鏡の中で睨み合う。
睫毛の先まで冷えているような気がした。唇にグロスをひく手が、少しだけ震えていた。
プロブレムは、自分でもそれに気づいていた。気づいてしまっていた。
心の底から明るく、何もかも笑い飛ばして、今日もいつもどおりに「天才プロブレムちゃん、降臨☆」「沸く沸く♪」と、ふるまっていたはずなのに。
あと数分後には到着する。
その場所には、黙っていても誰もが息を呑む戦場、否、地獄がある。
勝てるか、ではない。勝つのだ。勝たねばならない。
人類を、GARDENを、楽園を、そのすべてを彼女は背負っていた。
制服を脱ぎ、いつもの戦闘服に袖を通す。
お気に入りのグラスを胸元にかけ、バンドで髪を留める。
いつものルーティン。何千回もやってきたはずなのに、今日に限って妙に、うまくいかない。
ふと、鏡に影が立った。
「……なに、ビビってんの?」
モノだった。
いつも通りの、目元に厳しさを湛えた声。乱れのないいつもの姿。
けれど、その眼差しだけが、ほんの少しだけ揺れている。
プロブレムは返せなかった。いつものように、明るく軽口を叩くことができなかった。
戦闘服の背中で、モノの声が続く。
「ビビるくらいなら、行くのやめたら?」
優しさではない。けれど、罵倒でもない。
「逃げて、私に任せればいい。なにせ相手はあの "類稀" ……」
ため息まじりのモノのそれは、本心ではないとすぐにわかった。
「でも」モノは続けた。
「あなたは行くんでしょ?」
「…モノ」
「そっちが "類稀" なら、こっちはあなたよ」
ぐいと、モノはプロブレムのジャケットに手を伸ばすと、着崩れをなおしながらポンポンと埃をはたいた。
「ねぇ、"天才"?」
鏡越しに、ふたりの顔が並んだ。
呆れた顔でモノが鏡越しにプロブレムの目を見た。
プロブレムは笑った。喉の奥が痛くなるくらい、力いっぱい。
目尻を上げるその顔には、もう迷いはなかった。
小さな駆動音と共にクーとエーが起動する。
ナノマシンの小さなキラキラとした光塵がファンの風圧でふわりと巻き上がる。
まるで、彼女たちの勝利を暗示するかのように。
「もっちろん! 天才ですから!」
六人の天才たちは各々の思いを胸に、"類稀" の居る神域の方角へと眼差しを向けた。