ボーイング737MAX、737登場から50年経った今になって事故が続発した理由

Last-modified: 2019-12-24 (火) 22:41:45
初出 2019-11-21
最終更新 2019-11-21
 

少し航空関係と航空力学の知識を有する人にとっては全く説明不要な話なんですが、私が今までYahoo経由で読んだ記事には、これを説明したものがなかったので、ここで簡単に説明しておきます。

 
(2019年12月17日追記)このページ記述の後、ヤフーニュースに「737MAX、生産停止を検討 墜落2件、運航再開の承認難航 | 共同通信」との記事が載りました。その記事のコメント欄を読むと「このページで特に記述している内容を、理解していない人が多い」ことを実感しました。てか、それが予想できたのでこのページを作成しました。737MAXの何が欠陥なのかを受け売りじゃなくて自分の言葉で答えられない人はおそらく正しく理解していないので当ページを読んでみて下さい。
 

要約も書いておきます。

 

ボーイング737MAXはエンジン載せ替えにより、空力面に問題を抱えることになりました。その問題を抱えたままでも一応は安定して飛行ができるように、センサーとソフトウェアで構成されたMCASというシステムを追加しました。墜落事故はそのセンサーが故障した為に起きました。

 

空力面の問題とは、ピッチ方向の安定性の問題です。仮の数字ですが、たとえば機体が迎角(翼が気流となす角度)40度までは自力で姿勢を戻せるが、それを超えると水平尾翼と水平安定版を目一杯上げても機首を下げられなくなり、逆にますます機首が上がってしまい失速してしまうという、類のものです。

 

直接の墜落の原因はMCASが脆弱だったことですが、根本の原因は空力的(空気力学的)に問題のある機体の計画を進めてしまったことです。

 
 

ここで737MAXについての、よくある誤解を解消しておきたいと思います。

 
  • ×737MAXは大きなエンジンを付けた為、重心がズレている……重心は主翼前後の胴体の長さで合わせてありますからズレている筈がありません。
  • ×737MAXは離陸時に特に危険がある為、MCASを追加した……737MAXが機体の素性的に特に危険なのは着陸復行時です。エンジンが翼下吊り下げ式の機体はエンジン推力が大きくて尾翼の効きが弱い低速で“飛行中に”急にフルパワーにした場合に大きく機首が上がる傾向を持ちます。離陸時は離陸前からフルパワーなのでこの条件に当てはまりません。

 
 

737は60年代に、当時の直径の細いエンジンを積むことを前提に設計されました。

 

引き込み脚は、当時の直径の細いエンジンですら、地面との間にほんの少ししか余裕がないほどの最低限の長さとされました。

 

737のデビュー直後から、燃費は優れているけど直径が大きい旅客機用のエンジンが(最初は大型機用から)出てきました。

 

70年代は、737は燃費の良くないエンジンのままでした。ライバルのDC-9も同様のエンジンでした。

 

80年代初頭、737には、直径がかなり大きくて燃費の優れているエンジンを積んだ改良型が登場しました。

 

60年代の細いエンジンですら、ぎりぎりだったのに、どうやって直径の大きいエンジンを積んだかと言うと、

  • エンジンの前後方向の搭載位置を少し前にずらし
  • エンジンの上下方向の搭載位置を、本来は良くないとされるが、エンジンの上端が主翼と重なるか重ならない位置まで上げ、
  • それでも足りなかったので、737専用に、エンジン下部が膨らまないように補機類を下から横に移動させた上で、少しファンの直径が小さい特別版エンジンを作ってもらい、
  • さらに、前輪の大きさを大きくしました。

やっとの努力で何とか実現したのでした。

 

そんなことをしなくても、主翼と引き込み脚を変更して、最新のエンジンを普通に積めるようにしても良かったように思われますが、そんなことをすると、大幅にコストが上がる、投入時期が遅れる等のデメリットが生じる為、ボーイングはその選択肢はとりませんでした。

 

その時点では、どうやらその選択は成功し、737は80年代、90年代、そして2000年代と大幅にセールスを伸ばしました。

 
 

そして、2000年代に入ってから、さらに最新のエンジンを積んだ737の新しい改良型(737MAX)を登場させる計画が立ち上がりました。

 

そのエンジンは、80年代に積み替えたエンジンよりも、さらに直径の大きいものです

 

今回もボーイングは、主翼と引き込み脚を再設計する選択肢はとりませんでした。

 

前回も工夫に工夫を重ねてやっとのことで最新エンジンを積んだのに、今回はさらに直径の大きなエンジン。

 

一体、どうしたのかと言うと、エンジンの搭載位置をさらに上と前に移動させることにしました。

 

上方向への移動は燃費を僅かに低下させる効果以外にはさして問題をもたらさないのですが、前への移動と、エンジンの直径の拡大は、大きな問題をもたらすことになりました。

 


とうとう、空気力学的に、許容できる限界を超えてしまったのです。

 

重心より大幅に前方に、巨大な物体が取り付けられたことで、飛行機として安全に飛行できる安定性を持たなくなったのです。

 

なぜ、この巨大なエンジンが安定性を失わせる効果を持つのか、と言うと、重心のある主翼を中心に見て、尾翼と反対側の位置にあるからです。

 

尾翼は安定を司ったり、操縦時に役目を果たします。

 

重心のある主翼を中心に見て、尾翼と反対側の位置にあるものは、尾翼と逆に、安定を失わせる効果を持ちます。

 

「じゃあ、胴体の、主翼より前方にある部分はどうなの?」と聞かれそうです。確かに、それも安定を失わせる効果を持ちます。

 

でも、その(安定を失わせる)効果は、主翼より後方にある、胴体の残り部分とか、尾翼によって、十分に相殺されています。だから、その分は問題ないんです。

 

しかし、最新の巨大なエンジンは、60年代に基本設計する際には全く想定されていなかった為、主翼を中心に見て、反対側に釣り合うものがありません。

 

尾翼を大幅に拡大すれば釣り合うのですが、製造コストが増大する上、燃費も悪化してしまいます。

 
 

さて、安定性が“吊り合わない”とは、どういうことか?、と言うと、737の場合は、機首が操縦等、何らかの原因によって上がり過ぎた場合、それがある限度を超えると、操縦士が機首を下げようと一生懸命操縦桿を押しても、あるいはコンピュータがそれと同等のことをおこなっても、機体の姿勢が戻らないという意味になります。

 

そうなると、間もなく失速して、墜落する可能性が高くなります。

 
 

ここで、ひとつ補足を書いておきます。

 

ちょっと、理解されにくい話ですが、この737MAXの、“安定が失われた”状態、性質は、普通に水平に近い飛行をしている状態では表れないと思われます。

 

操縦士が感じる特性としては、そのときの737MAXは、特に安定性に欠けた航空機ではないと思われます。

 

しかし、737MAXは何らかの原因で、大きく機首が持ち上げたられると、非常に安定性に欠けた航空機に豹変するのだと思われます。

 

これは、737MAXの主翼の前方に取り付けられた巨大なエンジンが、通常の翼の形から、かけ離れた、円筒形をしていることが原因です。

 

円筒形は気流と為す角度が浅いときには、あまり気流と直角方向の力を発生しません。なので機体の向きが水平に近いとき、737MAXのエンジンは機体の姿勢を乱す力を殆ど発生しません。しかし機体が大きく上を向き、気流の方向に沿って見たときにエンジンが長方形に見えるような状態になると、巨大な抵抗となり、機体をもっと上を向かせようとする力の発生源となってしまいます。この力は737MAXのエンジンが巨大なだけに、機体尾部の水平安定版や水平尾翼で打ち消せないレベルに達してしまうのでしょう(ここを「しょう」と表記するのは風洞実験の結果を持っているわけでもないからです)。

 
 
 

さて、ここまでをまとめますと、ボーイングは737に巨大な最新エンジンを取り付けるにあたって、(1)主翼、主脚を再設計する、という正攻法はとらず、エンジンの搭載位置を前にずらす方法を選択した。これによって悪化する空力安定性を取り戻す為に、(2)尾翼を大幅に拡大するという策もとりませんでした。つまり、機体の目に見える大きな部品を変更する選択肢を徹底的に避けていることが見て取れます。

 

そして代わりにボーイングが選択したのは、MCASという名の、センサーとソフトウェアによるシステムによって、「機体の姿勢をコンピュータが常に監視して、そもそも機首が上がりすぎた状態に陥らなくする」作戦です。

 

飛行機に詳しくない人でも、これが“危険な邪道”であることに気づくと思います。「そのMCASが故障したら墜落するんじゃないか?」と。

 

そしてもちろん、実際にその故障が起きてしまったようです。

 

故障の際「あっ、MCASが故障してる! MCASのスイッチを切って、自力で操縦しよう」と、早めに自力で気づいて対処できた操縦士、機体は助かっていますが、異常な姿勢に陥るまでMCASの故障だと気付かなかったり、MCASのスイッチの切り方を知らなかった操縦士、機体は墜落した、と見ることができます。

 

MCASというのは“危険な邪道”ではありますが、もうその道を選んでしまった以上、それが原因で墜落する可能性が極限まで小さくなるように、ボーイングは最大限努力するべきだったと思います。しかし実際にはセンサーの故障をカバーする機能が決定的に弱かったようです。

 

本来であれば、センサーが多数故障しても、他の場所や他のタイプのセンサーでカバーできるような工夫を多重に施しておくか、カバーできなくても最低限、故障を確実に検出し、確実に操縦士に知らせる仕組みが必要であった筈です。具体的には、Gセンサー、ジャイロセンサー、GPSの情報を総合してAOAセンサーの故障の可能性を常に警報できる機能が必要ですし、AOAセンサーの凍結をもっと強力に防ぐ仕組みも必要な筈です。こんなことは誰でも初めからわかっているレベルの話ですが、恐ろしいことに、現実には事故発生時点ではこれらの誰でもわかっているレベルの配慮が十分に為されていなかったのだと思われます。もしかすると、737MAX計画の当初の時点ではMCASが必要だとわかっていなくて、後になって急ごしらえした為に機能が貧弱だったのかもしれません。

 

また、操縦士の中には工学の素養のない人も混じっている筈であり、ボーイングは「737MAXはMCASの存在が弱点」だと率直に周知徹底しておくべきだったと思います。しかし実際にはボーイングは「MCASは操縦システムの一部に過ぎず、坦々と説明するだけで良い」という感じだったのだろうと思います。「弱点」だと認めてしまうと、ライバルとのセールス競争でハンディを負うことにもなるからでしょう。

 

ちなみに、737の現在のライバルのエアバスA320は737より約20年遅い80年代に基本(原)設計されています。当初から、燃費の優れた大きな直径のエンジンが問題なく積めるように主翼や主脚が設計されています。

 

ここまで読まれた方は、たとえ航空機の知識があまりない人であっても、「ボーイングは、この50年の間のどこかのタイミングで、制約だらけの737を置き換える、オール新設計の新型機を開発すべきだった。なんでやんなかったんだヨ!」との感想を持つでしょう。

 

でも、航空機に詳しい人ほと「それは難しいよなー」と思います。簡単に言って2つの理由があります。まず、このクラスの機体は短・中距離路線用で、少なくとも今までは燃費が最優先項目ではありませんでした。燃費はライバルより目立って劣らなければ良しとされていたのです。もう一つは、一つ目の理由の為に、そもそも新規開発の動機が弱かったことが前提ではあるんですが、新型機を導入することは(メーカーでなく)航空会社にとって、とてもとても大きな負担なんです。だからボーイングとしては商売を優先すると、どうしてもボーイング737に改良に改良を重ねて、何とかやり過ごそうとしてしまうものなんです。

 
 
 

さて、ここからは余談に近い話になりますが、

 

実を言えば、70年代前半に設計されたF-16以降の戦闘機はほとんどが、737MAXと同様、空力的に釣り合いのとれない状態に、“わざと”設計されています。

 

それらは、737MAXのような問題になっていません。その違いを主に二つ挙げると、

 
  • 戦闘機のそれは、操縦性を良くすることと、副次的に燃費を良くすることが狙いで、737MAXのように他の理由で余儀なくされたものと異なり、そもそも、釣り合いの取れない“程度”はごく僅か。むしろ“釣り合いは中立”と表現しても良いレベル
  • 戦闘機なので旅客機と異なり、相対的に尾翼がずっと大きい。その為、強力に機体の姿勢を変えたり、立て直したりできる、
 

主にこの二つの理由で、問題にならないのだと思います。過去にセンサーの不具合が生じた事例も多数あったでしょうが、軍用なので、小さなトラブルは公表されませんし、かつては制御ソフトウェアの不具合も多発した筈で、特に「センサーの故障」だけ抽出されて取り上げられたことはなかったのだと思います。

 
 

※私はここ何年も航空雑誌等を読んだことがありません。本記事を書くにあたっての737MAXについての情報はYahooジャパンからリンクされていた、いくつかの外国メディアの翻訳記事だけです。注意深く読めば最近の細かい情報が何も書かれていないことに気がつくと思います。

 

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