チャプター1後半

Last-modified: 2017-09-11 (月) 19:01:31

Chapter1.OutCast ―浮浪者たち―後半 アドリアン~ラ・シエラ地区メインクエスト

生存者

生存者

失踪者

失踪者

無能な警察はアドリアンビレッジの生存者の捜索を試みさえしない・・・
情け無いことであったが、ビンセントの行方を考えると、幸いなことかもしれない。
彼らが隅々まで探したにも拘らずビンセントが発見されていないとしたら、彼は何処かで
死んでしまったか、感染して道を彷徨っている可能性が高い。しかし、捜索自体が無いと
言うことは、何処かに隠れているか、他の生存者と共に居る可能性が残っているということだ。

 

掲示板の失踪者の大部分は、アドリアンビレッジの居住地域の失踪者であった。
その中から最近の日付のチラシを数枚手に取り、彼らの捜索から始めることにした。
生存者が居るとしたら彼らは何処かに集まっている可能性が高い。
失踪者を見つけることが出来たら、ビンセントに関する情報も得られるだろう。

失踪者-ブラウンスチュアート

失踪者-ブラウンスチュアート

チラシ回収後
失踪者:ブラウンスチュアート20代前半。白人男性。身長174cm、体格普通。
アドリアンビレッジ中央にある自宅で暴徒によって拉致。
ハザードレベル4発令後、年配の祖父が居るため逃げることが出来ず
自宅に居たところ暴徒が乱入し、祖父であるスチュアートを殺害。
ブラウンは拉致されたことが判明。拉致理由は不明。

 

情報提供者:ローン・ミシェル・スチュアート(失踪者の母親-死亡-)
連絡先:ダウンタウン警察署207-999-6950

 

進行後
ふと・・・何処かで見たような顔だと感じた瞬間、化け物は倒れていた・・・
誰かに似ているようだが・・・彼の懐を探すと、財布の中の
学生証がブラウンスチュアートであることを教えてくれた・・・

 

変異されてから時間が余り経っていないのか、顔がわかるほど損傷は少ない。
しかしあちこちには擦り傷やアザがあり、
頭には何か硬いものが当たったのか、陥没している・・・
変異生命体は通常このようには攻撃しない。
唯、他の幾多の被害者と同じように彼も運が無かっただけなのだ・・・

 

・・・警察署に知らせる必要は無いだろう。
彼らにおいては、あふれる被害者の中の一人なだけだ・・・

 

振り返った瞬間、彼の財布に挟まっていたメモが地面に落ちた。
メッセージにはこう書いてある。

 

「助けてください。幼い妹が一人で居ます。
アドリアンビレッジ中央地域の??番地区です。-ビアンカ-」

失踪者-オルガとオレグ

失踪者-オルガとオレグ

チラシ回収後
捜索該当者-オルガ70代白人女性。車椅子使用。
捜索該当者-オレグ20代前半。白人男性。筋肉質。

 

Toオレグ
オレグへ、おばあさんは元気か?みんな無事か?
約束した場所で待っていたが、2日過ぎてもお前とお婆さんが来なくて如何する事
も出来ず、私たちは先に出発した。此処の警察に家まで一緒に行ってくれと
お願いしたが、危険なのでそうすることは出来なかった。
私たちはセントラルシティのおじの家に行く。住所を書いておくから訪ねてくれ。
22W.15Ave.Centralcity,CC11057
お前とお婆さんが心配で、今にも胸がはち切れそうだ・・・
進行後
見つけた人間はオルガというお婆さんであった。
深刻な栄養失調に、持病まである。
車椅子に座って今でも息が止まりそうに呼吸をしているが、
鋭いアゴと光を失わない目は強い生命を現している。

 

オレグの行方を聞くと、おばあさんは唯、男たちについて行ったと言った。
どうして避難に行くことが出来なかったのか・・・どんな男たちに付いて行ったのか
一言も口を割らず、彼女は唯オレグには何の過ちも無く、
絶対に戻ってくるという話ばかりを繰り返している。
お婆さんはオレグという名の'孫'をもっているのだ。

 

すぐにでも実行しなければならない状況ではあったが
衰えた彼女を危険に晒すことは出来ない。
まずは安全な場所と仲間が必要だ。

オレグの物語

オレグの物語

後ろを向いたそのとき、オルガが呟く様にして言った。
ある女の子が訪ねて来たの。'ビアンカ'と言っていたよ・・・これから食料を
探しに行くから、帰る途中に立ち寄るって・・・そして、もし自分が二日経っても
帰ってこなければ、信用できる人に伝えてくれと言って・・・
村中央の??番地に自分の妹が居て・・・助けて欲しいと・・・

 

・・・それが3日前

 

オルガは私を見ることなく言った。
それは、恐らく彼女が言うことができる全てだったのだろう。
それはチラシにあった名だ。姉妹の姉のほうなのか・・・
余り時間が経つ前に子供たちを訪ねなければ・・・

失踪者-フアン

失踪者-フアン

チラシ回収後
失踪者はフアン。60代後半の男性。
何時もスーツを着用しており、ブラウンを好む。最近は杖をついていた。
どうしても避難したくないというので、此処まで迎えに来たが、
変異生命体のため進むことが出来ず、家までたどり着くことが出来なかった。
自宅は居住地域南部。

 

このチラシを見た誰かが家を訪ねてくださっても父は決して外に出ないでしょう。
他人を簡単には信じず、災難にとても敏感なため
すべてが平常に戻るまでは家に留まろうとすると思います。
家はこの状況に備えて、十分な物資や安全装置があり
他の場所に避難させなくても大丈夫です。ただ、父に会ったら家族が
心配しているという話だけ伝えてください。父の無事さえ知らせてくだされば平気です。

 

バイオスフィアの私書箱です。携帯電話は繋がらず、ハザードレベルの為
バイオスフィア内部の有線電話も遮断されているようです。
私書箱に電子メールや音声を残せば、確認できます。
Juan,Diagio30WestSI.BS5579
連絡をいただければ幸いです。

 

進行後
戻ろうとすると、彼がふと思い出したように言った。
「そういえばビアンカという子供が訪ねて来たな。食料を探しに行く途中で、
帰りも立ち寄ると言っていた。ここには溢れるほどあるから必要無いと言ったが
その子供は話を全然聞かなかったな・・・それとこうも言っていた。
もし自分が二日経っても帰ってこなかったら、誰か信頼できる人が来たときに
伝えてくれと・・・村中央の??番地に自分の妹がいる・・・
その子供を助けて欲しいと言っていたよ」

 

「・・・それが3日前だったな。」

 

話が終わると彼は何事も無かったかのように資料をいじり始めた。
特に関心が無い感じだ。
私が持っているチラシにある名だ。姉妹の姉なのだろう。
手遅れになる前に子供を訪ねなければ・・・

失踪者-ペム

失踪者-ペム

チラシ回収後
失踪者:パム、30代前半女性。身長160cm。猫背。自閉症。
避難中に失踪。自宅はアドリアンビレッジ東地域の??番街。
特記事項:重度障害者。
本命ではないが、本人は自分をパムという名だと思っている。

 

情報提供者-アンジェロ療養所
連絡先-ダウンタウン警察署(207-999-6950)

 

進行後
彼女は部屋の隅にうずくまって座ったままの死骸で発見された。
悲惨な姿ではあったが、どこも傷ついておらず争った形跡も無い。
どうやら座ったまま、飢えて死んだようだ。
この女性は何が起こったのかもわからないまま放置され、死んだ・・・

 

既に死んでしまった彼女のために私のできる仕事は・・・変異生命体によって遺体が
傷つかないよう、家の周囲の変異生命体を射殺することだけである。

 

戻ろうとしたとき、うずくまって座っていた彼女の近くで何かが目に入った。
小さな花と一緒にメッセージが置かれている。

 

私が来たときにはこの人は既に死んでいました。ベッドに
移してあげたかったのですが、死体が硬く出来ませんでした。
もし誰かがこのメッセージを見ていたらベッドに移してあげてください。
そしてお願いがあります。アドリアンビレッジ中央地域の??番地に
私の妹が居ます。どうかその子を助けてあげてください・・・。
もし、このメモを何方かが見つけたら、それは私が家に帰ることが出来なかったという
意味です。お願いします・・・私の妹を助けてください・・・ビアンカ-

失踪者-ビアンカ姉妹

失踪者-ビアンカ姉妹

チラシ回収後
人を探しています。私の名前はビアンカで、捜しているのは私の妹です。
私は18歳で身長は167cm。体系は細身です。妹は9歳で身長135cm。
髪は頭の上でお団子にしています。避難するためにファーマーマートで
物品を購入しているときに化け物に襲われ、その後行方不明になりました。

 

連絡先は212-803-1373。携帯電話が通じないので、目的地の電話番号を書きます。
連絡できない場合には此処にメッセージを残してくだされば、状況が良くなり次第
伺います。目撃された方はご連絡を下さればお礼を差し上げます。
そちらの周辺を探索していただければと思います。お願いいたします。

 

進行後
初めてこの子を見つけたとき、その子は泣いていたものの
不安を感じては居ないようだった。まるで誰か必ず来ると固く信じていたように、
私が入ったときにも驚いた表情はなく・・・「お姉ちゃんはちょっと出かけています。
すぐ帰ってくるので、ちょっとだけ待ってください。」とはっきりと言った。

 

その子の姉は食料を探しに出かけたらしい。
1,2時間前の噺家と思ったが、驚くべきことにお姉さんが出たのは3日前だという。
しかしその子は3日経ってもお姉さんが帰ってくると信じて疑っていなかった。
置いていった食料も節約していた用でまだ残っており、
姉から注意されていた通り、火もつけていなかった・・・
・・・考えたく無いが、外に出て3日帰っていないのならば・・・
・・・生きている可能性は高くない。

 

その子は姉が戻ってくるまで絶対動かないと言う表情であった。
まずは安全な場所が見つかるまで、私は暫くこの家に残ることにした。
門を閉め、静かにしていれば危険を避けることが出来るだろう。

 
生存者たち

生存者たち

そうだ・・・いい忘れていたことがあります・・・
門を開いて出ようとしたとき、子供が口を開いた。
振り返ると幼い妹がモジモジしている。
あの・・・実は・・・お姉ちゃんがメッセージを残していったんです。二日経っても帰らないなら
開けてみなさいと・・・信じられる人でなければ見せてはいけないと言われたので
どうするか迷っていて・・・あなたなら見せても大丈夫みたいです・・・
ビアンカの妹はそう言ったが、どこか不安そうな表情をしていた。
子供からメッセージを受け取り、広げる。

 

妹へ
これを見ているということは、私が出てから二日経ったということだね・・・
・・・たくさん怖い思いをさせてごめんね・・・
お姉ちゃんは食べ物を探しに行くと言ってたけど、
本当は隠れているお姉さんやおばさんたちがいる場所がわかって訪ねようと思ったの。
あなたも知ってるとおり・・・この村には化け物や悪いおじさんたちがたくさんいるわ。
怖い化け物とおじさんたちを避けて、お姉さんやおばさんたちみんなは
セントエバンス聖堂に隠れているという話を聞いて・・・それで会って見ようと思ったの。
お姉ちゃんが先に行って助けを求めてくるわ。そしてあなたを迎えに行く。
夜だけしか動けないけど、行って帰って来るには二日あれば十分だわ。
でも・・・二日たっても私が帰って来なければ、あなただけでも聖堂に行きなさい。
もしかしたら私はあなたを迎えに行くことができない状況になっているかもしれない・・・
もちろんそのようにならないように努力する・・・でも
このメッセージを見ていたらそんな状況がなってしまった後なのかもしれない・・・
聖堂は東側区域の東への一本道に沿って行けばあるわ。昔何度も行ったことがあるから
覚えているわよね?・・・そこから正門に行かずに墓地に行けば、
後ろのほうに地下室へ行く入り口があるわ。それをコツコツ、コツコツ、コツコツ・・・
こんなふうに三度叩いてね。化け物は足音に反応するから慎重にいかないといけないわ。
化け物は夜もいるけど、悪いおじさんたちには見つからないはずだから、
できれば夜に動いてね・・・そしてなによりも、他の人に会ったら・・・
特に男の人に会ったらこのメッセージを見せてはいけないわ。
本当に信じられる人ではないなら見せてはダメなの。
そうでないと聖堂に隠れているみんなが危なくなるわ・・・肝に銘じておいてね。
・・・予定どおりあなたを迎えに行くことができたら良かったけど・・・気をつけてね。

 

お姉ちゃんのビアンカより


この村には生存者がいた。それも内容を見ると人数は多いようだ。思わぬ結果であった。
‘悪いおじさん’とは何を言っているのかわからない。
・・・暴徒でもいるのだろうか?
とにかく聖堂に行って生存者に会ってみればわかるはずだ。

 

…利口で勇ましい子だ。
ダウンタウンの警察とは比較できないほどに…

 
our hometown

our hometown

聖堂の人々

聖堂の人々

セントエバンス聖堂
ビアンカが此処を訪ねていたらしい。生存者に説明しなければならない。
此処で面倒を見てくれているらしい。

 

・・・かなり多くの人々が集まっていた。人が居るとは思えない外観から
さらに多く感じる。聖堂の正門は鍵が掛かっているように見え、
周辺は放置された姿にしか見えない。正門は荒廃しているように見せる為
全く触れなかったらしい。外に出る場合にも正門前には歩いて
通らない様にしたと言うのだ。何よりも変異生命体が町中を徘徊し、
墓地がすぐ側にあるこの聖堂に人々が隠れていると思うことは難しい筈だ。
之は変異生命体ではなく'人間'を意識した行動であった。
このことは何か理由がある筈だ。

 

ビアンカのメッセージには気になる部分があった。
'他人には・・・特に男性にはこのメッセージを見せてはならない。
本当に信頼できる人で無ければ見せてはならない。そうでないと
教会に隠れている皆が危険になる。'
かなり多くの生存者の中から老人を除いた男性は
ほぼ聖堂の神父のみであった。この理由を聞いてみた。

 

「それが・・・男性たちは変異生命体と争って・・・
怪我を負った人間も、死んだ人間も多くいる・・・人間と争った人間もいる・・・」

暴徒

暴徒

暴徒はマートにつながる通路をバリケードで遮断していた。
話が通じるのではないかと言う期待もあったが、
彼らは知らぬ人間が見えると警告もなく銃撃してきた・・・
彼らは通常の銃器をはじめ、警察用銃器までもを持っている。市民はもちろん
警察官まで襲ったのだろう。そのような彼らは無慈悲なただの暴徒だ・・・

 

しかし彼らの相手をすると理解できないことがあった。
組織的な動きは全くない。標準することもなく続けられる射撃は
臨時避難所の訓練所にはじめてきた避難民の姿と重なる・・・
怖気づいた目で泣き叫びながら飛びかかってくる姿は
まるで自殺のようにも見える・・・本当に文字通りの'暴徒'であった。

 

しかし彼らは銃を持ち、私の命を奪う為に武器を使っている。
・・・彼らがいる限り生存者の安全を期待することができない。
そして、彼らのアジトからビンセントを探し出すことができるかもしれない。

 

・・・私は一つずつ邪悪を処理していくだけであった。

街の秘密

暴徒を処理すると多くの情報が分かった。ファーマーマートの内部構造や
場所、巡回情報や警備兵の構成・・・
奴らのアジトを襲撃する為に必要な情報だ。
その外にもう一つ分かったことがある・・・

 

'彼らは確かに暴徒に違いないがどこかおかしい。
何人かの財布を調べると、奴らの身分証から住所は
全員この村ということが分かった'・・・聖堂の中がざわめく。
'私には理解できない・・・'

 

人々の表情は固まり、誰もが動かない。
そして・・・ようやく神父が口を割った。
「私が説明します」

 

神父の言葉によれば暴徒は皆この村の住民であった。
変異生命体襲撃後'市民自警団'という名で自律警備隊が作られ、
村の大部分の若者が資源を分け与えていたという。

 

アドリアンビレッジはハザードマップライン近隣の不毛で乾燥した地域であり、
ある小さな村の住民が集団で移ってきた場所であった。
村の為に働いた彼らは、先代の苦労に比べて適切な対価を受けていないと
思ったのだろう。彼らは絶えず地域の開発を要求し、
結局は委員会が彼らに新しい村を造成した・・・
長年の苦労によって得た土地は、住民の愛着も特別であり
村の名前には前の村の名前をそのまま使うほどであった。
つながりの深い村民は話し合いにも問題がなく、
自律警備隊の募集や活動も大丈夫だと言っていた。

 

一年間は住民の力で上手く維持されていた。変異生命体も
今のようには多くなく、無力化した公の代わりの秩序維持も
問題がないように見えた・・・だが・・・事件はやがて発生した。
自律警備隊のガードマンが、マートの品物を盗みに来た暴徒を射殺したのだ。
公権力がないことをいいことに、あちこちで同じような事件が起こった。
そのうち'市民自警団'は荒い対応や、戦闘を仕掛けるようになった挙句
・・・自分たち以外の人間を皆、射殺するようになったのだ・・・

 

「その事件によって多くの事が変わってしまいました・・・」

 

'市民自警団'は警備を更に強化し、不足する人員を補充する為に
男達を強制招集し始めたのだ・・・17歳以上65歳以下の戦うことができる男性は
全員招集され、マートを拠点として生活しながら任務を遂行しているのだ。

 

彼らは外部につながる全ての道にバリケードを張り、村に侵入する変異生命体や
暴徒を防いだ。すべてを阻んでいる為・・・村の中は安全だ。
市民自警団は外部で戦うしかなく・・・結局
負傷者や死亡者が続出した。
危険に晒されるほど・・・侵入者に対する彼らの対応も無慈悲になる。
村に入ってきた外地人は皆残忍に'処刑'され・・・
その対象は老若男女を問わなかった・・・

 

彼らの無慈悲な対応は住民を極めて憂慮させた。
マートで殺害された暴徒は、彼らの言葉とは異なり10代の泥棒であるだけであり、
仕方なく殺したわけでもなく一種の'処刑'をしたかっただけなのだ。
このようなウワサまでが広がり、隊員の家族を中心に'市民自警団'の活動を
拒否しようとする動きが起こり始めた。これ以上そのような虐殺に自分の家族を
参加させたくない・・・やがて食料が分けられていた各自の家に隠れて
救助隊を待つようになったのだ。

 

あのとき・・・自警団に反対する住民に暴力を振るい、反対勢力を弾圧した人間こそが
・・・'オーディアス'だ。
図書館の司書であったオーディアスは全く目立つ人間ではなく、
誰もが暴力を使う姿を想像することもできなかった人間だ。
・・・村人たちは大きな衝撃を受けたらしい。
村の住民すべてを敵視する彼の行動は強い反発を呼んだが、彼は頑固であった。
侵入者や変異生命体が入ること自体を受け入れず、村の為なら
どんな犠牲も甘受しなければならないと・・・これが彼の意志であった。

 

「その頃、すでに自警団の中心には'オーディアス'がいました。
彼があらゆる指示を出し、自警団を率いていました。
オーディアスを知っている人ならだれもが想像だにしなかったことです。
以後'市民自警団'に反発する住民は激しく対立し、自警団は強制的に
意志を貫こうとしたのです。しかし村の住民が彼の行動に従うことは最後までなく、
彼は結局自分に反発する住民に呪いの言葉を浴びせ・・・
・・・マートを占拠したのです。
それからは今の結果の通りです。
・・・あなたに彼らの撃退を頼む前・・・多くの葛藤がありました。
暴徒の中に、もしかしたらここにいる人々の家族が残っているかもしれない・・・
・・・でも私の家族が他の人々を害しているとしたら・・・
・・・彼らが死ぬのも仕方ないことなのかと・・・」

 

変異生命体の襲撃から社会のシステムが崩壊して、まだ時間は経っていない。
システムの崩壊が、隠されていた個人の性向を
極限まで出現させたのかもしれない・・・
自警団の隊員達はどうやって彼につき従ったのだろう・・・?

 

「様々な理由があると思います。私の考えでは・・・
オーディアスが持った一貫性ある固い意志が、そうさせたのかもしれません。

ファーマーマート

ファーマーマート

・・・残るは彼らのアジトであるファーマーマートだけだ。

 

彼らはこの村の住民たちだ。ひと時は生存者と同時に家族であったのだ。
このような事実が分かった以上、変異生命体と戦うように、
攻撃ができるわけがない・・・だが・・・たじろいだ瞬間・・・私が死ぬ…
変異生命体だろうが、何かに目がくらんだ暴徒であろうが
関係ない・・・
・・・そのように思いたかった。

 

実際にマートに入ると、そのような憂慮は必要ないと直ぐに感じた。
皆が生き残るために死に物狂いで戦い、誰がどんな人だったかは重要ではない。
ただ生き残る為に・・・目標を成す為に戦った・・・
彼らは彼らの理由があり、私は私の理由から争っているだけなのだ。
お互いに殺人をしていたが・・・すべてのものが止まったこの都市では
何も問題はない・・・

 

そう考えると・・・笑えてきた・・・

 

都市が消え、システムがマヒすると、変化された環境による新しいルールが生まれる。
避難所を統制する隊長を責めたのも、つい先日のことだ。
しかし私はすでに'人を害する暴徒'という前提の下、殺人をしている・・・
つい最近まで想像さえできないことであったが、変化された環境によって
いつのまにか私も新しいルールを作りだしてしまっている・・・
・・・隊長は・・・皆がこのように変わっていくことを前から分かっていたのかもしれない。

 

・・・やがてマートの中心部に到着した。
オーディアスがいる。いや、オーディアスという一人の人間だ。
彼が生きているという一人の人間なのだ・・・
既に幾多の死傷者を出している。振り返ることは許されない・・・
・・・彼の鼓動を止め・・・そして後ろを振り返ることなく・・・外に出た。

our hometown

our hometown

聖堂では今後の対策について論議している。
彼らは状況が整理され次第、生存者を集めてマートに避難しようとしていた。
マートには十分な物資や武器が残っており
生存者が暫く堪えるには十分だろうという説明であった。
それと共にビンセントの消息が聞こえた。多くの人々と共にマートの倉庫に
監禁されていたというのだ。衰弱した状態ではあったが負傷はないらしく、
しばらく休めば回復できるとのことだ。

 

残る目的はビンセントの捜索だ。
喜ぶべきことではあるが心が重くて仕方がない・・・

 

オーディアスの息が切れる瞬間、
彼は武器庫のパスワードや村の重要ポイントを知らせてくれた・・・
誰かが自分の後を引き継いで村を保護してくれると信じていたのだ。

 

ふと、すべてのものが元に戻ったら
この村の名は変えた方がいい気がした。

 

恐らくオーディアスもそれを望んでいるだろう。

 
オーディアス

オーディアス

オーディアス

オーディアス

1.
隊員たちは目の前の状況にどうすればいいか分からないようだ。

 

4人1組でマート内の夜間警備をしているとき・・・
突然、屋根から声を発しながら飛び出してきた影があり、我々は追いかけた。
行き止まりで背を向けた3つの影は、盗んだ物を捨て武器を持ち出し、
・・・攻撃し始めた。
互いに棒を振り回しながら戦いが続けられ
「ボグッ」とする音とともに1人が地面に倒れ・・・そのまま動かなくなった。
彼の頭の周りに浅黒い液体が広がる・・・みなの動きが止まる・・・
ぼんやりと見えた男の顔はまだ10代の少年であった。

 

地面に広がるおびただしい血液は応急処置のほどこしようもない。
隊員はただの村の住民なだけである。誰もが
目の前の光景にどうすることもできずにいた。その時・・・一人の男が口を割った。
一番後ろで黙々と見守っていた男だ。

 

「仕方ない状況だ。我々は間違っていない」

 

「何・・・?」

 

「今は非常事態だ。軍隊は見えず、変異生命体は村にまで入ってきている。
食料は生産することも、求めに行くこともできない・・・
パン一つのために殺人も許される。
盗みは他人の命を奪うこととまったく同じだ」

 

「・・・一体何の話?・・・私たちは今・・・人を殺した・・・!」
仲間は怖気ついた表情で男を眺めたが、男は言葉を止めない。

 

「・・・我々は孤立している。彼らに盗まれた
食料や薬品のため何人死んだかわからない。彼らは未来の彼らの命を
奪っただけだ。自分が住むことになる場所を破壊したのだ・・・殺人未遂だ。
そして、我々は正当防衛しただけ・・・
殺人者から我々みんなを守るための正当防衛だ」

 

「正当・・・防衛・・・」

 

「そう、正当防衛。我々の隣にいる人や、家族の生命をまもるために
輪津人者や盗人のようなゴミを処理している。その途中
予期せずにゴミ一つが命を失っただけだ・・・
普段なら問題になることもあるかもしれない。過剰防衛とかな・・・
だが今はそんな状況ではない。今はパン一つがなによりも大切だ。
厳戒である非常事態だ」

 

男たちの目は揺れていた。
突き当たりの路地で抜ける光を見つけたような表情であった。
そして・・・オーディアスがふたたび口を開いた。

 

「アドリアンビレッジの厳戒令、それが今発令された。
皆の魂を守るため、そして我々の安全とアドリアンビレッジ皆の安全のために
あの盗人を殺人未遂の有罪として処刑したのだ・・・」

 

2.
オーディアスは理解できなかった。
あの幼き者たちは村を愛することがなかった。貸与した本を返してもらった後
いつも私は破れたページを補修していた。
美しい挿し絵のあるページがボロボロになっていることもあった。
補修のための材料は絶えず補わなければならなかったし、人気が高い挿し絵は
あらかじめコピーしておいたりした。きれいな絵は
子供たちが落書きしたり、破いたりすることがあるから・・・

 

この本は村の公共図書館の品だ。村の人々が共同で使う村の品なのだ。
しかし幼き者たちは村を愛することがなく、
村の品の大切さも理解できていなかった。
オーディアスはそんな姿を理解できなかったが、破かれたページを見ても子供たちを
怒ることがない。ただ静かに注意し、次の人のために本を補修する・・・
彼は子供たちが傷つかないで正しく育つようにすることが
重要な事であると思っていた。
子供たちは大人とは異なり、オーディアスをバカ司書と言ってからかうことも
あったが彼は気にしなかった。自分に対する良い評価より、
この村のみんなが幸せに生きられるように、
少しでも手助けすることがずっと大切なことであった・・・

 

オーディアスは村を心より愛していた。村は彼のお父さんのお父さんの時代に
皆で一緒に掘り起こして来た共同の基盤である委員会で新しい村を創設すると
いう時も、村の人々は村の名を変えたがらなかった
オーディアスはもちろん、この村にいる皆にとって、
この村は母の胸と同じく、安全で安心できる空間なのだ。

 

彼は口数が少ないほうである。しかし・・・
いつも耳を開いて、村の新しい動きを聞こうと努力した。
前の村は不毛であり乾燥して、これ以上生きていくことができなくなった。
新しい村の提供を受けるために、村の人間皆が離れた時にも
オーディアスは静かに後処理をしていた。
アドリアンビレッジと最後まで競合をした開発企業の社長に意見をしたのも
オーディアスであった。村を奪われるかもしれないという
事実を知らせた村の元老たちは、感謝は言っても
彼に視線を送ろうともしなかった。

 

・・・オーディアスは気にとめなかった。とにかく村のためであり正しい事だったからだ。
この美しい村がまさにその証拠ではないのか・・・

 

3
これ以上堪えられない。
彼らは村を台無しにしようとする破壊者だ。私の心を複雑にしている・・・
私一人の責任なのであろうか・・・この村を敵の手から守って
皆が一緒に生きて行こうとしているだけではないか・・・
‘これ以上堪えることができない。反対したら強制的に出す。’
・・・オーディアスはそのように思っていた。

 

ネズミ野郎を何人殺したのか分からない・・・
バカなネズミ野郎はマートの物品を分けることを要求した。
ネズミ野郎は‘市民自警団’が男を選ぶときに
村の人々を扇動していた悪の元凶だ。
自分の息子を出せと住民を先導し、これからは食料を差し出すよう要求ばかりする。
食料は十分あるのだから、食料を備蓄し、
家に隠れて助けを待つというのだ。
・・・いかに情けない考えなのか。
村が危機に処しているのだから、争う場合ではないとはいえ、自分の要求ばかり言う・・・
上官がNoと言ったら、それが正しいのだ。

 

マートの品は村共同の物だ。そして・・・
当たり前のこととして村のために献身する人々のためのものだ。
エゴイストで悪辣な者に分ける食料はパン一枚もない。
状況も分からない愚か者など、自分の主人や子供のことを考えずに
村を守れるわけがいない。村に私たちは住んでいるのだ。
私はいつでも命を捨てる覚悟がある。村人皆がそう思うべきなのだ。
私たちが命を捧げて村を守ってこそ、
この村がいつまでも平和に維持される。
ネズミ野郎は他の村人協力し、マートを取り戻すという悪魔の言葉を吐いた・・・
ネズミ野郎のその言葉は村をふたつに引き離すという許されざるべきものだ。

 

手本を見せる必要がある。変異生命体のためか気が狂っているのかはわからないが
村に献身した善良な人々が徐々に悪に染まっている・・・
村を脅かす悪魔を処断する手本を見せ、
村の人々を目覚めさせなければ・・・

 

私はこの村に私の命をかける・・・
そして他の人々もそうしなければならないのだ・・・

 

4
「足に腹に頭・・・他はたいしたことないが、腹が問題か・・・
内臓をやられていたらまずい・・・この生臭いニオイを嗅いだやつらが来たら
どこでケガをするか分からない・・・
指一つ動かせない・・・内臓出血なら見こみはない・・・」

 

「どうしてこうなってしまったのか。警備を減らしたの原因なのか。だが
地域巡察に加え、夜間警備・・・皆の身がもたない・・・
夜間警備・・・しまった、宿所トイレのジャックとランプの交換を忘れていたな・・・
・・・トイレは今すぐ直しておかなければ夜間警備に困るだろう・・・
それでかんしゃくを起こらせてもな・・・修理道具は手に入れたが、
どうやって直すかは分からないな・・・やつらは汚いと言っていたが
こんなことどうでもない・・・
そういえばミカエルの誕生日の準備はできているかな・・・何も言っていないが
内心期待していた・・・誰が担当だったかな・・・ペングかな・・・ペングはさっき死んだか・・・
あそこに横になっているのがミカエルか・・・誕生日もまともに過ごすことができずに・・・」

 

「ミカエルか誰かの誕生日だ。精神が曇る・・・やはり内臓に出血があったのか・・・
・・・仕方ない・・・みんな仕方ない」

 

「誰の責任でもない・・・そう・・・誰の責任でも・・・」

 

- Mr&Mrs Martin -

ラ・シエラビレッジ

ラ・シエラビレッジ

ビンセント

ビンセント

ビンセントはくたびれた表情ではあったが、特有の鋭い目つきは生きていた。

 

「誰だ?誰なんだ・・・何処かで見たことがある顔だが・・・」
言葉とは異なり、ビンセントは私を確かに覚えている表情であった。

 

聞きたい事は山のようにある。彼は確かに何かを知っている。
この都市で何が起きているのか・・・追放された人々とは何を意味するのか・・・
委員会はどういった考えで、何をしているのか・・・
聞きたい事だらけではあったが、今彼を急き立てる事は出来ない・・・
急き立てれば、彼はさらに殻にこもってしまう・・・
一つずつ整理することを心に決め、避難所の行動について先に聞く・・・

 

「避難所か・・・何だか遠い昔話みたいだよ・・・ふ~」

 

彼は避難所の襲撃から二日後に避難所を去ったらしい。保護を受けられる人数が
少ないと知ったからだ。彼は、より良い施設であり
委員会の影響力が少しでも及ぶところへ行こうと考えていた。
委員会の影響力が及ぶということは、逆に言えば委員会に近づくことも出来るからだ・・・
もちろん表向きの理由は'安全だから'である・・・
彼が行こうと思ったところはセントラルシティであった。

 

「セントラルシティだとかなり遠いよ。そこまで一人でどうやって行こうと思った?」
「そんなことバカでも知っている・・・私は君のように身一つで争う才は無いよ・・・
・・・行く方法は別に考えてある」
「方法?聞かせてくれないか?」

 

「・・・そうではなくても言おうと思っていたよ・・・」

 

彼は突然マーティンという人の話を始めた。
マーティン夫婦はこの都市で大変な人望があり、様々なチャリティーを行い、
近隣では知らない人が居ないというほどであった・・・
マーティンがこの都市で最も大きな福祉財団を経営しており、又幾つかの
美術館も保有していた。最近ではこのあたりの土地を購入し
上流層のための賃貸住宅事業をしようとしていたらしい。
この為、ラ・シエラビレッジ全体が彼の所有地であった。
詳しい事情はわからないが、邸宅団地であるラ・シエラビレッジを個人が
所有していることは、大変な大富豪であることに間違いは無い。
ビンセントはそのマーティン夫婦の話を続け、
ジェシカという一人娘の話に移った。

 

「・・・既にマーティンと友達にでもなったような気持ちだよ・・・結論は何?」

 

「そうだな・・・これが・・・事実だ・・・そのマーティンとは世に知られたとおりの
人間ではないのだ・・・有能な事業家であり最大規模のミレニアムチャリティーを
行う福祉財団・・・まじめで家庭的であり献身的な家族の仮装・・・
彼がそれほどまで業績を成したのは他の世界の助けも受けていたからだよ」

 

「他の世界の力・・・暴力組織と連携しているということか・・・?」

 

「想像力が無いな・・・そんな奴らが何の力を持っている?
それよりずっと巨大な力・・・恐らくこの都市では神のような権力を持っている・・・
それがまさに委員会だ。委員会との取引があったのだ。
マーティンは委員会と関係が有り、その取引を通じて莫大な利益と
社会的名声を得ることが出来たのだ。
マーティンと委員会が何を取り交わしたかは分からないが、
彼らの関係が単純に金銭的な利益だけではないことは事実だ。」

 

「理解できない・・・マーティンが委員会と不法に利益を得ていたとしても
それが何の関係であって、何を疑って、どんな情報がある・・・?」

 

「・・・よし、ありのまま話そう。
実は私は委員会について調査している・・・かなり昔からの話だ・・・
偶然、委員会には公開されていない多くの秘密が有るというのを知った。
彼らはこの都市の中心になることで、何かを隠している・・・
それを今、私は掘り下げているのだ。
委員会と関係ある情報なら次から次へと集めた。そして、その'秘密'は
単純な問題では無いと判ったのだ。だが、そうしている内に委員会の情報網にも
引っ掛かってしまった・・・お陰様で今はこの状況なのだが・・・
事実、私の今の状況についてはどうでも良い。私の関心は、委員会がどのような
秘密を持っており、何を隠そうとしているかだけだ。臨時避難所を出たのも、
マーティンに会って委員会の情報を得るためだ。分かった事実を委員会に突きつけ、
そのためにセントラルシティ向けの特急列車に乗ろうと思ったのだ。
ところが・・・予定が少し狂ってしまった・・・」

 

「予定が狂った・・・?」

 

「マーティン夫婦の考えは分からないが、避難方法がおかしい・・・自分の娘は勿論、
全ての下人は避難所に送っているが、夫婦は邸宅に残っている・・・
・・・問題は、その直後邸宅近隣に変異生命体が現れ、封鎖してしまったのだ。
マーティン夫婦がセントラルシティに向かっているとしたら、身分証を偽造したか・・・
だが、私にはそれが難しい・・・
結局、邸宅どころか、ラ・シエラビレッジにも近づけなくなってしまった。
彼らに会うことが出来なくなってしまったというわけだ・・・」

 

彼が何を言いたいのか分かった。
ビンセントはやはり委員会について何かを知っている。それに委員会の事を
調べていることを自ら認めた。そして彼は今、自分が調査しようと思ったマーティンと言う
人間について、私が代わりに調べるよう求めているのだ。
委員会の関係者に直接会える絶好の機会だ・・・ビンセントの言葉どおりの
有名人なら委員会の一方的な手人では無いはずだ。彼らはかなり緊密関係にあり、
彼を説得することが出来たら・・・いや、ビンセントのように少しでも脅迫することが
出来たら、多くのことが分かる筈だ・・・

 

思いもよらない収穫に光が見えた・・・
ビンセントの表情にも微笑が浮かんでいる。
その微笑みはたちどころに消えたが、瞬間心を読まれた気持ちになった。
ビンセントは急に顔を近づけて言った・・・
「貴方も委員会に関心があるように見えてね・・・」

 

「いや・・・何の根拠でそんなことを言う?」
はっと驚く私の姿を見てビンセントはなんでもないと答えた。

 

「貴方は私を必死に探し回っていたようだね・・・
そこまで苦労してまでとなると、私に惚れたか、でなければ委員会との
関係についてのことしか無い・・・
臨時避難所でバイオスフィアや委員会について話すとき、関心を持っているように
見える人間は殆ど居なかった。何も考えていないのか・・・
何も感じることが出来ないのか・・・とにかく何も感じなかったんだ・・・」
話し方は感情が無いロボットのようであったが・・・彼の目はぎらぎらと輝き、
私の行動が分かっていたようだ。
全身の細胞が彼のペースに飲まれないよう警告を送る・・・

 

彼は平気な顔をしながら言った。
「こんな状況なら誰でもおかしいと思うよ。
委員会とこの都市で何が起こっているのか関心があることは、否定しない。
委員会の対応やこの都市の動きは、常識では計り知れないことが多くある・・・
私はその理由が知りたい。それで・・・何をすればいい?」

 

ビンセントは微笑んで言った。

 

「マーティンは多くの疑問に答えることが出来る数少ない人間の一人だ。
民間人としては恐らく最も委員会の近くにいる人間だろう。
彼の情報は我々みなの疑問を解決してくれるかもしれない。
そんな高級な情報を見逃すことが出来るか・・・
だが問題がある。・・・私には化け物を掻き分けてマーティンに会いに行く能力が無い。
しかし貴方は出来る。これはお世辞ではない。そこで状況を見てきて欲しい・・・
マーティンを説得することが出来たら尚いいが・・・
彼の全ての情報を得られれば、私の情報と合わせて、
ジャックポッド級の情報になるかもしれない・・・
マーティン夫婦の邸宅の詳しい情報は聖堂に居る彼らの執事に聞いてくれ。
彼は結局夫婦をおいて去ることが出来なかった・・・彼がマーティン家の
全てのものを管理し、邸宅の構造から、防犯装置など全て知っている・・・
事実、私もその人に会いに行きたいのだが、この通りでな・・・」

 

・・・私は彼に言われなくても、マーティンと言う人に会いに行った筈だ。
しかし・・・
ビンセントは自分のカードを出さなかった。彼は何を探しているのか・・・
何を知っているのか・・・情報を何も出してない。
唯一つ、二つと質問を投げかけ、私の受け答えの様子を観察していた・・・

 

「それで、一体何を知りたい?唯漠然たる疑問なのか?
それとも、確認したい何かがあるのか?」

 

ビンセントは口をぐっと締め答えた・・・
「それは君が成功したら自然に分かるよ。・・・そう、自然に」

 

ビンセントは再び特有の皮肉るような微笑をした。
しかしその表情が皮肉ではないことは分かる。
それは彼が興奮したとき作る表情なのだ。
重要な何かに近づいたとき、自然に作られる彼の表情だ。

 

自分の緊張を隠すための仮面はしているが・・・
彼と話をするうちに興奮が鎮まらない・・・

 

そんなことはどうでもいい。
重要なことは、彼と核心に迫る話をしたことである。

マーティン家の執事

マーティン家の執事

マーティン家の執事は聖堂であったことがあって覚えていた。
マーティンに会いたいという話をすると、彼は警戒していたが、
マーティン夫婦を助けたいという言葉に彼は安心したようだ。

 

「なんて感動していいか・・・そうではなくてもお嬢様までも旦那様を訪ねるために
行ってしまって・・・心配でたまりません。」

 

「お嬢様はジェシカ・マーティンと言います。お嬢様は一人でラシエラビレッジへ
向かってしまって・・・ラシエラビレッジには既に変異生命体があふれていると聞いて・・・
それは自殺行為と同じです。
それに彼女はとっくに避難したと聞いたのですが・・・一体如何して・・・」

 

「それが・・・変異生命体が発生したという情報を聞いてすぐに避難しました・・・ですが
お嬢様はマーティンの旦那様が邸宅に残るという話を聞いて、
シェルターに向かっている途中で戻ってしまったのです。
説得を試みましたが、お嬢様は旦那様とよく似ていて
一度心に決めたら、絶対に諦めない性格でして・・・」

 

「それで貴方も一緒に戻ってきたのですね。」

 

「そうです。お嬢様を一人で行かせることなんて出来ません・・・
お嬢様が変えるという話を聞くと、出発した大部分の他の召使も皆
避難を諦めてしまったのです。自発的にそうするとは思いもしませんでした。
それから・・・旦那様を連れて行くために、邸宅を訪ねましたが、
そこは既に化け物が天地に敷かれていました。
・・・多くの人が怪我をして、命を失いました。初めて見た化け物に何をするまでも
無かったのでしょう・・・そして逃げている途中、暴徒と遭遇してしまい
危険な状況のときに此方の方々が命を救ってくださったのです。
九死に一生には違いありませんが、それでもお嬢様は諦めることをしませんでした。
逆に時間が経つほどイライラされて・・・そうして数日後、貴方のおかげで
暴徒が制圧されました。お嬢様は暴徒が消えた今がチャンスだと言って
居なくなってしまったのです・・・」

 

「それで一人で邸宅に行ってしまわれたのですね・・・」

 

「・・・伝言は無く、メッセージを一枚残していってしまいました。
旦那様も旦那様ですが、危険な道を一人で行ってしまったお嬢様が余りにも心配です。
もしもジェシカお嬢様に何かあったら・・・
私は死ぬまで許されることはありません。」

 

彼は邸宅のことより、心より彼女を心配していた。彼に戦える力があったら
確実に彼女を探しにいくだろう。
私は彼女を探すことにした。執事が心から心配しているジェシカを
そのままにしておくことは出来ない。それにマーティン邸宅の鍵は彼女が持っているのだ。
彼女を見つけなければ邸宅に入ることは出来ない。

 

マーティン邸宅は岸辺に造成されたラシエラビレッジの最も高い位置にある。
ダウンタウン西の入口を通じて、山道を長いこと登ると邸宅地域に着く。
ジェシカは邸宅の東門の方向に向かったらしい。四方が開放されている正門より
臨時で入口である東方向が安全だと判断したのだ。
東門に行くためには迷路のように構成された庭園を通り過ぎなければならないが、
それも変異生命体と遭遇する可能性が少ないという理由なのだろう。

 

ラシエラビレッジは私有地であり、そのままでは入ることが出来ない。
私はラシエラビレッジ入口の鍵を渡され、彼女を助けるよう
何度も何度も頭を下げられた。

迷路庭園

迷路庭園

ラシエラビレッジは予想以上に険しいところであった。工事が進行中なのか道は
舗装されておらず、街灯も無い。夜になる前に戻れなかったら
決して無事ではいられないように感じる。幾多の変異生命体をかき分けて、
果たしてジェシカが此処を通り過ぎることが出来ただろうかという疑問がわく。
そしてその不安は迷路庭園に立ち入ると現実になった。

 

迷路庭園には幾多の変異生命体がウヨウヨしている。寧ろ
迷路のため、抜け出ることが出来ないかのように見える。
細く狭い道は2,3匹の変異生命体でも通り過ぎることが出来ない。
ジェシカが此処を無事に通り過ぎたと思うのは妄想に近いことだ。
ジェシカを見つけることが出来なかったら、マーティン邸宅に近づく方法が再び
消えてしまう・・・彼女が無事で隠れていることを祈るしかない。

 

迷路をさまよって何時間経ったであろうか・・・迷路庭園の一方で西方向へ繋がる
紋が見えた。マーティン邸宅の東入口と繋がれているここが
西入口なのだろう。彼女が居る場所は此処しかないという希望を
持って入ると、隅に倒れている人の姿が見えた。

 

・・・それはジェシカであった。

ジェシカ

ジェシカ

・・・ジェシカは意識を失っていた彼女の身を確認したが
特に怪我もなさそうだ。恐らくここに到着するまでの極度の緊張が解け、
脱力してしまったのだろう。

 

目覚めた彼女は驚く表情をした。
「あ・・・何方ですか?私はどうして此処に・・・・・・あ・・・そうだわ・・・迷路庭園・・・・・・」
彼女は今の状況を確認している。
彼女にマーティン夫婦に会いに来たという話を伝え、
此処まで来た経緯を聞いた。

 

「ああ・・・執事から・・・私たちはバイオスフィアのシェルターに向かう途中、
両親がまだ家に居るという話を聞きました・・・私たちが家を発つときにはまだ避難の
準備をしていて、すぐ付いて来ると言っていたのですが・・・
・・・少し遅れるくらいかな・・・と思っていたのですが、どこかおかしな気がしていました。
・・・数日前から両親の行動がどこかおかしくて・・・それで・・・急に
思い出したんです。それで・・・そのまま避難することが出来ませんでした。」

 

執事の話によると、彼女は家に帰ると意地を張り、結局ダウンタウンに戻ったと言っていた。
邸宅に入るために八方で努力したが、おびただしい数の変異生命体が
襲撃している状況ではどうしようもなかったという事だ。
その途中、助けを求めるために訪れたアドリアンビレッジで暴徒に遭遇し、
幸い、神父の仲間に会って助けられたらしい。

 

「時間が経って両親がどんな状況になっているのか・・・暴徒によって建物から
出られなくて、本当に心配していたのです。それで心にずっと決めていたことがあって・・・
3日・・・3日立っても状況が変わらなかったら、なんとしても此処を出る。
そうしたある日、本当に暴徒が制圧されたというのです。天が私の願いを
叶えてくれたと思いました・・・そして決めたのです。
私はメッセージを書いて外に出ました・・・執事が心配することは明らかでしたが
留まっていることはできませんでした。このままそこに居れば私は死人と同じです。
・・・そして・・・走って走って・・・ようやく此処まで来られたのです。」

 

本当に力強いお嬢様であった。マーティン家門の甘やかされた女性のように想像していたが
そのような感じはしない。精神が強く、倒れないという根性が感じられた。

 

「ですが・・・全てが無駄になってしまいました。」

 

「無駄だなんて・・・」

 

「マスターキー・・・邸宅の保安装置をパスできるキーを忘れてしまったのです。
聖堂を出るまでは確かにありました。唯・・・一直線に走ってきて・・・
迷路庭園に入ってきてからは本当に・・・」
彼女は思い出したくないように目を伏せた。

 

「判りますか?あの外の死骸・・・歩く死骸・・・全て私たちの邸宅で
働いていた人々です・・・板前さん・・・植木屋のおじさん・・・お手伝いさん・・・毎日
笑って接してくれた彼らが・・・今は私に噛み付こうと道を塞いでいる・・・
胸が張り裂けそうで押しのける力すら出ませんでした。それで彼らの
足元をめちゃめちゃに転がって・・・這いずりまわって・・・
記憶も無く満身創痍になりながら此処に到着しました。
・・・そしたらマスターキーが入ったバッグが無くなっていました・・・
空が遥か先になる気持ちがして・・・
そして・・・目覚めると貴方がここに居ました。」

 

どうやって此処まで着たかは見なくても判った。言うまでも無く奇跡であるのだ。
だが、問題はマスターキーだ。それが無ければ命を賭けたジェシカの努力、そして
私の努力も水の泡になる。何としても見つけなければならない。
幸いなことに、彼女はマスターキーをこの迷路庭園の何処かに落としてしまったようだと
言った。それなら見つけられる可能性は残っている。
いや、必ずや見つけなければならない。

 

マスターキーを探すことを伝えると、彼女は暗い感じで言った。

 

「社交辞令でも大丈夫です・・・余りにも危険ですから・・・
でも、本当はそんなことを言う余裕すらありません。
それは素直な私の気持ちでは無いですから・・・」

 

「正直にお伝えします。どうかマスターキーを探してください。
そして、決して怪我をしないでください・・・」

 
セキュリティシステム

セキュリティシステム

迷路庭園は予想よりも戦いにくい場所であった。変異生命体に囲まれると
逃げられる道が無い。群がれば群がるほど、火力が頼りになり、手に負えなくなって
後ろを向いた瞬間、後ろからも変異生命体は集まってくる・・・
・・・私は絶望を感じるしかなかった。

 

だが、マスターキーを必ず見つけなければならない。何処かにはあるはずだという希望を
旨にして、迷路庭園に入ってからどの位経ったであろうか・・・
あるゾンビの足首に掛かっているジェシカのハンドバッグを見つけた。
ゾンビに向かってここまで嬉しい顔はしたことがなかった筈だ。

 

・・・問題はその後であった。
ジェシカのマスターキーが作動しないのだ。
「・・・私のマスターキーは父の権限に設定されています。
このキーで作動させられないもんや装置はこの邸宅には無い筈なんです・・・」
ジェシカは認証機を何度も操作していたが、'保安を解除する権限がありません'という
文字だけが表示されていた。
・・・他の方法を見つけなければならない。何としても門を超えなければならないのだ。

 

「無駄な試みはしないでください。無理やり塀を登った瞬間、丸焼きになります。
それにマスターキーが作動しなければ門は超えられても、邸宅に入ることは
出来ません。侵入者の警報がなった瞬間、玄関に門がかかり、窓には鋼鉄シャッターが
下ろされます。破壊して入るのは不可能です。」
ジェシカは私の考えを読んでいたかのように言った。

 

「保安を解除する権限が無いということは、保安システムが無力化したわけでは無いと
言うことです。それなら、保安体系をリセットすれば入れるかもしれません。
・・・父によって私のマスターキーが管理者権限から除去された・・・
保安体系のセットは邸宅管理者しか出来ません。そして、保安システムが正常に
作動しているということは、両親がまだ邸宅内で生きているという意味かもしれません」
彼女は何かを思い出すように言葉を並べた。
「・・・どうすれば・・・方法が無いわけではないですが・・・」

 

「見れば判ると思いますが・・・この邸宅はまだ工事が終っていません。
古くなった邸宅と敷地の全てをリモデリングしている途中なのです・・・そしてこの
保安システムは、リモデリング作業によって設置されました。所が、邸宅が古いため
必要な電力が不足しているという話を聞いたのです・・・その為工事を中止して
臨時発電機を設置してから、保安システムを設置し、不足している電力は
追加発電機を邸宅内に設置することになったのです。
ですが、私が知る限りでは追加発電機は設置されていません。
ということは、保安システムはまだ臨時発電機から電力供給を受けている
という事になります。その電力を遮断できたら保安システムを無力化できるでしょう・・・」

 

電力供給をしている発電機を破壊すれば・・・可能性はあるだろうが、邸宅の保安システムが
全て無力化されれば、邸宅内部に居るマーティン夫婦が危険になることもあるだろう。

 

「いえ・・・その心配はありません。多くの電力を消耗することとは、外部保安の為の侵入警報
システムだけです。邸宅の保安としてみれば、鋼鉄シャッターや何か物を動かせる
暗いならば邸宅内部の電力でも十分運用可能です。発電機を破壊しても
邸宅全体の危機がシャットダウンして、両親が危険になることは無いと思います。
それより・・・もし発電機が外部電力と接続されているなら、やたらに発電機を破壊して
外部の電力に問題がおきないか心配です。ショートが発生したら・・・」

 

ここまで危険と混乱する環境でも彼女は冷静に状況を判断していた。
彼女の姿に感嘆せざるを得ない。

 

「ですが、どうして保安体系を変更したのか気になります。理由が無いのです。
マスターキーを持った人間は父を除けば私だけです。
保安体系を変更して得られることは、ただ私のカードが使えなくなること・・・
・・・それだけです。それが判りません」

 

疑問はそれだけではなかった。この邸宅に何の理由から
そのような厳しい保安システムが必要なのか・・・

 

・・・だが重要なことはそうでは無いだろう。発電機は山道の何処かに有るらしい。
ジェシカの話から、発電機を安全に停止させるための方法を見つけることが最優先だ。

幼い頃の記憶

幼い頃の記憶

・・・不安は現実になった。
千辛万苦の末、発電機の破壊に成功したが、ジェシカの元に戻ると
彼女は呆然としている。

 

「短時間電気が止まりました・・・成功したと思ったのですが・・・1秒と経たずに
再び電力が復旧したのです。そしてこのような表示が出ました」
保安システムの画面には'予備電力稼動中'という文字が表示されている。
何処かから電力を供給しているのだ。

 

「邸宅の臨時発電機が完成されているのか、出なければ私が知らない別の電力供給元
があったのか・・・こんなに苦労するなんて・・・何もいえません・・・」

 

・・・方法が無かった。外部の侵入を阻むために作られた保安システムは
外部からの助けをも阻んでしまったわけだ。
重装備で全てを破壊してしまおうかと思ったが、笑みが漏れた。
不可能な事実がかえって気を楽にしたのだ。
「ところで、どうしたこのような厳しい警備が必要なのですか?ただ泥棒を
防ぐにしては大げさですが・・・何か理由があるのですか?」

 

・・・ジェシカは一息吐いて言った。
「それが・・・私も事実はよく判りません。家に高価な品物がそれ程有る訳でもなくて
父が最も大切にしていた物は、本と研究資料だけです。
時間が有るときは、いつもそれを持って生活していました。
盗難を恐れているものがあるなら、恐らくその資料だけな筈です・・・」
ジェシカは膨張された身振りで資料を守ろうとするような動作を取った・・・
・・・その瞬間、彼女が何かを思い出したというような顔をした。

 

「あ・・・そうだ。そういえば父は本当にその資料を大事にしていたのです。
冗談のようですが、思い出してみれば本当にそうでした。
幼い頃、黒い服を着た人々が急に来ることがあったのです。
高価な品物を持って行くのだと思いましたが、母は

ゲストハウス

ゲストハウス

協力

協力

Mr&Mrs Martin

Mr&Mrs Martin

秘密通路

秘密通路

ジェシカの心配どおり、迎賓館の庭園は変異生命体であふれていた。
閉じ込められていた野獣が一瞬に飛び出すように、変異生命体は私を見ると頓狂な
叫び声を上げて飛び掛ってきた。彼らと相手をしてからどれ位経ったであろうか・・・
何処からかジェシカの声が聞こえる。

 

「ここです!こちらです!はやく!!」
いつの間にか現れたジェシカは迎賓館の玄関を開けて待っている。
迎賓館の室内に変異生命体がいたら命が切れるだろうが
彼女の姿は強い。
「はやく来て!はやく!!」

 

押し寄せる変異生命体を鼻先でかわし・・・玄関に飛び込んだ。
・・・本当に驚くべき事は、無謀なお嬢様である。
しかし、彼女は何事があったのかというように、休む事無く、
秘密通路の入口を探している。

ジェシカクリスティマーティン

ジェシカクリスティマーティン

バイオスフィア

バイオスフィア

バイオスフィア

バイオスフィア

大部分は調査するような価値の無い文書であったが、
目立つ文書が一つある。
・・・バイオスフィア誕生に関する内容だ。

この資料は統制された言論の公式資料と言うより、第三者が事実を
取り纏めたような感じである。マーティンが直接調査をして作成した資料なのか・・・
それとも他の資料による物なのか・・・
だが、重要な事はその資料はバイオスフィアの誕生過程等、未だ見たこと無いほど
客観的で、リアルに書かれていた。

変異生命体の発生過程やバイオスフィアの歴史は公式的に一切発表されていない。
'都市外部に対する無駄な関心を避ける為'である。
バイオスフィアの歴史を詳しく知る事は、人類の歴史を含んでいる筈だが
委員会はそのような外部に対する話が一般人の無駄な好奇心を刺激すると判断していた。

勿論都市外部に対する内容が一般に公開されていない訳では無い。
委員会は定期的に外部調査を受け、その結果を発表する。しかしその内容は極めて
制限されたものであり、必要以上の情報は提供されていない。度が外れた情報は
一般人を刺激するものであり、好奇心は都市の外部を直接見たいと言う欲求に
繋がるかもしれないからだ。
外部情報の日公開原則に対する委員会の立場は強硬であり、
全てを遮断した非公開の制作禁止法案を見れば直ぐわかる。

外部に対する委員会の立場が非公開を原則としている程、人類が
このミレニアムまでの過程がほとんど知られていないと言っていいだろう。
変異生命体の発生後、一部の生存者がバイオスフィアを建設し、
変異ウィルスから幾多の人間を保護して今に至っているのだ。

しかし、マーティンの資料はバイオスフィアの誕生からの過程を強力な文章で
綴っている。一般的な配布資料で見るように、委員会或いはバイオスフィアを
英雄視している表現は無く、事実をそのままに伝えているのだ。

特に注目する部分は'特別管理区域'に関する事だ。
委員会は一般的に知られた事のようにすべての生存者を必要に寄って受け入れ、
そうでは無い者はそのまま放置した。彼らの能力と活用度によって保護すべき対象と
そうで無い対象を決めたのである。更に資料によると
将来危険になるかもしれないという理由で所謂'不適格者'を意図的に
孤立、死亡させたというものまであった。
ソンナバイオスフィアを人類救援の為に全ての物を捧げた英雄だと思うには、
幼い考えがある。逆に生存の為に必要の無い人々を利用して捨てる、
非人道的な部分が照らされていた。
其れがたとえ、皆の生存の可能性のためだという理由があったとしても
言葉が過ぎるのだ。

委員会が隠蔽したかったのは、この事なのだろうか・・・バイオスフィア初期の非人道的な
行為・・・バイオスフィアの人類愛・・・人類を救援した委員会のアイデンティティ・・・
人類を救援した功労により神格化された委員会の権威と権能を害すると言う
判断の為、彼らは殺害されたのであろうか?

今のような状況で無いなら、1週間、いや2,3週間は全ての新聞の見出しを
飾るのに十分な価値のある内容だ。この資料が公開されたら
委員会は困境に立たされるだろう。
だが、それで全て・・・それ以上の事は起こらない。委員会のイメージは
深刻な打撃を受けるが、其れはやがて過去になる。
委員会は統制する事が出来る筈であり、暴動や弾劾のような深刻な結果に
繋がる可能性は無いと思って良い。

それなら委員会は何故一体そこまで恐怖し隠蔽したのか?
何が恐ろしくてマーティン夫婦を殺害してまでこの資料を潰そうと考えたのか?

彼らが恐れているのはもしかしたら'今'なのかも知れない。
委員会が隠蔽したい事は今もそのような事が起こっていると言う事であり、
今起こっていることが遠い過去からあったという事実に対する証拠なのかもしれない。

委員会が'不適格者'として追放した行為が今'臨時避難所'で起こっているなら・・・
・・・そして委員会が'適格者'に施した安全が'シェルター'或いは'バイオスフィア'の
人々にのみ該当する事なら、過去にしてしまう事も出来るだろう。
だが、今もそのような事が起こっているのなら話は変わる。
被害を受けた当事者の事実が知られたら、委員会はイメージの打撃だけでは
終わらないだろう。

・・・しかし何故?
'適格者'に安全を提供し、'不適格者'を追放して委員会が得られる物は一体
何なのか・・・不足する資源と統制していない生存者に苦しんだ過去なら、
百歩譲ってもそのせいだと言える。しかし、今の委員会には所謂
'不適格者'を追放しなければならないほどの理由が無い。
動機が不足しているのだ。

バイオスフィアに関するマーティンの調査はこれで終わりではなかった様だ。
'-委員会非公開記録- バイオスフィアの歴史'という題名のこの資料は
'バイオスフィア1'、'生存'、'中央委員会'を経て'新しい世紀'の内容(Post Biosphere
Century)と繋がっている。
恐らく作成に至るまでのメモであったが、'新しい世紀'の内容が
初期のバイオスフィア以後、今に至るまでの事である事が見られた。
もしかしたら私が確保できなかった'新しい世紀'の資料は委員会に関わる
致命的な内容があったのかもしれない・・・

'新しい世紀'のメモの中にはもう一つの資料である'古代の壁'と関わる追加調査が
必要である文とある人物の名前が書いてあった。
別途の調査が必要なほど重要な事に違いないが、'古代の壁'という
題目の短い文は、過去の戦争とバイオスフィアの建設を表現しただけであり、
'古代の壁'が何を意味しているのか、何を追加で調査しようとしていたのかは
分からない・・・

マーティンのメモには'我々'と言う表現と'委員会'と言う表現が混用されていた。
マーティンは予想以上に委員会と深い関係を結んでいたのかも知れない。

・・・一人で想像できる事はこれで全てだ。
・・・ビンセントの助けが必要なときが来た。

ビンセントの物語

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混沌の中へ

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コメント

  • 一応アドリアン居住区~ラ・シエラ地区メインを後半とみなして移設しました。。 -- 2013-08-08 (木) 12:53:39