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アレ

Last-modified: 2017-08-16 (水) 00:32:10
  • 横浜ベイスターズ時代、特にリリーフ転向後の斎藤隆のこと。現在は「アレ様」と呼ばれることが多い。
  • 阪神タイガース(現監督)現役時、特に現役末期の金本知憲のこと。
  • ミネソタのアレ。阪神タイガース・西岡剛のこと。
  • 読売ジャイアンツ・長野久義のこと。


斎藤隆(アレ様) Edit

ベイスターズが「横浜大洋ホエールズ」と名乗っていた時代に入団した斎藤は、先発投手として1998年の日本一に貢献。その後2001年にリリーフへと転向するも、その直後は何度も救援に失敗した事から、はませんやベイス本スレで「あんなのはアレで十分だ」と揶揄された事から蔑称が定着した*1
その後は投球内容が安定・向上したためクローザーに定着*2。前任者である「佐々木(主浩)様」にあやかって「アレ様」という愛称に昇格した。

 

2003年に山下大輔監督の意向で先発へ再転向するも度重なる故障に悩まされ、成績は下降線を辿る。
そのまま引退かと思われた2006年、36歳という年齢で突如渡米。ロサンゼルスドジャースとのマイナー契約からのスタートながらまさかの大復活を遂げ、MLB屈指のクローザーにまで上り詰めるなど、7シーズン5球団に渡って安定した活躍を見せる。
そのNPB時代の晩年とは同一人物と思えないほどの活躍から、蔑称としての「アレ」は殆ど使われなくなったが、ファンの間では現在に至るまで敬意を込めて「アレ様」と呼ばれている。
 
また、2013年に地元であり復帰時に入団を望んでいた東北楽天ゴールデンイーグルスで日本球界へ復帰すると同年の球団初となる日本一に貢献、2015年に引退するまでブルペンの中心として活躍した。

金本知憲 Edit

2010年、当時記録更新中だった連続フルイニング出場のため、右肩の故障を抱えて満足に守れない状態にも関わらず定位置であるレフトを聖域化させた結果、ファンから様々な蔑称を受ける中で「名前を出してはならないアンタッチャブルな存在」として「アレ」という呼び名も多用されるようになっていった。

 

ちなみに金本が呼ばれ始めた頃、先に「アレ」扱いをされていた斎藤はすっかり脱却しており、金本が引退するまで金本を指す場合が多かった。

西岡剛 Edit

2011年にMLB・ミネソタツインズへ移籍、zakzakからは「金塊」と呼ばれるほどの期待を背負って渡米したものの故障や不振でその期待に応えられず完全に置物化。その期待を裏切られた反動からか「ミネソタのアレ」という蔑称が定着してしまった。
MLBでの2年間は全く実績を残せず、2012年オフに帰国して阪神入りするが、ほぼ毎年のように故障して長期離脱・グラティ守備妨害で日本シリーズを決着させるなど、帰国後もネタを提供し続けている。

長野久義 Edit

2010年に新人王、2011年に首位打者、そして2013年にはセ・リーグ年間最多安打を記録するなど巨人の中心選手として活躍してきた長野だが、2015年以降選球眼が悪化して徐々に精彩を欠きだす。捲土重来を期した2017年は前年以上にチャンスにタイムリーがまるで打てず守備でも醜態を晒すなどの有様から遂に「アレ」呼ばわりされだした。


余談 Edit

ちなみに斎藤と金本は東北福祉大学で同期生、プロ入りも同じ1991年である*3
また、1996年のオールスター第3戦(富山市民球場アルペンスタジアム)では斎藤が勝ち投手、金本がMVPであった。

 

その後2008年5月13日、同球場での試合中に金本が喫煙している場面をテレビ中継で映し出され、新たな蔑称が誕生することになる*4


関連項目 Edit



Tag: 横浜 阪神 MLB ヤニキ






*1 異説もあり、斉藤明夫投手コーチ(当時)の揶揄が語源という説もある。
*2 本人も「転向直後は調整の方法が分からずブルペンで投げ込んでから登板したこともある」と語り、この経験がその後の活躍に生かされたという。
*3 金本は一般入学で斎藤の1歳上。なお当時の金本は時期の誤認から法政大学のセレクションを受けられず一浪、さらに翌年は中央大学でも浪人推薦を取れないのに受けさせられる寸前と、結果的に当時の広陵高校監督から二度も騙されている。また、同時期にはヤクルトスワローズの入団テストを受けたが不合格だったという。
*4 ベンチ裏の通路だったが施設内は禁煙と思われ、批判されてしまった。同球場ではこの試合で金本が通算400号本塁打を放った他、オレステス・デストラーデ(西武ライオンズ)の登板、ロバート・ローズ(横浜)が3度目のサイクルヒット達成などエピソードが多い。