キャラ別思想

Last-modified: 2024-04-15 (月) 20:35:58

キャラ別思想纏め
※考え方、行動原理・理由、心理等のメモ

名前の国

《ネルアーヴ・レストレラ》
ミイェナアメに「好きに生きよ」と言われ、明確な使命を課されなかったことで少なからず救われている。 

《シャユレーカ・ミイェナアメ》
静かな場所で趣味(読書)を楽しむことを好んでおり、煩い場所が嫌いだった。が、
近頃は煩いヨグネクトが近くに居たことにより、意図せず慣れてしまったらしい。
ただ煩いものは煩いので、騒音を不快には思っている。
「全く…おみゃーはもう少し静かになれ」 

《ユユ・スタア》
ユユは、自分達がいつか呆気なく消えてしまうということを
心のどこかで理解しており、死にあまり恐怖が無いのもそのため。
一方スタアは人並みに死を恐れている。のだが、純粋にユユの生き方が好きなので、
自分という存在に足を引っ張られることなく優雅に生きていてほしい。と思っている。

本棚の国

《椛》

〈努力〉

椛が自分を追い込んでしまうのは本当に無自覚で、
それはある意味の純粋で、100%悪いって訳でもない。
そこで思った。藜嘯より“知らない”からなのかもと。 

…仮に、椛がどれだけ勉強量を増やしても、
やり方を変えても、椛は藜嘯に追いつけないと思う。
この言葉を聞いたから。

「侑達のような奴について、理由無く最初から優秀なんやと思っとる奴が偶におる。」
「けど、俺が毎日1から10やっとるところを、侑みたいな連中は1から20やっとんねん。」
「或いはより効果的な10、密度の高い10。」
「ほんで偶に、1から10やなくてaからzやってみたらどんなやろ
  おもろいんちゃうか。って考えたりする奴等やねん。」
ハイキュー:北信介より

この言葉を借り説明すると、椛が1から10やっているところを、
藜嘯は1から20、或いはより良い10をやっている。
椛は藜嘯を見習い、10を13に増やした。でも駄目。
無理して15にした。まだ足りない。
そうして藜嘯と同じような20*1を目指して、
無理を重ね、倒れる。 

そして本題。
藜嘯と違い椛が知らないのは「程度」じゃないのか。
人間として自分がどの程度無理をできるか…
どう手を抜いたら効率的になるのか…
そういう程度を“知らない”から、度を超えてしまって、上手いように続けられなくなる。
埋められない差っていうのは「どれだけ勉強したか」の差じゃない。
毎日毎日、確実な積を積み上げるために、何をどうすれば良いか。それを知っているのか。
そういう差*2なのかなって思う。


*1 仮に藜嘯の20を再現出来ても、それは“良い”20じゃないから結局不敗に終わりそうだ。
*2 それは小さな差かもしれないけど、きっとその差が段々重荷になっていくんだろう。