Tradition/ザ・テンペスト

Last-modified: 2022-07-13 (水) 15:38:58

基本情報

  • イデア名:The() Tempest(テンペスト)
  • 身分:魔女

復活した竜王ファゴラントスの復活を、氷の魔術で即座に封じた魔女。その驚異的な技術は、夢想回廊学の成果だろうか。

 

ノワールとは夢想回廊での顔見知りだという。

収録弾

Tradition

No.69 テンペストアイリス(ザ・テンペスト)

 

《ザ・テンペスト》は忽然と歴史を横切ったイレギュラーだ。そのあまりに異様な出来事は、竜王ファゴラントスが永きの眠りから目覚めた時に起こった。竜王ファゴラントスの復活は、控えめに言って絶望だった。人間も魔女も大抵の困難は乗り越えてきたが、地表すべてを焼き尽くす絶対的な熱量の前にはどうしようもない。必死の対策も功を奏さず、世界が終わるかのように思われたとき、どこからともなく現れた謎の魔女が問題を消去した。信じがたいほどに卓抜した魔法で、竜王を力づくで氷海に鎮めてしまったのだ。その技巧は芸術的ですらあった。指先の動きで気流に干渉する。ひとつひとつの動きは簡単だが、絡み合って紡がれる結果は凄まじい。運命でも紡いだかのように広域の天候を制御し、竜王をも捻じ伏せた。見る者が見れば理解できる。それは不可能な事ではない。だがそれを描くのに、時代を流すほどの発見をいくつ重ねればいいものか。まるで未来の技術のよう。名も知れぬ魔女は仕事を終えるとスターリィ・ヒルルドリーを一瞥し、物憂げに息を吐いてからゆらりと消えた。

不可測圏のテンペスト

 

夢想回廊学は危険な座学である。
思考だけでも実践できるのは数学や理学に似るが、思考するだけで時には命をも落とすシリアスな危険性は他に類を見ない。
自我を引き裂く勢いで自分の認識を観察すると、全十八階層の広大な迷宮の実存に気づくのがこの奇妙な学問の入り口だ。
パターン化した思考を更新できないのろまな闖入者を食い殺す否認トカゲの巣をやり過ごし、苦悩の濁流を横切る価値変動の細道を抜けると、第二階層への階段を下って偽りの世界認識を脱することができる。
それは角度によって人間が文字に見えたり球状のオブジェクトに見えたりする程度の報酬であるが、人生に勝利するには十分に有用だ。
多くの者はここで引き返す。だがそれには満足しない者もいる。
十三階層まで来た《彼女》は、この迷宮全体を支える二本の柱を見た。
迷宮で何度か出くわして顔見知りになったノワールの大半はこの柱のことを天使や悪魔などと呼んでいた。
過半数のノワールにはそう見えるのだろうが、《彼女》は解釈が叙情的に過ぎると思った。
ものごとはもっとソリッドでいい。だから《彼女》には柱に見える。
右の柱の一部がキラリと光った。割れ目に何かがある。
手を突っ込むと鍵がでてきた。ゆっくりと蠕動する黄金の蚯蚓の如き生体が絡まって構成された不気味な鍵だ。
手応えを感じた。過去に何人の自分がここに着けたのかは分からないが、これは快挙だ。
鍵の使い方は直感できた。猫のようになめらかに。
《彼女》はその鍵を耳穴に寄せ、一息に中へと突き入れる。細長いそれは、鼓膜や蝸牛を貫いて脳まで届く。
蛮勇だが心配ない。死んでも壊れても良いからだ。自分は一人ではなく、そのうち一人でも真理に到達すればすべてはそこに収束する。
分化と変成を繰り返して自分の名前も忘れた《彼女》は、現象遡及目録にアクセスしてそのルーツを探りに行く。