前代未聞のプロブレム誘拐事件は結果的に「なかったこと」になって、束の間のプロブレムの小旅行は何事もなく幕を閉じた。
世間的には、そんな事件はそもそも存在しない。
ニュースにもならず、誰も話題にしないから、ある意味完璧な幕引きだ。
犯人は何の罪も犯さずに済み、むしろ人生が好転。
唯一の被害者であろうプロブレム本人は「楽しかった」という小学生並みの感想文を携えて、知らぬうちに世界は今日も救われたのだ。
ただ、プロブレム本人はというと、なんだか拍子抜けした気分だった。
「うーん、まあ、いっかー…」
おおげさに肩をすくめて、プロブレムは空を見上げた。
眩しいくらいの夕日は、いつもと変わらず自分に優しくあたたかい。
大好きなオレンジ色で包んでくれる。
誘拐事件よりも、学校をサボったことであとでアンサーやモノ、もしかしたらメイズママ "先生" にお説教されることよりも、プロブレムにはもっと気になることがあった。
(あの白いワンピース、めっちゃ可愛かったよなぁ……)
犯人(未遂)のひとりであるEさん──は特別に悪い人ではなかったというか、そもそも誘拐なんかより、自分の恋愛問題をどうにかしたほうがいいと思う──が着ていた真っ白なワンピが、脳裏に焼きついて離れない。
彼女があの服をふわりと揺らして歩く姿は、プロブレムがこれまで着てきた派手めの服とは全然違う、大人の色気と純粋さが入り混じった不思議な魅力があった。
(もし私がアレを着たら、やっぱ雰囲気変わるんかなー?)
想像しただけで胸がどきどきする。
もしかして雰囲気を落ち着いた感じにして、メイクも少し抑えめにしたりして。
もしかしたら、いつも忙しそうにしている「あの人」も、今までとは全く違う目で私を見てくれたり、とか?
いつもの元気な天才プロブレムちゃん!じゃなくて、ちょっとだけ大人っぽくて、ちょっとだけ特別な子として。
(いやいやいやいや、無理無理無理無理!)
プロブレムはぶんぶんと頭を振った。
こんなことで緊張するなんてあり得ない。
だって、自分はついさっきまで、誘拐犯と普通に笑いながら喋って、犯人の恋愛相談に乗ったり、人生相談までして、気づけば事件そのものを解決しちゃってたような救世主なのだ。
世界を救うなんてお茶の子さいさい、朝飯前なのに、白いワンピースを買うかどうかでここまで悩むなんて。
(こういうのってカノンの方が似合うよね)
(シオンも前にこういうの着てた?着せられてた?し)
(てか、こういうのって私じゃない感あるし……)
言い訳ばかりが頭に浮かぶ自分に、自分で驚く。
小さなため息が、思わず唇からこぼれる。
「私ビビってんじゃん、ウケる♪」
思わぬ強敵に登場に、ブロブレムの口角は自然と上がる。
天使や神々よりも、新しい自分の方が怖いなんて。
でも……。
「いいじゃん!沸く沸くする!」
挑戦こそ我が人生。
チャレンジこそがプロブレムの道。
次の休み、本当に勇気を出して、同じような白いワンピースを買いに行く。
いま決めた。
新しい自分に挑んでみるってだけが世界を救うよりも勇気が要るなんて、ほんと笑っちゃうけれど。
そして、一度だけでいい。
一度だけ、思い切って「あの人」のいつもの部屋で、その服を着てみよう。
(そのとき、どんな反応してくれるんかな?)
(……めっちゃ沸く!)
考えただけで、顔が熱くなる。
プロブレムは思いっきり頬を叩いて気合いを入れると、また底抜けの笑顔に戻って歩きだした。
「よーし、決まり!どうせなら白ワンピが世界一超絶似合う、白ワンピ天才プロブレムちゃんになってやる!」
だけど心のどこかで、小さな声が問いかけてくる。
──もしも、何の反応もされなかったら?
(そんなの決まってんじゃん)
プロブレムは自分に応える。
「──誘拐する!」