四方を廃墟と化したビル群に囲まれた市街地の、
その中でも一際荒れた一帯を一瞥して、エリスはそう呟いた。
これほどまでに崩れていれば、必然的に機動力が削がれてしまう。
それに加えて、隠れる場所は山程あるというわけだ。
瓦礫の山に潜んで平地を闊歩するエリスを見つけるのは容易だが、
その反対は困難を極める。
『一応、観測できる限りでは敵性反応は消失しているわね』
「完全にフラグじゃありませんの」
ノイズが混じったメイズの通信を、エリスは一蹴する。
事実、廃墟の瓦礫が積み重なった状態では霊力の探知も
正確ではなく、レーダーも欺瞞しやすい。
そして何より、エリスの直感が警戒するべきだと告げている。
この手の嗅覚は、観測や統計に基づくものではなく、
長く戦場に立ち続けた者のみが会得できる、
経験や予測に基づいたものだ。
GARDENランヴィリズマの騎士なら人それぞれ差はあれど、
その嗅覚に救われたことは一度や二度ではないだろう。
もちろんメイズもそれを理解しているから、
それ以上の追求はしない。
むき出しになった高さ100メートルもの絶壁は
冷たく刺すようにエリスを見下ろしている。
構造物の隙間を歪に流れる空気に
降りはじめたばかりの粉のような雪が流れる。
コンクリートの暗雲は闇よりも昏く、夜よりも深く横たわり、
さらに奥へとエリスを沈めていく。
ふいにエリスの背後で3センチ大のコンクリート片が崩れ、
コロコロと転がった。
「──あら、芸がありませんこと」
天使の瞳が赤く赫く煌めいた刹那、
猛獣が如く唸りを上げたLittleLeopard-IIIS-173が
その喉元に食らいついた。