ドイツ/ソ連 RankⅡ 駆逐戦車 ASU-57
概要
2024年のハロウィンイベント【STRANGE THINGS】にて実装された車両。
ソ連の戦後空挺戦車。非常に車体が小さいので見つかりにくいと言う利点があり、武装はT-34-57とほぼ同性能の57mm砲である。見て分かる通り、装甲は無いものと思っておこう。
車両情報(v2.25.0)
車両性能
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 砲塔旋回速度(°/s) | 17.1 |
| 俯角/仰角(°) | -5/12 |
| リロード速度(秒) (スキルMAX) | 5.0 |
| スタビライザー/維持速度(km/h) | 無し / - |
| 車体装甲厚 (前/側/後)(mm) | 6 / 4 / 6 |
| 砲塔装甲厚 (前/側/後)(mm) | 0 / 0 / 0 |
| 重量(t) | 3.3 |
| エンジン出力(hp) | 55 |
| 3,600rpm | |
| 最高速度(km/h) | 50/-6 |
| 視界(%) | 62 |
| 乗員数(人) | 3 |
武装
| 名称 | 搭載数 | 弾薬数 | |
|---|---|---|---|
| 主砲 | 57 mm Ch-51M cannon | 1 | 20 |
弾薬*1
| 名称 | 砲弾名 | 弾種 | 弾頭重量 (kg) | 爆薬量 (g) | 初速 (m/s) | 貫徹力(mm) | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 10m | 100m | 500m | 1000m | 1500m | 2000m | ||||||
| 57 mm Ch-51M | BR-271SP | APBC | 3.14 | - | 975 | 142 | 139 | 125 | 119 | 96 | 84 |
| BR-271B | APCBC | 2.8 | 20.02 | 1,020 | 155 | 151 | 135 | 118 | 102 | 89 | |
| O-271 | HE | 3.72 | 220 | 695 | 12 | 12 | 10 | 8 | 6 | 5 | |
| BR-271N | APCR | 2.4 | - | 1,125 | 159 | 155 | 140 | 123 | 108 | 94 | |
小隊ツリー
| 前車両 | Brummbär |
|---|---|
| 次車両 | AMX-13-M24 |
解説
【火力】戦後に開発された57ミリ砲が装備されており貫通力だけならIV号戦車の75ミリに勝っている。が小口径ためいかんせん加害がしょぼく装甲がまったくない割に不足気味である
【防御力】紙。オープントップなので榴弾系に弱いのは見てもらえればわかるだろうが実は乗員の頭がちょっとだけ装甲から飛び出おり敵の苦し紛れの7ミリ機銃で返り討ちに合うこともありうる。
【機動力】3トンという驚異的な軽さのお陰でかなり軽快に走る。後退が少々遅いが旋回が全く間に合わないというようなことはないだろう。
史実
ソ連軍は第2次世界大戦中にA-40T飛行戦車、KSP-76空挺自走砲、T-34空挺戦車など幾つかの空挺戦車の開発を試みたが、いずれも成功しなかった。
しかし戦後になるとそれを補うべく空挺戦車の開発計画を再開し、1947年に76.2mm軽量化対戦車砲を搭載するASU-76と、長砲身の57mm対戦車砲Ch-51を搭載するK-73の2種類の空挺自走砲の競争試作を発注した。
開発はASU-76をアストロフ設計局、K-73をクラフツェフ設計局が担当したが、クラフツェフ設計局のK-73空挺自走砲は同一シャシーやコンポーネントを用いて各種車両をシリーズ化することを狙ったもので、浮航性能まで盛り込まれた意欲的なものだったが空挺戦車としては求められた車体性能が得られなかった。
一方アストロフ設計局が開発したASU-76空挺自走砲の車体は、乗用車「パヴェーダ」(勝利)などに搭載されていたGAZ-57E 直列4気筒液冷ガソリン・エンジンを使用し、足周りなどは当時開発中であったAT-P軽砲兵牽引車のコンポーネントを流用するなど堅実かつ単純な設計で、信頼性も高かった。
結局、このASU-76空挺自走砲の車体に対装甲威力が優れていた57mm対戦車砲Ch-51を搭載して、ASU-57空挺自走砲として完成させることになった(「ASU」とは「空挺部隊用自走砲」の略)。
ASU-57空挺自走砲は1950年にソ連軍に制式採用され、生産は1951年から開始されており西側が初めて存在を確認したのは1957年になってからである。
本車は当時の貧弱な輸送能力に合わせるため、非常に小型に作られていた。
車体の構造は大戦中のSU-76M対戦車自走砲と同じくフロント・エンジン/フロント・ドライブ方式で、車体後半部の戦闘室は重量削減のためにオープントップとなっていた。
戦闘室内には主砲の右側に操縦手席、左側に砲手席が設けられ、操縦手席と背中合わせで装填手席が配置された。
装甲厚は小銃弾に対する防御がやっとの6mmに抑えられ、さらに軽量化を追求するためにジュラルミンも多用されていた。
このため、ASU-57空挺自走砲の戦闘重量は3.35tに収まっている。
搭載する73口径57mm対戦車砲Ch-51は大戦中に開発された57mm対戦車砲ZIS-2の改良型で、射距離1,000mにおいて厚さ100mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹することができた。
Ch-51の砲身先端には多孔式の砲口制退機が装着されていたが、これは程無く通常の二重差動式砲口制退機に換装され、名称もCh-51Mに改められている。
砲の旋回角は左右各8度ずつで、俯仰角は-4.5~+12.5度となっていた。
足周りは大型転輪が片側4個ずつ配され、最後部のものは誘導輪を兼ねた接地したものとなっていた。
エンジンは、出力55hpのGAZ-M-20E 直列4気筒液冷ガソリン・エンジンを搭載していた。
ASU-57空挺自走砲は各10両を装備した対戦車中隊2個で1個対戦車大隊が編制され、空挺師団に所属した。
本車の輸送については当初、パラシュート付きアルミ製コンテナに2両を収容してTu-4重爆撃機(アメリカのB-29重爆撃機のコピー)の翼下に吊り下げて運ぶこととされた。
1959年にAn-12大型輸送機が就役すると機内に特殊荷台にセットして搭載され、後部ドアからパラシュート投下されるようになった。
この特殊荷台にはパラシュートと共に着地直前に点火するロケット・ブースターが付属し、着地のショックを和らげるようになっていた。
後継のASU-85空挺自走砲の登場によりASU-57空挺自走砲の生産は1962年で打ち切られたが、1970年代いっぱいまでソ連軍で使用された他、エジプト軍にも少数が供与されている。
小ネタ
外部リンク
コメント
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- 無駄に攻撃力あるせいで可愛がられにも行けない -- 2024-11-03 (日) 17:59:14
- こいつも鹵獲してたの? -- 2024-11-06 (水) 14:14:29
- 東ドイツに供与された奴じゃね? -- 2024-11-18 (月) 08:15:40
- 装甲はゴミ、機動力もいうて高くない、加害はカス、無駄に炸薬があるせいで逆豚戦車を倒すことすらもできない←この性能でよく実装しようと思ったな。はよソ連に帰れ産廃 -- 2024-11-07 (木) 18:16:25
- 何でコイツ意味わからんところに弾飛んでいくの? -- 2024-11-08 (金) 14:23:01
- ゴミ。産廃。ネタ目的にも使えんカス -- 2024-11-10 (日) 14:06:16
- 頑張って使えばまぁキル取れるよ -- 2024-12-02 (月) 15:52:57
- 言うほど産廃でもねぇな -- 2024-12-04 (水) 04:43:55
- かわいさに全振りした車両 -- 2025-10-30 (木) 07:27:34
- コイツにやられたらイラッとするやろなぁ…の精神で使ってる。bot抜きで一試合5キルしたのが最高記録 -- 2025-10-30 (木) 09:36:01
- これで敵の死角から攻撃すると楽しい -- 2025-10-30 (木) 23:09:55
