宛先:シュリ 差出人:ティ・チャラ

Last-modified: 2022-09-26 (月) 00:24:49

宛先:シュリ
差出人:ティ・チャラ

音声ファイル

シュリ

父上はジャバリ族との和平交渉が慎重を期すべき問題であると、もとよりご存じだった。だが、よき王になる勉強がしたいとせがむ私を、拒むことはしなかった。同行したのは、私と6名のハトゥ・ゼラーゼのみ。他には誰もいなかった。

ミュートゾーン・ヴィレッジはひっそりとしていた。広場に演壇が設えられ、父上とジャバリ大使はそこに立って熱弁を振るった。聴衆が大勢いた気がしたが、実際には50人だけだったそうだ。

父上の練習を何度も聞いていたから、私もそらで演説を言えるようになっていた。父上に合わせて体を動かし、口の中で言葉をまねる。事が起きたのは、父上が指を開いて手をふり上げ、私も同じようにしたその時だ。

同行していたハトゥ・ゼラーゼ6人全員が、ジャバリ大使にひざまずき、そして立ち上がると父上に銃口を向けたのだ。大使の目撃者を残すなという命令を合図に、大使の護衛が聴衆を襲った。1人また1人、バタバタと人が倒れていった。

あの日以上に激しく戦う父上を、私は見たことがなかった。最後の最後までそれは見事なブラックパンサーだった。

父上が私の元にたどり着いたまさにその時、裏切り者が私に爪をふり上げた。死を覚悟した。だが、その爪の衝撃は訪れなかった。私は地面に押し付けられていたのだ。かなりの力で圧迫されて、息もできないほどだった。目をつぶった記憶はないが、次に目を開けると、すぐそこに父上の顔があった。

私はそのままじっとしていた。息さえしなかった。事切れた父上の下で死んだふりをしていた。助けてほしいとバストに願った。祈りが通じたのか、奇跡が起きた。私が死んだと思ったのだろう。裏切り者たちは去っていったのだ。あたりは再び静かになった。

父上は恐れたかと聞いたな?その目に恐怖はなかった。では、父上は苦しんだか?いや。父上はある瞬間まで生きていて、次の瞬間、バストに連れていかれたのだ。

シュリよ、お前はもう子供ではないのかもしれない。母上から話を聞かされた時、私の肩で泣いた少女はもういないのだろう。だが私は違う。ぬくもりを失っていく父上の下で、怖くて震えていた少年は、今も私の中にいる。

後悔は過去を変えられない。だが、その気になれば未来の糧にできる。この真実が私にくれなかったものがお前に与えられることを願っている。

兄より


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