イベント/深淵歩き

Last-modified: 2012-11-03 (土) 13:55:57

シナリオ/世界移動シナリオ-中世聖騎士編のイベント。


深淵歩き

闇の中

意識を取り戻すと、頬に冷たく滑った石の感触が伝わった。
起き上がり、周りを見渡しても何もない。
……あの手に捕まったところまでは覚えているが、そこからははっきりしていない。

 

二人は大丈夫なのだろうか?
サンドリアへ戻る為の魔行符は手元にあるが、仲間を残したまま自身が帰還する訳にはいかない。
そこまで考えて、今の自分がたった一人だということに気が付く。
仲間はいない。自分一人だけだ。
……その事実を知った瞬間、「深淵」の冷たい闇がかつてないほどに身に刺さった。
今すぐにでも魔行符を使いたい衝動に襲われる。しかし怖気を堪え、必死に平静を促す。

 
 

ギィャアアアァ……

 
 

遠くで獣人の悲鳴が聞こえた。
……まさか、フランドールとサナエか?! はやい! もうきたのか!
先程から一喜一憂を繰り返す内心を必死に抑え、慎重に、しかし迅速に進む……。

闇に濡れた騎士

悲鳴が聞こえた方向を進むと、暗視ゴーグルの視界にあるモノが映った。
「深淵」の闇に蝕まれ、黒ずんだオークだ。
オークは不自然にそわそわしながら周りを窺っていた。まるで何かに怯えているようだ。

 

不意に。オークが短い悲鳴を上げた。
こっちに気が付いたのか、そう思った瞬間だった。

 

オークの喉元に刃が突き刺さった。
巨大な両手剣の刃だ。それがオークの喉を貫通している。
そしてそれは遠方から投げられたものではなく、剣の持ち主も伴っていた。
何者かが高く跳躍し、真上から獣人を強襲したのだ。

 

崩れ落ちる獣人の胸部を押し倒す様な形で踏み潰し、人影が降り立つ。

 
 
 

それは痩躯の騎士だった。

 
 
 

しかし、その姿はまるで幽鬼の様な有様だ。

 

名高い代物であった事を窺わせる甲冑は、所々が破損し、
兜から垂れる房は――かつては群青色だったのだろう――黒く染まり、濡れそぼっている。
首に纏っている汚れた襤褸切れはマントだろうか。
その全身は薄黒く汚れ、鎧は暗闇の中にも関わらず、水気を被った様にぬらぬらと鈍く輝いている。
突如目の前に現れ、獣人を串刺しにした騎士は、気怠そうに身を前に倒し、右手に大剣を握り、左手をだらり、と力なく垂らす。

 

まだ息があったのだろう。獣人が呻きをあげて、じたばたと暴れた。
騎士が手にした剣を押し込み、手首の動きで捩じる。

 

飛沫の音と共に、獣人は動かなくなった。

 

兜の内から荒い呼吸音を漏らし、騎士が此方を見る。
此方を見つめる兜の庇のスキマは何処までも黒い。まるで深淵だった。

 

背筋に氷柱をねじ込まれたようなおぞましい感覚が全身を突き抜ける。
不味い、と思った。明らかに尋常な様子ではない。
その姿身に生気は感じられず、只々冷たい鉄のような印象しか与えない。
まるで、返り血に錆びた鉄の塊だ。

 

無意識か、その場を半歩下がる。直後。
騎士が理性を喪ったかの様な、獣の如き雄叫びをあげた。

 

「ゥ※□קァυォオオォ……!!」

 

Artorius .jpg

 

剣を引き抜き、その場を一回転するように振り回しながら肩に担ぐ。
身は前のめりに、左手を垂らし、獣人を串刺しにしたままの剣を担いだ騎士は、此方を覗きこむように首を突き出した。

 

そして、

 

「?¨@*∬ォオオйォアアッ!!」

 

剣を振り、刀身に刺さった獣人の死体を塵屑のように投げ捨てる。
血飛沫をあげて宙を舞う死体。
地面に叩きつけられ、跳ねるそれを踏み越え、

 

騎士が肉薄した。

 
 
  • VS.深淵歩きの騎士
    全身が黒く汚れた騎士との戦闘。
    攻撃力、防御力、素早さともに高く、間合いを一気に詰めながら、
    ダッシュ突きや唐竹割りといった攻撃で襲いかかってくる強敵。
    3ターンが経過するか、騎士に累計10000以上のダメージを与えるか、主人公のHPが25%以下になると戦闘は終了する。
    主人公一人での戦闘ゆえ、周回プレイで鍛えに鍛え抜いているなら話は別だが、そうでないのならまともに立ち向かうよりインビンジブルや空蝉などを使って、生存に専念した方が良いだろう。
     
     

一歩一歩、歩を進める度に粘着質な水音が響き渡る。
見れば、騎士が足を地に踏みしめる度に黒いコールタールのような水溜りが生まれていた。
この騎士はいったい何者なのか。人間だったのか。焦りの中、そのようなことを考える。

 

「ォэτ%ァ???¬ζ……!」

 

巨剣を肩に担ぎ、低いうなり声を漏らしながら、騎士はじりじりと間合いを詰める。
立ち向かおうにも、憔悴がひどい。限界を迎えつつある。
これまでか。遂には最期を覚悟する。
そして――

 

騎士が剣を叩きつける瞬間、炎の竜巻が横殴りに騎士を呑み込んだ。

 

「ォ……!」

 

苦悶に喘ぎ、しかし灼熱を振り払う騎士。
その結果を凝視していると、体の疲労があっという間に抜けていくような感覚を覚えた。
見れば、自身の周りを優しい光が覆っている。
白魔法だ。
そして聴きなれた声が聞こえた。

 

「捜しましたよ、主人公さん!」
「無事? 生きてなきゃ嫌だよ」

 

時間で言えば少しの間だった筈なのに、長い間聴いていなかったような錯覚を覚える。
サナエとフランドールがいた。

絶叫

野獣のような荒々しい所作で黒染めの大剣が振るわれる。
それを魔剣で受け止め、刃の角度を逸らし流す。

 

騎士の動きに、フランドールはデジャブを感じた。
利き手とそうでない方の手でものを振う時は、何らかの差異がある。
慣れがない分、利き手ではない方は正確さに欠け、力任せになりがちになる。目の前の騎士は身の丈ほどもある長さの剣を軽々と振り回しているが、剣の取り回し方が、かつて利き手を損傷した時の自分と似通っているのだ。
慣れないものを必死で制御しようとする取り回し方だ。

 

先程から力なくぶら下げている左手が本来の利き手なのか。傷を負っているのか、全く使い物になっていない。
十全を出しきれない状態。獣のような狂奔はこの騎士の本来の戦い方ではないだろう。
両手剣を片手で振り回せるのであれば、空いている片方の手には盾といった装備を持てる筈だ。

 

自分と剣劇を繰り広げるこの騎士は、全力を出し切ってはいない。

 

「……」

 

その事を理解した途端、楽しくもあり、残念にも思った。
世の中には自身が想像もつかないことが数えきれないほどある。
できるなら正気で、万全の状態で死合いたかったものだが。

 

「ねえ、深淵歩きの騎士様。私が勝ったらその剣を頂戴。いい感じに闇っぽいからお姉さまに自慢するわ」
「ォオ◇?!※?※△……」

 

フランドールの軽口に、騎士は唸り声で応えた。

 

「……サナエ、主人公と一緒に少し離れて」

 

自身の得物、燃え盛る魔剣を肩に担ぐように構える。
軽く一閃、頭上で数回ほど回してから再度、大きく一閃。この間約2秒。

 

「本気、出すから」

 
 

……あの構えに何かの意味はあるのだろうか。
フランドールのアクションを前に感想を零すと、

 

「そうした方がかっこいいでしょ?」
「その方がかっこいいじゃないですか!」

 

……仲が良くて何より。

 
 

その時、地響きと金切り声が響き渡った。
目の前の騎士が発したものではない、血の気が凍り付くような、まるでケダモノの絶叫。
あまりのおぞましさに、主人公、サナエ、フランドールが身を竦ませた。
そして、その絶叫を聞いた瞬間、騎士の身が固まる。

 

「……?」

 

自分達のように怯んでいる訳ではない。しかし、何か様子がおかしかった。
先程の戦意が消え失せている。代わりに――

 

首を斜め上に傾けながら、騎士が呟いた。

 
 

「  マ ヌ     ス     ……!」

 
 

――消え失せた戦意の代わりに、狂おしいほどの殺意が生じた。

 
 

「――――――……!」

 
 

地を蹴り、騎士は凄まじい勢いで闇の向こうへと飛び去って行った。

 
 

「……何?」
不可解といった表情を浮かべ、フランドールが剣を小さく払った。
ともあれ、無事の再開に安堵を浮かべる。

 

「主人公さんが連れ去られた方向をずっと進んだんです。そしたら、狼が出てきて……」
……お、狼?
「は、はい。白く光る狼でした。その狼が私達を見た後、尻尾を振って奥の方に走っていったんです」
「まるで『こっちについてこい』って言っているみたいだったわ」

 

怪しいと思ったが、光も差さない深淵の暗闇の中でその狼の姿は道標の様に見えた。
不思議な事に、狼を追っている間、獣人の襲撃に遭うことはなかったという。

 

「その途中で悲鳴が聞こえたからまさかと思ったら、主人公さんを見つけて……」

 

実際のところ、その悲鳴の主は獣人だった。思わず、暗闇に転がるオークの死体を見やる。

 

「……心配したんだからね」
「無事で本当によかったです……」

 

しかし、あの叫び声は何だったんだ……? あの黒い騎士もどこかへ行ってしまったようだし。

 

「わからないけど……あの叫び声がよくないモノだということはわかる」
「本来は一旦帰還するべきなんでしょうけど……あの狼が気になります」
……それに、あの手の化物や声の主が「深淵」から地上へと姿を現すという可能性もない訳ではない。

 
 

騎士が消えた方角を見る。
視界の先には色濃い暗闇が不気味に渦巻いていた。