ハインライン作の植民地独立戦争モノ 世間的には最高傑作扱い
連載スタイル特有のやむを得ない粗こそ見られる*1が、トータルではたしかに面白かった
日本語訳周りの話
「夜の」は原題に無く、「無慈悲な~女王」は訳語として不適切
月しか残らねえ
"The Moon Is a Harsh Mistress"
(月は厳格な女教師)
We citizens of Luna are jailbirds and descendants of jailbirds. But Luna herself is a stern schoolmistress: those who have lived through her harsh lessons have no cause to feel ashamed.
(我々月の国民は囚人であり囚人の子孫です。ですが月それ自身は厳格な女教師なのです。彼女の厳しい教えを生き抜いた人々に恥じる理由などありません。)
北米人が投げ付けてきたヘイトスピーチに誇りを以て反論する月人のセリフ(ハヤカワSF文庫ではp.427)
月の容赦なき(harsh)環境に根差したコミュニティで死なずに生き延びることそれ自体が成熟の証左となる(からてめーら地球人にあれこれ教わることなんかねえよ)……という論法は作中事情として誇張気味であり作外事情としてステレオタイプ的であるものの、とにかく月で生きる人々の挟持を対地球的に示す場面
比喩込みの多義語である"mistress"を利用して読者の予想をズラしているため、ニュアンスそのままに日本語へ持ってくるのはやや難しい
月が夜のイメージと結び付くのはどこからの視点?
名前だけはよく知られている邦題 しかしこれホンマに妥当な訳か?となるとかなり微妙な水準でもあるってか誤訳の域じゃね?*2
- おそらくは商業事情優先の自覚的に不誠実な訳*3
そもそもの原題は"The Brass Cannon" (『真鍮の大砲』)
"The Moon Is A Harsh Mistress"からして現地出版社の要請で変えた訳(つまり商業事情優先のタイトル)
ならウチも同じ判断に出てええやろ文句あっか?と判断された可能性も十分考えられる
商業小説の出版は売れてナンボである*4ため、文学的レイヤーと異なる力学が往々にして働く
ネイティブ月人たちの喋り方(異なるルーツの混合による言語的チャンポン)要素
ここは残念ながらあまり既存の日本語訳に反映されていないようだ
(すぐ分かるところでは終盤含めて出てくる単語"Bog"を日本語訳は「神」とだけ訳している そんな調子であるため、スラング等のクセもあまり温存を期待できない)
- ダー/ニェット等は申し訳程度に拾われている
- 初回翻訳は1969年、新しい文庫版でも1976年製のエディション*5が今日まで使い回されている
新訳を出そうとする気概のある翻訳者がいずれ現れたなら、その時はきっといい感じに反映されることだろう
単品での読みやすさに問題はない
「翻訳のせいで読みにくい」と述べているレビューがいくつか日本語圏インターネットに転がっている
違う
原文自体の性質あるいは読み手の読書不慣れの問題
むしろ読みやすさ優先で翻訳されている類
小説を読めるなら特に不都合は感じないはず
翻訳と無関係の話
- やたら可愛いAIを相棒にしてしまった技師が、地球の植民地支配脱却を目指す革命運動に巻き込まれた流れで月の人々を扇動しまくる話
- ……が前半パート 現地総督との衝突を境として事実上の二部構成となっている
まあChatGPTを脇に添えながら読書会でも開くとよいだろう- AI側を真の主人公と見る読解も伝統的に存在する
- そうかもしれないし深読みしすぎかもしれない
まあ好きなように読めばいいんじゃね
- 敵は揃って都合よく技術音痴
- 大衆向け大衆向け(魔法の言葉)
SF史として重要作品であるとは思うけど植民地独立戦争モノとして名作か?という点では疑問が残る - それなりにページ数がある
- ハヤカワSF/文庫一冊ながら本文末尾は680ページ
夕方に読み始めたらどんなに急いでも夜にはなる
- もしもここではなく出自となる別Wikiにページを作っていたならもう一段落書き足すべき話があった
- でもこのWikiには特に関係無いから書かないよ*6
2024年現在の国内オタクカルチャーにおいて、このページに対し最大の需要を有する層は明らかにここではない別の場所へ転がっている/しかし私はもう当該の人々に向けて一バイトたりとも書かないと決めている
私個人の意見としてはル=グウィンの『所有せざる人々』("The Dispossessed")と合わせて読む咀嚼を強くオススメしたい