九七式中戦車

Last-modified: 2024-04-15 (月) 16:49:59

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概要

九七式中戦車 チハは、1930年代中後期に開発・採用された大日本帝国陸軍の主力中戦車である。

「太平洋戦争」機動戦セット(3947円)を購入すると使用可能になる(プレミアム分隊付属)日本軍戦車である。

BR・Tier

項目数値
Tier△△
BR△△

車両性能

項目数値
乗員(人)4
砲塔旋回速度(°/C)20.4 ⇒ **
リロード速度(秒)4.1
車体装甲厚
(前/側/後/底)(mm)
25 / 25 / 20 / 9
砲塔装甲厚
(前/側/後/上)(mm)
32 / 25 / 25 / 11
馬力(hp/rpm)170/2000 ⇒ ***
重量(t)15.0
視界(%)△△
速度(km/h)40.00

武装

名称搭載数弾薬数貫徹力
(前/側/後)(mm)
主砲九七式五糎七戦車砲1120
(APHE60:HE60)
△△ / △△ / △△
機関銃九七式車載重機関銃24000△△ / △△ / △△

解説

特徴

榴弾威力の高い短砲身57mm砲を搭載している。装甲は並で、機動力はそれなりに確保されている。

 

火力

主砲の97式5糎7対戦車砲ではAP弾は無く対戦車用のHEであるHEATが使用可能であり、この砲弾の貫通力は約50mmと現在実装されている米軍の戦車をすべて貫通可能な貫通力を有している。更にHEATの特性上、弾薬に当たれば即撃破可能なのも大きい。
但し、すべてHEであるため、土嚢など障害物に当たると貫通することなく爆発してしまい、有効打を与えられないのでなるべく障害物のない広い地形の方が効果を発揮する。

機銃についてはハ号と同じく車体についているが、仕様が変更され、車長席でのみ主砲と機銃の射撃が可能となった(砲手席では撃てないことに注意)ハッチから顔を出せば、砲塔上と併せて2倍になる。

更に本戦車の特徴として、俯角を-15度取ることが可能な為、盛り土や丘の頂上のギリギリのところで車体を隠しながら撃つことがことから、数値以上の攻撃力を有していると言える。

 

装甲

車体前面は25mm、砲塔装甲は32mmと中戦車にしては薄い。対戦車ライフルやM13対空戦車のブローニングには一定の距離以上では貫通されなくなったため、正面切って戦うことができるようになった。
但し、対戦車砲や戦車砲はもちろん、至近距離から対戦車ライフルやブローニングを撃たれた場合は貫通してしまう為過信は禁物。車体の大きさも相まって、他の戦車なら隠れることのできたところもはみ出ることがあるため、山など地形の把握は必須。

 

機動性

最高時速40kmと中戦車としては平均的である。整地された道では特に不満は無いだろう。
但し、アンダーパワー気味で加速がやや鈍く、車体が長い為進路変更する際には大幅に減速してしまう。履帯が細いため凹凸のある地形は弱い。(これは戦車全般に言えることであるが)車体の大きさも相まって航空機と爆発パックは天敵である。

 

総論

現状、日本軍戦車の中では上位にランクインする性能を有している。
地形を味方につけ敵戦車にHEATを叩きこみ、攻め時にはHEを叩きこみ敵歩兵を撹乱せしめる万能型の戦車である。
元々のコンセプトが「歩兵を支援する戦車」であるため、その役割通りに仕事をこなせれば活躍は約束される戦車である。

日本軍で無双したい諸君には是非購入をオススメする。

 

史実

九七式中戦車 チハは、1930年代中後期に開発・採用された大日本帝国陸軍の主力中戦車である。

1938年(昭和13年)から1944年(昭和19年)にかけて総計2,123輌が生産され、九五式軽戦車 ハ号とともに第二次世界大戦における日本軍の主力戦車として使用された。

新砲塔

本車を含む戦車の対戦車能力不足については陸軍も認識しており、その後改修砲塔の試作・試験が繰り返された結果、「九七式中戦車改」「新砲塔チハ」が開発された。この新砲塔チハは太平洋戦争開戦までに十分な数が揃わず戦力化できなかったが、M3軽戦車の出現に対応すべく1942年(昭和17年)4月、フィリピン攻略戦における追撃戦に実戦投入された。戦車第7連隊に編入された同車を装備する臨時中隊(松岡隊)が投入された(戦争初期におけるM3軽戦車との交戦の項目を参照)。以降、九七式五糎七戦車砲搭載型と並行する形で一式四十七粍戦車砲搭載型の量産が進められ、攻撃力ではM3軽戦車には優越するようになったものの、戦争中盤からアメリカ軍は75mm砲を装備したM4中戦車を投入したため、その後の対戦車戦では苦戦を強いられた。

戦後

終戦時の時点で九七式中戦車は、日本本土の各部隊に57mm砲搭載型が74輌前後、47mm砲搭載型が418輌前後、南方軍には31輌前後(搭載砲不明)が残存していたと思われる。

終戦後には中国大陸において、日本軍の装備の多くが国民革命軍(国民党軍)と紅軍(共産党軍、1948年以降は人民解放軍)に接収され、九七式中戦車も両軍で使用された。これらはのちの国共内戦でも使用され、特に人民解放軍のものは国民革命軍相手に大きな戦果を挙げている(「功臣号」)。

日本国内では、砲塔や武装を撤去し障害物撤去用のドーザーを取り付けたブルドーザー(「更正戦車」)が相当数作られ全国で使用された。

その他、本車車体を利用して作られたクレーン車が1959年(昭和34年)から1960年(昭和35年)頃まで横浜港で使用されていた。

小ネタ

チハ車の風評被害について

よくこの戦車は「雑魚、弱い、時代遅れ」などと言われ、「シャーマン戦車」とよく比較されているが、そもそも作られた時代が違うのである。
この戦車の同期は、チェコの「35・38t」、「ドイツの三号」、「ソ連のBT」なども皆、30mm程度の装甲である。(チハは25mm)つまり開発当初は他国の戦車と比較しても遜色無いわけである。
また同戦車の開発コンセプトは歩兵支援を主軸に設計されているため、主砲には短砲身の57mm砲を搭載している為、これは対戦車戦闘は考慮されていない。したがって、巷で言われているこの戦車に対する評価は、不適応だということを意味する。
そもそもの話ではあるが、昭和13年(1937年)に開発された本車と昭和17年(1942年)に開発された「シャーマン戦車」とでは、開発期間に5年の差があるわけなので、歩兵支援を主任務とした本車と5年後に開発された車両同士とでは、本来は比較対象となり得ないわけである。が、当時の日本軍は予算配分と戦車を運用するに当たり必須の工兵機材とクレーンがクソ雑魚脆弱であった為、最新の戦車を量産する余裕は無くさらに重量制限のため、新しく開発された戦車も欧州の激戦により様々な戦訓を取り入れた他国の戦車に酷く見劣りするものだった。
そんな中で数だけなら揃えられたチハはハ号と共に機甲戦力の中核として運用させられ、その「5年の差」があるM4中戦車と対峙するハメとなった。日本軍の中では比較的マシなチハ改ですら苦戦必至であったにも関わらず、対戦車戦闘すらできない本車は対戦車戦においてマトモな活躍をするのは不可能であり、1輌、また1輌となす術もなく一方的に貴重な人員を巻き込んで撃破されていったのである。

出典/参考文献

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コメント欄

  • こいつ4000円もするのかよ -- 2024-01-29 (月) 00:04:58
    • このゲームホントに課金車両の値段と強さが見合ってないからな。今の運営的にはシルバーなりゴールドなり買ってツリー進めて装備揃えろって感じなんだろうね -- 2024-01-30 (火) 15:36:20
  • 最近3000円近くなったから安いよ -- 2024-03-09 (土) 14:46:11
    • でもwt基準だと高い気が…こっちの衛星はランク差で開発経験値にペナルティないからだろうけど -- 2024-03-10 (日) 02:38:05
  • 3000円を切ったね。高い発射レート、57mmの悪くない加害範囲、タセに比べてパワフルなエンジンから来る機動性の高さ、何より戦車砲以外に抜かれない装甲で抜群の安定感があっておすすめ。対戦車戦は...先手を打てば装甲ぺらいのには勝てるが...そもそもがお察しなところがある... -- 2024-03-29 (金) 02:00:12
  • やっぱり対歩兵用に作られたから榴弾わ加害はいいね装甲は少し離れているところだとブローニングに貫通されにくい意外と初心者にお勧めの車両です -- 2024-03-30 (土) 12:37:03
  • 戦車らしく活躍して周りのニホンへ達と一緒に吶喊、万歳突撃で気持ち良くなりたいなら絶対に買うべし -- 2024-04-15 (月) 16:48:00
    • M4が出てきたら成すすべもなくヤラれる所も含めて楽しめる -- 2024-04-15 (月) 16:49:59