Type 14 pistol

Last-modified: 2023-12-02 (土) 14:31:45

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概要

十四年式拳銃(じゅうよねんしきけんじゅう)は、1920年代中期に開発され、大正十四年(1925年)に制式採用された大日本帝国陸軍の拳銃である。 

使用可能キャンペーン

モスクワノルマンディーベルリンチュニジアスターリングラード太平洋戦争
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距離毎ダメージ減衰率

項目改修前⇒改修後
距離(m)10100200
打撃力5.32.71.9
距離(m)3001500
貫徹力(mm)1.00.1

性能

項目初期値⇒最大値
口径(mm)8.00
打撃力*15.3
銃口初速(m/秒)310
発射速度(発/分)360
リロード時間 (秒)2.6
垂直反動29
水平反動17
供給システム*28発弾倉
重量(kg)700.0
弾倉質量(g)11.2
射撃方法セミオート
銃剣-

解説

特徴

8㎜弾を使用する拳銃で、南部式大型拳銃を基にしており、比較的大きな8発弾倉を装備している。

 

火力

一式拳銃よりやや威力の高い8㎜弾を使用しているため、他の拳銃らに比べ良好な火力を誇る。

 

適正距離

15m程度が適正である。

 

命中精度

拳銃としては並。至近距離で撃つ分には困らないだろう。

 

総論

一式拳銃に比べてやや威力の高い8㎜弾を使うことに加えて装弾数も2番目に多いため、日本軍拳銃の中では最も扱いやすいと思われる。
あくまでメイン武器が弾切れした時の護身用、室内戦用で使うと良いだろう。

史実

十四年式拳銃(じゅうよねんしきけんじゅう)は、1920年代中期に開発され、大正十四年(1925年)に制式採用された大日本帝国陸軍の拳銃である。

概要

日本軍独自の8x22mm南部弾(十四年式拳銃実包)を使用する自動式拳銃である。装弾数は弾倉8発+薬室1発。試作型にはダブルカラム(複列方式)の16発弾倉を使用する物も存在していたが、制式となったのはシングルカラムの8発弾倉のものである。

原型の南部式ともども外観がルガー P08に類似し、撃発装置が同じストライカー式であるため「和製ルガー」などとも呼ばれる事もあるが、内部機構は全く異なり、むしろモーゼル C96やイタリアのグリセンティ M1910と類似している[1]。機構・性能ともに当時の自動式拳銃としては一般的なもので、南部麒次郎も回想録で「この拳銃には特に誇張すべきことはない」と述べている。

開発

1924年(大正13年)、南部麒次郎の助言の下、名古屋工廠で南部式大型自動拳銃[3]の乙型を元に、問題だった製造コストと耐久性を解決するため簡略化し生産性を向上させ、安全機構の見直しも行う等の改良を加えて開発された。陸軍将校の軍装拳銃としてや、中国大陸、シャム(タイ)などへ小口販売された後、1925年(大正14年)になって従来の制式拳銃である二十六年式拳銃の後継として陸軍に制式採用された。

戦後

終戦に伴う日本軍の武装解除で、他の拳銃と共に連合国側に接収されたが、日本国政府は治安の混乱に対処する目的でGHQに返還を要請し、警察への支給品として1946年(昭和21年)頃一部が返還され、1948年(昭和23年)頃からアメリカ製拳銃の貸与が増加するまで使用されている。このとき支給された日本軍拳銃の中では十四年式拳銃が大部分を占めていた。 また、海上保安庁でも戦後しばらく使用されていた。

小ネタ

1900年代に開発された南部式大型自動拳銃に改良を加えた派生型であるため、しばしば「南部十四年式拳銃」とも呼ばれるが、あくまで制式名称は「十四年式拳銃」であり、また南部麒次郎は設計の基となった基礎研究には関わっていたが、設計には直接関わっていない。

出典/参考文献

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*1 hitPowerTotar
*2 銃本体に1マガジンで供給できる弾の総数