イベント/憎悪を越えた先

Last-modified: 2012-01-21 (土) 23:44:12

シナリオ/世界移動シナリオ-中世聖騎士編のイベント。

憎悪を越えた先

誰かに呼び起されているような感覚を受けて、ラオグリムが呻きながら目を開ける。
開けた瞼の向こうに二人の娘と、古き友、自分を倒す為に此処まで来た勇士達がいた。

 

「目は覚めたか……」
「ああ……なんとか、な」
気丈に言っているつもりなのだろうが、ラオグリムの声は余りにも弱弱しかった。
その声音の裏から、死相が感じられるほど。

 

「俺は、語り部だ。……生まれた時から、遠い昔の様々なものを、宿していたのだ。
喜び、感謝、そしてあまりに多くの憎しみと、哀しみを……。
多くの陰を抱えていたからか、そのために一度闇にとらわれるとそこから抜け出せなくなってしまった。
果てしない、憎悪と狂気の闇から……」

 

「………」

 

沈黙するしかなかった。

 

「人は、優しい、暖かい光をたたえる一方で、闇夜よりも濃く、深い暗黒を抱えていることもある。
誰もが、その危うさを秘めているのだ。そして、その危うさを捨てたとき、人は人でなくなる……」

 

「しかし、俺は………俺は昔の俺ではない。引き返せはできない……」
そして、ラオグリムはザイドと大統領に手を向ける。その手は震え、力はなかった。
「崖の下に……生前の俺が使っていた剣が刺さっている筈だ……その下に……、
コーネリアが……あの時の姿のまま、眠っている……頼む……一緒に連れ帰ってくれ……」
その手を力強く受け取り、大統領は頷いた。
「……ああ」

 

「……ああ、だがお前も一緒だ。ラオグリム」
その言葉を聞いてラオグリムは苦く笑い、
「大分老けてしまったというのに、その性格は変わらないな、マイケル……」
「息子も成人した、昔の同僚も少なくなった。だが俺達が守ってきたものは変わっていない。
……今もお前の帰りを待っている奴らがいるのだ。あれから何十年もたったがほとんど変わりない」
「そうか……嬉しいことだ……」

 

天を仰ぐ。

 

「死より蘇って以来、俺のしてきたことを……謝るつもりはない……だが……」
顔を娘達の方へ見やる。
「……最後に父親らしいことを何もしてやれなかったな……」
「そう、ね……私達も娘らしいことを、何もしてやれなかったわ。精々これくらい

 

姉妹は、ふと思う。
この人は、幾年月を越えてきたのだろう。幾千幾万の同族達の辛さや憎しみの記憶を背負ってきたのだろう。
どれだけ、どれくらいの想いを抱えて今まで生きていたんだろうか。今もなおそれらを抱えて。
そう考えているうちに、ラオグリムがからかう様に笑った。

 

「どうした。泣きそうじゃないか……」

 

言われて気が付いた。目から熱い水が溢れて止まらない。
いやだなあ、とレミリアが目元を擦る。
流水は苦手なのに。目から水が流れちゃ、体調崩してしまうよ。

 

「どんなに……ロクデナシでも、私達の、親だって……そういうことよ……」
「泣くな……童に……追われたのではあるまいに……」
「馬鹿……!」
すまんなぁ、とラオグリムが苦く笑う。

 

「すまん……色々、言いたい事はあったのだが……眠く……なってきた……」

 

「……子守唄」

 

フランが目に涙をためて、
「だったら……最後に、子守唄は如何……?」
「唄、か……初めて聞いたな……」
「一人で、暇を潰す時に……練習してたの……大勢の前で、大っぴらに歌うのは初めてだけどね……?」

 

恥を忍んで歌ってくれるのか。最後の最後に嬉しい幸いが続く。
「ひとつ、頼む……」
フランが息を吸い、口を開く。

 
 
 

そこから、音が生まれた。

 
 
 

『迷子の足音、消えた……代わりに、祈りの歌を……』

 

涙に擦れていたけれど、それははっきりした歌だった。

 

『そこで、炎になるのだろう……続く者の灯火に……』

 

『瞳の色は、夜、の色……、透、明な空と、同じ黒……』

 

どんどん鼻声になるけど、それでも、その歌はラオグリムの耳に心地よく響く。

 

『確か……さに、置いて……かれて、探して見つめ……―――』

 
 

やがて歌もはっきりと耳に届かなくなった。
声は聞こえてくる。それ以降の歌詞の内容は一体何だっただろうか。
まどろみの様な重い感覚がラオグリムの体にのしかかってくる。

 
 
 
 
 

ああ、

 
 
 
 
 

「……――――」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

唇から漏れた声は何だったのだろうか。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ラオグリムの全身から力が抜けた。

 
 
 
 
 

「お父、さま……」

 

やがて歌が嗚咽に代わり、悲嘆の声がラオグリムを囲って生まれる。

 

声は少しづつ、少しづつ大きく広がって、

 

王の間の中を響き渡った。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして、

 

ぐごぉおぉおぉお……

 

哀しみの空気に一石投じる様に、にわかに間の抜けた轟音が主人公達の間を響いた。
「……?」

 

ぐおぉおぉお…… ぐがごごぉおぉおぉお……

 

地響きとも思えるその轟音の先はラオグリムの亡骸だ。
一体何が起きているのか、涙その他諸々を抑えてラオグリムの亡骸を見る。

 

そこで一同は見た。見てしまった。

 

原○夫風の漢の死に顔を浮かべるその顔。
その鼻から、提灯の形をした泡の様な物体が顔を出し、轟音に合わせて、縮小と膨張を繰り返すのを。

 
 

鼻提灯だ。

 
 

轟音と共に腹は、上下に動き、ガルカ特有の尾がヒクヒク動く。
それをみて、御脳の処理が追いつかず、しばし呆然としていた一同は暫しの空白を経て悟った。

 
 

この轟音はいびきで、

 
 

つまり、ラオグリムは死んだのではなく爆睡に陥っていたのだと。

 
 

ぐぅごおおおぉおぉ…… ふんごぉおおぉ~……

 
 

…………。

 
 

ムニャムニャ……

 
 

どっ、と笑いが生まれた。
あるものは腹を抱えて、あるものは苦い笑みを湛えて、あるものはやれやれと肩を落として、

 

やがて笑いの質が冷たく、硬質なものに変わり、

 
 

『ふッざけんなぁ――――!』

 
 

次の瞬間、吠声と怒号と哄笑と打撃音と破砕音と絶叫と悲鳴が一斉にその場を轟き渡った。