結局のところ、まずかったのが悪い。
ぬるい汁にひたった豆と、ぬるい気持ちで握られたパン。
おかずに至っては、原型のわからないミンチの集合体で、色彩だけが派手に赤かった。
シオンはそれらを一口食べた時点で、期待していた幻想の七割くらいが崩れた気がした。
「くわぁぁぁ……」
こころなしか、あくびにも哀愁が漂う。
ここにいれば毎日ごはんがでてくるはずだったのに。これじゃあ健康によくない。
いや、健康にはギリギリよいのかもしれないけれど。
顔をくしくしと擦りながら、今日三度目の看守を廊下で転がす。
彼は気絶する瞬間、「まさかこの子が」と顔に書いてあったけれど、それはシオンにとっても同じだった。
まさか、自分が監獄内の警報装置を片っ端から破壊して回るなんて、来る前は想像していなかった。
だって、ごはんがまずいなんて、聞いてなかったのだ。
「らーめん、たべたい」
ぽつりと願いながら、廊下の端に落ちている監視カメラだったものを持ち上げて、ぎゅっと抱きしめる。
そして床に叩きつける。刹那、一気に沸き上がる囚人たち。そこはさながらライブ会場の様相を呈していた。
当初シオンの収監に喜んでいた下衆な囚人たちも、今となっては別の意味で彼女をリスペクトし、次はどんな風に看守を倒すのかとワクワクしながら見守っているのだった。
シオンは戦うお姫様のような扱いになっており、その気まぐれな一挙手一投足は、まるでスポーツの国際大会のワンシーンを思わせるほど監獄を盛り上げていた。
先に脱走した仲間のために追いかける看守を減らしているのだ、というのが囚人たちオーディエンスの理解で、だがそれゆえにシオンはついに英雄視されつつあった。
それはそれで間違いではなかった。
一方で、誰かの脱走を助けている――という建前は、実のところ、九割くらい言い訳で。
シオンは自分のために戦っていた。
ごはんのために。おいしいごはん食べたいというより、口に合わないごはんをだした腹いせに。
「みんなの、ごはん、たべたい」
アクシオンゲートの、家族の、みんなの。
1人じゃなくて、みんなで一緒に食べるごはん。
「うん、その方が健康によい、ね」
シオンはネコ姿を経由しておとなしく自分の独房に身を寄せる。
盛り上がり過ぎた騒ぎを聞きつけて、きっと別の看守が押し寄せるだろう。それまでは、休憩。
「くわぁぁぁ……」
わんことくまがいるし、だいじょぶ。
うんめもいるし、ふーがもいるし、よゆー。
シオンはまどろむ。
ぐるる、と腹の音がした。
「おいしいごはんのこと、考えすぎた?」
首を傾げるシオンは違和感に気づいた。
それは腹の音ではなかった。
ギシ…、ギシ……。
ウィーン…、ウィーーン……。
先ほどシオンが破壊した監視カメラの残骸がカタカタと揺れる。
巨大な鉄の塊の足音と、機械的な駆動音。
鼻孔に刺さる強烈な火薬の匂い。
あきらかに対人向けではない戦術級兵器の様相――。
「くわあぁ…、ようやく本気、ね…!」