シミュレーションデータ(2)

Last-modified: 2023-01-15 (日) 03:53:40

ローザとM&Mの通信集 12冊

説明すでに多くが散逸した手紙でのやり取りが編集された、R・W砂漠の技術者ローザと影ノ街の中古部品店M&Mの通信記録である。ローザは改造用の部品を安く買おうとM&Mを探し当て、ちょうどほしかった部品を見つけた。双方はその後、ローザが他界するまで10年以上の取引を続けており、この手紙のやり取りから、R・W砂漠と影ノ街の生活の一端をうかがうことができる。

第1冊:1年目の手紙(1)

概要-
内容

マックス様、ミニー様:
はじめまして、ローザと申します。R・W砂漠で暮らす者です。丸められ、密造テキーラの箱の中で緩衝材として瓶の間に埋められていたあなたのお店のチラシを見てご連絡を差し上げました。どの部品も適正価格で、なぜもっと早くこの店を見つけられなかったのかと悔やんでおります。影ノ街へ向かうキャラバンを見つけたので、この購入希望の手紙を託しました。キャラバンの旅が順調に進み、無事にお取引ができることを望むばかりです。

必要な部品は別にリストアップし、簡単な説明用の図を描いて、この手紙の後部に付しました。このままめくって頂ければ、リストが出てきます。

広告に基づいておおよその価格を計算し、前金をお支払いします。全部で1500白夜コインです。この金額はお忘れなきようお願いします。すでに手間賃は十分払っていますが、キャラバンが勝手に差し引かないとも限りませんから。もし、前金の金額が合っていなかった場合は、信用できる方に取次ぎを変え、品物をお送り頂くようお願いします。金額が足りない場合は、お手紙でお知らせください。不足分をお支払いします。

乾燥したある日の昼
真心を込めて ローザより

親愛なるローザ様:
ご注文を頂き、誠に光栄に存じます。ご入用の部品は、種類ごとに分けて包装し、キャラバンの取次ぎの方もすでに影ノ街を出発しています(ちょうど1500白夜コイン受け取りました。引き続き信用なさって結構かと存じます)。実際の価格より前金の方が多かったので、21白夜コインお返し致します。一刻も早くお手元に届くことを願っております。楽しく日々を過ごされていますことを願っております。
雨季の終わりに
あなたのM&M部品店

追伸:
ハーイ、ローザ。ミニーって言います。「様」っていう呼ばれ方は、何だか手の届かないえらい人みたいで、あまり好きじゃないの。でも、パパは「マックス様」って書かれて喜んでたわ。大人って、わざとらしい見せかけの尊敬が好きなのね。今回の手紙でも、使ったこともない「親愛なる」なんて書き出し使ってるの。普段は「こんチクショウ」ばっかり使ってるのに。

パパがあなたの必要な部品を仕分けしているのを見たけど、実は、私には一体何に使うのか、想像もつかない。あなたが欲しがってた部品のほとんどは、普通は使わない特殊な物ばかりで、私たち、倉庫の一番奥から探し出したのよ。もし、良ければ、どう使うのか、教えてもらえる?すっごく興味があるの!

それとお願いだけど、私が返事したことは、パパに言わないでね。わざと手紙を見たわけじゃないけど、荷物を出してくるように言ったのはパパだもの。

情報
  • 影ノ街とR・W砂漠の手紙:通常、手紙は知り合いに託して送られることが大半だが、到着時間は不安定で、平均して往復に1か月ほどかかる。専門のクーリエ隊が配達する場合、1往復1週間に短縮できる。
  • R・W:R・WはR・W砂漠を拠点として活動する強盗団である。啓光連邦先遣隊を前身としており、もとは地表および地下の調査を担っていた。しかし、「秘境」の探索において多数の死傷者が出る惨状に耐えかねて啓光連邦から脱走しR・W砂漠に逃げ込んだ者たちが、次第に略奪を生業とする武装組織へと性質を変えた。
  • R・Wの文化:R・Wは、純粋な自由と無政府主義を掲げており、ただ生存することを目的としている。それ以外のことは全て日々に色を添えるスパイスにすぎない。
  • R・Wの秩序:なし。

第2冊:1年目の手紙(2)

概要-
内容

マックス様、ミニーさん:

昨日ようやくキャラバンから部品を受け取りました。キャラバンにクーリエの役目を望んではいけませんね。彼らの本職は各地を巡って、世間知らずの田舎者をだますことです。ですから、今後は正真正銘のクーリエにお願いすることにしました。最近クーリエ隊の『止まり木』が私の駐留する土地の近くに出来て、車なら半日もせずに到着できるんです。荷物はクーリエ隊に頼むのが一番いいと思います。影ノ街でも、クーリエ隊は信用があると聞きました。そうすれば、お2人ともキャラバンと付き合わずに済みます。

今回は、特殊な金属をお願いしたく、ご連絡しました。原料である必要はありません。その金属を踏む部品でも構わないので、送ってもらえませんか?お値段は、部品の価格で計算してくだされば結構です。必要な金属の名前は、別にリストを作りました。手紙をめくっていけば、リストが出てきます。

1500白夜コインも同封してあります。今後は超過分をお返し頂かなくて大丈夫です。そのまま次回分の預り金として収めてください。R・W砂漠では修理や組み立て直しの必要なものが、本当にたくさんあるんです。いくら修理しても、またぶつけて壊したり、摩耗してダメになったりしてしまうんです。

あと、私が修理、改造しようとしているものは、ホバークラフトです。どうやら、興味のあるお嬢さんがいるようなので、お伝えしておきます。

少し冷え込むある日の夕方
真心を込めて、ローザより

親愛なるローザ:
ミニーよ。筆跡から、この宛名は私が書いたんじゃないって分かると思うわ。私は絶対、こんな古臭い書き出ししないもの。そして、私のことが「様」づけじゃなくなって、嬉しいわ。この方がずっと気楽に手紙を書けるもの。それと、文末の一言、わざとでしょ?購入希望のお手紙を受け取った途端、パパがすぐに疑いの目で私を見てきたの──「そんなに手紙を書くのが好きなら、ローザさんへの返信はお前が書くといい」なんて言われちゃったわ。そのおかげで、今、私は電気スタンドの光の下で、あなたに返信を書いているのよ。

で、ここからあなたが一番気になってる内容になるわ。もしパパだったら、「ご入用の特殊金属はすでに包装を済ませ、R・W砂漠まで届けるようクーリエ隊に依頼しました」なんて余計なことを長々と書くんでしょうね。パパはきっと、この手紙を受け取ると同時に部品が届くなんて、想像もつかないんじゃないかしら。

送ってもらった1500白夜コインだけど、今回の部品の代金には、まだ327白夜コイン足りないの。あなた専用の口座──「R・W砂漠のローザ様」専用口座を開設して、お金の出入りを記録することにしたわ。パパが言うには、これこそパパが考え出した、まさに天才的な商売の方法、だそうよ。

それから、注文のあった特殊金属って、全部義肢を作る基本素材よね。これを使う人があなたでないことを願うばかりよ。

大晦日の夜
あなたの友、ミニーとマックスよ

情報
  • ホバークラフト:啓光連邦が探索に使用している輸送車両。一般的な車両に比べ乗り心地は劣るが、さまざまな地理的極限環境を克服できる長所がある。啓光は探索と研究を重視しており、ホバークラフトを活用して通常の人が足を踏み入れられないような地域にも先遣隊を派遣してきた。
  • ホバークラフトの構造:ホバークラフトは通常のタイヤ式トラックの構造を基礎とし、外側にエアークッションを備える。必要に応じてエアークッションで浮揚し、地表の柔らかな砂漠や沼地などの地形も進むことができる。
  • ホバークラフトの走行規則:一般的な地理環境では、通常のトラックと同様に走行する。浮揚時の注意事項は、浮揚高度が最高50㎝であり、安定性に欠ける点である。従って、大型の精密機器の輸送には使えない。
  • ホバークラフトの動力システム:エアークッション部を常に専用の換気システムで換気しておかなければ、浮揚できなくなる。砂漠地帯ではさらに特殊なファンを装着し、巻き起こる砂の混入を防がなければならない。

第3冊:2年目の手紙(1)

概要-
内容

親愛なるミニー、マックス様:

前回の金属のおかげで大変助かりました。ただ、お嬢さんに残念なお知らせがあります。あの材料は、私自身が必要だった物です。数か月前、私たちのキャンプ地が暗鬼に襲われ、その戦闘で私は足に怪我をしてしまいました。切断の必要はなかったのだけれど、いろんな原因が重なって、傷口が長い間ずっと癒えず、クーリエ隊が荷物を届けてくれるまで、私はずっと足を引き摺りながら歩き、車を運転するなんてもってのほかでした。金属が届いたおかげで、固定具が作れるようになりました。

R・W砂漠に来ても、私たちの境遇は秘境に居た時とあまり変わっていません。言い忘れていたけれど、私は以前、啓光にいたんです。先遣隊として秘境探索に派遣されていました。昔は辛くても栄誉に思える仕事だったけれど、今は二度とあの薄情な上司のことを口にしたくはありません。R・W砂漠で得られるのは、たくさんの自由だけ。でも、この砂漠はまるで商売上手の商人のようで、私たちは食べ物や睡眠、そして安らぎを売って、ようやくその手から「自由」を手に入れられるんです。

R・W砂漠で一番頭を悩ますことと言えば、天気です。オアシスか砂漠の果て近くに住んでいない限り、昼間は地下に隠れなければ、命を脅かす高温の気候から身を守ることができません。それなのに、夜になれば、厚着をしないと骨の髄まで刺さるような寒さに耐えられなくなります。この砂漠に来たばかりの頃は、経験不足のためにホバークラフトの部品をたくさんダメにしてしまって、結局全部、私が自分で交換しました。それと、砂漠には暗鬼があちこちうろついていて、それにも頭を痛めています。キャンプ地の防衛システムを固めるため、エネルギー素子がいくつか必要になりました。これまでと同様、手紙の後にリストを付してあります。合わせて、ホバークラフトの改造設計図も同封したので、ミニーのためになったら嬉しいです。

それとお恥ずかしいことですが、今、少し懐が寂しく、今すぐには支払いができません。数日待ってもらえないでしょうか。お金ができたら、すぐにお返しします。2人が楽しく日々を過ごされるようお祈りしています。

涼しい早朝に
誠意を込めて、ローザより

情報
  • 砂嵐:R・W砂漠において、砂嵐は取るに足らない。日常的な現象である。通常24時間から48時間ごとに発生する。住民は砂嵐が発生した場合、砂の穴の中に避難してしのぐことに慣れており、日常生活に大きな影響をきたすことはない。
  • 昼夜の温度差:R・W砂漠の大部分の地域は、日中気温が最高50度に達し、夜間の最低気温は5度前後まで下がる。比較的気温の低い北部では、最高気温が約40度、夜間は氷点下となる。
  • 砂漠にすむ光霊の住処:R・W砂漠の光霊の多くはオアシスで暮らしている。その他、砂漠の果て付近に住む者もいる。砂漠の住人らは常に砂漠の中を行き来しながら暮らしているが、定住地はやはり水源の制限を受ける。
  • 防御措置:どの家にも地下にも砂の穴が掘られており、砂嵐から逃れるために使用する。住民は通常、拾ってきたビニール袋や布をまとっており、身体を覆うことで、ある程度砂嵐や日焼けを予防できる。

第4冊:2年目の手紙(2)

概要-
内容

ローザ様:

諸々のご不便、お察しいたします。お代については、次回注文の際にお支払い頂くということで構いません。また、お送り頂いたホバークラフトの改造設計図は非常に価値の高いものでしたので、お代の一部と相殺させていただきます。
1日も早い回復とご健康をお祈りいたします。

花の咲く季節
あなたのM&M部品店

追伸:
ローザ、ミニーよ、また手紙を書いてるわ。

この手紙を受け取る頃には、足はもう治っているのかしら。ああ、本当はこういう薄っぺらい社交辞令は嫌いなの。口先だけで、ちっとも心がこもってないわ。でも、今の私は心から、あなたのケガが1日でも早く治ってほしいと願っているの。

前回の手紙に、啓光で働いていたって書いてあったけど、ビックリしたわ。私とパパは以前、あなたが一体どんな人なのか、あれこれ予想したことがあったの。私の会ったことのあるR・W砂漠の人の中にも機械いじりに興味のある人はいたけど、あなたのような専門家に比べたら、みんなちょっとかじったくらいの初心者に過ぎなかった。手紙を読んで、ようやく謎が解けたわ。上手く表現できないけど、ただただ「やっぱり」って驚いたに尽きるって感じかしら。そして、私たちを信用してくれたことを嬉しく思ってるの。その信頼に絶対に答えてみせるから。あなたのこと、他の人には決して話さないわ。

送ってくれた改造設計図、とっても素晴らしいわ!多分、ホバークラフトが浮く時の安定性を向上させて、同時に砂が内部に吸い込まれないようにしたいのよね。図を見て分かったんだけど、エンジンは後から交換したものよね。あなたの送ってくれた分解図に基づいて、パパと一緒にエンジンを造ってみることにしたの。そして、それを部品を取り外した車に組み込んで、効果を見てみるわ。超高速の車ができちゃうかも!

情報
  • ジャンクショップ:謎に満ちた、神秘的な商店であることは間違いない。中に入るまで何が買えるか予想もつかないことがほとんどだ。望んでいたものが手に入るかもしれないし、意外な収穫が得られるかもしれない。
  • 砂漠の仕入れ:くず拾いは、ジャンクショップにとって最もロマンあふれる仕入れ方法である。荒野や廃品所には無数の宝が眠っており、ジャンクショップの主であっても、時には買い手から聞かされて初めて、その価値を知ることがある。
  • 安価買取:R・Wのメンバーはしばしば、さまざまな奇妙な物を手に入れる。自分で使わないものは、ジャンクショップに持ち込み売ってしまう。もちろん、他の砂漠の住民がジャンクショップを質屋代わりに使うこともある。
  • 自家製商品:ジャンクショップでは、自ら部品や工具を加工していることもある。そうした加工品は一般的な製品規格を満たさないが、R・W砂漠のような自由気儘な土地では、使い道も多い。

第5冊:2年目の手紙(3)

概要ローザの所属する部隊は、ある凶悪な盗賊と激しく交戦した。ローザは大金を手に入れ、前回のツケを支払うことができた。また、サモアという女の子を引き取り、そのサモアの案内で、ローザは多くの古代科学技術の産物を見つけることができた。
内容

親愛なるミニー、マックス様:

今回は全部で3000白夜コインを送ります。前回の未払い分327白夜コインのほか、機器をいくつか購入したいと思っています。いつものように、欲しい機器の名前をリストにしてあります。

それから、ミニー。心配してくれてありがとう。ウソいつわりのない気持ち、ちゃんと届いています。あなたの手紙を受け取ってから、私の足も次第に良くなって、あともう少しすれば、固定具も外せるようになります。あなたの心からの回復の祈りがなかったら、こんなに早く良くなるはずがありません。アハハ、それは冗談だけれど、あなたたち親子と知り合えたことは、私にとって、本当に奇跡です。

最近は私たちの暮らし向きも良くなりました。それもこれも仲間と奮闘したおかげです。R・W砂漠では、暗鬼以外にも、そこらじゅうをうろついている盗賊に気を付けなければならず、その数ときたら、本当に驚くばかりです。生活に愛想をつかした人たちが次から次へと略奪行為に手を染め、暗鬼に家を奪われた人たちも、往々にして盗みの道に身を投じてしまいます。暗鬼と戦う以外にも、時おり、砂漠をうろつく盗賊と戦わなければならず、そうした戦いの後には、帰る家を失った人たちが私たちの仲間に加わったりします。
ちょうど数日前、1人の女の子が私たちのキャンプ地にやって来ました。凶悪な盗賊が彼女の村を襲い、1人だけ逃げ延びてきたんです。彼女がどんな経験をしたかは、書かないでおきます。不幸を語ることは得意じゃないんです。それに、彼女も私が口外することを望んでいないでしょう。最初、女の子は引き取ってもらうのではなく、彼女の代わりに復讐してほしいと私たちにお願いしてきました。その報酬として、ある機械モジュールを取り出しました。そのモジュールを起動すると、どこからともなく蒸留水が出てくるのです──正真正銘の古代科学技術の産物です。
女の子は私たちが物だけもらって何もしないことを恐れる風もなく、どこにこうしたものがたくさんあるか知っているから、仇の死体とその情報とを交換しようと言うのです。言い忘れていましたが、その子はサモアと言います。今は私たちの仲間です。
戦いの後、その盗賊たちのキャンプ地で、私たちは白夜コインがたくさん詰まった箱の数々と地下貯蔵庫いっぱいのお酒、倉庫いっぱいに積まれた銃と弾薬、さらに改造トラック5台を見つけました。でも、それは一番の収穫ではありません。一番の収穫は──サモアの案内で、私たちはたくさんの古代科学技術の遺産を見つけたことです。今、私はそれらを解体する道具を必要としています。次に手紙を書く時には、私の手元には、アブサンが湧き続けるモジュールがあるかもしれません。

熱い日の午後
真心を込めて。ローザより

情報
  • 砂漠盗賊の形成:砂漠にいる盗賊団のメンバーは皆、定住地をもたず、機会に恵まれれば砂漠に来た旅行者を襲い、普段はR・W砂漠に落ちている物資を拾って暮らしている。また時にはより大きな集団を組織して、啓光連邦の車両部隊を襲撃する。
  • 盗みのスタイル:盗賊たちの多くは弱い者を狙い、強い者には屈するやからである。これといったルールや最低限守るべき信念などはなく、道徳心なども当然持ち合わせておらず、「利己主義」を極限までに体現している。
  • 盗賊とR・W:大部分の盗賊がR・Wを恐れている。行いが悪ければR・Wに攻撃されるためである。砂漠では盗賊のメンバーたちが遠目にR・Wを見かけ、すぐに逃げ出すという光景をよく目にする。
  • 科学技術の破片:R・W砂漠の地中深くからは、科学技術製品の破片が掘り出されることがよくある。それらの破片がどこから来ていて、何に使うものなのかを知る者はいないが、これらの破片が高い値で売れることは、誰もが知っている。

第6冊:2年目の手紙(4)

概要ローザは部品店に古代科学技術の産物を解体する機器を探して欲しいと頼んだが、部品店にとっては難しいことであった。一方、ミニーは父親が抱えた難題をよそに白夜城の建城記念式典に参加し、ローザにたくさんのプレゼントを贈った。
内容

ローザ様:

ご注文のお手紙を受け取り、大変嬉しく存じます。足の怪我が治ったとのこと、私たちも喜んでおります。しかし、残念ですが、ご入用の機器は、わずか数種探しあてただけで、その他多くの機器に関しては、名前さえ聞いたことがないようなものばかりで、市場でも廃品区でもなかなか見つかりません。どうか数日のご猶予をください。運が良ければ、オークションでご所望のものがみつかるやもしれません。

騒がしい午後に
あなたのM&M部品店

追伸:
ローザ、こんにちは!足のケガのことは忘れましょ。今この手紙を書いている時には、もう治ってるかしら。R・W砂漠での生活は危険なのね。二度とケガしないよう祈ってるわ。
実はね、最近の出来事をあなたに話したくて仕方ないの。白夜城の建城記念式典って知ってる?この手紙を書く数日前に、パパがようやく私1人で白夜城に行くことを許してくれたの。建城記念日には、フィーダーポートの安全検査が緩くなって、旅行客でも外交部に審査書類を出す必要がないの。私は白夜城ダウンタウンのホテルに3日間泊まって、昨日までのお祭り騒ぎが終わってから、ようやく家に戻ったの。あなたも白夜城まで来ることがあったら、私がガイドになってあげるわ。ここ数日で白夜城にはずいぶん詳しくなったのよ。例えば、どこのケーキが美味しいか、どこのフルーツが一番新鮮か、どこに行けば、アップタウンの神殿が見えるか…知らないことなんてもうないんだから。記念式典の当日には、パレードや花火が見られたけど、一番楽しかったのは、やっぱりおいしいものがいろいろタダで食べられたことかな。普段は白夜城の光霊ってえらそうで嫌いなんだけど、記念式典の日には皆、笑顔で式典のことを教えてくれたり、道端に立って、料理を熱心にすすめてくれたり、とっても親切なの。いつもの嫌味な感じもなくて、毎日「記念日」だたらいいのにって思っちゃったわ。
そうだ、荷物の中には、パパが見つけた機器の他に、私が持ち帰った白夜城のお土産が入ってるの。賞味期限の長いものを選んでおいたから、配達途中で悪くなることもないと思うわ、安心して。他にも、ホテルのオーナーの息子さんがくれた赤い帽子をかぶったサルの人形も入れたわ。その息子さんと一緒に記念式典に行ったのよ。サルの人形、2つあったから、1つは私、もう1つはあなたにあげるね。絶対に大切にしてよ。

情報
  • 白夜城建城記念式典:白夜城建城記念式典は、この偉大な都市の建設を祝う式典であり、市民らに誇りや栄光を知らしめ、全世界にむけて白夜城の強大さを示す機会でもある。式典では、最も豪華な装飾が施され、白夜城の富と力を存分に誇示し、白夜城以外からも多くの客人が招かれ、豪勢な宴会による歓待を受ける。
  • 式典の菓子:式典開催中は、白夜城中の菓子類がすべて無料で提供される。多くの市民が自分たちで焼いたフルーツパイなどの菓子を持ち寄り、盛大な式典に色を添える。
  • 式典開催中の出入り規制:式典開催中は白夜城への出入り規制が緩和され、他都市の者も白夜城へ式典見物に訪れることができる。客人たちは旅費を気にする必要もない。というのも、式典開催中、白夜城の大部分のサービスが無料になるからである。
  • 沈黙の宴:影ノ街のオークションは非常に特殊なもので、一見宴会のようである。客人たちは、素晴らしい食事と優雅な音楽を楽しみながら、一言も発することなく、それぞれの取り引きを終える。

第7冊:3年目の手紙

概要ローザは音楽好きの仲間へのプレゼントにしようと、ギターの改造を考えていた。ローザはミニーの送ってきてくれたお菓子にとても感謝した。実はローザは、R・W砂漠の味にあまりなじめていなかったのだ。
内容

親愛なるミニー、マックス様:
送って頂いた機器、確かに受け取りました。おかげで研究がずいぶんとやりやすくなりました。一部の機器は私が以前啓光でよく使っていたものです。市場には流通していないことも想定していました。そこまでこだわっているわけではないので、大金をはたいてオークションで落とさないと手に入らないようであれば、入手できずとも構いません。
今回、お手紙を出したのは、お2人に中古のギターとスピーカーを探して頂きたいと思ってのことです。私たち隊員の中に、R・W砂漠に来てからロックにハマった仲間がいて、1か月もすると彼女の誕生日になります。誕生日プレゼントに改造したギターを贈ろうと思っています。そうすれば、私の針金をギター代わりに演奏することもなくなるでしょうから。
R・W砂漠には、いい演奏家がたくさんいるんですよ。特に私たちの部隊には多くて、いつも、普段は思いもつかないようなモノを使って音楽を奏でてくれるんです。キャンプ地に足を踏み入れるたびに、タンタンタン、カンカンカンと酒ビンやドラム缶を叩く音、指でボンネットをはじいたり、口笛を吹く音がしてきて、静かな時なんて、ほとんどないんです。歌を作ることもよくあって、壁には一面、歌詞や楽譜がペンキで書き付けられています。ロックが好きなら、何曲か録音しておきますよ。
ミニー、おサルさんの人形、ありがとう。今、おサルさんは、ホバークラフトのフロントガラスの後ろに座っています。知らない人と一緒に式典に行ったんですね?
イメージと大分違ったので、本当に驚きました。でも、そう言えば、あなたもボーイフレンドができる年ごろかしら?なんて、冗談です。怒らないでくださいね。それから、忘れていましたが、サモアがあなたの送ってくれたスコーンとジャムをとても気に入って、私はレーズンとチーズが気に入りました。R・W砂漠の食べ物に慣れるのは、本当に大変です。サンドワームの干物漬けを食べて、何度吐いたか。あなたからもらった食べ物のおかげで、味覚が戻った気がします。

お腹いっぱいになった後の昼休み
真心を込めて。ローザより

情報
  • 音楽様式:それぞれの地域にそれぞれの文化の特徴に合わせた音楽のスタイルがある。白夜城の音楽は優雅で重厚、R・W砂漠の音楽は情熱的で、リズム感にあふれる。北境の音楽はシンプルながら神秘的で変化に富み、啓光連邦の音楽は荘厳、厳粛である。
  • 楽器:それぞれの土地の音楽と楽器は深く結びついている。白夜城ではバイオリンやピアノ、パイプオルガンが演奏され、R・W砂漠の酒場では、エレキギターやベース、ドラムセットなどを目にする。北境では、どの家庭にもバンフルートやトライアングル、笛がある。啓光連邦はと言えば、むろん各種のトランペットが演奏される。
  • 楽師:有名な音楽家の多くは白夜城に集中している。おそらく多くの人がピアノとバイオリンこそ最も優雅な楽器であると考えているからだろう。一方、若者の間ではギタリストやドラマーが人気である。
  • 音楽教育:音楽関連のコースを設ける学校はあるが、音楽に特化した音楽学校はない。プロの音楽家になりたければ、歌手やプロの演奏家など、信頼できる先達を師と仰ぐのが一番である。

第8冊:4年目の手紙

概要ローザの部隊が啓光の輸送部隊を襲ったが、事態は制御不可能となり、双方ともに多くの死傷者が出た。ローザはこの時両足を失ったが、それ以上に彼女を苦しめたのは、かつての同僚に銃口を向けたことだった。
内容

親愛なるミニー、マックス様:
今回は大量の義肢の材料を購入したいと思い連絡しました。痛み止めの効き目が切れたばかりで、どうしても手が震えてしまうのをお許しください。手紙の裏に書いたリストの材料が読めないようなら、3年前のリストを参考にしてください。
彼らがこんなことをするなんて、本当に思ってもいませんでした。そして、自分が最後に彼らの仲間になるなんて思いもしませんでした。啓光に対する気持ちを説明するのは難しいけれど、私はあそこで20数年間暮らしてきたんです。どの部門にも友達や同僚がいて、私はカナン城を「母なる城」と呼んできました。私は冷たく銃を向けられ、あの地を離れることになったけれど、一度も彼らに銃口を向けるなどとは、想像したこともありませんでした。バカげた忠誠心だと思ってもらっても構いません。でも、逃亡はつまるところ反逆です。でも、反逆者であろうと、子供たちがその母に銃など向けられるでしょうか?
影ノ街の壁には啓光の指名手配書が貼られているのか分かりませんが、噂を聞いたとしたら、それは本当です。私たちは啓光の輸送部隊、6名の運転手と20名の護衛を襲い、1人として生きては返しませんでした。私たちも本当に恐ろしかったんです。「恐ろしい」と描写するなんて、自分でも恥ずかしく思います。この恥ずべき行為から目を逸らそうとしているに過ぎないのでしょうから。あの時の気持ちは、何と言ったらいいのか、分かりません。恐怖が魔物のように憑りつき、あの罪もない人たちに向かって、私たちは引き金を引き、薬莢が水の流れのように砂の中に落ちていき、止まることを知りませんでした。なぜこんなことになったんでしょう?
こちら側が先に挑発したことは確かです。でも、その後に待っているのが、虐殺ともいえる戦いになるとは誰もが予想していませんでした。最初は軽い気持ちのイタズラだったんです。一発目の銃声がいつ鳴り響いたのか、もう思い出せません。ただ気が付いた時には、血が一面に流れ、ゆっくりと砂の中に染みていっていました。私の右腕の皮膚は大きな火傷を負い、左足の膝より下は光力術で焼け焦げ、右膝は銃弾で粉々になってしまいました。再び目を覚ました時、私は手術台の上で、右の太腿の半分より下と、左の膝から下を切り落とされていたんです。これはきっと罰でしょうね。反逆に対する、そして殺戮に対する罰です。私は自分の犯した過ちの代償を払いました。でもベッドに寝たきりになるのは、嫌なのです。許してください。もし義肢をつくることが、代償を払うことから逃れることと思うのなら、そう思ってくださっても構いません。
この手紙はここまでにします。痛みで目の前が真っ暗になってきました。このまま書き続けても、読めないでしょうから。

情報
  • 啓光輸送部隊:啓光連邦の輸送部隊は1部隊2台から4台のトラックで構成されている。トラック1台につき、運転手が2名必要である。そのほか、トラックの3倍の台数にあたる三輪バイクが同行し、護衛に当たる。
  • 輸送部隊の移動ルート:輸送部隊は通常、各シェルター間の物資輸送に当たっている。トラックでの輸送のため、車道幅の広い道を通る。少数の輸送部隊は啓光の管轄区外からの物資の仕入れを担当する。
  • 輸送手段:軍用トラック。啓光が重工業化を進めた結果の産物であり、輸送力に優れ、量産にも適した車両。人々からは「カッコ悪い」と評されているが、実用性に優れていることは間違いない。
  • 輸送物資:啓光連邦の輸送部隊が運ぶ物資は通常、鉱石やカナン城で生産された各種部品や生活必需品である。武器弾薬を運ぶことも多いが、その内容は大抵機密情報である。

第9冊:7年目の手紙(1)

概要ミニーは結婚することになり、ローザに招待状を送った。ミニーの手紙には、結婚生活に非現実的な幻想を抱いていないこと、ただ平凡に成長していくだけの人生に嫌気がさしたとだけ書かれていた。
内容

親愛なるローザ:
身体の調子はどう?何年も経って、ようやく言えるようになったわ。当時、あなたの手紙を読んで、私は随分長いこと布団を被って泣いたわ。R・W砂漠を離れて、影ノ街に引っ越して、お隣さんになって、なんて説得しようと思ったこともあったのよ。だけど、それ以降、あなたはあの時みたいな辛い手紙を書くこともなく、今まで通り改造や音楽、そして食べ物のことを書いてくるから、段々良くなってるんだろうと勝手に思って、「身体の調子はどう?」なんて言葉も、気を使って避けるようになってた。今日はお酒をたくさん飲んでしまって、バカなことばかり話し続けてるの。何か変なこと書いてしまっていても、笑ったりしないでね。
今日、お酒をたくさん飲んだのは、婚約したからなの。前にあなたは私と白夜城のホテルのオーナーの息子さんとの仲を疑ったりしていたけど、そんなことないってはっきり言っておくわ。確かに住所を交換したし、影ノ街と白夜城なら手紙のやり取りも便利だけど、一度も手紙なんて書いたことないもの。とにかく、もうからかわないでよね。私と婚約者は小さい頃から知っていて、彼は勉学のために影ノ街を長い間離れていたけど、いろいろおかしな技能を身に付けて、今は商会で働いているわ。パパの言葉でいうと──真っ当な人よ。
恋愛小説もたくさん読んだことがあるし、結婚を楽しく想像したりしたこともあったけど、実際に式を挙げるとなったら、何だか居た堪れなくなってきちゃったわ。2つの壁に挟まれて、息ができなくなった気分よ。影ノ街では、多くの人の人生が予測不可能よ。今日はボロボロの服を着て、裏道で雨宿りしていたとしても、明日には、宝石の付いた指輪を両手いっぱいにつけて、金をあしらった椅子に踏ん反り返っているかもしれない。でも、私やパパみたいな者には、そんな予想外のことなんて起こりっこない。毎日ご飯を食べて、寝て、お喋りして、働いて、結婚したら子供を産んで、そして死んでいくだけ。今、私もただ予想通りのことをしようとしているだけ。決まったレールの上を一歩進んだに過ぎないわ。
何だか、弱気なことばかり書いてしまったわ。婚約って嬉しいことのはずよね。こんなの変よね。結婚式は2か月後よ。招待状は私がデザインしたの。完成した1枚目の招待状には、思わずあなたの名前をお書いてしまったわ。あなたは、これを持って、式に来てくれるかしら?

静かな夕暮れ時
あなたのミニーより

情報
  • 影ノ街の婚姻:影ノ街での婚姻は比較的自由であり、役所等の承認も必要ない。何らかの組織のメンバーであれば所属組織のボスの承認が必要となるが、一般人ならば両家の親が認めさえすればいい。
  • 影ノ街の婚礼:影ノ街の人々は盛大な婚礼を好む。両家の親族が勢揃いし、新郎新婦にプレゼントを用意する。プレゼントには、結婚を認めるという意味合いもある。
  • 花のアーチ:新郎新婦が共に花のアーチを潜ると、2人は晴れて夫婦となる。花のアーチの華やかさは、2人の結婚生活の未来を表すと言われている。また、相応しい花言葉の花を選ぶことも大切である。
  • 配偶者の選択基準:影ノ街の配偶者選択の基準は通常、財産の有無である。シンプル且つあからさまな選択基準はまさに商業化の産物と言える。お金と愛情のどちらが大切か?影ノ街では、お金で愛情を買うことはできるが、その逆はあり得ない

第10冊:7年目の手紙(2)

概要身体が不自由になり、ローザはミニーの結婚式には行けない。その代わりにスチールでバラの花を作り、祝福と共にミニーに届けた。
内容

親愛なるミニー:
あなたが結婚すると聞いて、私は少し複雑な気持ちになりました。あなたが結婚するのに不満があるっていう意味じゃないから、それは誤解しないでね。私はただ、ちょっと寂しいだけです。あなたは結婚を「決まったレールの上を一歩進んだに過ぎない」と言ったけど、私にとっても同じです。ただ、私は遠くにいて、あなたがその一歩を踏み出すのを見ているという点が違うだけ。カナン城に居た時、親友の結婚式に参加したこがありました。参列者席に座り、2人が礼拝堂の外から歩いて来て、花とリボンで送られるのを見ていました。その感覚は、ひどく辛いものでした。
本来なら招待を受けて、すぐにでも行きたかったところだけれど、今の私は、以前の私じゃないから…ごめんなさいね。これまでの手紙で話していなかったけれど、車の運転がしやすいように、私は自分の義肢とホバークラフトの運転席を繋げてしまったから、地上を歩くのは難しいんです。それに、今の私の姿をあなたには見られたくありません。我儘を許してくださいね。
けれど、あなたのためにスチールでバラの花束を造りました。レディーゼルオイルの匂いがするはずですよ。茎をひねると、花がゆっくりと開いたり、閉じたりするんですよ。年齢のせいか、どうすれば、ロマンチックなのか分からなくって…でも、バラなら時代遅れということもないでしょう?永遠に枯れることのない花、あなたに気に入ってもらえたなら、嬉しいわ。あなたのこれからの人生もこのバラのように、予想外のことが起こらないとしても、どんな風雨にも負けずに過ごせるよう願っています。
あなたのデザインした招待状、とても素敵ですね。特に裏面の模様が気に入りました。私が以前送った改造設計図を参考にしたんでしょうか?もしよかったら、教えてください。

静かな夕暮れ時
真心を込めて、ローザより

情報
  • レディーゼルオイル:もっぱらペンキ用に使われる赤い油で、R・W砂漠では大量に採れる。R・W砂漠で赤い装飾が多いのは、時として赤が好きだからではなく、単に他の色の塗料がないことが原因の場合もある。
  • サンドワーム:砂漠で日常的に食用とされる。油で揚げると食感と美味しさが増し、且つ保存性も上がる。昆虫は体内に豊富な栄養を含み、よく味わうと鶏肉のような味がする。昆虫を甘く見てはいけない。
  • トカゲ:砂漠で日常的に食用とされる。通常、日干しにしてから調理する。噛み応えのある肉質である。皮は硬く、なめして革製品にすると非常に質のいい物ができるので、他地域でも人気。
  • サボテン:砂漠では数少ない植物で、よく飲み物の材料に用いられる。含水量は非常に低いが、独特の植物の香りが肉ばかり食べる砂漠の住民には新鮮なものとなる。サボテンで作った飲み物は、健康にも美容にもよいと言われる。

第11冊:14年目の手紙(1)

概要今回の手紙はサモアが書いたものだった。ローザを古代科学技術の産物のある所へ連れていった、あの女の子だ。彼女はその後、ローザの助手になっていた。しかし、サモアがマックス親子に届けたのは訃報であった。
内容

マックス様、ミニー様:
お二方に心よりご挨拶申し上げます。私はローザの助手、サモアと申します。
大変残念なお知らせがあり、筆を執りました。数日前、私たちの部隊が暗鬼の襲撃に遭い、仲間を助けるため、ローザはホバークラフトを爆発させ、暗鬼の進攻を阻みました。しかし、彼女も永遠に私たちの元から去ってしまいました。
ローザが両足を切断してからは、私が代わりにクーリエ隊に手紙を出したり、受け取りに行ったりしていました。ですから、この訃報をあなた方にもお伝えすべきだと思ったのです。ローザがお二方にお話しになっていたかは知りませんが、私は確かに彼女から言付かっています。もし彼女に何かあった時には、M&M部品店の口座に残っている白夜コインを遺産としてミニー様にお渡しするようにと。法的な書類などが必要であれば、すぐに手続きします。
ローザは生前、よくあなた方のことを話してくれました。あなた方からご提供いただいた部品で、私たちも大変助かりました。ホバークラフトの改造、隊員たちの楽器、ローザの義肢…キャンプ地のあちこちにM&Mの部品が溢れ、隊員たちの多くも、影ノ街のある部品店は、誠意ある商売でとても信用があり、技術者のローザとは大変仲がいいと知っています。
ローザを失ったことは、私たちにとって重く悲しい衝撃です。彼女はいつでも他人を助けるために手を差し伸べ、自分のした約束を決して忘れることなく、天才的な技術者として、金属板とネジ、レンチでどんなものでも造り出してきました。私は13歳の時からローザについて、解体を学び、改造を学んできました。ローザは生涯独身で、子供もいませんでしたが、私にとっては、母親のような存在でした。彼女もきっと乱れた読みにくい字で書かれた購入希望の手紙でお二人とのやり取りを終わらせたくないはずです。そう思って、こうして最後の手紙を書きました。唐突な行いをお許しください。

砂嵐の迫る早朝
真心を込めて、サモアより

情報
  • R・W砂漠の通信(1):放浪者や小規模な居住区は通信網を持たず、人が情報を伝えている。情報が遅れるため、多くの人が外の世界がどんなところかを知らず、白夜城の名さえ聞いたことない人も多いと言われる。
  • R・W砂漠の通信(2):啓光連邦の一部の科学技術製品が伝わってから、規模の大きい居住区では、ラジオやトランシーバーが通信手段となっている。それぞれが異なる周波数を使って通話しているが、混線することも多い。
  • R・W砂漠の暗鬼:砂漠の北部と西部には暗鬼が多いが、南と東は少なく、疎らに見かけるくらいである。R・W砂漠の住民は経験則に基づき、できる限り暗鬼との鉢合わせを避けている。
  • 暗鬼防衛線:規模の大きい居住区には、暗鬼を積み上げて造られた城壁による防衛設備がある。規模の小さい居住区や放浪者が暗鬼に遭遇した場合は、逃げる他ない。

第12冊:14年目の手紙(2)

概要ミニーは自分と父親がローザと交わした手紙の数々を振り返り、ローザは自分が知り合った中で最も素晴らしい、最も想像を超えた人だったと思った。この手紙を書く前にすでに、ミニーはキャラバンに連絡を取り、友の最期の旅路を見送ろうとR・W砂漠へ向かうところだった。
内容

サモア様:
お知らせを頂いたこと、心より感謝します。
私と父はローザが他界したと聞き、大変胸を痛めています。手紙を受け取ったのは父です。もう長いこと、私は店には戻っていませんでした。当時M&M部品店は閉店の危機に見舞われていたところ、ローザがお客さんになってくれたお陰で、何とかその危機を乗り越えることができました。今はもう中古部品の販売はしていませんが、父はずっとあの店を守り続けています。しょっちゅう注文依頼の手紙をくれるお客さんがいますから。
もう何年も経ってしまったので、この手紙のやり取りが最初どのようにして始まったのか、思い出せません。確か興味深い手紙を受け取り、どうしてもお返事がしたくなって手紙を書くと、暖かいお返しの手紙が届いたことが始まりでした。本当に素晴らしい友人と知り合うことができました。設計図を送ってきてくれたり、R・W砂漠で起こった出来事を話してくれたり、日々暮らしの喜びも苦労も話してくれました。私は結婚してM&M部品店を離れ、ローザに返事を書くことも減ってしまいました。結婚する前に、ローザはスチールのバラの花と一緒に手紙をくれて、そこには友達は皆新しい生活へと歩みを踏み出し、自分だけが取り残されていると書かれていました。その時は愚痴を言っているのだろうと思っていましたが、その気持ちが分かりました。彼女は残念ながら元の場所に取り残されたかもしれませんが、私も扉の向こうに閉じ込められたようなものです。
今もローザは私の「素晴らしい友」です。死を目の当たりにしながら、新しい生活を受け入れ、他人に助けの手を差し伸べる勇気を待ち続けていました。いつでも最も勇敢で、誰も予想できないような選択をしてきました。あなた方のために自分を犠牲にしたように。
長年のお付き合いの中で、この世界にはローザという人は存在せず、全ては私の想像が生み出したのではないかと疑ったことも1度や2度ではありません。何しろ私たちは一度も会ったことがなく、ローザは結婚式にも来られませんでしたから。でも、今は寧ろ、全てが想像だったのだと思いたい。そうすれば、少なくとも私の想像の中でローザは生き返ることができるのですから。でも、それが何になるでしょう。私の枕元には、彼女の贈ってくれたスチールのバラが飾られ、ノートには彼女が書いた設計図が挟まっているのです。
この手紙を書く前、私はキャラバンにR・W砂漠へ向かう時、車に一緒に乗せてくれるように頼みました。この手紙を受け取って間もなく、お会いできることと思います。あなたの幸福をお祈りしています。

静まり返った深夜
あなたのミニーより

情報
  • 影ノ街:影ノ街は浮遊島の下に位置する地上の街の集合体。アストラ大陸の中心地域に位置し、交通利便性が高い。白夜城に通じる交通の要所でもあり、大陸の商業貿易の中心となっている。
  • 影ノ街の成立:当初は白夜城のスラムであり、白夜城の治安維持機関が直接管理をしていたが、人口の増加に伴って各種勢力が乱立し、事実上の自治領となっている。現在は影ノ街を拠点とする商会といくつかの闇ギルドにより統治されている。
  • 影ノ街の構造:影ノ街の大部分には、家屋の密集した乱雑な街並みが広がるが、中心地では外装の美しい建物も見られ、その多くが商会の拠点や酒場、カジノなどの娯楽施設である。
  • 軍事軽視:影ノ街は暗潮の危機以前に暗鬼の襲撃を受けたことがなく、軍事能力は重要視されてこなかった。商業都市である影ノ街においては金儲けこそ最重要であり、金儲けにならない兵士は、武器を持った木偶の坊と見做されるのが関の山である。

紅水銀の夫人 12冊

説明イヴォンは著名な小説家である。実際の事件、実在の人物に虚構の物語を織り交ぜて描く作風が有名であり、『紅水銀の夫人』は彼の短編小説の代表作の1つ。本作では、影ノ街の商会の首領──紅水銀の夫人をめぐる伝記的物語が描かれている。当該作品は繰り返し再版され、うち第二版では、編集責任者が物語に登場する人物や事件に考証を加えた後記が読者に供されている。この小説からは、数十年前の影ノ街の様子をうかがい知ることができる。

第1冊:ヘカトン・レイク(1)

概要友人と「私」は影ノ街のヘカトン・レイクで、賭け闘技の試合を観戦していた。両者には明らかな実力差があったが、劣勢に立たされている者はなんと影ノ街のある商会のメンバーだった。「私」はとても困惑した。自分の部下が死闘を繰り広げているというのに、首領がただ見ているだけのはずはないのだが。
内容

影ノ街を訪れる者は、必ずと言っていいほど、ヘカトン・レイクの闘技場で少なくとも1回、あるいは幾度も試合を見るはずだ。重々しい鉄の鎖がリングを囲ってまっすぐに伸び、その上にいる人や物が、上から吊るされた照明の光で、はっきりと浮かび上がる。観客席はリングを中心に同心円状に幾重にも上へと広がっていく。
貴族たちには闘士を養い、闘技場で互いに戦わせるのを趣味とする者も多い。一晩中戦っても死なずに生き残り、且つ勝利数が最も多かった闘士は「真夜中の王者」という金のベルトを身に付けることが許される。しかし、このベルトもたった1日、しかも昼の間だけ身に付けていられるのみで、ヘカトン・レイクでの夜の闘技が始まれば、これを返さなければならない。闘技が佳境に達すると、観客たちも一緒になって叫び、リングに金貨を投げ入れる者もいて、雨粒が落ちるかのような音を立てながら金貨が飛び交う。私も昔、夜明けまで闘技場にいたことがあるが、早朝には空気も落ち着きだし、観客たちも疲れた様子で徐々に散っていく。リング上には勝者のために金貨を集める専門の使用人がおり、彼らは集めた金貨についた血や砂を水で綺麗に洗い落とし、鉄の箱に入れると、2人で箱の前後を持ち、運び出す。
私が観戦した試合の中で、最も素晴らしかったのは3年前の試合だ。一方は、その時連戦中の王者で、堂々たる「真夜中の王者」のベルトをしたまま、リングに上がってきた。その顔には銅で出来たギラギラと光る角が2本伸びており、浅黒い肌には筋肉が波打つように浮かび上がり、いかにも恐ろしい。その相手となった選手はボロをまとった小柄な男だったが、その皮膚は痣だらけで、試合の前に大怪我をしたようだった。2人がリングに上がると、観客席からは舌打ちの音が絶えなかった。観客たちは勝つと思う選手に金を賭け、接客係がトレイを手に観客席の間を歩き回って掛け金を受け取る。私を誘った友人の側に係がやってくると、友人はチップを全て小柄な男に賭けた。私が驚いて理由を尋ねると、友人は望遠鏡を逆さに持って、リング上の男を指差し、「あれは紅水銀の夫人の部下なのよ」と言った。
影ノ街にはあまり来ないが、紅水銀の夫人のことは知っている。影ノ街では様々な密輸が行われていて、その内最も危険なのが武器だ。上手くいけば黄金が空から降ってくるが、失敗すれば、自分たちの首が落ちる。闇取引であろうと、闇オークションであろうと、規模の大きい売買をしようとすれば、そこには必ずある商会が関わってくる。そしてその商会の首領が紅水銀の夫人なのだ。私はリング上の戦いを見ていた。真夜中の王者は、一撃一撃が重い。光力術も上乗せされているので、一撃を繰り出す度に、闘技場中に石が砕け散る。一方の小柄な男はよろよろと左右に避けて回るのだが、避けるのが遅ければ、砕けた石に当たって、尻もちを付き、起き上がる間もなく地面を転がって次の攻撃を躱していた。
私は思わず友人に訪ねた。「部下が死にそうなのに、紅水銀の夫人は何もせず見てるの?」
友人は首を振り、さっと隅の暗がりに視線を遣った。そして小声で「近くの席で観戦してるわ」と言った。

第2冊:ヘカトン・レイク(2)

概要予想に違わず、商会メンバーの小柄な男は明らかな劣勢に立たされた。観戦客たちも、もうダメかと男の負けを憐れみかけた時、ラウンド終了の合図が鳴り、小柄な男は命拾いした。しかし、その時観客席では、ちょうど紅水銀夫人が座っている片隅の暗闇の中で、何やら騒ぎが起こっていた。
内容

熱く、乾燥した白色灯の光は全てリングに注がれ、影に包まれた観客席には、観客たちの叫び声が押し寄せる潮流のように響いている。私は友人の視線の先にある暗がりを見た。すると、その隅だけは静まり返っていて、黒服の部下たちが姿勢正しく立つ先の一番奥に、確かに誰かが座っていた。影はあまりにも暗すぎて、その人物の容貌も服装もはっきり分からない。ただその一角だけは、暗闇が何やら赤みがかって見えた。リング上では、小柄な男が隙を狙って一撃を繰り出し、ちょうど相手のあばらに当てた。一瞬リング上に火の光が走り、あの王者の呻き声が闘技場中に響き渡って、観客たちも一気に湧き上がった。私の後ろにいた、王者に賭けた客は小さな声で選手を罵っていたが、あの暗い片隅は相変わらず静かなままだった。
私は理解しかねて、また友人に尋ねた。「どうして自分の部下をリングに上がらせたのかしら?」
影ノ街に闘士を養う習慣はない。自分の部下をオモチャのように弄ぶ商会の首領というのも聞いたことがない。
友人は声を潜めて答えた。「あの男は商会に背いたのよ。外部の者と結託して、商会の荷物を横取りしようとしたの」
合点のいった私は、少し考えてから、また友人に尋ねた。「あなた、賭けに負けるわよ。あの様子じゃ、紅水銀の夫人は裏切者の命をとる気でしょ」
友人は笑って再び望遠鏡を手にすると、試合の観戦に戻った。
小柄な男の一撃を食らい、気が立った王者選手は、大股で前に進み、男を捕まえようとした。先程の炎を放った一発で、小柄な男は力を使い切ってしまったようで、疲れ切った様子で王者を躱しながら、そのままリングの端まで退いた。王者はその様を見て、拳を振り上げ、そのまま横殴りに振り下ろすと、小柄な男の胸元に当たり、場外へよろけてしまった。観客たちは驚いて叫び声をあげたが、ふと気が付くと、小柄な男は鉄の鎖にしっかりと抱き着いていて、リングから落ちてはいなかった。王者はそこで、勢いを溜め、追撃を食らわそうとしたが、思いがけず審判がラウンド終了の笛を吹き、王者も地団駄を踏みながら後に退くしかなく、一方の小柄な男はゴホゴホと咳をしながら、ゆっくりとリングへと這い上がっていった。
白い光がリングから外れて、ゆっくりと闘技場中央近くの観客席を照らした。突然、近くのあの片隅の暗闇が動き、全身に血痕のついた捕虜が、誰かに押されて飛び出してきた。捕虜は項垂れ、両手は後ろに縛られており、身体を大きく揺らしながら、光と闇の境目に跪いた。私は一瞬ぞくっとした。すると、リングからは突然呻き声が聞こえ、声のした方を見ると、先程まで地面を這いながら苦しそうに息をしていた男が、この時すでに身体を起こし、リングから出ようとしていた。しかし、審判と係の者に阻まれ、男の血痕だらけの口からは、言葉にならない罵声だけが零れてきた。

第3冊:ヘカトン・レイク(3)

概要観客席の捕虜は、どうやら小柄な男を鼓舞したようだった。しかし、商会の首領である紅水銀の夫人の前では、戦いに勝利した男の運命も依然として霧に包まれている。
内容

笛の音が鳴り響き、途中休憩が終わった。光は再びリングの上へと戻り、新たな戦いが始まった。私は観客席に跪く縛られたままの人を、横目でひそかに窺わずにはいられなかった。声一つ立てず、ただ頭を垂れ、地と汗がぼとぼとと地面に流れ落ちている。再びリングに目を遣ると、そこには前半戦とは全く異なる光景が広がっていた。
あの小柄な男の両腕には炎が閃き、広げた指は火入れした鉄のように赤かった。彼は体を引きずりながら、ゆっくりと相手に近付いていく。リングには先程と同様、石が雨粒のように散っており、男もそれを避けながら進んでいるが、必死に避けていた先刻とは違い、たとえ石に当たり傷を負っても、前進を止めなかった。王者も男の勢いに思わず圧され、結局は近付くことを許してしまった。すると突然、炎が光を放ち、光が収まった時には、男が相手の腕を掴んでいて、焦げ臭い煙が立ち込めていた。王者は腕の痛みに怒号を上げたが、すかさず小柄な男の拳が前に伸びて、腹部に命中した。観客席には驚きの絶叫が上がった。私の後ろにいた者などは突然立ち上がって、激しく男を罵った。係の者たちが次々とリングに上がり、小柄な男を王者から引き離した。
再びあの小柄な裏切者の男が現れた時には、別の一組がリングに上がっていた。男は正装を身につけ、首輪のようなネクタイを結び、新しく着替えたシャツには、しばらくしない内に血痕が滲み出てきた。横目で男の様子を窺うと、彼の身体が微かに震えていた。恐らく、先程の生死を懸けた戦いから、まだ心も体も醒め切っていないのだろう。
暗闇の中、誰かが地面に跪いていた虜囚を蹴ったかと思うと、低く柔らかな声が響き、裏切者の男に尋ねた。「彼の名前はご存知?」
裏切者の男はハンカチで口元の血を拭きながら、掠れた声でそのあだ名を告げた。声の主は低い声で笑い、別の名前を口にした。「本当の名前も知らずに信じて、計画に乗ったの?」と言った。
裏切者は苦しそうに声を絞り出した。「夫人、私の妹は…」
声の主は低い声で溜息を吐きながら言った。「あなたの妹がまだ生きていたら、彼の嘘がこんなに長持ちしたかしら?」裏切者ははっとして、しばらくぼんやりした後、泣き声を懸命に抑えながら、ゆっくりと座り込み、顔を暗闇の中に埋めた。
突然、細く冷たい銀色の光があの虜囚の胸元から飛び出し、すぐにまた戻っていった。彼は軽くフンと鼻で笑ったかと思うと、そのままどすんと倒れ、赤黒い血が身体の下から広がった。泣き声は止み、裏切者は立ち上がると、ただ茫然と足下の屍を見ていた。それは驚きのようでもあり、また怨みのようでもあった。そして、カサカサという布地の摩擦音と共に暗闇の中に座っていた人物がようやくその顔を薄暗い光の中に晒した。
一瞬、辺りが静けさに包まれた。長い赤い髪が肩から腕を伝い、まるで一筋の沈黙した赤い河のようだった。彼女は下を向いて足下に跪く裏切者を見たまま、他に視線を移すこともなかったが、私には彼女の視線があちこちにある気がしてならず、そして、その視線は、曇天に差し込む白い陽の光のように冷え切っていた。私は一目見てそれ以上見る気にはなれなかった。横目に見えた彼女の襟元に挿してあった百合の花はとても瑞々しく、今にも露が零れ落ちそうだった。
彼女は裏切者の目の前に片手を差し出した。裏切者は何か決心をしたように、そっとその指先を取り、額を彼女の手の甲に当てた。
忠誠を誓う儀式だ。

第4冊:紅水銀の夫人

概要ヘカトン・レイクでの観戦を終えると、「私」は待ちきれず、友人に紅水銀夫人について尋ねた。ちまたには紅水銀の夫人に関する噂があふれているが、真実といえる情報はわずかだった。それでも、彼女の出生や婚姻における勇断は、伝説的人物と呼ぶに足るものだった。
内容

友人は今回の賭けでかなり儲けたらしく、酒場で一緒に飲もうと私を誘ってくれた。私は友人と紅水銀の夫人について話した。友人は紅水銀の夫人の商会と何度か取引をしたことがあり、商会の人間を多く知っているが、「人目を引く姿らしいから、あまり顔を出し過ぎると、噂が立つんでしょ」と言った。
しかし、いずれにせよ影ノ街では、紅水銀の夫人の様々な噂話が多く囁かれていた。私も一部耳にしたことがあるが、荒唐無稽でくだらないものばかりだ。
ただ、その内出生に関する噂は信じるに値するだろう。驚くことに、彼女は白夜城出身で、無論元の名も「紅水銀」ではなかった。最後の音が「~ナ」で終わるような、典型的な白夜貴族の名前だったのだ。白夜城から影ノ街に移り住んだということは、彼女が零落したということだ。一体どんな人生を送ってきたのだろう。
「夫人は自分の身分を捨ててまで、影ノ街に嫁いできたのよ」友人は落ち着いた口調で、顔を私の耳元に近付け、ひそひそ声で話した。「どっちにしても、ちょっと不思議な恋愛話があったのよ。夫人は若い時に、影ノ街の武器密輸魈と知り合って、その後何故か、どうあってもその人と結婚すると言い出したそうよ。家族が止めたけど耳を貸さず、そこで家族は教会の人まで招いて、貴族の肩書きを剥奪すると脅したけど、それでも屈しなかった」
「若気の至りってやつじゃないの?」
「そう、若くなきゃ、そんなこと出来ないわ」
「でも若くたって、元の生活をひっくり返して、先の見えない未来に自分の人生を賭けるなんて、普通だったら、そんな代償払えないわ」私は首を振りながら溜息を吐き、再び尋ねた。「だったら、ご主人は今どこにいるの?」
「死んだわ」
「死んだ?」私は思わず重ねて尋ねた。「どうして?」
「白夜城の貴族と揉めたって話よ。ハメス家って知ってるでしょ?商売のことかもしれないし、別の何か他人には言えないことかもしれないけど──まあ、雲の上の人たちがやってることなんて、人様には言えないようなことばかりだから」友人はそう言って笑った。「その後、ご主人は捕まって殺されたってわけ。で、商会は紅水銀の夫人が管理するようになったのよ」
「ハメス家がどれだけの権勢を誇ってるか、あなたもちょっと調べれば、すぐに分かるわ。水銀の夫人の実家だって、足元にも及ばないわよ」
酔いが徐々に回り、目の前がくらくらしてきた。友人がまた何か言ったが、もうよく覚えていない。ただ頭の中に1つの推測が繰り返し巡っていた。「紅水銀の夫人のような人が、仇をそのまま放っておくだろうか」

第5冊:旅館での出会い(1)

概要「私」は白夜城に入城する機会を得た。中継区の旅館で通行許可審査合格の知らせを待っている間、思いもよらぬ人物に出会った。
内容

もう2年も前のことだ。私の小説をある子爵がお気に召して、白夜城の書籍商に頼んで大量に刷り、読書友達に読んでもらおうと希望し、私は書籍商に相談のため白夜城に呼ばれた。これは白夜城を見学するいい機会だ。私は約束の日にちよりも早く、遊覧申請書類を提出し、審査許可が下りるのを待つ間、中継区の旅館で過ごしていた。
中継区の旅館には様々な様式がある。影ノ街の様式と白夜城の様式が交錯しながら立ち並んでいる。私が泊まった旅館は白夜城ダウンタウンの平民一家が開いた旅館で、開業からすでに100年以上経っている。立地がよく、客室は朝の日差しが差し込む方角が一列に配置されていた。私は部屋で本を書き、一度書き始めると1日中没頭するのが常だったが、夕方時折ロビーのラウンジで夕食を摂り、消灯時間まで新聞や雑誌を読むこともあった。ロビーの本棚には私の作品も置いてあった。私と一番多く言葉を交わしたのは、旅館の接客係だろう。彼らは朝食を部屋まで運んでくると、前日に客が脱いだ服を布の袋で包み、洗濯に出す。次の日、綺麗に洗濯された服が朝食と一緒に届けられるのだ。
ある日の黄昏時、天気があまり優れず、空いっぱいに鉛色の雲が立ち込めていた。中継区には建物が多く、冷たい風が建物の間を吹き、壁や手すりの間を通り過ぎていく。私はなんだか気分が落ち込み、ラウンジで夕食を摂って、気分転換しようと思った。宿泊客は多くはなかったが、長く逗留していたので、多くの客で知り合いになっていた。しかし、その日は見慣れぬ人影が1つあった。
影ノ街でよく見かけるスタイルの服に、革のブーツと厚手のコートを羽織っている。目が細かく編まれた黒いマフラーを首に巻き、髪は全てブロンズ色の頭巾に包み込まれている。フロントのカウンターに寄りかかって、低く柔らかな声で、旅館の主人に何か早口に尋ねていた。はっきり聞こえなかったが、途切れ途切れに何回か「アップタウン」、「審査」という言葉が聞こえたようだった。恐らく白夜城に関することを尋ねているのだろう。だが、その声はどこかで聞いたことがある。思わず横目で女性の動きを追っていると、彼女がこちらに向き直った。
口元は黒のマフラーで大方隠されていたが、間違いない。紅水銀の夫人だ。

第6冊:旅館での出会い(2)(未記入)

概要「私」は紅水銀の夫人に恐れを抱いていた。しかし、その恐れも結局、好奇心には勝てなかった。ついに絶好のチャンスが訪れ、「私」は彼女を知らないふりをし、近づいて話しかけた。

第7冊:旅館での出会い(3)(未記入)

概要「私」はついに紅水銀の夫人と言葉を交わすことができた。言葉を交わすうちに、彼女は中継区に来た理由──彼女の見た夢と親友に対する思いを語った。

第8冊:旅館での出会い(4)(未記入)

概要次の日、目が覚めると紅水銀の夫人はすでにいなかった。旅館の主の話では、白夜城から飛空艇が迎えにやって来て、彼女を連れて行ったという。気落ちして部屋に戻った私だったが、そこにはある「サプライズ」が残されていた。

第9冊:殺人事件(未記入)

概要入城許可がなかなか下りず、「私」はとても焦っていた。あちこちを回って白夜城の情報を探っていると、城内で恐ろしい殺人事件があったという情報を耳にした。白夜城に入城した「私」は、事件の詳細を知りたいと逸る気持ちを抑え切れなかった。

第10冊:終章(未記入)

概要影ノ街で紅水銀の夫人の元部下に出くわした「私」は、思わず紅水銀の夫人の消息を尋ねた。てっきり悪い知らせを耳にするものとばかり思っていたが、実際に得られた答えは「私」の予想とは異なっていた。

第11冊:編集後記(上)(未記入)

概要『紅水銀の夫人』第二版の編集者は後記の中で影ノ街の武器密輸を行う商会、白夜城の殺人事件と歳馬について考証し、読者の参考に供している。

第12冊:編集後記(下)(未記入)

概要編集者は後記で、「紅水銀の夫人」という人物について考察している。この編集者によれば、読者は「紅水銀の夫人」のモデルとなった人物を探す必要はなく、作者であるイヴォン女史がこの小説で伝えたかったことの真意はそこにはないと考えている。