イベント/冴月の約束

Last-modified: 2012-02-02 (木) 01:52:38

シナリオ/世界移動シナリオ-中世聖騎士編のイベント。


冴月の約束

思念4

『それ』から見れば、少し前の事だ
『それ』は怒り狂っていた。

 

『それ』は気が付けば誰かの為に力を流すことを強要されていた。
『それ』はそのためにささやかな眠りすら妨げられていた。
『それ』は気が付けば何もかもを押し付けられていた。

 

だから、怒った。
己はお前達の為に存在するのではないと。
お前達が己の為に存在しないように、己もまたそうなのだと。
そして、『それ』の意識は重たい寝床からゆっくりと浮きあがった。

 

豪雨を降らせ、雷を落とし、大地を息吹で払い、怒りのままに全てを平らにしようと思った。
全部なかった事にしても、また時がたてば人間は己の上にのっかてくる。
その時には己の怒りも収まっているだろう。どうせなら、今度は欲張らない人間が来ればいい。

 

そう考えていた、そんなとき。

 

彼方より人間が此方に接近してきた。

 

だから、『それ』は雷を叩きつけて大地ごと人間を薙ぎ払おうとした。
しかしその人間は、雷と火の海になった地面を飛び越えて『それ』の下へやってくる。

 

まぐれだ、と雷をもう一度叩きこんだ。
避けられた。

 

ならこれはどうだ、と暴風を起こして蹴散らそうとした。
乗り越えられた。

 

馬鹿な、と思い、竜鳴と共に息吹を放った。
すり抜けられた。

 

苛立ち、全ての災厄を叩きこんだ。
それすらも回避された。

 
 
 

どれも悉く避けられてしまった。

 

『それ』から見れば豆粒の様に小さい生物。
それが此方の敵意・殺意を物ともせずに、臆せずに此方に向かってくる。
あっさり吹き飛ぶ筈であったその姿に『それ』は困惑を覚えた。

 

そして、
人間が『それ』の前に辿り着いた。

 

人間が、『それ』目掛けて何かを投擲する。
『それ』の巨体で回避を行うにはとても難しいものだった。
結果として『それ』は冷たい水の様なものを浴びる感覚を得た。

 

『それ』は何をしたのか と、不快と混乱の感情を帯び、次にその感情に軽い高揚に似た感覚が混じる。

 

やがて『それ』は投げつけられたものの正体を知る。
投げつけられたモノは、人間が『酒』と呼び、飲むものだと。

 

――美味い。

 

浴びた液体から、高揚と美味を感じ、思わず意識から言の葉が漏れだしていた。
成程、好んで飲む訳だ。与えられたそれは、水の様に澄んでいて清々しい。

 

「お気に召されましたか」

 

人間が言葉を作った。
その姿や声音は、確か、女性という個体の範疇だった筈だ。

 

もう一度吹き飛ばそうと思ったが、思いがけぬ馳走を受けた。
怒りは収まりきらないが、少しの間くらい言の葉を傾けてもいいと『それ』は思った。

 

――これはいい、いいものだ。
そして、
――おまえはいったい、なにものなのだ。なぜここにきた

 

『それ』の言の葉を聞いて、人間が身を屈めた。
その行いは人間が高次のものへと向ける挨拶、礼というものだったと『それ』は記憶している。

 

「私は、貴方様の怒りを鎮めるために馳せ参じた……生贄です。オロチよ」

 

――おろち?
『それ』は八つの首の一つを疑問に傾けた。
――はたして、それは、おれのことをいっているのだろうか。
「御名前を持たぬのですか?」
オロチと呼ばれた『それ』は、オロチという言葉が自分に向けられた名称と言う事を知った。

 

――なまえ、ある。だが、わすれてしまった。
「貴方様も……いえ、私とは異なりますね」
オロチは鎌首をもたげ、人間の顔を覗く。

 

――ふるえている。こわがっているのか?
「はい。……死にに来た訳ですから、やっぱり怖いです」
――しぬ? なんでしぬ? じぶんからしぬのか?
己から逃げればいいのに、何故自分から死にに行こうと思うのか。

 

「自らの死を以て、貴方様の怒りを収める。私はそのために、ここまできました」
――……。

 

変だな、と思う。この人間は変だな、と。
怖がってる癖に、死ににきたという。
震えている癖に、その姿には迷いはない。

 

『それ』の怒りはまだ収まっていない。
しかし、『それ』にはこれを吹き飛ばそうと思えなくなっていた。

 

――おろち、か。
「え?」

 

――おろち。おろちおろち。いい、おとだ。きにいった。

 

オロチと呼ばれた『それ』は、この名前を教えてくれた人間を殺そうとは思わなくなっていた。

冴月が揺蕩った後

麟は、まどろみの中にいた。
(……?)
自分は、さっきまで違うこことは場所にいた筈。
自分はどうしてこうなっているのだろうか、と経緯を思い浮かべる。

 
 
 

「……っ!」
あの時、黒い影を前に、抗いがたい怖気を感じ、反射的に剣を構えた。

 

しかし、
(……?)
あの影から不機嫌な気配が伝わってくる。
しかし、そこから伝わるものは邪悪なものと言った感じには見受けられない。
(……なんだか、あくびのようなものをかいてますね……)
眠いのだろうか。
良く見なくても、蠢いている八つの紐のような物体は蛇か龍の首のようだ。

 

(もしかして、これは……?)

 

剣を収め、近づいた時だ。

 

麟は後ろに衝撃を感じて、
背から胸を、何かが貫いたような感覚を得た。

 
 
 

ゴボリと血が口から漏れだす。
「……え」

 

見れば、胸元から異形の貫手が突きでている。
その手は麟の血に濡れ、先端から血が滴っていた。
「…………」

 

何かを思う前に貫手は引き抜かれ、多量の血飛沫が宙を舞う。

 

体から力が失われ、地面に崩れおちた。
「げほっ……ごほっ……あ、う……」

 

背後に振り向いて、そして見る。
先程の悪鬼と同様の姿を持つ魔人の姿身を。

 

(まだ……もう一体、いた……?)

 

「ふん……全く以て使えぬ駒よ。まぁ……こいつを誘き寄せる餌にはなったか」
魔人はそう吐き捨て、麟を蹴飛ばす。
そして、蠢く黒い影を見あげ、
「冴月は始末した……次は貴様の番だ。
待っているがいい、オロチ。近いうちに貴様の力を戴く……!」
姿を消した。

 

(オロチ……)
いけないと思った。
魔人は明確な殺意を以て自分を害した。でもそんなことはどうだっていい。
あの魔人の狙いは……

 

(し、らせなくちゃ……)

 

体が動かない。先程の一撃に強烈な呪いが掛けられていた。
解呪の時間も、体力も余り残されてはいない。
(だった……ら……)

 

人差し指を筆に、流れる血を墨にして、導を残す。

 

『オロチ』『気をつけて』

 

書いて気が付いた。これだけでは勘違いされる。

 

『狙っている者がいる』
そう書き加えようとして、力が急速に失われた。
(だ……め……)

 

まだ、伝え終わっていないのに。主人公が、待っているのに。
そう思っても、視界が、感覚が、全てがぼやけて薄れてしまう。

 
 

(……主人公、さん……)

 
 

意識を失う直前に、麟は影が此方を心配そうにのぞき込む姿を見た様な気がした。

 
 
 
 

……。
思い返せたのはそこまでだった。
(私は……死んでしまったのでしょうか)

 

だとすれば、自分が漂っているこの揺蕩いは黄泉比良坂か。

 

(……)

 

(あっさり目の最期でしたね)

 

できるなら、大切な人達の傍で往生を遂げたかったが。

 

(半妖でも長寿ですから、そうなると本当に大分先ですけど)
でも、
(……まだ、生きていたかったな)

 

(こんな、一人で……)

 
 
 

さかしまの夢

気が付けば、麟は揺蕩いの中から抜け出ていた。
ただし、自分自身を第三者視点から見ているような、不思議な感覚を得ている。
まるで夢の中にいるような感覚だ。

 

「ここ、は……?」

 

そこは、荒れ果てた大地だった。
空は血で染まったかのように赤く、それらを覆い隠す様に暗雲が広がっている。

 

目の前で、雲が竜の形を取って渦巻いていた。
体のあちこちからは首が生え、長くのびた尾は竜頭そのものとなっている。
尾と体にまっすぐ連なる本来の頭部も含め、その首の数は併せて八本。
それは雲の体を持つ竜だった。

 

その雲竜と、一人の女性が、髪が黒い事を除けば自分とそっくりな女性が相対している。

 

「……怒りは、鎮められませんか」
女性の言葉に、雲竜が口を開かず言葉を作り、答える。

 

――むずかしい。

 

「……矢張り、私の命だけでは、不足ですか」

 

――それは、こまる。

 

「困る、ですか。私は、死ぬためにここにきたのですよ?」

 

雲竜が鎌首を横に振うた。
首が振れる度に暴風が巻き起こるが、不思議な事に女性は吹き飛ばされない。

 

――こまる。おまえはここでしぬべきではないのだと、そうおもうのだ。だから、しぬとこまる。

 

女性が笑った。悲しそうで、どこか嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべていた。
「貴方は、不思議な……不思議な神様ですね」
雲竜が首を傾いだ。

 

――おれは、かみさまではない。
竜が地面を見下ろした。

 

――おれは、ただのひとつのちからのかたまりにすぎない。かつてはからだをもっていたが、いまとなっては、だいちにねづいている ちからのながれ。おまえたちにとっては、それこそがかみさまというものなのかもしれないが。

 

――おもえば、おれがねているあいだに、おまえたちにんげんは、さまざまなことをしていた。

 

――おなじにんげんどうしであらそい、ころしあい、うばいあい、にくみあう。いきるためだ。なにかをえるためだ。そうするしかないからだ。いいわけをつくりながら。

 

――いっぽうで、にんげんどうしでいたわり、ちからをあわせようとする。『かぞく』や『ゆうじん』というあつまりのなかで、ともにわらい、なき、おこる。ささいなできごとから、しあわせをみいだそうとする。

 

竜が息を吐く。それは確かに溜息と呼ばれるものだった。
――おれは、それを、それらをみてもうらやましいとはおもわない。ただ、しってほしかったとおもう。
おまえたちがわらっているそのしたにも、たしかにおれはいるのだと。

 

「……貴方は、寂しかったのですか?」
――さびしい? さびしい。よくわからない。ただ、おれのうえでいっしょにわらうおまえたちをみていると、こころがいたくなる。

 

女性は悩み、おそるおそる声を紡いだ。
「それは……寂しいという事です」
そして、
「……貴方は、忘れ去られる事を恐れているのではないでしょうか……?」

 

忘れ去られる。
その言葉を聞いて、麟の胸が軋んだ。

 

同じく言葉を聞いた竜は暫し、茫然として(いる様に見えた)いたが、

 

――ひとりは、たえられる。いままでもそうだった。しかし、まわりにおおくがいて、だれからもしられない、おれとしてにんしきしてもらえない。それだけは、とてもおそろしい。
おれは、ここにいる。ここにいて、おまえたちとともにいる、と。たんなるべんりなものではなく、そうみてほしかった。
――……もしかすると、そう、おもっていたのか。

 

「貴方が怒ったのは……」

 

――もっともらしいりゆうであばれていたが、けっきょく、じこしゅちょう、だったのだろう。

 

雲竜が鎌首を力なく垂らす。
それを見た女性は意を決したかのように、
「……いま、ようやくわかりました。私はここで、死ぬべきではないのでしょう」
そして、
「……オロチよ。もう、恐ろしく思う事はないと思います」

 

――なぜ?

 

「例え、誰からも忘れようにも、私が、貴方の事を覚えたからです。……他の方々の分も、私が憶え続けます」

 

――にんげんはまたたきのあいだにしぬ。おまえがしんだら、それで、おわりだろう。

 

「いいえ、人間は、後の世に『継ぐ』ことができます。ですから、伝えます。
私の子供に、孫に、曾孫に、このことを。貴方が存在している事を」

 

女性は麟の方に視線を向けた。

 

そして確かに、麟へと微笑んだ。

 

麟は驚きに目を開く。
「もしかして、見えているのですか……!?」
両者に反応はない。

 

「ですから、約束して頂けませんか。私達が憶える代わりに、怒りを鎮めて下さると」

 

竜は長らく考えていた。やがて、ひとつの言葉を女性に返した。

 

――おまえのかばねはなんだ。
「姓ですか?」

 

――そう、おまえのかばねをやくそくのしるべにする。おまえのかばねをみるたびに、やくそくははたされているのだと、そうしんじることにする。

 

「姓は……ないのです」
女性が言いずらそうに答えた。

 

――ないのか?
「はい。親を知らぬので……名前は、あるのですが……」

 

困った様に両者が沈黙した。

 

「……申し訳ありませんが、貴方が名付けてはいただけませんか? 私の、姓を」

 

それを聞いた竜は更に困った様に身を捩じらせた。
――むずかしいが、いいだしっぺは、おれだ。しかたがない。
それから竜は八つの首をぐちゃぐちゃに絡ませながら、悩んでいる様だった。
とうとう考えるのに疲れたのか、ふと空を見上げた。

 

暗雲に覆われていた筈の空が晴れていた。
そこから望月が照らしている。

 

一辺の陰りを持たない澄み渡る様に美しい月が。

 
 
 

――さつき。
竜が意を伝える。
――このさえたつきを、ちぢめて『さつき』。おまえのかばねは、それでどうだろうか。

 

「冴月……享けたまわりました。感謝しますオロチ」

 

「約束します。与えられた冴月の姓に誓って、貴方を覚え続けると」

 
 
 
 
 
 
 

「ごめんなさい」
麟が、両者を見て呟いた。
冴月の姓を持つ最後の一人である自分は、おそらく死んだ。
つまり、

 

「約束……破ってしまいました」

 

「私のせいで……」

 

「……ごめんなさい……」

 
 

生の実感

直後、全身が跳ねる様な感覚と共に麟は眼を覚ました。

 

「……っ」

 

麟の視界に映るのは、天井。どこかの一室の様だ。
その一室の布団の上に寝かされていた。
室内に漂う畳みの匂いが鼻孔をくすぐり、生きているという事を実感させる。
そして、
「眼を覚まされたか……!」
傍には、ゲッショーの姿があった。
「月照……さん」

 

ここは、永遠亭のようだった。
死んだと、自分でもそう思っていたが、実際は違った。

 

あの場所から助け出され、命を救われている。
自分がこうしてここにいる事が何よりの証だった。

 

ならば、
(……先程の光景は、ただの夢だったのでしょうか)

 

そう思うも、すぐに否と思い直す。

 

例え夢だとしても、ただの夢とは、到底思えなかった。

 
 

「……心配をかけて、申し訳ありません」
「無用にござる。いやはや、一時はどうなる事かと……」
胸を撫で下ろすゲッショーを見て、本当に心配させていたのだと再度申し訳ない気持ちに占められる。
(他の方々にも謝らなければいけませんね)
布団から起き上がろうとして、

 

意識が揺らぎ、体がぐらついた。

 

「む、無理を召されるな!」
「ご、御免なさい……」
ゲッショーに支えられ、慌てて礼を言う。
「もう少し自分を労わるでござるよ。麟殿はまだ病み上がりゆえ……」

 

そこでゲッショーの言葉が途切れた。
次に戸惑った様な声で、

 

「……り、麟殿?」
「は、はい」
「如何に、落涙しておられるのでござろうか……?」

 

頬に触れる。
ゲッショー殿の言う通りに、濡れていた。

 

「も、もしや拙者、何か心ない事を申したであろうか……!?」
慌てふためくゲッショーを見ながら、

 

(……ああ、そうか)
不思議とそうなった理由がわかった。
眠りの合間に思った生への未練、自分同じ姓を持つ女性の言葉。
そして、自分を心配してくれる人がいる事。

 

「いいえ……違うんです……」

 
 

「あまり、幸いの多くない生き方をしてきましたが……」
それでも、
「生きていて、本当によかったな、って」

 
 
 

麟の言葉を聞いたゲッショーは頷き、
「そうでござる、な。……姫も、拙者も、主人公殿も、他の者達も、そう思っているにござるよ。嘗ても此れからも」

 
 

「……もう、心配や不安を抱えることはない」

 
 

「え?」
「あいや、麟殿が目を覚まされた時に伝えたい事があったのでござるが、杞憂にござった」
「え、……え? き、気になりますよ」
「ふっふふふ。たった今より機密事項になり申した。許されよ!」
「え、え~! な、なんですか、それ!?」

 

「拙者、此れより麟殿の健在を伝えに参るでござる。麟殿は其処にて暫し休まれるでござるよ!」
「ちょ……ちょっと待ってください……!」
制止もむなしく、ゲッショー殿は素敵走りで部屋をダカダカと去ってしまった。

 

「……」

 
 

力が抜け、眠気がどっと出てきた。睡魔に従いそのまま布団に倒れ込む。
天井を見つめ続け、
「……『約束します。与えられた冴月の姓に誓って、貴方を覚え続けると』」
夢に見た、その言葉を呟く。

 
 

「……あれは、先祖の、約束だったのでしょうか」

 

呟きに応える者はいない。
(……今は、考えなくてもいいでしょうか)

 

でも、約束が繋がって本当に良かった、とそう思い、

 

麟は眠りに落ちた。