戦争って嫌だよな。
オレも、リンクス戦争で父さんも母さんも亡くした。
地下に広い空間を見つけて、しばらくそこで兄さんと他の孤児たちと一緒に暮らしてた。
だけど、そこが企業に目をつけられた。
居住可能な環境だとか、技術的に見ても大きな発見だとか。
そんなことはオレは知らないけど、勝手に暮らしてたオレたちは追い出されたんだ。
兄さんは傭兵になってACに乗って、オレたちの為に働いた。
傭兵なんて……いつ死んでもおかしくないのにな。
兄さんが誰に殺されたのか、知る由もない。
傭兵だから、分かってたことだけどな。
でも、オレたちにはお金が必要だ。
死ぬかもしれなくても、兄さんがいなくなったら、オレが稼ぐしかないんだ。
世界移動シナリオ-ARMORED CORE Paradise of Stain編のイベント
Dream is floating in the sky -夢は空に浮いている-
空にはブーメランみたいな形の航空機が飛んでいる。
クレイドルと言う、空に浮かぶ居住区だ。
コジマ粒子によって汚染された地上から逃げ出した上流階級の人々が暮らしているって言うけど、一傭兵に過ぎないオレには、文字通り雲の上の話だ。
「オレはいつか、クレイドルで暮らすのが夢なんだ」
「太陽さえあれば、私はどこでもいいけどね。地下でも。ヴァンは地下はどう?」
「地下……嫌いじゃあないけどな。でも、あんまり行きたくはないな……」
何度かミッションを共にした傭兵仲間のフレアが、オレに返事をした。
こいつの乗るAC、フィクストスターは、火力に特化した機体だ。
オレの使うコルセアとは真逆のコンセプトだけど、だからか相性は悪くなかった。
「あ、ヴァン。弾薬費よろしくね♪」
「そういう冗談、やめろよ。こっちだって少しでもお金は欲しいんだよ」
孤児の仲間たちは、まだ働けるような年齢じゃない。
運良くオレがリンクスになれたんだから、オレがみんなの分も稼がなくちゃいけないんだ。
コロニーはどこも貧しい生活を強いられている。
傭兵は苛烈な戦いに身を置いているけど、市民だって貧困と戦っている。
傭兵が勝つ為には暴力に訴えればいいけど、市民にはそんなことは出来ない。
才能を持っていると言われた、オレが代わりにやらなくちゃいけないんだ。
「ヴァン、時々難しい顔するよね」
「この世界は難しいからな。フレアこそ、なんでそんなに気楽でいられるんだよ」
「暴力が支配する世界って、素敵じゃない?」
「……分かんないな」
戦闘での相性は悪くないけど、人間的な相性は悪いと思う。
オレもこれくらい、気楽に考えられたら良かったのに。
「お金を稼ぐって言ったって、傭兵なんだからどうせ戦う事しか出来ないでしょ? ほら、簡単よ」
「そうだけどさ。強い傭兵なら引っ張りだこだろうけど、オレなんかは今日みたいなつまんない仕事しかできないだろ?」
「同じ仕事してた私はどうなるの」
喧嘩って程じゃないけど、よくこうして口論になる。
オレとフレアじゃ価値観が違い過ぎて、いつも答えは出ないけど。
「だったらさ、自分から難しい仕事を取ってくればいいじゃない。寝てるだけじゃ火砲…いや、果報は来ないよ」
「死なないのは最低条件だ。オレが死んだら、誰があいつらを養えばいいんだ」
「コロニーで暮らしてるんでしょ? 配給はあるんじゃないの?」
「あんな量で生きていける訳ないって!」
フレアって食には困ってなさそうだけど、どういう生活してるんだ?
孤児を養おうとしなければそれくらいの生活にはなるのかな……?
「そういえば、困ってそうなリンクスってあんまり見ないよね」
「食事には困ってなくても、他で色々困ってそうだけどな」
「他って、例えば?」
「そりゃあ……身内が死んだ、とか」
もちろん、他の傭兵の事を考えたってしょうがない。
オレがお金に困ってる。それが事実だ。
「……報酬の高い仕事か」
「そうそう。お金が沢山あれば、後のことを考えずに気持ちよく撃てるからね」
AC乗りの間じゃ、そういう、あからさまに怪しい依頼には気をつけるように言われている。
甘い言葉には裏があるなんていうのは、初歩の初歩の教えだ。
フレアにああ言われなければ、オレも受けたりはしなかった。
……早速、後悔していた。
[Ba'Gamnan]
騙して悪いが、ネクストを撃破すれば俺たちも箔が付くんでなァ!
死んで貰うぜ!
[Vaan]
冗談じゃない!
慣れた傭兵からすれば、「言わんこっちゃない」って位の、分かりきった展開がオレを待っていた。
4機ものACが、オレを取り囲んでいた。
こんな時、凄腕の傭兵なら、取り乱すこともなく返り討ちにするんだろうけど……。
[Vaan]
無理だろこんなの!?
[Ba'Gamnan]
はっはー! 話に聞いてたよりも弱ぇじゃねぇか!
こりゃあ思ってたよりも……!
先頭の1機含む3機は積極的に接近戦を挑んできて、もう1機は射撃で逃げ道を防いできた。
荒い戦い方で、連携と呼べるようなものではなかったけど、正直言って、この時には死を覚悟したくらいだ。
いや、自分はリンクスだったことを思い出してクイックブーストを使わなかったら、死んでたに違いない。
この日は心底、自分がリンクスとしてどれだけ怠けていたのか思い知らされた。
オレはネクストの性能に甘えているだけなんだよな。
「へー、そんなことがあったんだ」
他人事みたいに(他人事だけど……)フレアが言った。
「フレアはそういう経験ないのか? 傭兵仲間じゃ、こういうのってよくある話みたいじゃないか」
「うーん、あったような気がする……」
フレアらしい、曖昧な返答だった。
こいつなら、騙されても気にせず倒してたんだろうな。
「フレアにさ、頼みがあるんだ。オレを鍛えてくれないか?」
「鍛える?」
「リンクスとして、もっと強くなりたい」
オレがそう言うと、フレアはオレの顔をまじまじと見つめた。
「そんなに悔しかった?」
「そりゃ悔しいよ。悔しいけど……それ以上に、もっと強くないと、傭兵としてやっていけないなって」
「ああ、それはそうね」
合点がいったとでも言いたげに、フレアは気の抜けた顔に戻った。
「ほら、オレ独立傭兵だろ? 頼れるリンクスなんて他にいないからさ」
「企業に所属したらいいんじゃない? 私、教えるのあんまり上手くないよ」
企業に所属しないのは……自由が欲しいからだ。
企業の専属になったら、なんとなく束縛が激しそうだ(これに関しては、完全にオレの想像だ)。
独立傭兵なら他にもいるけど、知り合いのリンクスとなるとフレアしかいない。
「こういうのって、やっぱり見知った仲でないと頼みづらいだろ?」
「まあいいけどね。クイックブースト位、体で覚えなきゃ駄目なんだから」
一週間後。
オレは一ヶ月分の生活費を持って、コロニー・ラバナスタへ帰って来ていた。
孤児のみんなが暮らしてるコロニーだ。
砂漠に囲まれた地形は、当然過ごしやすい気候じゃない。
いつかクレイドル……とはいかないでも、せめてもう少しマシなコロニーに引っ越せればいいんだけど。
「ヴァン、危ない目に遭ったんでしょ? 傭兵、まだ続けるの?」
幼なじみのパンネロが、心配そうにオレの顔をのぞき込んだ。
「働かなきゃ、食い物がなくなるだろ?」
「うん……私ね、ヴァンを手伝うよ」
「手伝う?」
「オペレーターやってあげる」
笑顔で、パンネロはそんなことを言い出した。
既に話を聞いていたみたいで、孤児のみんなは驚いてない。
「私がオペレーターをやれば情報面でヴァンも楽になるだろうし、今回みたいなあやしい依頼に引っかかったりもしなくなると思うよ」
「パンネロ、でも」
「大丈夫! オペレーターなんだから、ヴァンよりは危なくないよ」
確かに、パンネロもいればそう簡単には引っかかったりはしなくなるだろうし、敵の増援なんかにも対応できるようになるかもしれない。
オレにはこの提案を断る理由が思いつかなかった。
「それじゃあ、私も傭兵デビューね。私たち今までも、これからも、助けあって生きていくんだから」
「……そうだな」
オレの買い込んできた食糧を分けあって食べるみんな。
辛いだろうに、オレにはそんな表情は見せなかった。
こんな仲間たちを守るために……なんて格好いいこと言っても、やってるのは人殺しなんだけどさ。
戦争に巻き込まれたからって、今日を生きなきゃって、必死に働いて……でも、その先は全然考えてない。
クレイドルとか景気のいい事を言っても、本当は、どうせ無理だって思ってる。
その度に、オレたちの為に働いた兄さんのことを思い出して……。
こんなんじゃ……死んでもしょうがない。
「ヴァン?」
オレの未来をどうするか、決めなくちゃ駄目だ。
一年後。
オレもそれなりに腕を上げた。
カラードランク23って呼ばれることもあった。
あの日以来、自分の未来について真剣に考えてみたけど、考えれば考える程、傭兵って職業はオレの性分に合ってないのが身にしみる思いだった。
クレイドルに行って宙に浮きたいのも違う。
本当は、あの広い空を自由に飛び回りたい。
鳥みたいに翼を生やして、あの大空を……。
だけどそんな夢は、現実逃避に過ぎない。
オレは今日も、人殺しをするしかなかった。
その日受けた依頼は特殊だった。
ある、『素行の悪い』レイヴンの討伐依頼。
それと言うのも、相手側が出した依頼を受けたと見せかけて、逆に待ち伏せをするらしい。
『素行の悪い』レイヴンというのが、あの時オレを襲った連中(バッガモナンと言う名前らしい)のことだった。
[Ba'Gamnan]
ふ、フレア・コーヴァスッ!?
[Vaan]
知り合いか?
[Flare Corvus]
多分……でも覚えてないわ
[Ba'Gamnan]
なッ……て、テメェッ!
逆待ち伏せを食らったバッガモナン一味は取り乱して、ただでさえなってない連携が更に足を引っ張っていた。
これなら……やれる!
[ミッションを開始しますか?] | |
[ OK ] [CANCEL] | |
作戦エリア | 砂漠地帯 |
作戦目標 | 敵全撃破 |
敵はハイエンドACが4機。
以前、ヴァンを襲った4人組だが、ヴァンの腕の問題で逃げた訳であって、プレイヤーが操作すれば何の問題もなく撃破できるだろう。
それも、フレアが一緒となれば尚更だ。
[Ba'Gamnan]
畜生ッ! こンな……こンな事が……!
フレア・コーヴァスーーー!!
バッガモナンの叫びは、爆炎に呑まれて掻き消えた。
[Vaan]
結局、どういう知り合いだったんだ?
[Flare Corvus]
覚えてないって
依頼は達成した。
でも……オレがやったのは騙し討ちだ。バッガモナンと同じ手だ。
勝利の喜びみたいなものは、ちっとも湧いてこなかった。
それもいつものことだ。
負ければ死、勝っても無情。
こんなのが傭兵稼業って奴なのか?
何が楽しくて戦ったりするんだ?
いや、楽しくて戦ってる訳じゃない。
みんな、仕方なく戦ってるだけだ。
そうでなきゃ生きられないから。それ以外の生き方を知らないから。
傭兵っていうのはそういう……悲しい生き物なんだ。
こんなんでいいのかな、オレは……。
傭兵なんて、オレのやりたい事じゃないんだよ……。
[Flare Corvus]
ヴァン?
何で泣いてるの!?
[Vaan]
止める……
[Flare Corvus]
えっ?
[Vaan]
傭兵なんて止める……今日で廃業だ
[Flare Corvus]
ええっ!?
こ、孤児のみんなはどうするの!?
[Vaan]
他の仕事を探すよ
人殺しなんてもう嫌だ……
[Flare Corvus]
ヴァン……
先輩リンクスとして、戦い方からACの整備まで何かと世話を焼いてくれたフレアには悪いけど、もうこんな事は嫌だった。
ネクストだ何だの言っても、結局やってるのはただの人殺しだ。
理想だとか信念だとか、そんな自分に酔った考えは持てなかった。
オレは仲間のみんなと一緒に暮らせればそれでいいんだ。
だったら、傭兵になんてなる意味ないじゃないか。
コックピットでオレは、理由も分からず泣きじゃくっていた。
おかしいよな、傭兵に未練なんてないのに、何が悲しいんだろうな。
オレの頭には、ACに乗って戦場へ行く兄さんの後ろ姿が思い浮かんだ。
違うんだ、兄さん。
最初から、傭兵の道にオレの未来は無かったんだ。
それから、色々なことがあったらしい。
ワンダフルヘヴン、カオスロート、擬似ネクスト……。
その中にオレの姿はない。当たり前だ。
オレはACを降りたんだからな。
「ヴァン、本当に良かったの?」
「いいんだ、もう自分に嘘を吐くのは止めにしたんだ。それより、オレこそ収入が減っちゃって、ごめん」
「でもほら、みんなはヴァンと一緒にいられて楽しそうだよ」
パンネロの言葉が、今は慰めだった。
世界のどこかで誰かが、世界の趨勢を決めるような戦いをしていても、オレには何もできない。
リンクス戦争の時と同じ、周りに振り回されるだけだ。
ここから空を見上げても、クレイドルは見えない。
ワンダフルヘヴン……オレたちが隠れ住んでいたあの地下の空間の調査は期待されているけど、大地に残った人の全員が移住できるなんて思えない。
結局オレたちは、コジマ粒子に汚染された大地で生きていくしかない。
状況は何も変わってないのかもしれない。
ただひとつだけ、確かに変わったものがあった。
誰もが主人公になれる訳じゃない。
少なくとも、オレはそうじゃなかった。
だけど、今までよりも清々しい気分だった。
自分を縛っていたものを解き放てたような気がして。
クレイドルなんて見えない空に手を伸ばす。
夢はまだ、諦めた訳じゃなかった。