市橋長勝

Last-modified: 2010-02-18 (木) 10:42:52

生まれ

いちはしながかつ
1557年生まれ
1620年没

どんな人?

戦国時代の武将
美濃の豪族・市橋長利の長男

おいたち

最初織田信長に仕えており、信長が本能寺の変で死ぬと豊臣秀吉に仕えた
九州征伐小田原征伐にも参戦した。
1600年の関ヶ原の合戦では東軍に入り、西軍の丸毛兼利のいる福束城を落とすという活躍をした。
その功によって徳川家康より1万石か像となった。
1609年に中村一忠が後継ぎがいないまま死去し、中村家が改易されるとそのまま移封となった。
大阪の陣でも徳川方に参戦し活躍。そこでまたも加増。
徳川家康に気に入られており、家康が死ぬ直前に堀直寄松倉重政らと共に枕元に呼ばれるほど。
ちなみに長勝にも後継ぎがいなかったんだけど、甥を養子にすることを許可された。

逸話

●家康にかなり気に入られており、譜代同様に扱われたといわれています

関連のある人々

徳川家康・・・主君

市橋長政?・・・甥っ子で養子

祐筆の人物批評

祐筆

●一番手・・・ハガクレ