聖槍リタが空間を裂いた。怒りに満ちたようでひどく繊細なその一閃は空気をほとんど震わせることもなく、それでいて大挙して押し寄せてくるボトルフを一掃するのに十分な破壊力を秘めていた。
「っは──」
呼吸が乱れている。数え切れないほどなぞったエルスタニア流聖槍技の操槍術はとうに身体に染み付いていて、寸分たりとも乱れることはないけれど、それでもまだ足りない。
焦りか怒りか、あるいは怯えか、狂ったように天使を吐き出すキョーカンの絶叫も、今のトロイメライには届かない。
手のひらを貫くほどに握りしめた手も、避けそこねたボトルフの爪でできた切り傷も、今の彼女には見えていない。
それよりも遥かに痛い傷をじっと抱きしめながら、血の滲んだ言葉を吐き出す。
「──こんなものじゃない」
剥がれて落ちた爪が、すり潰された指先が、割れるほどに叩きつけた額の傷が、今でもずっと癒えていない。
けれど知ったことか。だってあの子はもっと痛かったはずだ。もっと、もっと、もっともっともっと──!!
キョーカンがたまらずに吐き出したボストルフをわずか数歩の間にその槍で捉え、塵芥と化したそれが地に落ちるよりも先に、トロイメライは哀れなネコ型ロボットを蹴り飛ばした。
──『祈咲桃漸』より抜粋