三島鴨神社

Last-modified: 2013-11-23 (土) 23:43:22
 

三島鴨神社
みしまかもじんじゃ
みしまかも.jpg
(参拝日:平成25年7月13日)
住所:大阪府高槻市三島江2-7-37mapionlogo.gif
主祭神:大山祇命、事代主命
社格:式内社(論社)、郷社
主な祭礼:10月20日(例大祭)
webサイト:三島鴨神社

みしまかも1.jpg
↑鳥居↑
(由緒:パンフレットより)
・創建 
仁徳天皇は河内の茨田の堤をおつくりになるとともに、
淀川鎖守の神として、百済よりここ摂津の「御島」に大山祇神をお迎えになりました

「御島」とは淀川の「みしまえ(三島江)」にある川中島のことでこのあたりは淀川で
もっとも神妙幽玄な景観をもっていました
   
ここは古代の「玉川湖沼」(仮称)が淀川にながれこむ入江「玉江」(三島江の別称)にあって、
島は淀川本流に、玉川水路が出させた土砂が堆積したもので 玉川の土砂をもって、
できたゆえに「御島」とあがめられたのです

・当社はもとは「御島(三島)の社」とあがめられ 淀川の鎮守であるとともに 
王都難波を守護する神として祈りつづけられてまいりました

・豊臣秀吉が淀川右岸堤防を築いたとき それまで川中島にあった当社を 
三島江村の中にお遷ししました

・高槻藩主永井公は淀川守護の任務を幕府からあたえらえていたので、格別の尽力により、
社域をととのえ「三島鴨神社」と称することになりました

・当社から、御魂がうつされて、伊橡(愛媛県大三島)の大山祇神社、伊豆の三島神社がつくられ
「日本三『三島』」として、崇拝されるようになり、三社の根源社として、当社は格別にあがめられました

・後白河上皇に仕えた建春門院が、当社に祈願して、高倉天皇を懐妊し、安産した結果、
上皇の命によって平重盛が、京都上馬町に、当社の御魂をお遷しして「三島神社」をつくりました

みしまかも2.jpg
↑拝殿↑
みしまかも5.jpg
↑本殿↑
みしまかも4.jpg
↑八幡宮↑
みしまかも6.jpg
↑唐崎神社↑
みしまかも7.jpg
↑御神木↑
(以下、余談)
京阪間のベットタウンが広がる高槻ですが、淀川が近い南部の三島江付近は田園が多く長閑です。
神社近くの田圃では、三脚に一眼カメラを固定した人がたくさん集まっていました。何か撮れるのでしょうか。

仁徳天皇は茨田堤(現在の堤根神社)をおつくりになった際、淀川鎮守の神として御島に大山祇神を祀りました。
ここは古代に玉川湖沼が淀川に流れ込む入江があり、玉川が運んだ土砂を盛った河口に御島がありました。
もとは川中島にありましたが、豊臣秀吉が淀川右岸堤防を築いた際に、三島江村に遷しました。

赤大路の鴨神社とともに、延喜式神名帳に記載の「摂津国嶋下郡の三島鴨神社」の論社となっています。