SS/芳香、合体したいの巻

Last-modified: 2013-11-12 (火) 09:21:34

芳香、合体したいの巻
シュガー1
1、

 
 
 
 
 
 
 
 

喧しい蝉の鳴き声がすっかり止んでしまった、乾いた風が体に染みる秋の季節のこと。
 
 
中華料理店「上海アリス」に居を置く毒見集団「鉄の胃袋」の一員、宮古芳香。
彼女には常々とある悩みがあった。
それは……。

「青娥と合体したい!」

ある少女の唐突な爆弾発言であった。
それを聞いていた妖夢と布都が慌てふためく。神子は見た目落ち着き払っていたが、内心ではちょっとだけ驚いた。幽々子と屠自古は気にも留めず餃子を美味しく頂いていた。

「よよよよよ芳香!そんな、女の子同士でなんて……」
「は、破廉恥な!」
「……?何でだ?屠自古と布都と神子だって、いつも女の子同士で合体してるじゃないか」
「ぶっ!?」

この発言には流石に神子も慌てざるを得ない。弁解しないと変な誤解をされてしまうではないか。一方、屠自古は新作ドリンク「モルボル酒」などを頂こうとして、この世のものとは思えない悪臭を前に断念していた。幽々子は実際に飲んで、案の定苦い顔をした。

「よ、芳香。君の言いたいことは分かっています。私が説明するので、変な言い方は止めて下さい」
「変?三人で合体するのは変なことなのか?そういう奴らはよく見るが」
「「見る!?」」
「ああ、話題に乗り遅れたせいでどんどん誤解が広がっていく……!」

芳香の発言に戦慄する妖夢と布都。どうにか芳香の真意を伝えたいのに上手くいかない神子。場はすっかり混乱してしまった。

その輪から一歩離れた位置にいる4りがいた。
悠然と食事を続ける幽々子と屠自古、上海アリスの店主クイナ・クゥエン。そして……渦中の青娥だ。

もうすぐ閉店で客も神子たち以外にはいないからって自分で売れ残り(8割方は鉄の胃袋の新製品だった)を食べようとしているクイナはともかく。
一行は、そんな店主に付き合わされて売れ残りの処分を手伝っている、その最中の会話だった。

「……相変わらず、曲芸じみた会話だ」
「そうね、見ていて飽きません」
「あれはもう一つの才能ね」

屠自古の呟きに、青娥と幽々子が応える。
この3りは特別仲が良いわけではないが、別に悪いでもない。なんとなく、お互いに苦手に思っていた節はあるのだが。

「青娥。そろそろ止めてやってはどうだ」
「うーん、もう少し見ていたかったんだけど」
「誰も箸が進んでいない。私一人ではこの量を消費するのは無理がある」
「店長と幽々子に任せれば全部平らげてくれると思うのですけどね」
「あら無理よ。物理的に入らないわ」

言いつつ席を立ち、埒の開かない会話に割ってはいる。

「つまり、芳香は合体攻撃を覚えたいのね?」
「「……え?」」

芳香は「さっきからそう言ってる」とでも言いたげな表情で答えた。
妖夢と布都は自身の勘違いに気づき顔を赤くし、神子はホッと胸を撫で下ろす。

「なんだ、合体技のことだったんですね」
「我らの合体とは、「豪族乱舞」のことか」
「うん、すごく楽しそう」

「楽しそう」という感想に、割と過酷な労働に感じていた布都は苦笑いしか返せなかった。

「どうして合体攻撃を覚えたいなんて考えたの?」
「合体攻撃は、合体する者同士の絆を試す高度な技だ。私と青娥の絆を証明することが出来るのだ」
「二人の仲の良さは周知の事実だと思ってたのだが」

芳香の口調が軽いものなので何人かは流したが、鋭い青娥と神子は気付いた。
「絆を証明」。
きっと、誰かに青娥との関係に疑問を言われたのだろう。

「分かったわ、芳香。明日から早速、合体攻撃の練習を始めましょう」
「本当か!?よーし、頑張るぞー!」

朗らかに笑って、ものすごい勢いで売れ残りを口に運んでいくのだった。

 
 
 

2、

 
 
 

次の日。
早速、鉄の胃袋の活動のついでに2りで合体攻撃の練習を開始した。

「さて……とりあえず、これを試してみましょうか?」
「?」

青娥は、これまで危険だと判断して封印してきた「薬」を取り出す。

「ゾンビパウダー……浴びた者の正気を奪い、奴隷へと変えてしまう禁断の粉です。死霊を兵隊とした軍事国家が、一夜にしてゾンビパウダーの舞う死都と化した、なんて逸話もあるの」
「むむむ……何だか凄そうだ」

もっとも、それは伝承の中の存在だとばかり思われてきた代物なのだけど……と、青娥は付け足した。

「どうしてそんなモノを青娥が持ってるんだろう?」
「それはもちろん、私が自分で調合したからです」
「そーなのかー」
「それじゃ、使ってみましょう。いいかしら?」
「ドンと来い!」

 
 
 
 
 

少々、過激な時間が過ぎた。

 
 
 
 
 

「んー……これは封印しておくのが正解かしらね」

芳香が次に目を覚ましたのは、大量のモンスターの残骸の前だった。
あのゾンピパウダーによって芳香は狂乱、暴走し、鉄の胃袋の調査対象をとても食べられない状態にしてしまった。
芳香が全身に凄まじい疲労感と筋肉痛を感じながら起き上がると、青娥が手を取って起こしてくれた。

「……青娥」
「あの間のことは、覚えてるかしら?」
「……なんとなく」

ゾンピパウダーは、青娥の予想を遥かに超える効力を発揮した。
それはもう、相手がスケルトンでなければ直視に耐えられない状態であったほどにだ。
……まずスケルトンが進んで直視したい相手でもないければ、スケルトンをダシにしてスープを作ろうとか考えていた鉄の胃袋の面々が常識から極めて遠い位置にいる点については置いておくとして。

「青娥。さっきのは、私と青娥の合体攻撃だった……のか?」
「違うとは思うけど、ゾンピパウダーを持っているのは私だけだし、あんな風に暴れられるのも芳香だけ。私たち二人でなくちゃ出来ない攻撃には違いなかったわ」

青娥自身、あまり納得できている様子ではなかった。それは芳香も同じだった。

「……青娥。あれは、青娥が私を『利用』した攻撃ではあっても、私と青娥の『協力』では無かったぞ」
「……」

芳香の唱える論に、青娥が反論することはなかった。
ゾンビパウダーに限らず、青娥が一方的に芳香を利用する技ならいくらでもあるが、芳香にはそれが不満だったのだ。
「利用」ではなく「協力」。それが芳香の求めるものだった。

3、

結局、あれから良い案が思い浮かばず、学園でも芳香は悩みっぱなしだった。
合体攻撃は、行う者同士の絆を試す技だとは、芳香本人の弁である。

「私と青娥には、絆なんて無いのかな……」
「どうしたんだ?」

そんな芳香に話しかけたのは、ヴァンだった。

「私、合体攻撃が出来なくて……」
「それって、そこまで落ち込むくらいの悩みなのか?」

空気を読めないことに定評のあるヴァンにはデリカシーもない。

「落ち込むくらいの悩みだ、すごく深刻だぞ」

さすがの芳香も少なからず気分を害したのか、ちょっと口調を強めた。

「ヴァンは、合体攻撃って出来るのか?」
「合体というか、融合技なら出来るな」
「そっかー……」

露骨にテンションの下がる芳香を見ても全く意にも介さず、ヴァンが話しかける。

「なぁ、合体技ができないのが、何でそんなに深刻な問題なんだ?」
「だって、合体攻撃も使えないんじゃ、連携が取れていないってことじゃないか。絆が無いってことじゃないか!」

芳香が泣き出しそうになるくらいの調子で言っても、ヴァンはきょとんとしていた。

「おかしなこと言うな」
「……おかしい?」

おかしいのはお前の絶望的なKYぶりだ、なんて台詞を芳香は思いつかなかった。

「『絆』って、最初からあるものなのか?目に見える形で証明できなきゃ、無いってことになるのか?」
「……それは」
「無いなら、これから作ればいい。困った事があったら、周りに頼ればいいだろ。あとは、おまえが諦めないって気持ちを持つことだ」

諦めない気持ち。
知らず、芳香は繰り返すように呟いていた。

「ほら、簡単だろ?」
「ヴァンが言っているのは、凄く無茶苦茶なことだよ」
「そうかもな。でも、何もしないでウジウジしてるより、ずっといい思う」
「……そうだね」

揺るぎない瞳と、迷わない心。
そんなヴァンに励まされ、芳香はもう一度、合体攻撃をマスターする決意を固めるのだった。

とりあえず、合体技持ちの先輩方に秘訣を聞くことにした。
愛、友情、勇気、相性、根性、アイデア、反発、即興、等々…。合体技の秘訣と言っても多岐に渡った。正解は無いらしい。
ただ、共通しているのは「相手の状態を把握すること」と言われた。
「それくらいは私にも分かるぞ」
そう返すが、「次はもっと、戦闘中の青娥に注意してみろ」と忠言を受けるのだった。

4、

言われた通り、芳香は戦闘中の青娥の動向に気を払ってみた。
芳香の目には、青娥は常に余裕綽々といった態度を崩さなかったし、戦闘中でも取り乱すようなことは無かった。
むしろ、最前線で体を張って戦う芳香からすれば、敵の攻撃の届かない安全圏から指示を飛ばすだけの楽なポジションくらいに思っていた。
これは芳香の率直な感想であって、そのことに芳香が不快感を持っていたわけではないのだが、この時になって初めて気づく。
戦闘中の青娥は、あんまり余裕そうには見えない。
いや、他人から見ればいつもの「余裕の顔」のままだが、付き合いの長い芳香だからこそ、彼女の心中は色々と忙しそうなのが分かった。

また、これは不思議なことだが、注意しているのは「青娥」なのに、何故か「敵」全体、「戦場」そのものの動向が分かってくるような錯覚に陥った。
どの敵がどの味方を狙っていて、それを防ぐには自分はどう動けばいいのか。
それらの情報が頭に入ってくるような、そんな感覚。

そして、その錯覚を引き起こしたのは、他ならぬ青娥だと気付いた。
海を漂うクラゲみたいな動きで戦場をユラユラと漂う青娥の動きは一見法則性が無いようだが、その実、常に「戦場の中心」にいた。
すなわち、敵の攻撃に脅かされず、味方全体の動きを把握でき、かつ敵全体を監視できる位置。
青娥はいつだってその場所に陣取って、的確な指示をしていたのだ。
つまり、「後衛の仕事」。
いつだったか謙虚なナイトが言っていた、「後衛にタゲが行くことがないから後衛も本気出せる」という言葉は、こういうことだったのだ。

それさえ分かれば、芳香のやることは決まっていた。

「芳香――」

「芳香、左の敵の攻撃を受け止めて」
そう言おうとした青娥が、途中で止める。
指示するよりも早く、芳香がそれを実行したからだ。
後ろを振り向き、ニヤリと笑ってみせる芳香。
それを見て一瞬、青娥は呆気にとられてしまったが、すぐにいつもの「余裕の顔」に戻っていた。

「それで……合体攻撃は出来たんですか?」

妖夢の質問に、芳香は首を横に振って答えた。一瞬、不安げな表情になるが、芳香が笑っているのを見て少々驚いた。

「どうして笑っているのです?合体攻撃は完成していないのでは」
「確かに合体攻撃はまだ完成してないけど……でも、もう十分だ」
「どういう意味なんでしょう……」

芳香は清々しいくらいの態度だった。何があったのか分からない妖夢は頭に「?」を浮かべるばかりだった。

「青娥さん、一体何があったんですか」
「ちょっとした成長です」
「え?……う、うん……?」

青娥にはよくはぐらかされるが、今回もそうらしいと感じた妖夢は早々に聞くのをやめた。

「青娥!私はまだ諦めたわけじゃないからな。また明日も練習するぞ!」
「はいはい。仕様が無い子ね」

 
 
 
 
 
 

「彼女たちは、もう大丈夫でしょうか」

芳香と青娥の背姿が完全に見えなくなるまで見送った布都が、呟くように問うた。

「太子様、あの二人は戦いの中で、背中を預ける仲間の尊さを学んだものと、私は確信しております。我らが下手な手出しをすることは……」
「分かっています。もう、当人たちだけに任せて問題ありません。……ごめんなさい、私が言い出したことなのに、結局何もしていませんね」

芳香と青娥の二人を繋ぎ止めているものは、非常に不安定である。それは、神子と布都、屠自古の強い繋がりとは比べるべくもない、儚いものだった。
だから、芳香が青娥との関係を積極的に深めようとしているのは、神子たちとしても歓迎すべきことであったし、協力しようとも考え、三人で計画を練ってもいたのだ。
結局のところ、芳香は己の力で解決してしまったので、神子たちの出番はなくなってしまったのだが。

「喜ばしいことであり、同時に恥ずべきことでもあります。私は、心のどこかで彼女たちを侮っていたのです」
「布都……」

己の内に無意識に生まれていた、卑しき感情。
過信。
布都は、それを心から悔しがった。

「……良いのではないか」
「屠自古?」
「物部。お前が過信を覚えぬ完璧な人物であれば、私の日々は退屈で味気ない、灰色のものになっていた」
「……屠自古、ひょっとして我はおぬしに慰められているのだろうか?」

天然な面のある布都でも、屠自古が言葉に込めた皮肉には気付いたようだった。

「気を悪くするな。心からそう思ったまでのこと」
「尚のことたちが悪いわ!」
「だけど、屠自古の言うことは分かります」
「太子様まで!?」
「本当のことです。私がこれまで、何度貴方の言葉に励まされたことか」

神子の言葉に、布都は小さく「あ……」と声を漏らした。

「い、いえ!我は当然のことをしたまででうs!」

ちょっと噛んだ。思わず屠自古がフッと冷たく笑ったのを鋭く睨む。でも太子様も笑いを堪えるので精一杯だった。

「自分の足りない部分を補ってくれる人には、同じように、その人の欠点を埋めてあげたくなるのは、全く自然なことなのです。合体攻撃でも、戦場でも、日常生活でもね」
「はい!太子様の仰るとおり!」
「我々もあの二人に負けてはいられません!さぁ、新しい合体攻撃の特訓を始めましょう!」
「我におまかせを!」
「何も合体攻撃でなくとも……やれやれ」

そうして今日も、退屈を感じさせない日々が始まる。
シュガー1