SP典韋

Last-modified: 2025-11-07 (金) 20:44:34
 

基本情報

画像
SP典韋.webp
名前SP典韋
コスト6
陣営
ラベル
兵種適性騎兵B盾兵S弓兵C槍兵A兵器C
秘蔵あり
アニメーションなし
武将イメージなし

ステータス

 Lv.1Lv.10Lv.20Lv.30Lv.40Lv.45Lv.50
武力(2.62)95.00118.58144.78170.98197.18210.28223.38
知力(0.19)35.0036.7138.6140.5142.4143.3644.31
統率(1.83)72.0088.47106.77125.07143.37152.52161.67
速度(1.25)72.0083.2595.75108.25120.75127.00133.25
政治(0.10)29.0029.9030.9031.9032.9033.4033.90
魅力(0.12)58.0059.0860.2861.4862.6863.2863.88

戦法

固有戦法「献身守護」

画像
献身守護.webp
適用騎兵盾兵弓兵槍兵兵器
タイプパッシブ
効果強化
目標自身
発動率100%
戦闘中、自身の被ダメージを45%→90%減少させる。ダメージを受けるたびに、この効果の減少率は1.5%→3%ずつ低下する。5回低下した場合、自身がダメージを受ける際に、17.5%→35%の確率 (続率の影響を受ける)でそのダメージは2回の攻撃で受けたものと判定される(反撃、応急などの効果を攻撃2回分発動可能)

継承戦法「寡兵奮戦」

画像
寡兵奮戦.webp
適用騎兵盾兵弓兵槍兵兵器
タイプパッシブ
効果強化
目標自身
発動率100%
継承元SP典韋
戦闘の2、4、6ターン目に自身の兵力を回復し(回復率144%→288%、武力に影響される)、自身の武力を5%→10%上昇させる。また戦闘の5ターン目に、敵全体に兵刃ダメージを与える (ダメージ率36%→72%)

兵法書

作戦.webp死中求活.webp勝敵益強.webp蛮勇非勇.webp武略.webp常勝.webp執鋭.webp笑裏蔵刀.webp分険.webp
作戦死中求活勝敵益強蛮勇非勇武略常勝執鋭笑裏蔵刀分険
虚実.webp後発先至.webp以治撃乱.webp攻其不備.webp鬼謀.webp妙算.webp将威.webp先制.webp占卜.webp
虚実後発先至以治撃乱攻其不備鬼謀妙算将威先制占卜
軍形.webp不戦屈敵.webp反転攻勢.webp守備采配.webp守勢.webp静心.webp鉄兜.webp柔能制剛.webp防備.webp
軍形臨戦態勢惜兵愛民鋭鋒回避守勢静心鉄兜柔能制剛防備
九変.webp臨敵不乱.webp励士.webp誘敵之策.webp掩虚.webp速戦.webp救援馳参.webp励軍.webp親衛.webp
九変臨敵不乱励士誘敵之策掩虚速戦救援馳参励軍親衛
始計.webp兵馬倥偬.webp三軍救助.webp当機立断.webp久戦.webp遠謀.webp帰心.webp練磨.webp統軍.webp
始計兵馬倥偬三軍救助当機立断久戦遠謀帰心練磨統軍
用間.webp兵行詭道.webp身退志進.webp身退志進.webp開闔.webp持重.webp精確.webp善戦.webp譲渡.webp
用間兵行詭道以直報怨身退志進開闔持重精確善戦譲渡

編成例

〇〇〇〇
武将主将副将副将
&ref(): File not found: "〇〇〇〇.webp" at page "画像置き場/武将";&ref(): File not found: "〇〇〇〇.webp" at page "画像置き場/武将";&ref(): File not found: "〇〇〇〇.webp" at page "画像置き場/武将";
第一戦法〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
第二戦法〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
第一兵法書〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
第二・第三兵法書〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
備考(凸,装備)〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

解説

その他

武将分析
  • 典韋は優れた体格と並外れた腕力の持ち主であった。張繍が曹操に反旗を翻した際、一人で轅門を守り抜き、激しい戦いの末に命を落とした。
  • 典韋の固有戦法献身守護は、ダメージを受ける際に2回分のダメージを受けたとみなされる。これはダメージを受けた時に発動する効果の戦法と組み合わせることで、有利に戦える。被ダメージを下げることからも、典韋は部隊を守るサポートに適している。
列伝
  • 曹操の武将。80斤の双鉄戟を操る。短戟の名手。
  • 演:曹操に「いにしえの豪傑・悪来なり」と称された怪力の巨漢。夏侯惇に見出されて曹操の護衛となる。濮陽の戦いでは、呂布軍の火攻めに遭った曹操を救出。黄巾残党の討伐戦では、許褚と互角に渡り合った。 197年、張繍の降伏を受けて曹操が宛に進駐した際、曹操の宿舎を警 護。張繍の参謀・賈詡の計略で武器を奪われたが、曹操の宿舎が夜襲を受けると身を挺して戦い、戦死した
  • 史:張邈配下の趙寵の兵士だったが、誰も持ち上げられなかった長大な牙門旗を片手で立て、その怪力が知られた。

コメント欄