怪文書(S.A.T.8)

Last-modified: 2021-03-27 (土) 00:38:45
さとはちお母さん
 

「初めまして~私は指揮官の元母代理、今はS.A.T.8と言います」
後方幕僚であるカリーナ女史に挨拶に伺う。
「初めまして!もしかしてあなたが指揮官さまと一緒にここに来られた人形ですか?」
「そう、ですね。私以外にいなければですが…」
「色んな人形がいますけど職業母親は初めて見ましたよ。それも指揮官さまの」
「母親と言っても代理ですけどね」
私は自身の立場について女史に説明をする。指揮官の母は産んですぐ亡くなったこと。旦那様は再婚する気はないが母親はいた方がいいと私を雇用したこと。女史は私の話を静かに聞いてくださいました。
「それはお気の毒です……ずいぶん長いお付き合いなんですね。しかしなぜ戦術人形になってまで一緒に?失礼なこと聞きますが指揮官さまはマザコンというやつですか?」
「いえ、元々独り立ちするまでの契約でして。晴れて無職になったので取り敢えず新しい仕事を」
「切実な話ですね。お金は大事ですから気持ちはわかりますよ。様々な雑務もこなせると聞きましたが」
「ずっと色んなバイトしてたんです~。両親共働きという体なので母代理の長期契約後もずっと。せっかくなので色々渡り歩いて一通りできるようになりましたよ~」
「人手不足なので心強くて助かりますね。あ、私のことは気軽にカリンとお呼びください」

 

それからというもの私とカリンさんは二人三脚。この基地が軌道に乗るまで指揮官を支えました。カリンさんは物資の調達と雑務。私は今までの関係から指揮官も相談しやすいだろうと副官を勤めることに。
なにやら次から次へと事件が起きましたが指揮官と一緒に右へ左へと捌きました。まぁ怪我をさせたデストロイヤーというお子さまには直々に鉄槌を下してやりましたが。
今まで母親と息子だったのに上司と部下に関係が代わりどうなるやらと思いましたが間近で成長する姿を見て母親として嬉しい限り、っと違いますね。つい親目線になりますね~。
カリンさんとはすっかり仲良くなりカフェで世間話や指揮官の話をするように。犬に追い回されて泣きついたことやおねしょを何歳までしてたか話しちゃいましたが……指揮官なら許してくれますよね。
「指揮官さまの子供のころを聞いてますが……色恋沙汰がないですね」
「そう、そうなんですよカリンさん。あの子ったら、いえ指揮官は……」
「あはは、いいんじゃないですか。私たち二人の時ぐらい母親に戻っても。指揮官さまには内緒にしますよ。それにその方が話しやすいんじゃないですか?」
「それもそうですね~。じゃあお言葉に甘えて。大きくなってからは何も教えてくれないんです。子供の頃はお母さんと結婚するとまで言ってくれたのに」
まぶたを閉じればあの子の小さい頃が目に浮かびます。今だけとはわかりつつもちょっと優越感を抱いたり。

 

「やっぱり男の子はそうなんですね。女の子はお父さんと聞きますし。指揮官さまもご多分に漏れず、ですか」
「親の私が言うのもアレですが成績も優秀で運動面でも問題はないと思うんですよ」
「そこは自信持っていいですよ。戦闘は人形が主ですがこういう選抜試験をパスできたなら十分です」
「贔屓目かもしれませんが容姿も性格もいいんですけどね~。……性癖も尖ってはいませんし」
「ほほう、それ気になりますね。どういうのが好きなんですか?」
「部屋の掃除という名目でこっそり探したエッチな本やビデオでは胸の大きい女性でしたよ。それこそカリンさんみたいな~」
カリンさんとお互い顔を近づけて周りに聞こえぬようこっそり話す。
「それはいい情報ですね。私が指揮官さま貰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ~カリンさんなら喜んで。至らない息子でよければよろしくお願いしますね~」
冗談か本気かどちらにしてもあの子のいないところで好き勝手言って笑いあう。

 

「だいたいですね、この職場出会いが少なすぎるんですよ!」
しばらくすると会社への愚痴をカリンさんが愚痴をこぼし始めた。力を込めた拳を机に押し付けながら。
「ヘリアンさんもぼやいてましたもんね~。出会いが欲しい。親にもせっつかれて困ってるって」
「そうなんです。大体のことは人形ができますからね。基地の人間は基本的に指揮官と後方幕僚くらいになるんです。人材不足ですよ!クルーガーさんに福利厚生の改善頼んだら何て言ったと思います?『お前を嫁にはやらん!手を出した男は命がないと思え!』ですよ。馬鹿じゃないですか!?」
「大切にされているようで羨ましいです」
「あれは過保護って言うんですよ……。このままじゃあ一生独身になってしまいます。だからいつか出し抜いて恋人作って結婚してやるんです」
「あらあら、その時は指揮官の命日ですね~」
射殺かしら磔かしら?拷問もあるかも知れませんね~。娘を取られる父親は怖いです。介錯くらいはしてあげましょ~。

 

「それにうちの指揮官さまって優良物件なんですよ。グリフィンでの評判は知ってますかお義母さん?」
「それは知りませんね。人形たちは私も含めてタレコミ掲示板ですから。人同士の噂はなかなか……。あ、でもMDRさんは積極的に集めてるようですよ。真偽はともかくとして」
「成り行きとはいえあのAR小隊とともに活動してるだけで話題の種なのに、そのせいか他の指揮官より多くぶつかる鉄血エリートとの戦闘も切り抜けてます。実力は高く評価されてますよ」
ここで働きはじめてからはほとんど人形の立場でしかあの子のこと見てないので外から誉められているのを知ると嬉しくなる。仮に私がいなくてもやっていけそうという寂しさもあるので複雑です。
「それと人形たちに優しいとも。まぁ優しい指揮官は他にもいるんですけどね。その中でも格別だとか」
「それは私たちの掲示板でもよく聞きますね~。お菓子たくさん貰えるから好き!とかやりがいある任務をくれるから好きとか……ここ以外の人形たちから羨ましがられたり」
たまに話や噂に尾ひれがついたりもしていますけど。
「あまりにも優しいから人形が好きなんじゃないかって噂が」
「う~ん……いや、それはないと思いますよ?優しいのはほぼ生まれた時から私が母親だったせいですよ~。同じように接するようになってたんですよね。物心ついた時から。」
「なるほど、昔からそうなる環境があったんですか。指揮官さまは魅力的な人ですし個人的にも好きですからきになってたんですよね。それを聞いて安心しました」
それから私はこっそり指揮官とカリンさんがくっつくように陰ながら彼女の応援を始めました。ピザを焼いて3人の食卓で話す機会を作ったり、街への買い物を2人に頼んだり。
けれども指揮官はまったく靡く様子がありませんね~。話を聞く限りでは楽しんでるようですが。一体なにが足りないのでしょうか。

 

ある日もうすぐ仕事も終わりという時間、指揮官は引き出しから小さな……ああ、これはリングケースを取り出した。中を開くと、
「これ誓約の指輪ですね~。どなたかお気に入りの子にあげるんですか?」
「S.A.T.8に渡そうと思って買ったんだ。」
「私……ですか?」
そりゃあ指輪には性能が上がる効果もあるらしいですけどせっかくの指輪がもったいないと思うんですけどね。
「指揮官が私の実力を高く評価してくださるのはありがたいですね。これからも一番の部下としてお役に立って見せますよ~」
「違う、戦力ではなくS.A.T.8のことが好きだから渡したいんだ」
えっ?えっ!?指揮官が私を?好き?
「気持ちはわかりますよ。今までずっと一緒でしたから。私も指揮官のことはずっと好きです。けど……その覚えてますよね?私と指揮官は親子ですよ!?」
おしめも替えたことありますし初めての言葉がママだったのも覚えてます。入学式で一緒に写真撮ったりもしましたし……。
「S.A.T.8も今言っただろ?一番の部下としてって。グリフィンに入って、指揮官と戦術人形になってからは親子じゃない。それに今はお母さんじゃなくてS.A.T.8ってあなたを呼ぶことができる」
えっと~いつからかしら。あの子の目が子供じゃなくなったのは。大人になったと喜んでいたのだけれどそれってもしかしてそれ、私を女性として?
「でもほら、他にもここにはいい人いますよ?カリンさんと、えっと…………」
一人しかいないんだった。カリンさんの言う通り人材不足は本当なようですね~。
「確かにカリンのことは好きだ。ここで指揮官を始めてからずっと一緒だったし最近はよく二人になることもあって素敵な女性だとは思う。けれど私はS.A.T.8にもらって欲しい。今までずっと黙ってたけれど愛してる」
わっわっ、体がオーバーヒートしそうです。こんな時どうすればいいんでしたっけ?息子に告白された際のマニュアルは……そんなバイトありませんね。

 

「S.A.T.8は私のことどう思ってる?」
「す、好きですよ!」
「……じゃあ男としては?」
「昔よりカッコよくなったと思って、ます、よ」
「よかった。それなら受け取ってもらえるかな?」
うぅ……私、私どうしたら。
『夫婦の愛に親子や兄弟姉妹の壁など関係ありません。あなたがどうしたいかですよ~』
『愛があれば深く考えなくていいじゃないですか~。ガッと行きましょう。ガッと』
頭の中で天使と悪魔がぐるぐると。私の、私の選択は……。
「あ、あの、これからは妻としてよ、よろしくお願いします」
左手をそっと指揮官に向かって伸ばす。ありがとうと一緒に指輪が私に。

 

「あの~本当にするんですか?少しずつ冷静になってきたのですが、今の私たち越えちゃいけない線の上にいると思うんです」
「S.A.T.8が受け入れてくれた時でもう越えたよ?それに私はずっと前から越えたかった」
恥ずかしさからシーツを体に巻き付け肌を隠していた。今まで何度も見せてきたはずなのに。
「隠してたらいつまでもできないでしょ」
指揮官は私からシーツを取り上げベッドの横に投げ捨てる。すると昔は着替えやお風呂で当たり前のように見せていた裸が。ただあの時と違うのは今夜の私は女としてその体を晒していることだった。
「だって恥ずかしいですし、どうすればいいのかわからないんですよ~」
「まさかS.A.T.8今までしたことないの?ずっとお母さんだったのに?」
「するわけないじゃないですか!旦那様は奥様一筋だから私を雇ったんですよ!」
知識が、知識がありません~。何か過去のバイトで使えるものはないかと検索してみましたがさっぱり。こんなことなら娼館でバイトしておけばよかったです。
「S.A.T.8」
「ひゃあい!?な、なんですか?」
頭がパニック中に声を掛けられ思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「もうここ濡れてるんだね」
「言わなくていいんですよそういうこと!」
だって息子とするって考えるだけで必要以上に意識しちゃうんですもの。私普通の奥さんになれるか今から心配です。
指揮官のも小さいころと違ってあんなっ、本や映像でしか知らないのに……あ、そうですよ。昔隠してた本やビデオを思い出せばいいんです!使用頻度の高いページやシーンは把握済。人形だからこそそういうことも覚えられますね~。
「やりますよ。やりますからね。私が全部リードしてあげますからじっとしててくださいね~」

 

「マザコンでしたか」
「マザコンでした。教育を間違ったみたいです……」
翌日、休憩時間にカフェでカリンさんに昨日の出来事を話していた。
「つかぬ事をお聞きしますがやっぱり、その……したんです?」
カリンさんの質問の意図をくみ取り恥ずかしさから顔を赤らめて俯くとそれだけで全てを察したようで。
「逃した魚が大きい……」
先を越された事実に机に突っ伏すカリンさん。そんなカリンさんに一つ提案してみた。
「あの~カリンさんはまだ指揮官のこと好きですか?」
「昨日今日ですよ?整理ができてないので指揮官のこと好きに決まってるじゃないですか」
顏も上げず呻き声がテーブルから漏れ出ています。
「よければですが指揮官をシェアしませんか?」
「今なんっ熱い、どういうことですか?……あ、ありがとうございます。スプリングフィールドさん」
勢いよく立ち上がったせいで珈琲がかかった手を差し出されたタオルで拭きながら問い質してくる。
「こんな関係になった私が言うのもどうかと思うんですけど、親子関係が消えても指揮官の近くにいればそのうち孫……のような子が出来てお世話できると思ってたんですよ」
人形は子供を作ることが出来ないんです。私が人間だったら指揮官と作ったんですけど……。
「もしカリンさんさえよければ指揮官と一緒になって欲しいです。厚かましいお願いかと思いますが」
「私は指揮官さまがいいよと言ってくれたら構いませんけど……S.A.T.8さんはそれでいいんですか?」
「もちろんです~カリンさん以外にこんなこと頼みませんよ~」
「わかりました。後方幕僚カリーナ、絶対に指揮官さまを堕として見せます!」
それから1,2ヶ月ほどで指揮官はカリンさんの告白を受け入れました。私の首を縦に振るまで押し続けてればいいという助言が役に立ったようです。
私と同じく指揮官も押しに弱いのは誰より私が知っていますから~。
「まさか本当に上手く行くとは思いませんでしたよ」
薬指の指輪を今も信じられないようにカリンさんは眺めていますね。
「私のことを振り向いてくれただけでも満足です。あとは自分の力で好きにさせてみせますよ」
「その意気ですよ。これからも三人で運命共同体しましょ~」
「なーにすぐに四人にしてあげますよ」