現関西独立リーグ・06BULLS GM補佐兼投手コーチの藤井秀悟のこと。
【目次】
概要
この呼び名の由来はヤクルト時代の2002年、サッカー日韓ワールドカップの試合を観戦した後に風邪をひいた事から。
他にも以下のような数多くの奇行・言動が「アホ」を連想させており、その蔑称が定着した。なお、以前は「afo」でGoogle検索すると藤井本人のブログが上位にヒットしていた様だが、2017年時点では検索結果から姿を消している。
afo伝説
2003年
- 元々痛めていた肘の靭帯が切れてしまいシーズンを棒に振る。
- 早稲田大学の後輩である和田毅(ソフトバンク)が訪ねた際に禁止されているにも関わらず腕を使って熱血指導を行う。
2004年
- やっと投げられる状態になりファームで調整登板をしている時期だった4月29日に交通事故を起こして頚椎負傷。 親友の中日・福留孝介には「何やってんですか。野球以外のことばかりで話題になって」と呆れられる。
- また、その事故も午前6時の横浜市内と、時間、自宅や練習場から遠く離れた場所だった事が問題に。
- その後5月中旬に一軍復帰を果たすが、8月の試合で走者としてボーッとしていて牽制球で慌てて帰塁した際に足を痛め、残りシーズンを棒に振る。
2005年
- 内角球に怒った中日のタイロン・ウッズに対してうっかり普段からの癖で舌をペロっと出す仕草をしてしまい*4、これを挑発と受け止め激怒したウッズが突進、乱闘に発展。なお、ウッズが突進してきた際逃げずに頬を殴られ首を痛める。ちなみにあるテレビ番組ではこの時の出来事に対して、「(その日は)ちょうど5月5日の子供の日だったので、まさか子供の前で殴ったりしないだろうと思っていたので*5」と語っているが、周囲からは「殴らないタイプの人じゃないでしょ」とツッコまれた。後年、ブログにてウッズとは和解したと書いている。
- ヒーローインタビューで「えー、明日投げる川島(亮)にも悪いイメージを残してしまって申し訳なかったですし…」と、うっかり翌日の先発投手を予告*6。
2006年
- 交代を告げられる前にリリーフカーに乗って登場するも、結局投手交代はなく歩いてマウンドから去る。
- UFOキャッチャーで取ったたい焼きのぬいぐるみを見ず知らずの人に自慢する。
2008年
- サイパンでの自主トレ中に日本ハムへのトレードを通告される*8。
- サンケイスポーツには通告前にすっぱ抜かれるが正式発表前にブログへ掲載、自主トレを切り上げずに帰国しなかった事などで物議を醸す。
- 登板前夜、まだ寒い札幌で深夜まで迷子になる。
- 成績が低迷しているにも関わらずダルビッシュ有と妻(当時)のサエコ(紗栄子)にほしのあきとヴァレンチノのパーティーへ出席。その脳天気ぶり*9でファンを呆れさせる。
- 交際していたフリーアナウンサーは他の男性と結婚。さらに破局の原因となった性癖が週刊誌上で暴露される。
- 登録抹消中、CS出場が決定した試合で球場内の売店へ買い出しに走り後方支援。
- CS第1ステージ第2戦で先発。見事勝利を挙げ第2ステージ進出を決めるが、打球を当てて右手を骨折。それでも第2ステージの最後の試合で中継ぎ登板。
- 『笑っていいとも』を客席で観覧している所をカメラに抜かれ、それを観ていた選手から怒られる。
- トークショーにて「最近野球を真剣にやり始めました」「今まではかじる程度」と発言。
- 12月3日のディナーショーチケットは即日完売。乾杯の音頭を取り、翌日の道新スポーツの1面を飾る。
- 師走に入っても契約未更改。球団側は日程調整を目論むが藤井はブログを頻繁に更新、札幌市内にいたり知人のパーティーに出席したりと時間はありそうなのに予定を合わせる事はしなかったため、球団関係者に「意味が分からない」とまで言わせる*10。
2009年
- ブログで「バレンタインのチョコ送ってくれたらプリクラとサイン送るよ!」と書いたところチョコが殺到、宿舎の自室を埋め尽くす。
- 12球団勝利の記録が懸かったヤクルト戦で一塁ベースカバーに入らず逆転負け、吉井理人投手コーチを激怒させる。
- プライベートでも自身のグッズ(Tシャツ)を身に付け、ダルビッシュや武田久に「どんだけ自分好きなの」とツッコまれる。
- 外食した先で偶然スピードスケートの大菅小百合選手と同席、2ショット写真をブログに載せるがエントリ名は「彼女できました」。
- 動物園へ行く。ブログで「カバすごかったよ~」、しかし掲載されていた写真はサイだった。
- 9月5日の楽天戦、「野球小僧Tシャツ」を着て試合中にKスタの内野席を徘徊。
- さらに12日、ジェラート屋台にも出現する。
- 札幌駅前でのローカル情報番組の生放送現場で一般人に紛れて映りこみ、数分後にダルビッシュから電話で怒られる。
- ブログで「ボッツ、CSも頼んだぞ!」と2ショット付きで更新した数分後、ジェイソン・ボッツの退団が決定。
- 日本シリーズで一世一代の投球(しかし気合が入っていたのは「打席」という噂も)。勝ち投手の権利を持って降板するがリリーフに勝ちを消される。
- 11月9日、「新しい場所で成長したい」と移籍を前提としたFA宣言*11。しかし他球団からのオファーはなく、巨人に拾われる形で何とか移籍先を確保した。
2010年
- 9月16日、巨人の首脳陣はこの日先発が予想されていた藤井の代わりに高木康成を先発させる奇襲策を画策。しかし、藤井がヤクルト戦の前に長距離走に参加してしまったため、ヤクルト首脳陣に先発変更を見破られ奇襲策失敗。しかもその試合に敗れチームは3位に後退した。
2013・2014年
- 2013年8月24日の先発で左肘の違和感から17球で降板*13。翌年は一軍昇格がなく戦力外。トライアウト参加もNPBからオファーはなく引退、これが現役最終登板となった。
関連項目
関連リンク
藤井秀悟オフィシャルブログ『野球小僧』
http://ameblo.jp/yakyukozo/