。
しかもモビルスーツによる妨害を予測して、大勢が集められたとも言っていた。
それは、《エル・クブレス》の戦力だけではなく、調査隊との交戦も念頭に入っていたかもしれない?

 

(示唆した人間は、プラントの中にいるかも知れない…)
そう思わせるように、虎さんが私にこのデータを寄越したのかもしれない。
しかしルナマリアは、バルドフェルトが自分を陥れようとしているとは思えなかった。
シンの重傷に心を痛めていた様子、珍しく評議会に怒りをあらわにしていた事、
二つとも嘘とは思えなかったから。
(だとしたら、シンはプラントの思惑で、傷ついたかも知れないという事…)
ルナマリアは怒りを覚えた。その想像が正解だとしたら、評議会はシンだけではない、
《パトクロス》もジュール隊長の《ボルテール》も、まとめてハメ殺そうとしていた事になるから。
(調べる価値はあるって事か…ホントの事がわからないまま戦うなんて、一回きりで十分だもの)
二年前、メイリンがアスランと脱走した日を思い出す。
デュランダルにハメられたアスランを助けるために身を張った妹が、
シンにアスランもろとも撃墜された日の事を。
誰が悪かったのか、誰を恨めばいいのか解らないまま、シンと二人で傷を舐めあった日の事を。
私もシンも、訳が解らないまま戦うのはもう、ゴメンだった。

 

その後も資料に目を通していくと、一つ気にかかる内容があった。
シンを倒したパイロットについての情報である。
(年は10歳くらいの少女で、凄腕のパイロットですって?)
まるでデタラメみたいな内容、しかしこんな嘘をつくメリットも思いつかず、関連項目を並べて見る。
中でも一つ、その少女とやらと、同じ船にいたパイロットの証言が、詳細な内容に思えるもので、
ルナマリアの目を惹きつけた

 

目から下を覆面で覆っていて、その下は酷い傷跡が刻まれているらしい。
いつもは保護者めいた眼鏡の男にベッタリとくっ付いているが、戦闘になると豹変し、
残虐ともいえる戦い方で、相手を圧倒する。
好んで《アッシュ》の手を装着した改造機を使うことと、銀色の義手をつけていることから、
仲間内ではシルバーハンド、と呼ばれていたと。

 

(シルバーハンド…聞かない名前ね)
傭兵や海賊といった、政府や企業を利用し、それらには組しない気概を持つ連中の中には、
名を売り出す目的、若しくは自分の実力に自信のあるものが示威効果を期待して、
目立つ異名をつけるものも多い。
有名どころでは傭兵部隊《サーペントテイル》であろうか。
ミッション成功率は100%、MS戦の実力もキラ・ヤマトやアスランにも肉薄すると言われる存在である。
(どちらにしても目立ちそうな人間だ、
 傭兵ユニオンかジャンク屋に揺さぶりをかければ、居所も割れるかも)
ルナマリアはあくまでもザフトパトロールだ、犯罪者の捜索や割り出しは管轄ではない。
しかし、この件だけは、何としても自分の手で決着を付けたかった。
(シンのためにも…いいえ、結局シルバーハンドとやらを捕縛しても、私の気が晴れるだけ…)
そうだとしても、やらないわけには、いかなかった。

 
 
 

仕事を終えた後、ルナマリアは軍服も着替えぬまま《アーモリー・ワン》の街に出た。
向かう先は軍が直営する総合病院。軍関係者以外の人間も入院することもあるが、
メインの患者はやはり、戦傷者である。
空は既に星が浮かぶ闇となっていて、面会時間も既に過ぎているが、彼女は構わなかった。
エレカを地下駐車場に停め、そこから直通のエレベータで入院病棟へと向かう。

シン・アスカが眠っている病室へと。

 

シンの個室にはルナマリアと同じく、面会時間を無視して病室に居座る悪い少女がいた。
「あ…ルナマリアさん、お久しぶりです」
「そうね」
少女の挨拶にそっけなく返して、ルナマリアは少女の顔を見ようとはしない。
真っ直ぐにシン・アスカが眠るベッドの傍らに近づき、少し屈んで彼の顔を覗き込むようにして見る。

 

手術の際に剃られた頭からは、今でもちょっとだけ髪が生えただけで坊主頭になっている。
顔の皮膚の一部が、白い肌と東洋人らしい黄色い肌でまだら模様になっている。
皮膚を提供した少女はシンと同じ遺伝子のはずなのに、色が違うことは少し可笑しかったし、忌々しかった。
そして、瞳はいまだ閉じられたままで、手足がピクリとも動くことはない…

 

シン・アスカは二週間たった今も、ずっと眠り続けたままだ。

 
 

「じゃあ私、帰ります…」
シンの世話をしていた少女…シン・アスカの顔をした少女エルフは、
ルナマリアと入れ替わるようにして病室を出る。
ルナマリアは、この少女の事が大嫌いだった。
だから、彼女がシンの身体を拭いてくれたり、着替えをしてくれたり、
彼の筋肉がなまってしまわないようにとストレッチを根気よく続けていたりして、
シンのために頑張っている事を知っていても、ルナマリアはエルフと目を合わせようとはしなかった。

 

「シン…貴方をこんな風にした奴のこと、少し解ったんだ」
ルナマリアはぽつりと、答えを期待せずにシンに語りかける。
独り言のように、呪文のように、ぽつぽつと。
「そいつ、女の子なんだって。きっとエルフと同じくらいの…笑っちゃうよね。
 ねえ、私が、あいつを殺したら、シンは喜ぶかな。きっと、喜ばないよね」
段々と、ルナマリアの声に感情の色が浮かぶ。それでも、シンはピクリとも動かない。
「私…もう耐えられない…あの子の目を見れないんだ、
 可笑しいよね。あの子がシンそっくりだからいけないんだ、
 言っちゃいけないこと、言いそうになるの」
ベッドのシーツの端をつかみ、握り締めるルナマリアの肩が震えだす。

 

「アンタなんて、シンの代わりに死んじゃえばいいのにって…
 …ごめんね、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 

「もう、耐えられないよ…早く起きてよシン、こんなに寝坊してどうするのよ。ねえ、答えてよ…」
堰を切ったように言葉が漏れる。そこにはザフトレッドというエリートの顔も、鬼教官の顔もなかった。
年相応の、か弱い少女しか居なかった。
「早く起きてよ…えっ」
ふと、シンの顔に向けられていた視線が、そのちょっと下…酸素マスクが取り付けられている口元に降りる。

 

呼気で白く曇るビニールの透明なマスクの下で、シンの唇が、動いたような気が、した…
「シン?今…何か言った?」

 

ルナマリアは眼を凝らす。口元を凝視していると幾ばくか経った後に、やはり唇が動いた。
今度はちゃんと見た、確実だ。
「シン!起きたの!?何を言ってるの?ねえ!」

 
 

中年の看護婦が丁度、シン・アスカの病室を通りかかった時、
女の叫び声が聞こえたから彼女は慌てて病室に踏み込んだ。
「あなた!何しているんですか!やめなさい!」
そこにいた赤毛の女は、患者の口元に付けられた酸素マスクを無理矢理引っぺがそうとしていた。
看護婦は後ろから女を羽交い絞めにして止めようとするが、流石に軍人、
こちらも必死に覆いかぶさるようにして何とか動きを止める。
「離して下さい!シンが何か言ったんです!シンが!」
「お願いだから大人しくして!主治医を呼びますから、ね!」
女二人がもみ合いになっているのを知ってか知らずか、
ベッドの上のシン・アスカは何も言ってくれなかった。
その後10分ほど経って、帰宅寸前だった主治医がスーツの上から白衣を羽織って病室に入って来た。
彼はシンの脈を取ったり、マスクを取って呼吸を調べてたりしたあと、
落ち着き払った物言いでルナマリアに応じた。
「意識はまだありませんね、呼吸はもう直ぐ自力で出来る様になるかも知れませんが、
 いつ覚醒するかは、なんともいえません」
ルナマリア・ホークとあろうものが、幻覚で取り乱して。
そう自嘲すると同時に、ルナマリアの身体から力が抜けて、床にぺたりと座り込む。

 

「…マユ…」

 

消え入るような、か細い呟き。
うめき声にも似た掠れ声を、確かに聞いた。
ルナマリアは膝をこするようにして這って進み、耳をシンの顔の近くにそばだてる。

 

「…クッキー…しょっぱいんだけどさ…」

 

その一言は医者にも看護婦にも聞こえた、3人とも、なんとも形容しがたい表情を浮かべて、顔を見合わせる。
台詞を吐いた当人は、弱々しい寝息にもにた呼吸音しか発しなくなったのを見て、医者はしたり顔を浮かべ、
「これは医学的にはアレですね、ただの寝言です」
なんて言う物だから、ルナマリアは乾いた声で笑い出すしかなかった。

 

「ハハ…暢気に昔の夢なんて見ててさ…?もしかしてずっと見てたの?呆れちゃうよ…ねえ…」

 

とめどなく涙を流してくしゃくしゃになった顔は見られたくないだろうと思ったから、
看護婦も医者も、そっとルナマリアを一人残して、病室を出て行った。

 
 

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