「指揮官、夜分遅くまでご苦労様」
ちょうど日付が変わった頃。
模擬戦のデータをカリーナに叩きつけて宿舎に戻ると、湯気と甘い匂いの上がるマグカップを両手にStG44が出迎えてくれた。
「HeißeSchokoladeでも如何かしら」
「ホットチョコレートって言ったら何か障りがあるのか?」
素朴な疑問だったのだが彼女にとっては意地悪なツッコミに聞こえたのか、ぷうと膨れてそっぽを向く。
「ハ・イ・セ・ショ・コ・ラ・ー・デ、なんです!」
「さいで。まぁいただこう。お前に用事もあったし」
「あら、そうなんですの?」
まぁ、温かい飲み物は正直有難かった。カリーナの陰謀で暖房の効きが悪い長い廊下を歩いてきたおかげで体は冷え切っている。
礼を言ってマグカップを受け取ると、StG44はソファに腰を下ろし、隣を促す。
「どうぞ、お座りになって」
彼女との距離を測りかねて、少しだけ躊躇う。が、結局促されるままの距離に腰を下ろした。StG44は身じろぎ一つしない。
「お前、変わったなぁ」
「?……何がです?」
「配属された頃のお前、この距離に座ったらガチガチだったぞ」
空気を伝わり体温が伝播する距離。ふとしたことで手が触れあいそうになる距離。
潔癖症のきらいのある彼女が異性を迎え入れるには緊張を伴う距離だった。出会った当初はうっかり手と手が触れただけで大騒ぎしたものだ。
「それは……昨日今日の付き合いでなし。これだけ時間が経てば私だっていろいろ変わりますわ」
こんなものまで用意しちゃったり、とマグカップの口をついと撫でる。意味を計りかねて数秒沈黙した。
その反応がお気に召さなかったのか、StG44は大きなため息一つ。
「私としたことが、どうしてよりにもよってこんな方に」
「なんだよ」
「別に。上司に恵まれない我が身を嘆いただけですわ」
「そうか。んじゃこれいらねえかな」
黒い封筒を懐から出してひらひらと振る。
「?……なんです、それ?」
「誓約の書類と指輪」
「…………へぁ?」
間抜けな声。
次の瞬間、深夜の宿舎に全人形を叩き起こさん大音量でStG44の泣き声が響き渡った。
びえええんとか、ふええええとか、そんな感じの。全然貧のない子供みたいな感じの。
「なんで泣く!?」
「知りません!馬鹿、信じられない!朴念仁!ここまでしたのに!本当に気づいてないなんて!」
既に2月14日になっていたのだと気づいたのは、彼女をなんとか宥めすかした後のことで。自分でも呆れたことにホットチョコレートとバレンタインデーが頭で繋がったのは日が昇った後のことだった。