
| 最高速度 | スラスト | 定員 | 貨物の種類 | 搭載速度 | 重量 | サイズ | 年代 | 寿命 | 維持費 |
| 時速364km | 7,138重量kg | 15人 | 人 | 2.0倍 | 19,600kg | 小 | 1944~1975 | 40年 | $490,994/年 |
ゲーム内説明
Douglas DC-4は、ピストンエンジン4発を備えた米国製民間航空機です。1945年以降、世界中の民間航空で使用されました。
概要
DC-3に比べて定員が50%アップしたこで更に多くの乗客を一度に運べるようになりました。しかし特筆すべきは定員ではなくその出力です。双発機だったDC-3から4発機になった上、エンジン自体も高出力なものに変わったため出力は3倍近くになっています。これはDC-3より早く最高速に達することができるということであり、それはそのまま飛行時間の短縮に繋がり、ひいては利益率の大幅な向上につながっています。
ですがその優秀な利益率も定員割れを起こしていては意味がありませんので、運行数には気を使う必要があります。
史実

| 製造国 | 製造会社 |
| アメリカ合衆国 | ダグラス・エアクラフト |
DC-4はアメリカのダグラス・エアクラフト社が製造した4発旅客機です。単にDC-4と検索すると出てくる恋愛ゲームとは何の関係もありません。
1930年代以降、DC-3が商業的な成功を収めたことで、アメリカを含めた全世界での旅客機市場最大シェアを誇っていたダグラス・エアクラフト社が、ユナイテッド航空から依頼され、DC-3の後継機を開発しました。それがDC-4Eと呼ばれた試作機でした。しかしこの試作機は、4発機にしたことで機体重量が増したため経済性が悪く、また整備性にも問題があったため試作機1機の製造のみで終わりました。なお、この試作機は後に日本の大日本航空名義で大日本帝国海軍が取得し、大型陸上攻撃機「深山」の設計に寄与しました。
その後、DC-4として一から再設計が開始され、第二次世界大戦真っ只中の1942年2月14日に初飛行が行われたため、すぐに輸送機に改装。“C-54スカイマスター”や“R5D”として1946年まで1134機が製造されました。また1944年にはアメリカ初の大統領専用機である「セイクリッド・カウ」としても採用されました。
大戦後、アメリカ軍やイギリス軍で使われていた機体のうち約500機ほどが民間に払い下げられ、旅客型に改装されてDC-4として飛行することになりました。パンアメリカン航空などで使用され、大西洋・太平洋を横断して飛行する最初の民間機になりました。1947年に生産が中止されるまで74機を新造、前述の払い下げ品と合わせて日本航空・キャセイパシフィック航空・カンタス航空など世界各国で中長距離路線用として就航しました。
その後、DC-6やDC-7が登場したことで国際線から撤退。国内線に回された後、1950年代後半にはDC-8、ボーイング707、コンベア880などが登場し、大手航空会社から撤退しました。それらは中南米やアジアやアフリカの新興航空会社へ払い下げられました。
当時としてはDC-3にくらべ整備が難しい機体とされていましたが、現在のジェット機に比べたらまだ簡単な方なため、現在でも中南米の小規模な航空会社で使用されています。ですがその多くは貨物機や消防機に改修されており、旅客輸送の第一線からは退いています。