トーテー

Last-modified: 2024-10-18 (金) 10:23:27
明治10年輸入の農用牝馬。青森の地で繁殖牝馬となる。

1.基礎情報

馬名:トーテー

別表記:トウデー

性別:牝

父:不明

母:不明

毛色:鹿毛

生年:1874年(明治7年)

死年:不明

産地:アメリカ

2.解説

・明治10年に輸入されたとされる農用の牝馬。「輸入種牛馬系統取調書」では「農用」と記載されており、「宮内省下総牧場における競走馬の育成調教」では「クライズデール」と記載されている。

・日本に送られくる農用種はほとんどが芦毛なのであるが、この馬は珍しく鹿毛である。

・下総ではほぼ同時期に「ドーデー」という名前がとても似てる馬が輸入されており、鹿毛で牝馬でカリフォルニア産で血統不明であるところまでソックリであり、一見すると同一馬のようにも見える。ただあちらは一貫して「貨車用」でこちらは「農用」と書かれおり、さらにそれぞれの繋養地も異なるのでとりあえず別の馬であろうと考えられる。

・「ドーデー」は前の持ち主の名前からとられた名前なので「トーテー」もおそらく前購入者の名前、すなわち同一の馬主から購入した馬なのではないかと思われる。それでどちらも前の持ち主の名前を付けたら名前が似通ってしまったというお粗末な事になっているのではないのかと私は推測している。

・明治11年に青森県へ送致され、その後明治13年にドクウルセーと共に七戸村へ送致された。同地で繁殖牝馬としてドクウルセーアマドールなどの産駒を輩出していた事であろう。

・その後明治25年あたりに返納されたようだ。下総ではその存在が確認出来ないので返納先は主馬寮であったのかもしれない。約束とはいえトウが立った牝馬をいまさら回収する事もなかろうに。

・その後の行方も不明。産駒成績も良く分からずなんとも評価しがたい馬である。


3.遍歴

・1874(M8):米国カリフォルニア州で生まれる。【資料1・2】

・1877(M10):日本に輸入された。【資料1】

・1878(M11):青森県に送致された。【資料1】

・1880(M13):七戸村に送致された。【資料3】

・1892(M25)頃:下総御料牧場か主馬寮かどちらかに返納された?

・その後は不詳

4.資料


【資料1】輸入種牛馬系統取調書
https://dl.ndl.go.jp/pid/842117/1/11

大蔵内務農商務三省において購入の分

種類:農用
性別:牝
毛色:(空欄)
産地:米国
名称:トーテー
購入価格:320ドル
輸入年:明治10年
繋養地:明治11年青森県へ貸与




【資料2】宮内省下総牧場における競走馬の育成調教
https://dl.ndl.go.jp/pid/1067254/1/17

輸入年:明治13年(*)
名称:ドーデ
種類:クライヅデイル
性:牝
毛色:鹿毛
生年:明治7年
産地:米国カリホルニヤ

*明治10年の誤りと思われる。




【資料3】青森県農地改革史
https://dl.ndl.go.jp/pid/1707475/1/55

明治13年
七戸村では米国産農用種「レーノルド」及びカリフォルニヤ産農用牝馬1頭を県から借り受けた。




【資料4】柏葉城の馬 : 南部の誉第三十五回青森県種馬共進会組合創立五十周年記念
https://dl.ndl.go.jp/pid/1035000/1/76

(工藤轍郎は)12年より4年にわたり県より米国産農用種「レーノルド」号、英国産「イングランド」号「アマトル」号等の牡馬、米国産牝馬「トウデー」号の4頭を借受け同所に種畜場を設け畜飼す。

(中略)

爾来星移り年変わり明治25、6年(*)に至り俄然雑種馬の価格惨落し中に千里の駿馬も雑種の故をもって一人の顧客無きまでの恐境に呻吟するに至り、翁(工藤轍郎)十年の苦心惨憺経営の事業も一朝にして水泡に帰せるの観あり。ここに全く両者その地位を転換の状態となれり、故に借用の馬匹はこれを返還し、なかんずく米国産「トウデー」号の如きはその仔馬2歳牝共無償の返納を行うのやむなきに至れるのみならず、各自所有の馬と荷馬車あるいは農用に使用するの窮境に沈淪せり。

*これが「明治25年」ではなく「明治15年」ならばトーテードーデーの経歴が繋がるので、同一馬である可能性がかなり高くなるであろうと思われる。