ソフトバンク移籍後の内川聖一の蔑称(別称)。
現在では(定着しすぎた蔑称にありがちな事として)侮蔑の意味を込めずに単に内川の別称として使われる事も多い。
経緯と概要
暗黒期真っ盛りの横浜からソフトバンクにFA移籍した内川は、以降古巣に対して多数の批判のコメントを残している事で知られている。
そのあまりに歯に衣着せぬ物言いから、「ぐう聖の対義語がぐう畜」であるのと同じ要領で名前(聖一)を捩った「畜一」という蔑称が誕生。そこからカッス並びにサンキューカッスの流れを踏襲したためチックと呼ばれるようになった事が由来である*1。
畜生発言一覧
- 僕自身、横浜を出ていく喜びもあった
- ずっと最下位のチームにいて指導者になっていいのか(スポーツ報知 2010年10月26日)
- ここにいたら自分がダメになると思った(日刊ゲンダイ)
- 横浜の時は借金から始まっていた
- いなくなって初めてその存在の大切さみたいなものに気付くんじゃないですか
- セでは味わえなかったドーンときてガシャーンとやられる感覚*2
- 去年まで負けても自分のせいではないと思うこともあった(西日本新聞 2011/6/16)
- 昨年までは優勝にかかわることがなかったので、今年初めて交流戦にMVPがあることを知った
- 今まではやろうと思っても、まあいいかと流していた
- 横浜では誰を信用して良いか分からなかった(東スポ 2010/11/30)
- 横浜だと勝っても借金が多くて喜べなかった(スポニチ 2011/01/01)
- SBからの連絡でスタートラインに立てた
- 打ち過ぎて申し訳ない
- SBに来て良かったと心から思った
- チームが勝ったうえで悩めるのは幸せな事だと思う、感謝だね
- 何も緊張感のないところで戦うよりも、こういうところでプレーすることにやり甲斐を感じる
- 昨年までマジックを減らすという経験がなかった
- オリックスは4位となりクライマックス進出する事は出来ませんでしたが、僕らは優勝しCS進出も決まっていますし
- 横浜時代はアゴをさわられるのは道化の材料として使われているようで嫌だった
- 毎年毎年が勝負だと感じさせてくれる移籍
- 「(内野手は)糸井さんには絶対無理です」
これらの発言により当時の横浜ファンからは「あまりにも言い方がひどい」「横浜での実働が少ないのに偉そう」などの反発を食らった他、本人もネットでの畜生扱いを認識しており流石に堪えたようだが、「自分ではどうすることもできなかった」という*3。
また、「横浜に残って良かった」と発言した三浦大輔との対比がされる場合もあるが、「1998年の優勝・日本一を経験している三浦と、暗黒しか知らない(2000年入団の)内川では思いは違って当然」と擁護される事もある。しかし、暗黒時代の横浜の環境の話が広がってからは対比として使われるより、それでも横浜に残った三浦の凄さと異常さを語るエピソードとして扱われる事が増えてきている。