穏やかな夕立が傘に落るのが好きだ。
心もとない細さの繊維強化プラスチックに支えられたポリエステルの丸天井が、遥か遠く、手の届かないほど遠くにあるはずの空の音を奏でる音響装置として生まれ変わる。
ローファーの踵がアスファルトを叩くのが好きだ。
歩調に合わせて、自分の好きなペースで、コツコツと小気味よい音と独特の振動が足に返ってくるのが心地よい。
雨に弾かれた草花が踊るのが好きだ。
一面に広がる壮大な草原に響く葉擦れのような、あるいは窓から庭園の草木に水をやったときのような、そういったひとつひとつの音がかつてのエルスタニアを思い出させてくれる。
隣を歩く彼女の暖かさが好きだ。
カーディガン越しに伝わるほんの僅かな体温が、合わない歩調を一生懸命に調節している様子が、雨に濡れた髪から漂うシャンプーの香りと、少しだけ人目を気にして俯くその仕草が、何年経っても変わらない信頼と居心地の良さを教えてくれる。
──『キミを探す絶界』より抜粋