SS/残されし者の選択

Last-modified: 2013-11-12 (火) 09:22:21

残されし者の選択
アグニム
このSSは陰陽鉄学園の設定を利用しています。
また、一部独自の設定や解釈を行っている部分があります。
それでも良いという方はそのままご覧下さい

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

河城みとりさんが亡くなった。
いや、正確には亡くなっていたと言うべきでしょうか。

つい先日、私たちは科学部の作製したタイムマシンによる時間旅行へと出ていました。
旅行等という言葉を使ってはいますが、その実体は10年前に噂になった『災厄』に関する調査という、何とも不吉な内容を調べに行くという物だったのですがね

それが単なる噂で済めば笑い話になったのでしょうが、『災厄』は我々が通う学園の地下に確かに存在し、放っておけば学園やネ実市どころか世界が危ないと、出発当初に考えていたより随分と大事に発展してしまいました。
結論から言えば、私たちはそんな災厄と相対し勝利したのですが……あのような経験はもう一生したくありませんね。

突然世界の平和なんていう大きな問題に発展した今回の件ですが、私たちはそれほど大層な目標の元に挑んだ訳ではありません。
ただ、私たちが平穏に過ごしてきた日常を守りたかったから、それだけのために私たちは死力を尽くして戦い、勝利した。

しかし、私たちが本来の時間軸に帰還した時、過去に居座っていた『災厄』・ラヴォスに関する調査のきっかけとなり、もっとも守りたい存在を抱えていた私たちの中心人物であった忍者さんは、体を張って守ろうとしていた未来を失っていたのです。

いじめを苦にした自殺。
テレビや新聞などで偶に取り上げられるような内容ですが、それが自分達の親友や思い人に降りかかる等とは一切考えたことがありませんでした。

当然、皆揃って悔やみ、悲しみ、涙しますが、そうしたところでみとりさんが帰ってくる訳ではありません。

死とは絶対の別離。

どれだけ悔やみ泣き叫ぼうと、その結果が覆ることはありません。

泣き叫びながらも私たちには、その結果を受け入れる他道はありませんでした。

……ですが、たった1人だけ、その絶対的な断絶を認めなかった人が居ました。

そしてそれが、私、古明地さとりにとってより大きな日常が崩れていく切っ掛けとなったのです。

「何処に行くつもりですか、忍者さん」

進入禁止の標識を担いで深夜の街を走っていた忍者の前に、彼女は突如として姿を現した。

立ちはだかった少女の名は古明地さとり。
彼女との付き合いは15年近くになり、ある意味死んでしまった河城みとり以上に忍者のことを理解していると言える少女だ。
おまけに、彼女には『心を読む程度の能力』というものが備わっており、大抵のことは考えるだけで筒抜けという、今の忍者にとっては非常にやっかいな存在でもあった。

「お前の方こそ、こんな夜中に何やってんだよ。放任主義なうちの親父と違って、お前んとこはこんな事やったら大騒ぎになるだろうが」

「忍者さんのやろうとしていることに比べたら大した騒ぎになりませんよ。……死ぬ気ですかあなたは」

「死ぬ?誰がそんなためにこんな回りくどいことするかよ。俺はあいつを……」

「それが死ぬ気だと言っているんですよ!私たちが総掛かりで挑んで殺されかけたあの怪物に、たった1人で挑もうだなんていくら何でも無茶苦茶ですよ!
第一、それがうまくいったからと言ってみとりさんが帰ってくる確証なんてないんですよ!」

「うるせえ!確証がないからどうした!そもそものラヴォスの件だって何かあるって確証なんざ欠片もなかったんだ!
だったら、あいつだって取り戻せるに決まってるだろ!」

「ラヴォスとみとりさんでは話が違いすぎます。居るかもしれない存在と、もういなくなってしまった存在は違うんですよ!
いつものあなたならそれぐらい理解できるはずです。自分の益になるか冷静に図って行動する普段のあなたは何処に行ったんですか!」

「それじゃあ、あいつは救えねえんだよ!」

さとりの糾弾に返ってきたのは、己の願いがいかに現実離れしているか理解していて、それでも諦めることはできないと悲痛さを感じさせられる叫びだった。

「……まともな方法で死人が取り返せるなんて俺だって思いやしねえよ。だから、それこそお前から見りゃ狂気に思える様な方法で持って、俺はあいつを取り戻そうとしているんだろう。
だからって止める気はねえ。目の前に可能性が見えてる限り俺は絶対諦めない。古明地、お前が止めてもだ」

「どうしても諦めては貰えないんですね」

「お前こそ、どうしても通す気はねえんだろ」

「……私は友人に続いてあなたにまで居なくなられて耐えられるほど強くない。
無茶をすれば死んだ人が帰ってくると思うこともできないし、もう帰ってこない人のためにあなたまで犠牲になってもらいたくないんです。
だから、意地でもここは通させません」

「……俺もあいつがいなきゃ此処に居るのは耐えられない。
お前や他の連中と居るのも楽しかったけど、今の俺にはあいつが居てくれなきゃ意味がないんだ」

「止めて見せます」
「やってみろよ」

そのやり取りを最後に、さとりと忍者は互いに懐からスペルカードを取り出していく。
さとりが幼なじみとして忍者の隣で積み重ね続けた年月は伊達ではなく、トラウマとなり得ることは大抵知り尽くしていた。
一度でもその手を振るうことを許せば、此処で足を止められ目的とするタイムマシンの元まで辿り着くことはできないだろう。
だから、忍者はさとりの動きを封じるため、この時初めて使えるようになったあるスペルカードを宣言した。

「汚禁「汚い地底の隅に一人棒立ち」」

そう忍者が呟くと同時に、スペルカードを構えていたさとりの動きが止められた。
宣言によって放たれたのは禁止の力。
故人となった河城みとりが操っていた能力で、以前の忍者では使いこなすことのできなかった能力だった。

「っ!?みとりさんのスペル……あなたには使えなかったはずじゃなかったのですか」
「さてな、何が原因かは知らねえが使えるようになってやがった。ったく、今更こんなもん寄越されても何しろってんだろうな。
真似できないことを自慢してやがった奴を見返して驚かすこともできやしねえのに」

辺りは暗く、目線で顔を隠している顔にどんな表情を浮かべているのか正確なところは見えはしない。
けれど、さとりには少しだけ俯いた忍者が泣いているかのように見えた。
忍者がそんな表情を浮かべていたのはほんの少しで、次の瞬間には無感情な顔をしてさとりの横を通り過ぎていった。

「じゃあまたな、さとり。あいつを取り戻してきたらまた面倒掛けるわ」
「待って、待って下さい!」

動きを止められながらも制止の言葉を叫ぶさとりだったが、隣を走り抜けていった忍者の足は止まらない。
そうして、彼は夜の闇の中へと消えて行き……二度と戻ってくることはなかった。

「……んぅ……今のは夢……ですか」

目の前に鎮座する電源の入ったままのPCと、入力途中だった資料の存在を確認し、さとりはそう判断を下した。
ここ最近徹夜続きだったせいか、作業途中にいつの間にか寝てしまっていたらしい。

それにしても、随分と懐かしい夢を見た。
あれは、私にとって世界が色づいて見えていた最後の記憶。
そして、今も取り戻そうと足掻き続けている日常の最後の欠片でもあった。

(何時になったら忍者さんを連れ戻せるようになるんでしょうかね。普遍的な時間航行技術の確立に、忍者さんが行った年代の特定、最悪忍者さんの存在によって世界がずれてしまった場合は平行世界移動まで考えなければならないと。
まったく、気が遠くなりそうですね。今教授が開発している次元連結システムについて結果が出れば少しは状況も変わるかもしれませんが、一体どれだけの時間が掛かるのか検討も付きやしない)

そんなことを考えながら、さとりは目の前に置いてあったパソコンに脇に置いてあった実験結果の数値を入力していく。
忍者が消えてからの数年間、このような事象に携わり続けてきたさとりの動きはよどみなく、研究員として動いてきた年期すら感じられた。

此処は、陰陽鉄学園在学時の先輩にあたる岡崎夢美が立ち上げたとある研究施設。
研究している内容は平行世界だとか時間移動だとか、一般常識から見れば夢物語のようなものばかりだ。

あの日、忍者が消えて以来さとりは変わった。

表面上は以前のままのように振る舞っていたが、図書館や忍者を通じて親交のあった科学部に籠もるようになり、ひたすら時間移動に関する情報と知識をかき集めていくようになったのだ。

その結果得られたのは、タイムマシンで何時とも知れない時間に飛び立った忍者を見つけ出すのは、現時点の科学技術ではほぼ不可能であるという当たり前の事実だけ。

死という壁によって分かたれた忍者とみとりに対し、時間という壁に阻まれたさとりと忍者。
両者の違いは会おうとしている対象が生きていることぐらいで、その壁が絶対の存在であることに変わりはない。
大抵の人間はここまで結果がでた時点で諦めてしまう、それ程高い壁である。
事実、タイムマシンを造りだした科学部の何人かは忍者がどのようにして失踪したか気付いたが、そこから先何か手立てを考えるということはなかった。

親しかった者も、知恵のある者も、誰もが時間の流れと共に忍者を見つけ出すことを諦めていった。
只1人、忍者が消える直前に会い、その説得を敢行した古明地さとりを除いて。
何と言うことはない。忍者に対しあのような言葉を吐いたさとり自身も、己にとって大切な物をあっさりと手放せるような人間ではなかったのだ。

現状の自分では忍者を追うことが不可能と判断してからのさとりは、時間移動に関する情報集めを止めた代わりに鬼気迫る勢いで勉強に向かうようになった。
現代の科学技術では不可能なことを成そうとするのなら、自分でその分野を切り開いていかねばならない。
当然、求める高み相応の知識と技術も必要になる。
だから、それを身につけるために残る学園生活の全てを勉学に注ぎ込んだ。

その姿勢は大学に進学してからも治まることを知らず、大学を卒業する頃には、学園在学時から並外れた天才として君臨していた岡崎夢美の元へ潜り込めるほどに、さとりの知力は高まっていた。

全ては、失くした日々を取り戻すため。
そのためだけに、さとりはあの日から歩き続けてきたのだった。

「待ってて下さいね、忍者さん。いつか必ず私が迎えに行きますから」

人は他者と関わることなく生きていくことが出来ない。
故に、悲劇も人から人へ伝播して波紋を大きく広げていくのである
と言う訳で、今回SS祭りに参加させて頂いたアグニムです。
極幻想・フリロダでご存じの方もいると思います。

今回は私が極幻想で初めて学園SSに挑戦したときに題材とした、みと忍デッドエンド業ルートを再び書いてみました。
極幻想でのSSを書き上げた当初は主人公とヒロインである汚忍・みとりの2人だけに焦点を絞っていたのですが、
その後彼等を取り巻く設定が増えていくごとに悲劇が周囲に与える影響と言う物を考えるようになったのです。

今回のお題は「その攻略に関わらない第三者から見たヒロインの攻略ルート」とのことで、
攻略ルートの外にいた者に悲劇がどのように影響するのかを書いてみました。

なお、さとりの好感度が高かったりするのは極幻想で執筆中の学園SSシリーズの設定を利用しているためです。
興味が湧いた方はご覧になって頂けると幸いです。
アグニム