やがて魔王は世界平和を希う

Last-modified: 2025-01-25 (土) 18:10:12

 そう言い残すと、オモイカネは眠ってしまった。
 どうやら定期スリープの時間らしい。

「──世界征服、ねぇ」

 鉉覇は伸びをしながら腰掛けなおした。もうちょっと話して行こうぜ、という暗黙の合図だ。

「世界征服ってさ、案外、世界平和に繋がるんじゃない?」

 煤墨がふわりと呟いた。

「うお、唐突! なんそれ、哲学? 魔術?」

 鉉覇は興味深そうに、それどんな魔術式よ、煤墨に絡む。

「いやいや、魔術じゃないよ。むしろ感情論?」

 煤墨は首をかしげながら、人差し指をくるくると回す。

「ほら、世界を征服したい人って、スタートは絶対に身勝手な理由があると思うんだよね。
 たとえば、うーん、そうだな、世界中の『みるくぷりん』を独り占めしたいとか♪」

「それ俺説でてるじゃんー」

 鉉覇は即答した。

「たしかに『みるくぷりん』は甘くて美味い!
 でも、それが世界平和?
 そんな甘くてうまい話がある説でてないでしょー」

「その甘い話が平和に繋がるんだよ。たぶんね♪」

 煤墨は微笑む。

「鉉くんが世界征服して『みるくぷりん』を独り占めする。
 はじめはいいけど、足りなくなってくる。
 そうなると発展するよね、『みるくぷりん』の生産技術」

 煤墨は続ける。

「その技術は『みるくぷりん』だけじゃなく他のことにも応用できる。
 食糧難とか、紛争とか、いろんなことが解決する」

「で、世界平和になる説でちゃうわけだ」

「そういうこと♪」

 鉉覇はくまの頬をぷにぷにとつつきながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「じゃあさ、俺が世界征服して煤墨のことを独り占めしたいって言ったらどうなるんだ?」

「僕?」

「煤墨の生産技術が向上したりしてな!」

 大笑いしながら、鉉覇は子どものような笑顔を煤墨に向ける。

「僕がたくさんいたら大変だよー?
 それはもう世界平和どころじゃないかも!」

 あはははは! と今度は2人は同時に笑い出す。

「じゃあさ、そんときは俺の生産に技術応用してさ、
 俺も煤墨もめちゃくちゃ増やす説!」

「だめだめ、『みるくぷりん』の生産量がおいつかなくて
 鉉くんが不機嫌になって世界がおわっちゃうよ」

「いいじゃん? 俺、魔王だしさー」

 鉉覇は投げやり気味に天を仰ぎ、頬の術印を撫でながら目を細める。
 魔術体質。刃黒という出自。表には出ない歴史。母──
 鉉覇には世界を終わらせる理由があまりにも多すぎる。

「じゃあ僕は増えなくていいかな」

 煤墨は立ち上がり、言葉を続ける。

「たった1人だけど、その代わり鉉くんに『みるくぷりん』を買ってあげよう!」

「なんだよ、世界征服の話はどこいったー?」

「あはは♪ 僕にとっては同じなんだよ、鉉くん。
 世界征服も『みるくぷりん』もさ」

「世界平和ってこと?」

「どっちも僕らが楽しむためのもの、ってこと」

「お前も十分魔王だなぁ、煤墨ぅー!」

 鉉覇も立ち上がり、煤墨を肘でつつく。
 中枢管理室に2人の足跡が響く。

「そんじゃ、魔王が2人揃って世界平和のために!
『みるくぷりん』の調達と参ろうかー!」

「お供するよ、鉉くん!」

 スリープモードのオモイカネは、やっと深い眠りにつけた。


──『やがて魔王は世界平和を希う』より抜粋