中里駅

Last-modified: 2026-01-01 (木) 18:23:59

中里駅(なかさとえき)は、樺太道豊原市南区中里?1条2丁目にある、北日本旅客鉄道JR北日本)の駅である。駅番号は、O12。電報略号は、ナサ。事務官コードは、▲15108


中里駅
[添付]
駅舎
なかさと
Nakasato
◀ O13 南中里 (2.4km)  (2.1km) 柴山 O11 ▶
所在地樺太道豊原市南区中里?1条2丁目
駅番号O12
所属事業者北日本旅客鉄道(JR北日本)
所属路線樺太本線
キロ程20.6km(大泊起点)
電報略号ナサ
駅構造地上駅
ホーム2面4線
乗車人員
-統計年度-
2,350人/日(降車客含まず)
-2046年-
開業年月日1906年12月1日
備考直営駅(管理駅)
みどりの窓口有
話せる券売機設置駅
IMG_7137.jpeg豊原市内駅

 

中里駅
なかさと
Nakasato
    ◀ 南中里 (2.4km)  
所属事業者北日本旅客鉄道(JR北日本)       
所属路線能登呂線
キロ程123.0km(西能登呂起点)
開業年月日2028年(令和10年)5月10日
廃止年月日2040年(令和22年)3月18日
備考路線廃止による。

概要

約半数の下り区間快速ハーバーライナーは当駅を境に快速運転を行う。また、約半数の上り区間快速列車は当駅を境に普通列車となる。

歴史

1906年(明治39年)12月1日-600mm軌間の軍用軽便鉄道のコルサコフ(楠渓町)駅-ウラジミロフカ(豊原)駅間(43.3km)に開通により開業。当時の駅名は、ミツリヨフカ。
1907年(明治40年)
3月15日-樺太庁発足。軍用鉄道を樺太庁鉄道に移管。
8月1日-楠渓町駅-豊原駅間(43.3km) で一般運輸営業開始。
1911年(明治44年)3月29日-中里駅に改称。
1910年(明治43年)11月3日-1,067mm軌間への改軌工事完成。
1943年(昭和18年)4月1日-南樺太の内地化により、鉄道省(国有鉄道)に編入。
1945年(昭和20年)8月-ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
1946年(昭和21年)
2月1日-日本の鉄道路線としては、書類上廃止。
4月1日-ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「ミツレフカ」
2030年(令和12年)4月1日-日露平和条約?に基づき、日本の管理下に置かれる。所属事業者がロシア鉄道から、北日本旅客鉄道になる。所属線がコルサコフ-ノグリキ線から、樺太本線になる。駅名が中里駅に再改称される。
2040年3月18日-能登呂線留多加駅?-当駅間が廃止に伴い、能登呂線の列車の当駅への乗り入れが廃止される。

駅構造

3面5線のホームを有する地上駅である。みどりの窓口、自動券売機、話せる券売機、自動改札機が設置されている。5番線はかつて能登呂線ホームとして利用されていたが留多加線の部分廃止に伴い使用が停止されている。
管理駅として南中里駅-貝塚駅間を管理している。

番線路線方面行先備考
1樺太本線上り大泊方面
2当駅折り返し列車・退避列車が使用。
3下り大沢豊原方面
4当駅折り返し列車・退避列車が使用。
5(使用停止中)

駅周辺

  • 中里商店街
  • 樺太道立中里高等学校?
  • 豊原市立中里中学校?
  • 豊原市立中里西小学校?
  • 中里市民センター

隣の駅

北日本旅客鉄道(JR北日本)
 樺太本線
  区間快速「ハーバーライナー
    貝塚駅(O15) - 中里駅(O12) - 新中里駅(O10)
  普通
    南中里駅(O13) - 中里駅(O12) - 柴山駅(O11)

かつて存在した路線
北日本旅客鉄道(JR北日本)
 能登呂線
    南中里駅 - 中里駅
南中里駅-当駅間は樺太本線との重複区間であった。

    樺太本線(大泊-豊原-栄浜)    
大泊 - 豊原大泊 - 楠渓町 - 一ノ沢 - 三ノ沢 - 貝塚 - 新場 - 南中里 - 中里 - 柴山 - 新中里 - 飯豊 - 豊南 - 清南 - 南大沢 - 清川 - 大沢 - 北大沢 - 新豊原 - 豊原
豊原 - 栄浜豊原 - 北豊原 - 豊北 - 南小沼 - 小沼 - 稲牛 - 北小沼 - 鈴谷富岡 - 深雪 - 大谷 - 小谷 - 豊原大学(仮称)(事業中) - 落合 (>>敷香方面) - 鈴谷大津 - 栄浜