まるで大迷宮の如きコンクリートの重圧から抜け出たそこは
どこか異国の文化を携えた不可思議な大衆料理屋があった。
ブルーがそこを指さしながら「ねえトロイさん!あれ!あそこ!
ぜったいあのお店だよ!」と嬉しそうに言う。ブルーの言う
「ぜったい」は既に信憑性のなさがこの食べ歩き旅行の中では
イヤというほど痛感していたし、その基準がどこにあるのかは
謎だけれど、その店はトロイから見ても「それ」っぽかった。
店の中は、誰かの夢の中みたいな匂いがした。八角と、焦げ
たカラメルと、たぶん香水のような何か。ブルーはトロイの袖
をつかんで、「いくよトロイさん!作戦開始…!」と言った。
誰に習ったのか、どこぞのスパイ映画みたいな口ぶりである。
まあ、十中八九私の影響だろうな、とトロイは思った。
ミッションは、つまり、幸福になる調味料を探す旅の続きだ。
もう十軒以上の店を巡った。餃子のような何らかの料理の皮が
パリッと音を立てるたびに、ブルーは「うーん…」と言って、
次の料理に手を伸ばした。炒飯のような何か、回鍋肉のような
何か、麻婆豆腐のような何か。どこもかしこも、ような何か。
どことなく前に潜入した天夏連邦の食事に似ている気もする。
味はどれも美味しかったけれど、目的の"それ"ではなかった。
「幸福になる調味料って、食べた瞬間に涙が出るのとか?」
「あ、それだと泣きすぎて干からびちゃうね!」
ブルーはうーんうーんと真剣に唸りながら、そもそも正解も
ゴールもわからない調味料探しに奔走し、食べては歩き、笑い
また食べては歩き、うんうん言いながら笑った。
夕暮れの時間になっても、調味料は見つからなかった。伝説
は、だいたい簡単には見つからない。簡単に見つからないから
伝説なのだ。
「でもね、あるよ!だって、ぜったいあるって感じする!」
またしても現れた信憑性のない「ぜったい」に目を細めなが
ら、トロイはさっき買ったばかりのあんまんを口にした。
ブルーは「だって、今日食べたの全部おいしかったもん!」と
満面の笑みでトロイの袖をくいくいとひっぱった。
その笑顔が、太陽を小さく折りたたんでポケットにしまった
みたいな明るさで、トロイはこのあんまんが今まで食べた中で
一番おいしいと思った。
―― こういう調味料もあるんだなー。
トロイはブルーにもう少し付き合うことにした。